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死にたがりな僕たちは  作者: 痛瀬川 病
7/8

最後にこの口に触れるものは

 少し考えれば、お前が人様の心配なんてしていい立場じゃないだろと、先ほどまでの言動が恥ずかしくなった。

 俺は思春期の女の子のように枕に顔をうずめていた。


「ちょっと~、私のお金でいやらしいお店行って、帰ってきた瞬間、私の寝てた枕に顔うずめるなんて、何か新しい性癖にでも目覚めたの~」


 望はペットボトルで作ったダンベルで筋トレしながら、冷たい目で見てくる。


「…これは元々俺の枕だ」


 至極全うな反論をしたのだが、それでも、望の疑いの目が晴れることはなかった。


「それで、どうだったの?」

「まぁ、後顧の憂いは断ったよ」

「何? 阪神?」

「それ猛虎な、会った時から思っていたけど、お前、野球好きだよな」

「うん、毎年一番の給料泥棒を探すのが好き」

「楽しみ方が歪すぎるわ」

「そういう千十郎も普通に私のボケ返せるじゃん」

「まぁ、男子の嗜みだよ」


 子供の頃、父親が夕飯時に見ていた野球中継を思い出した。

 父は家族に気を使ってか、応援するでもなく、罵声を浴びせるでもなく黙々と贔屓のチームの試合を見ていた。

 あれから何となく俺も野球を覚えたんだった。


「で、あといくら残ってんだ?」


 元々、こいつの財布の中身を使い切るまで家に居させろって話だったが、残りはどのくらいだろう?

 そこそこ、ここまで金に頓着なく贅沢気味に使ってきたが、財布の中身は望しか知らない。


「千十郎がいやらしいお店で結構使ったから、残りニ万円ぐらい」


 あと二日で、ニ万円。充分すぎるというか、多い。


「…最終日は、なんかうまいもんでも食いに行くか」

「すっかりヒモが板についてきたね」

「失礼なことを言うな」


 と、口では言ったものの、自覚はしっかりあった。




 当たり前だが二日なんて矢よりも光陰よりも早い。

 今日の夜、俺たちは死ぬのだ。

 流石に、ちょっとは心に寂寥感が広がるかと思っていた。

 しかし、現実は何を食べるかで揉めに揉めていた。


「寿司!」

 と望。


「焼肉!」

 と俺。


 貧相な想像力かつ、庶民が骨身まで染みついてる俺たちからは、その二択ぐらいしか思いつかなかった。


「だから、肉が食いたいんだって、寿司ならこの前、回転寿司行ったろ」

「私は回らない寿司がいいの」


 回らない寿司だとしたら、二万円では少し不安なんだが、お互い最後の晩餐だけあって中々譲らない。


「少しは家主に対する恩義とかないのか?」

「は? 私のお金なんですけど」


 痛いところをついてきた。

 そもそも楓ちゃんのところに行った事で大分心苦しかったのに、望の金と言われると痛い。

 頭の片隅で譲ってやってもいいかなって思いがよぎったが、本当に片隅にだけだった。

 こちらも最後の晩餐。


「じゃっ、じゃあジャンケンしようぜ」


 ジャンケンという強制的に五分五分の勝負に持っていくことにした。


「え~、しょうがないな~」


 望は渋々といった様子で拳を前に出した。

 馬鹿め。自らアドバンテージを捨てるとは笑えるぜ。

 せいぜい食べたくもない肉で腹を膨らますがいい。




「中トロうめ~」


 負けた。だが、寿司はうまかった。


「ねっ? 寿司で良かったでしょ?」

「ふん、悪くわないって程度だ。あっ、大将、ウニ一つ」

「めちゃくちゃ、満喫してるじゃん」


 回らない寿司がこんなにおいしいとは思わなかった。回転もいいが、やっぱり違うもんだと改めて思う。

高級店と大衆店の違いなんて楓ちゃんに体で教えて貰ってたはずだったのにな。

そんなことを考えてると、口の中でウニがとろける。ウニうめぇ。

寿司を堪能し、ギリギリ二万円に抑え帰路に就く。

最初に予算を言っておいたのが功を奏した。

満足感たっぷりのところで、近所のコンビニが目に入った。


「コンビニよっていいか?」

「いいよ~、何買うの?」

「最後の晩餐が終わったから、最後の晩酌でもとな」


 店内はよく冷房が利いていて、火照った体には心地いい。

 俺は入口の買い物かごを手に取る。


「お酒?」

「そうだよ」

「私も飲みたい」


 少し迷ったが、死ぬ前に法律だのなんだのと口うるさく言っても、仕方あるまい。


「じゃ、好きなのをかごに入れろ。特別に俺が奢ってやろう。でも、飲み過ぎてふらふらになるのは勘弁しろよ」


 元々、自殺道具を買うつもりで残しておいた財布の中身を使う時が来たようだ。


「散々、奢られてるくせに~」


 望は俺が止めなかったのが意外だったのか、喜び勇んでアルコールコーナーの方へ小走りで駆けていく。

 どれがいいとか、これは美味しいかとか初めてのお酒に興奮気味で聞いてくる。

 適当なお酒の缶を数本かごに入れてレジに持っていく。

 正義感は強い店員なのか、あまり気持ちの良い顔をしておらず、少し棘のある声で年齢確認を求められた。

 俺自体は二十歳を超えているが、望はどう見ても二十歳に見えないし、遅い時間であまり客もいない店内では俺たちの会話が聞こえていたのだろう。

 店員の視線は俺を非難していたが、全くこれでは俺が悪い大人みたいではないか。

 俺は善良な市民で、これからこの子と自殺するだけなのだと訂正してやりたいがやめておこう。

 



「お酒~、お酒~」


 余程うれしいのか、望はルンルンでスキップまでしている。


「おい、あんまり大きい声だすなよ。補導されたらどうすんだ」

「大丈夫~」


 全く根拠のない返事を返されても困る。

 ものの五分もしないうちに、慣れ親しんだアパートに着いた。


「ただいま~」


 望は酒を飲む前から、もう酔っ払っているようなテンションだ。


「頼むから、本当に飲み過ぎんなよ」

「はいはい」


 望は早速ビニール袋の中から缶ビールを取り出す。

 プシュっと炭酸特有の気持ちのいい音がする。

 それを望は腰に手をやり、風呂上がりに牛乳でも飲むような調子で喉を鳴らす。


「プハー、ゴーヤチャンプルーより苦い~」


 望は舌を出し、顔をしかめる。

 …もっとわかりやすいものと比べろよ。


「だから、チューハイとかにしとけって言ったのに」

「だって、なんか見た目がジュースみたいなんだもん」


 望は、苦い、苦いと言いながらもビールを飲み続ける。

 俺もビニール袋から適当なものを取り出して飲み始めた。

 そういえば誰かとお酒を飲むのも久しぶりだな。


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