死にたがりの僕たちの終わり方
「これは私の~」
望はいつもの二倍ぐらいのテンションで、最後の一缶を俺の手から奪い取ろうとする。
「もうやめとけって、顔も赤くなってきてるぞ」
まだ呂律はしっかりしてるものの、顔はほんのりと紅潮している。
「あははー、お酒飲むと楽しい気分になるね」
いつもの二倍うざいテンションだが、その顔を見てると少し酔いがさめてしまった。
「………楽しいなら、自殺なんてやめとけば?」
お酒だけじゃない、こいつにはまだまだ知らない楽しいことがいっぱいあるだろう。
俺と違って根は明るい奴だ。まだやり直せるんじゃないか、と思ってしまう。
「また~、ここまで来てそんなこと言う?」
望の顔には「今更?」みたいな呆れ顔が見て取れる。
「お前がガキだから知らないだけで、まだまだ楽しい事なんて腐るほどあるぞ」
例えば風俗とか風俗とか、それと風俗だな。
「千十郎だって、私と大して歳変わらないでしょ~」
望はスクリと立ち上がる。
「それにね………」
望は真っ直ぐ、ふらつくことなく確かな足取りで台所に向かう。
「楽しいからって理由じゃ、死なない理由にはならないの」
俺はその言葉に言葉を失う。
そうだ。俺だって知っているはずなんだ。こいつと過ごした何日間かは楽しい時間も多かった。
二人で食った飯は特別うまくて楽しかった。
久々の遊園地も暑いけど楽しかった。
二人で寝る前にしたどうでもいい雑談も楽しかった。
今飲んだお酒だって、二人で笑いながら飲んでいると楽しかった。
でも、それでも俺の心の奥で死のうと言う思いは揺らがなかった。
楽しければ、楽しいほど俺たちは確かめ合ったのだ。
結果、そんなことでは死への渇望は止まらなかった。
だって、これは永遠ではない。
今は死ぬ前のちょっとしたイレギュラー。
仮に二人で今から生きていったって、卒業すら危ういボンクラとあほな女子高生でどうやって生きていく?
俺みたいなのが働いたって、バカみたいな仕事して、あほみたいに時間を拘束され、糞みたいに安い給料しかもらえない。
共にイライラが募って相当遠くない未來バラバラになるかもしれない。
楽しい未来なんて幻想で、そこそこ楽しいことがあったってその倍以上の苦痛を味わうのが目に見えているから俺は死のうとしてたんだった。
怖がりで、めんどくさがりな俺は宝くじが当たるぐらいの確率の幸運なんて無視して、必然の苦痛から逃げたいんだった。
コトリと無機質な音がする。
目の前には、俺たちの人生を終わらせる包丁が置かれる。
望の目には、今、俺がどんな風に見えているのだろう?
俺は目の前の包丁に手を伸ばそうとして、ピタリと止める。
「…最後に一服良いか?」
望の口元がほころぶ。
「いいよ、ってか私にも一本頂戴」
「前にも、駄目だって言ったろ、酒と違ってこっちは害悪百パーセントだ」
「最後ぐらい、いいじゃん。もしかしたらタバコの良さに魅了されて自殺なんてやめるかもよ?」
にんまりといやらしい笑みだ。
「わかったよ」
俺は仕方なくタバコとライターを差し出す。
そんなことは絶対にないと分かっているのだが、ついつい一縷の望みに賭けてしまうぐらいには、こいつのことが好きなんだなと俺は気付かされた。
「これどうやって火つけるの?」
「馬鹿、口にくわえて火つけるんだよ」
一通り吸い方を教えてやると、隣でむせてる望を横目に、俺も最後の一本に火をつけ、ゆっくりと味わった。
走馬灯ではないが、タバコを吸っている間、こういった言い方をすると仰々しく感じるが、人生を振り返っていた。
それでも、死にたい気持ちは変わらなかった事に安心して、灰皿に吸殻を押し付けた。
望のほうに目をやった。
「気持ちは変わらなかったよ」
望の手にはすでに包丁が握られている。やっぱり想像はしてたが、すごい絵面だな。
「知ってた」
俺も目の前の包丁を手に持つ。
「筋トレの成果を見せてくれよ」
俺は親指で自分の首元を指差す。
「千十郎は背高いから首は無理だよ~」
「そうだな、心臓かへその下かな」
いま世界でこんな意味の分からない会話をしているのは、俺たちぐらいだろうな。
互いの包丁が互いの方へと刃を向ける。
流石に心臓の鼓動が早くなり、血が冷たくなっていくのを感じる。
「せーの、でいくからね」
「わかったよ。最後に俺に言っとく事はあるか? 愛の告白でもいいぞ」
俺は緊張を悟られないように、おちゃらけた。
「そうだね、千十郎、運命の人がこの世にいるのだとしたら、きっと貴方だよ」
予想外の答え、いや、予想通りの答えに、俺は最後に年長者の余裕を見せつける。
「ふっ、ふん、お前のようなガキンチョに告られても嬉しくないが、本当に全く嬉しくないが、望! 俺もこの世の中じゃ一番好きだぞ」
最後に「あの世じゃわからんがな」と笑い飛ばしてやった。
望は目元をぬぐった。
「…やっと名前呼んでくれたね。ほんと、ダメ男なんだから」
「ん? そういえば読んでなかったっけか?」
心の中じゃ読んでたんだがな、無意識で止めてたか、本当に情けない男だな。
全く最後まで自分には呆れさせる。
俺は大きく息を吸う。
「望! 望! 望! 望! 望! 望! 望! 望! 望! 望! これ今までの分な」
望は下を向いてしまった。
笑いながら泣いていた。
「ばか、早口言葉じゃないんだから」
鼻声のなった望は両手で目元を強く拭う。
見えないが、見えないんだが、涙とお酒のせいで真っ赤になった顔を想像して、少し口元が緩んだ。
大きく深呼吸して、落ち着いた望の顔からは見事に赤みは消えて、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「…いくよ」
俺の心にも真夜中の海のような静けさがやってくる。
「…あぁ」
「せーの!」
世界が真っ暗になっていく。
彼女の最後から一つ前の言葉は「ばか」彼女の最後の言葉は、音にはならなかったが「ありがとう」だった。
彼女は最後に俺から死に甲斐を奪い、生き甲斐を押し付けていった。
お互い分かっていた。元から破綻していた計画だ。
どちらかがやらなくていけなかったんだ。
俺は彼女に無理心中、自殺者、人殺しのレッテルを張るのを恐れてしまった。
たとえ死んだ後でも、彼女を犯罪者にしてしまうのは、死ぬより嫌なことになっていた。
生きることが怖いのは変わらない。
でも、愛する彼女の為なら俺は生きられる、罪も非難も全て背負って生きていこう。
俺が誰から責められてもいいが、彼女にそれがいくのが堪えられなかった。
俺は机の上のスマホを掴んだ。
サイレンの音が近づいてく。
目一杯生きてから、死のう。
あぁ、本当にバカな男だ。殺した女の為に生きるのが、生きる目的だなんて『山月記』の寅もさぞ呆れていることだろう。
まず最初に、この癖のある作品に最後まで付き合ってくれた方々に深い感謝を。
そして、最後を見て「なんだこの終わりは?」不快に思われた方ごめんなさい。
出来る限りの補足をしますので、出来ればこの後書きも読んでいただくとありがたいです。
まず、この作品は最初にこのラストが頭によぎったことから書き始めたのでこれだけは変えられませんでした。
これが、商業誌なら自分が読んでても「?」って思うと思います。本来小説はできるだけ共感やハッピーエンドで読者を楽しませるものだと自分も考えているので、お金を取るなら空気を読んで二人で真面目に生きていくエンドか、二人とも死ぬのに成功してバッドエンドだけど二人の目的は達成できて良かったねが多いんじゃないでしょうか?
でも、そこは趣味投稿だからこそ許してもらえないかな? と甘い考えを貫いてしまいました。
正直ブックマークや感想を頂いているうちに心が何度か揺らぎました。
趣味投稿でも読者がいる限り、もっと皆が良かったねと思える終わらせ方のほうがいいんじゃないかとです。
でも、結局最初の終わらせ方にしてしまったことへの悔いはありません。普段はもっとハッピーエンドの明るい作品を書いてますよ。…信じてください。
それに書き始める時に気をつけようと思った二つのことも頭によぎりました。
一つはテーマが「死」であってもなるべく暗くなりすぎないことです。むしろ、明るくしました。
読んでる人に伝えたいことがあっても、そればかりが前面に出るとテーマが暗い分読みにくくなるんじゃないかと思ったからです。
二つ目はこれまたテーマが「死」ならではなんですが、理解は出来ても共感はあまりさせまいと思いました。「死」に共感したってろくなことにはなりません。これが一番大事だと思ったんですが、自分が死にたい気持ちの時に自分を理解してくれる異性や、強盗の生き方、風俗嬢の楓ちゃんを目の前にしたら確実に踏みとどまると思うんです。そういう意味では書いた自分も千十郎の気持ちは理解できても共感はしませんでした。
だから、この作品は最後に少し「?」って思って頂けるのが、もしかしたら正解だったりするかもしれません。(読み方に正解とか作者が言うのはおこがましいですが)
最後に今回の一番のテーマについて一つ、どうやら自分は天邪鬼らしく世間一般の正論、正解といったことに対して少数派さんの考えをテーマにしてたりすることが多いです。
初めて書いた『長すぎる大人の階段』は「諦めるのはいつでも出来る」「諦めるのは簡単だ」って考えが多い世の中に対して「諦めるのだって大変だ」ってテーマで書きました。
今作は「生きてるだけで儲けもん」とか「死ぬぐらいなら死ぬ気で頑張れ」みたいな風潮が多い中で「色々覚悟ができたなら死ぬのは自由だよ」「別に死ぬってことは悪じゃないんだよ」みたいな感じですかね。
自分は書いててこれが絶対に正しいとは思ってません。でも、登場人物たちには「これが正しい」と思ってもらってます。そういう人がいてもいいなと思っているからです。
長くなりましたが(こんなに長くなるとは思いませんでした)個人的にはこの後書きの補足が大事だと思っているので、この作品だけでなく後書きまで読んでくださった方には深い深い感謝を。
次はもっと明るいものを書く予定です。………予定です。