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死にたがりな僕たちは  作者: 痛瀬川 病
3/8

生きたがりの彼は

 時計の針が十二時を回った。

 望は俺の貸したシャツとジャージの短パンを着てベットを占拠していた。

 俺は床に寝れるだけのスペースを作り終わり、タオルケットを腹にかけ寝転がっている。


「じゃあ、電気消すよ~」

「おう」

「本当に冷房つけちゃダメなの?」

「我慢しろ、俺冷房つけて寝ると朝だるくなんだよ」


 あれを感じるくらいなら冷房はいらん。


「もー、タイマー機能も認めないなんて頑固なんだから」


 俺はもういいだろうと、電気を消してくれと顔で促す。


「あっ、戸締り確認した?」

「…あぁ、完璧だ」


 一階の部屋で風を通すために窓を全開にしていて、戸締りも糞もないと思うがな。

 望が電気を消し、部屋の中には月明かり以外の光が消えた。


「あぁ、今日はよく眠れそう」

「そりゃ、あんだけ騒ぎまくればな」


 俺は天井を見つめながら返事をした。


「違うの、一人で寝てると夜寝付けなくなるの、あぁ、寝たらまた明日が来るのかぁって思ってね」

「嫌なぐらい分かり過ぎる」


 こいつ俺のドッペルゲンガーとかじゃないよな?

 気付けば朝のニュースが始まっていたなんて日常茶飯事だ。


「千十郎はそんな時どうやってたの?」

「主に酒だな」


 これが一番マシなやり方。あとオナニーだな、恥ずかしいから言わないけどな。


「そっか、その手があったか、私は軽く寝る前に走って体を疲れさせるの」

「汗臭そうだな」

「いい匂いに決まってるでしょ、女子高生の汗なめてるな?」

「そうだな、死ぬ前に舐めておきたかった」


 俺は軽口を叩いた。

 それからお互いに天井を見つめしばらくの静寂が流れた頃、玄関の方から物音がした。 


―ガチャリ


「…よりにもよって今日か」


 ある意味ベストタイミングだが。


「…何?」


 俺が何か知ってると思ったのか、望が小声で話しかけてきた。


「知らん」


 本当に知らないからこう答えるしかないが、そうしている間にも足音がこちらに近づいてくる。

 そして、目の前に大きなシルエットが姿を現す。


「あぁ? 男モいるじゃねぇか? お前らさっさと寝ろヨ」


 そこには目出し帽を被った大男が刃物を持ってこちらに話しかけてきた。

 男の言葉は節々の発音が少し変だった。

 日本人ではないのかもしれない。


「千十郎の友達?」

「…いくら俺でももうちょっと友達は選ぶかな」

「何ごちゃごちゃ言ってんダ! 強盗だヨ、早く金目のものだせヨ! 早くしないと二人ともボチ殺すぞ‼」


 ボチ殺すとはいかに? 墓地を殺すのか? もう死んでる人間を殺そうとするとは極悪人の鏡である。

 俺はふらりと立ち上がった。


「あぁ? なんダ? ヤンのか?」

「…違う」

「だったらさっさと金目のもん集めてこいヨ」

「…そうじゃないだろ」

「あぁ?」

「お前がやるんだ‼」


 俺は大男の両肩をがっしりと掴む。

 俺は多分サンタがやってきた子供のような表情をしていたと思う。


「お前、イかれてんのか?」


 目出し帽の上からでも引いてるのが分かった。声も少し上ずっているか?


「そっか! その手があったね」


 どうやら望は俺の意図に気付いたらしい。


「ふっふっふ、こんなこともあろうと毎晩玄関の鍵を開けっ放しにしていた努力が実を結んだか」

「偉い! 千十郎、努力の男!」


 俺と望が盛り上がっていると、完全に置いてかれてしまった強盗が目出し帽のせいで唯一表情を読み取れるパーツになっている目をパチクリさせる。


「…クレイジー日本」


 強盗はこういったことに慣れてなかったのか一歩下がり、刃物を落としてしまった。

 俺はちょっと心配になり、落とした刃物を拾って返してあげた。


「おいおい、大丈夫か? 緊張してるならコーヒーでも飲むか?」


 俺は大事な客をもてなすように優しく話しかける。


「マジで、なんなんだヨ」


 強盗は震えているように見えた。無理もないがこれから二人も殺さなくてはならないのだ、心を強く持ってほしい。


「望! 今のうちになるべく一撃で死ねる人体の箇所を調べといてくれ!」

「おけ! …『刺殺 即死箇所』」


 望はスマホを取り出して刃物で即死できる箇所を調べ始めた。


「わかったよ! やっぱり心臓みたい。でも心臓は肋骨で守られているから一撃でうまく刺さるか怪しいって、あとお腹の腹部大動脈ってのを刺せば即死に近いけど、どうかな?」


 流石日頃からスマホ使いまくってる女子高生といったところか、望はすらすらと調べ上げていったことを読み上げていく。


「頸動脈てのはどうなんだ? 漫画とかでよく即死させてた気がするんだが」

「それも調べたけど意外と頸動脈の周りの筋肉が凄いみたいで割と深く切らないといけないみたい。結局は失血死だから血がいっぱい出る動脈がいいみたいだね」


 こいつ馬鹿だと思っていたが、ネットの記事を読み込んでいるだけの可能性も捨てきれんが、実は頭いいのでは?

 俺は望と俺の話を聞いていた体で強盗に話しかける。


「だそうだ」

「だそうだじゃネー、何で俺がそんなことをしなきゃいけネーんだ」

「だって、お前強盗じゃん」

「いや、そりゃソウだけど普通金出して命は見逃してイうダロ⁉」

「たまたまお前が入った家が普通じゃなかったんだ、長い強盗人生こんなこともあるさ、次回に生かせよ?」

「何目線ダヨ!」

「金も俺たちを殺した後、家の中探せば少しだけどあるから、な?」


 俺は小粋なトークで緊張を和らげてやろうと思ったのに、強盗は怒ってばっかりだ。隣起きちゃうよ?

 ついには強盗は頭を抱え、膝から崩れ落ちた。

 また、床に刃物が落ち、カランカランっと音がする。

 そして、聞いてもない身の上話をしだした。


「もう嫌ダ! 日本に出稼ぎに来たのにまともに仕事も見つからナイ! 生きる為に仕方なくやった強盗も一件目からイカレやローどもだしヨ」


 大変わかりやすい身の上話だった。

 どうやら彼はビギナー強盗だったようだ。


「ほらほら、そんなこと言わずにね、おへその辺りをプスッといっちゃいましょう」


 望がしゃがみ込んで強盗の肩を掴み、拾った刃物を差し出す。ついでにシャツをお腹の上までまくり上げている。


「ヒィィ、あんたら悪魔カヨ」


 どうやら、この男はそもそも強盗に向いていないようだ。

 もう、彼を心の中で強盗と呼ぶのはやめようと決めた。

 俺はひどく落胆した。

 天国から地獄に落とされた気分だ。いや、俺にとっては死ねるなら天国でも地獄でもいいからどっちもハッピーだった。

 俺は大男の前に立つと静かに話しかけた。


「なぁ、あんた、俺はあんたが羨ましいんだよ」

「「?」」


 大男と望は顔を上げ、こちらを見た。


「あんたは生きる為に母国を出て、稼ぎのいい国まで来て、犯罪まで犯してる」

「ソレ、嫌味カ?」

「いや、全く、俺とこの女はそれが出来ない人間なんだ。生きる為にそこまで出来る人間が俺は羨ましいよ」


 俺の問いかけに望が「だね」と頷く。


「生きたいんだろ?」

「当たり前ネ」


 俺は自嘲気味に笑ってしまった。それが当たり前だと思える感性はいつ俺の中から消えてしまったのだろう。


「なら、やってくれよ」


 望がスッと立ち上がり、俺の横に立ち両手を上げる。

 無抵抗の証、いつでもどうぞの合図。

 俺はつられて両手を上げる。


「…なんで、そんなに死にタイ?」

「…多分、今どんな言葉で説明したってわからないと思うよ」


 望は彼の質問に極めて真摯に答えてあげる。

 そう、生きる為に犯罪まで犯す彼と俺たちは今対極にある。

 どれだけの言葉を交わしたって右翼と左翼が分かりあうことがないようなものだ。

 大男が足元の刃物を掴み、フラフラと立ち上がった。

 膝が笑っていて今にも崩れ落ちそうだが、それでもしっかりと立っている。

 彼は生きる為に立っている。

 俺たちは死ぬ為に立っている。

 震える刃がこちらに向く。

 流石にいざこの時になれば、嫌な汗が額を伝う。

 ただ、そんな汗が流れているのは俺だけではないらしい。

 望の顔にも汗が伝い、生唾を飲んでいる。

 大男は言うまでもないし、手も震えだし、呼吸が荒くなっている。

 異様な雰囲気が部屋を支配する。

 その空気を破ったのは大男だった。

 言葉でなく行動で示す。

 刃物を床に投げ捨てたのだ。


「殺せナイ、ここを超えタラ俺はお前たちの気持ちがワカってしまう。きっと俺も死にたくナル」


 呻くようにそう呟いた。

 この調子じゃ強盗が上手くいっても罪悪感で死んじゃうんじゃないか?

 殺せないならこいつには用はない。

 かといって生きたがっている人間をこちら側に引き込むのも気が引ける。

 俺は机の上のメモ紙を取り、サラサラと、ある連絡先を書き込んだ。


「ここの店長が人手不足を嘆いていてな、日本語さえ話せるなら猫でもいいから従業員が欲しいって言っていたから多分大丈夫だと思うぞ」


 男は最初何を言われてるのかわからない様だったが、しばらくすると頭を下げ部屋から急ぎ足で出ていった。

 俺たちはそれを見送って人心地ついた。

 俺は小さく息を吐いた。


「生きた心地がしなかったな」

「今から死のうって人が何言ってんの?」

「ははっ」


 乾いた笑いがこみあげてきた。


「で、何を渡したの?」

「俺の行きつけの店の連絡先と住所」

「エッチなお店でしょ?」

「…正解」


 何でばれたんだ? ぼかしたのが悪かったかな?


「最低」


 望は悪戯な笑顔を見せてそう言った。


「俺のエロが人命を救ったんだ、偉大な瞬間じゃないか」

「良い風に言いすぎでしょ」


 望が呆れたような顔をして、その場に膝から崩れるように座った。


「………残念だったね」


 望の顔は俯いているのでよくわからない。


「………本当にな」


 奇跡的タイミングで舞い降りてきた幸運だったが、人生早々上手い事運ばないのは身に染みている。


「………私分かっちゃったかも」


 俺は「何を?」とは聞かなかったが、望は続けた。


「私、初め会った時、千十郎に『も』って言ったけど多分私自殺できないかも、自殺じゃなくって自殺以外で何でもいいから死にたいんだ。

自殺が怖くって、自殺したらどれだけ周りを悲しませるか何となく想像がつくの、自殺したら皆自分を責めると思うの、もっと何かしてやれたんじゃないかって、でも事故死や殺人なら自分じゃなくって明確に怨める人が生きてるから大分楽だなとか思ったりしてる。

………我儘だよね」


 こいつのその感情は我儘なのだろうか? 確かに我儘かもしれない、死ぬだけで他人に迷惑を掛けるのは確定事項だ。

 でも、せめても、少しでも、と思うのは優しさと捉えることは出来ないか?

 人の気持ちが分かってしまう時は、辛いことの方が多い。

 俺も望と同じことを考えなかったわけじゃない。

 もしかしたら俺も一人で自殺しようとして直前でビビッてしまうかもしれない。

 自惚れ屋になれたらなんて楽だろうといつも思う。

 特別なバックボーンを持たない俺や多分望も普通に両親やそれなりに話す友人、親戚や顔見知りなどがいる。

 そいつらの耳に俺たちが自殺したと知らせが入れば、少なからず何かしらの負の感情を与えてしまう。

 場合よっては自身を責める者もいるかもしれない。

 鼻で笑って「いい気味だ」と思ってもらえれば、どれだけ楽かわからない。

 そんな自惚れ屋になれればどんなに楽だらう。

 誰も自分に関心などなかろうと自惚れる事が出来れば、とっくに自殺できていたはずだ。


「本当に我儘な奴だな」


 望が両目に涙を溜めて顔を上げる。

 馬鹿、自分自身に言ったんだよ。


「はぁ、どうするかな」


 思わず溜息がこぼれる。

 綺麗な結論なんて出るはずがない。

 百点の答えもない。

 俺たちはそれでも答えを必死で考えなくてはいけない。


「「………………」」


 長い沈黙が流れる。

 開けっ放しの窓から不法侵入した生温い夜風が顔をくすぐる。

 俺も早く千の風にでもなりたい。


「もう、いっそのこと千十郎が私を殺してよ」

「………めったなこと言うなよ。それこそお前が俺を殺してくれよ」

「同じこと言ってんじゃん」


 まぁ、楽ではあるよな、他人に奪われた命なら残された人間は被害者になれる。自殺は下手すりゃ加害者の気分を味あわせてしまう。

 久しぶりに少し頭を使うと、とても疲れた。

そもそも、使える頭があるなら自殺なんて考えないのかもしれない。


「「あっ」」


 不意に声が重なる。

 ろくでもない俺はろくなことしないし、そして、そんな俺はろくでもない考えが浮かんでしまう。

 他人にとっての不正解が俺の中では正解になってしまう事が多々ある。

 だが、今回は隣にいた奴もろくでもなかったようだ。

 二人で馬鹿面下げて、今度は意識的に声を重ねる。


「「同時に殺せばいいのか」」


 綺麗な結論なんて贅沢は言わないが、よりにもよって俺たちは周りから見れば0点呼び出し確実物の答えを笑顔で導き出してしまった。

 その夜はぐっすり寝られた。

 毎日寝たら来てしまう明日に怯えることなく寝られたのはいつ振りだろうか?


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