003 第一幕 伝説の名剣3
「は……れ?」
テレポートの杖の魔力はもう空っぽになっていたのである。あぁっ、あの杖を盗んだマジックショップの店主め。店に使用回数2回しか残って無いような杖を置いておくなぁぁぁぁっ!もし、生き残れたらあそこのマジックショップの前で「この店は客に不良品を売りつけてるぞ」とか叫んでやる。
悪態をつきながらも俺は全力で通路の突き当たりの角を右へとまがる。
その途端、さっきまがった角がドラゴンのブレスの直撃を受けドロドロに溶けていく。あんなもの一発でも食らったらそこに待つのは死だけである。
どうする?戦ったらまず間違いなく10秒もかからずに殺される。逃げていてもそのうちブレスの直撃を食らう。でも、だからといって隠れるような場所があるわけでもない。
あぁ、なんか今日は逃げてばっかりだな。マサキからは逃げたのに、せっかく逃げ切ったのに、こんなところでドラゴンに殺されることになるなんて。
くそぉっ、こんなことになるんならマサキからもっと良い武器盗んどくんだった。ドラゴンスレイヤーの一本でもあればまだ何とか生き残れるかも知れないってのに。
なんだかんだ言っても状況が変わるわけではない。無情にもドラゴンは俺の方に凄まじいスピードで近づいてくる。
こうなったらもう特攻しかないか!?そろそろ息も切れてきてこれ以上はあのドラゴンから逃げ続けるのはかなり難しい。それならいっそのこと万に一つでも生き残れる可能性があるかもしれない方を選ぶしかない。
内心は嫌だとは思いつつも俺は素早く振り向き、ドラゴンに向かってロングソードを構える。しかし、ドラゴンはロングソードには全く怯むことなく俺のすぐ側までやってくる。
俺のすぐ2メートル前にはすぐにでも俺を切り裂くことができる鋭い爪がドス黒く光りを発している。
「クククッ。ついに力尽きたようだな。せいぜい生命の最後の時くらいは全力で抵抗してみせろ。最後の力でな」
俺は震える奥歯を噛み締め、それでも震えた声でドラゴンに悪態をつく。
「へっ、馬鹿ドラゴンのくせに。俺がただで殺されると思ったら大間違いだなんだよ」
「せいぜい今のうちに大口をたたいておけ。死んだら二度と叩けないからな」
ドラゴンが非情に現状を述べるのを俺は妙に落ち着いた気分で聞いていた。
人間死ぬときはじたばたせずに潔く死んだ方が良いものだ。
……っておいっ!すでに死ぬのが確定したような気分になってる場合じゃないんだよ。ここが生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。ジタバタしないなんて俺には考えられないぜ。
さっき無意識の内に考えていたのは幻影ってことにしておこう、そうだそうに決まってる。
ドラゴンがこっちが心の中で奮闘しているのをよそに話しだす。
「さて、死ぬ覚悟はできたか?出来たらさっさと俺に殺されろ」
「まっ……まて、死ぬ前に冥土の土産をくれっ」
俺は少しでも時間を稼ごうとよくわからん受け答えをする。
「そうだよな、普通はドラゴンとかそういう高貴なモンスターが人を殺すときには冥土の土産の一つや二つはつけてくれなきゃな。そういうわけだから、冥土の土産になにかくれ」
あまりの厚かましさとバカバカしさにドラゴンの額についっと汗が流れる。
もともとダンジョン中は寒いのだが、周囲にはさらに寒々しい空気が流れてきて、それと同時にバックの絵が白黒反転する。
どこからともなく、風が空き缶を転がす音が響いてきた。
「……冥土の土産などやらん」
「そんなっ、頼むぜ。こういうシーンのお決まりじゃないかよ」
俺が懇願するとドラゴンがおもむろに語り始める。
「バカか、お前は。古今東西、いままさにその命が尽きそうな冒険者に冥土の土産を聞かせたドラゴンの末路は決まってやがる。パターン1、横から強い冒険者が出てきてドラゴンをなぎ倒す。パターン2、主人公が突如反撃にでて、しかもそれが成功する。パターン3、ヒロインが決死の覚悟で主人公を助ける……というふうに、かならずやられやがる。だからお前に聞かせる冥土の土産など無あぁいっ!」
最後の方は半分叫ぶように語り終えたドラゴンは即座に攻撃に移ろうと身を低くして俺にいつでも飛びかかれる体勢になった。
「げっ、やめろよ。冥土の土産くらい話してやるのはドラゴンとしての礼儀じゃないのかよ」
「そんな礼儀はない」
言い終わると、ドラゴンが大きく口を開ける、一声奇声を発するとドラゴンの周りから緑色の光りが沸き出てくる。テレポートのときの光りに似ている。
光りはドラゴンの大きく開かれた口の前に収縮し緑色に輝く光球となろうとしている。光りの粒を一粒残らず光球が吸引してゆく。
最後の一粒が光球に吸い込まれると、その光球は俺に向かって放たれた。
轟音と共に、俺の視界から光球以外の部分が急速に視野の外側へと消えてゆくのを感じる。
その瞬間、俺は意識的になのか無意識になのか咄嗟にロングソードを光球に向けて振るった。
……おかしい。俺の体を数ミリ秒後に包み込むハズの衝撃がいつまでたってもやってこない。
恐る恐る目を開けると、そこにはドラゴンの困惑した表情と向かい側の壁に残った破壊の跡が目に飛び込んできた。