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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

『睡夢:御神籤の女性』

作者: 半信半疑

「では、お任せします」

 後に残ったのは、女子高校生が一人と冴えない男が一人。

 神社の境内は閑散としている。時刻は夕暮れ時。オレンジまじりの黄色い光が、徐々に明るさを失いつつあった。

 男は御神籤おみくじがある場所へ目を向けた。今回の依頼で確認してもらうように頼まれた場所だ。

 ―最近、神社でおかしなことが起こっている。

 男がそういう話を聞いたのは、一週間ほど前のことだった。噂が独り歩きしているかもしれないという事で、神主が男の事務所に調査を依頼してきた。

 そして、今日、調査のために足を運んできたというわけだ。一人余計な者もいたが。

「姉さんから許可は、もらったのかい?」

 男が問う。

「大丈夫よ。母さんなら、これもまた将来のための勉強という事で許してくれるわ」

「まったく。霧江ちゃんにも困ったものだ」

「いいじゃない。叔父さんだって助手がいれば助かるでしょう?」

「慣れていれば、ね」

 おしゃべりをやめ、男はまた、御神籤の台へ目を向けた。

 簡易的な御神籤なのか、箱を振ると、吉や凶のみが書かれた棒が出てくるタイプらしい。

 ”おかしなこと”が何なのかは、先入観が入ってしまうため、詳しくは聞いていない。男はこれから確かめるつもりだった。

 そうして眺めていると、『霧江きりえ』と呼ばれた女子高校生が他の参拝客らしき人を発見する。

(女性…、私と同じ高校生…、隣の学校かしら?)

 新たに現れた女性に興味を持った霧江は、男の横から離れた。

 女性は御神籤の方へ向かった。棒の入った箱を、振る。

「また…」

「あの、少しお話を聞きたいんですが、今時間ありますか?」

 霧江は女性の正面から話しかけた。

「私、羽崎はねざき霧江といいます」

 女性は困惑した表情を作りながら、自己紹介した。

「はぁ。船宮ふなみやかえでです」

「船宮さんは、今日は、どうしてここに?」

「御神籤を、引きに来たんです」

 女性、船宮楓は目線を下げ、簡単に話した。

「へぇー、御神籤を。そうだ、最近何かおかしなことはありませんでしたか? 今、ここの御神籤について調べているんですが…」

「最近、ですか」

 船宮楓は下げていた目線をさらに下げた。霧江からは表情が見えないようになってしまった。

 霧江は何か不快にさせてしまったのだろうか、と心配した。

 音の無い時間が少し流れた後、船宮楓の口から、聞き取りにくい言葉が放たれた。

「ずっと…なんです。何度引いても、日を変えて引いても…。御神籤を引く度に…です」

「え?」

 夕日が隠れた。船宮楓の顔がさらに見えづらくなる。しかし、言葉は逆に鮮明になっていった。

「大凶、なんです。ずっと、ずっと、ずっと。引く度に、大凶、大凶、大凶…。一日に二回以上引いたこともあって、その時も全部、大凶で…。何か良くないことが起こるんじゃないかって不安になって、御神籤の箱を落としてしまったら、箱から御神籤の棒が溢れ出て…、それも、全部、大凶で…。棒に触れるのが怖くて、目で確認していたら、棒が…、棒が勝手に動き出して、お賽銭箱の中に消えていって…。それから…。それから…」

 霧江は、得体のしれない何かが背中を這いずり回る感覚を覚えた。このまま船宮楓を見続けていてはいけない、そういう気持ちが湧き起こる。しかし、視線が切れない。逸らすことが、できない。

 顔が強張っていき、体は寒気を感じていく。しかし、それと同時に、話の先を知りたいという好奇心が、霧江の中に生まれた。

 ―それで、どうなったん、ですか?

 絞り出した声は、霧江に、自身の恐怖心を客観的に確認させた。

「私…事故に…、事故に、あって…」

 ぽとり、と。

 何かが船宮楓の手元から落ちる。

 それは、赤と黒の二色を纏っていた。

 それは、彼女の、右腕だった。

 あちこちぶつけてしまったのだろうか。痣がいくつもできていて、とても痛々しかった。

「車が、目の前に迫ってきて…、私は、避けることもできずに、体が…動かなくて…。そうしている内に、車が私の体を、突き飛ばして…」

 霧江は声が出せなかった。まるで体の支配権を奪われたみたいに、身動ぎ一つとれなかった。

「一瞬宙に浮いた後、すぐに落ちて…。体が、動かなくて、それで、また車が向かってきて…、投げ出していた右手が…、タイヤに…」

 ごりごりごり、と音が聞こえた。そんな気がした。

 幻聴だ、霧江は咄嗟にそう思った。思い込もうとした。しかし、鈍い音は彼女の耳で反芻された。何度も、何度も、何度も。

 体の熱が失われていく。体内に氷でも投げ込まれたみたいだった。

「どうして、私ばかり、殴られて、どうして蹴られて、どうして、」

 ―ねぇ、どうして?

 目の前に、船宮楓の顔があった。霧江は驚いて身をそらそうとするが、体が動かない。動かせない。

 目線も動かすことができずに、霧江は船宮楓の顔を直視した。

 顔の輪郭が歪み、本来目があるべき場所には、深い闇だけがあった。

 人の顔を保っていなかった。

 船宮楓の左手が、事故で残った左手が、霧江の首に触れる。

 緩慢な動作が、突然変容し、素早く首を掴まれる。その手は、徐々に力を込めていく。

 霧江は息ができない。酸素が取り込めない。掴んだ左手を遠ざけようとすることもできない。

 ただ、呼吸をしたくて、息を吸いたくて、たまらなくなる。

 やがて、思考が裏返る。

 霧江が最後に見たのは、襤褸ぼろきれのような足と、迫りくる車の影、そして、誰かの涙だった。



 沈んだ意識が引き上げられる。

 霧江は目を覚ました。

 何処かのベンチで寝かされているようだった。頭が酷く痛んだ。

「起きたかい?」

 声の主は、霧江の叔父だった。神社に同行していた男だ。

「対応が遅れてすまなかった」

 視界がはっきりしてくると、靄がかかっていた思考も鮮明になってくる。

「叔父さん、…あれは、あれは何だったの?」

 霧江は、弱弱しい声で言葉を紡ぐ。

「霧江ちゃんを助けてから、近くで聞き込みをしたんだけどね、ずいぶん前に交通事故で亡くなった子がいたらしいんだ。それが、君の首を掴んだ彼女。外見も一致していた。何が原因かは、まだこれから調べるけれど、今回の依頼は彼女が引き起こしていたみたいだね」

「引き起こして、いた?」

「祓うだけならできたよ。幸い、対応できるくらいの怨念だったから」

「叔父さんなら、どんな霊でも祓えるでしょ。……、どうして早く助けてくれなかったの?」

 男はため息をついた。

「対応が遅れたのは、いや、遅らせたのは、霧江ちゃんにホンモノの怖さを体験してほしかったからだよ。君は無自覚に、霊に接するからね。危機感が無いんだ。だから、今日みたいなことが起こる」

 男は、霧江の目を指さした。

「見分けがつけるようにならないといけない。生きている人間と、死んでいる人間の見分けを、ね。早く、慣れなさい」

 それは、諭すような優しい声だった。

 霧江にはまだ、どちらなのかという見分けがつけられない。今後の為に、今日会った彼女のことを思い浮かべてみる。生者と死者の違いは、何か。感じる部分はあったのか、どうか。

「あの人と話していた時…」

「うん?」

「『船宮楓』って名前の、あの人。首を掴まれた時、苦しかったけれど、あの人の苦しさも伝わってきたの。体が壊れていく音と心が壊れていく音が重なって聞こえたわ。あれは…、あれは事故だけの痛みじゃなかったと思う」

 霧江は、胸の痛みを抑えるように手を当てた。

「でも、叔父さんが彼女を祓ってくれてよかった」

「何故だい?」

「苦しみを、ずっと抱えているのはつらいから。これでようやく逝けたのよ。彼女も」

(次は、幸せになってね)

 霧江は心の中で、そっとつぶやいた。

 帰りに、彼女のために御神籤を引いていこう、そう思った。

 多分、大吉が出るだろう。運命の神様も、そこまで彼女に悪くはしない。

 三日ぐらい前に見た夢の内容です。若干の脚色をしています。あと、内容の変更も。

 登場人物に名前なんか無かったし、誰かの依頼だなんて設定は無かったし、女性の霊が祓われるなんてことも無かった。

 それに、本当は叔父さんがこう言ってくるんだ。

「目を合わせるな。そんな者はいない」

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