004 第一幕 伝説の名剣4
「な……なにが起こったんだ」
思わず俺はつぶやく。たった今目に飛び込んできた情景はウソなのではないのだろうか?本当の自分はもうとっくに光りの球に貫かれているのではないだろうか?
俺の頭には生きているという実感は全くなかった。ただ痺れたような感覚が脳に染み付いている。
俺が朦朧とした頭で考えている間、ドラゴンはなぜか攻撃してこなかった。
「何故だ。何故ただのロングソードに俺のブレスが弾かれるんだ……」
ロングソード?そうだ。ロングソードはどうなったのだろう。
俺は、汗ばんだ手で握り締めているロングソードに目をやる。するとそこにはつい数十秒前に死を覚悟したときと全く変わっていない剣が手のなかにあった。ただ一つの相違点を除いては。
剣はほのかに夜空にまたたく星のような輝きを発しているのだ。静かに、ときに残酷に思えるような鋭利な光りを。
『あら?驚いたかしら』
誰のものなのか分からないが子供のような高い声が響いた。
俺は、ハッとドラゴンを見る。ドラゴンはまだ自分のブレスが弾かれた事が信じられずに苦悩している。
よく考えると、ドラゴンの低く鋭い声とは似ても似つかない声だった。
『驚かなくてもよろしくってよ。私はカオス・ブレード《グランドクルス》っていう剣なの。と言っても、正確にはその精神なの。《ぐらちゃん》って呼んでもいいわよ』
再び、今度はハッキリと頭の中というか、直接頭に響いてくる声。なぜか、その声を発しているのは右手のブロードソードだと感覚的に理解できる。
「剣……って、このロングソードか?」
『そうっ、大当たりー。長い間精神だけでこの階をウロウロしてたのよね。私ってね、もともと魔法のかかってる剣には乗り移れないんのよ。でもキミが全然強化してない剣持ってやって来たからやっと剣の中に戻れたの。それより、このドラゴン早く倒しちゃいましょうよ』
「倒せって、簡単に倒せたら苦労してねえよ」
俺がさんざん苦労しているのを知らないのかよ、と俺は剣に向かって悪態をつく。
『やっだー、私は伝説の剣なのよ。こんな低級ドラゴンなんて一撃で倒せるわよっ』
「本当かっ!?」
そういえば、さっきの俺を射貫くハズだったブレスはコイツの力かなにか知らないがとにかく弾き飛ばすことが出来た。考えてみると何とかなりそうだ。
俺は藁をも掴む思いでそう願い、剣を握り締めた。
「グルルルル……」
気が付くとドラゴンがこちらを物凄い形相で睨みつけている。ブレスを弾いたことでプライドを傷つけられたようだ。
「貴様ごときに何故俺のブレスが弾かれたのかは知らぬが、奇跡はもう起きない。今度こそ死ね」
ドラゴンはそう叫び、再びブレスをチャージし始めた。
しかし、さっきとは全くそれを見ている感覚が違う。ブレスを構成している光の粒の一粒一粒の動きがまるでスローモーションのように展開され、その動きを完全に追うことが出来た。
これも伝説の剣の力か?頭の隅にそんな考えが浮かぶが今はそんな事よりもブレスを避ける事だ。
緑色の閃光が俺の方に向かって伸びてくるが、その動きすら目で容易に追う事ができる。避けられる。俺は体を大きく右に反らしてブレスを避けた。
「バカなっ!?俺のブレスがこんな小僧に避けられるだとっ?」
ドラゴンは叫ぶ。続いて、鋭い鉤爪を俺にめがけて振り下ろす。
だが、ブレスの軌道さえハッキリと目で追うことが出来た俺にとってそんな攻撃を避けるのは楽なことである。俺はその鉤爪を余裕でかわし、手にしているロングソード、いや《グランドクルス》でドラゴンに切りかかる。
剣から鈍い感触が伝わり、ドラゴンの脇腹からドス黒い血が流れ出ていた。
それでもドラゴンは鋭い鉤爪で俺を引き裂こうとやみくもに鉤爪を振り下ろしてくる。
『どうやらこのドラゴン、一回ブレスを吐いたら二回目を吐くまでに時間がかかるみたいよ』
グランドクルスが語りかけてきた。
確かにそうかもしれない。さっきから連続で鉤爪攻撃はしてくるが、ブレスは一度も吐いてこないのだ。
『次にブレスを吐くときのチャージ中に私が合図するわっ、その瞬間にドラゴンに切りかかってね』
「よし、わかった。次のチャージ中だな」
俺は鉤爪の猛攻を避けながら応える。
そのとたんドラゴンは鉤爪の攻撃を止め、少し後ろに下がる。そしてブレスを吐くためにエネルギーを溜め始めた。
『いまよっ』
俺は、ドラゴンに向かって駆け出す。途端に周囲の景色が凄い勢いで後ろに流れて行く。そんなスピードで動いているにもかかわらず、俺の感覚はいつでもドラゴンの動きに反応出来るほど研ぎ澄まされている。
ドラゴンがゆっくりと頭をもたげ、ブレスを吐き出す。俺はブレスを剣で引き裂き、なおもドラゴンに向かって走り続けた。
ドラゴンの放ったエネルギーの固まりが真っ二つに裂け、後ろの壁にぶつかって轟音をあげる音が聞こえる。ちょうどそのとき、俺はドラゴンの鉤爪を避けつつ懐に入り込んだ。そこからドラゴンの堅い鱗の生えていない腹に剣を突き立てる。ドラゴンがなんとか反撃を試みようと鉤爪で攻撃してきたがそのときには俺はすでに腹を切り裂き、二、三歩バックステップを踏みドラゴンの鉤爪の射程距離からは離れていた。
「バ……バカナ…………」
ドラゴンが断末魔を上げて大きくのけぞり後ろにゆっくりと倒れていく。
「ふっ、どうやらオレの力に屈したようだな。はっはっはっはっは」
『私の力だって』
グランドクルスが突っ込みを入れるがそんなことはどうでもよい。とにかく俺はめでたくドラゴン一匹を葬ったのだ。これでドラゴンスレイヤーを名声を得ることが出来る。そしたら武器屋でも武器が各20%OFFだ。
『ちょっと、勝手に妄想モードに入らないでよっ』
「いいだろん、グランドクルス。ちょっとくらい」
せっかくの俺が妄想に浸っていたというのに。もうすこし浸らせてもらいたいものである。