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6話:アヌビス

 宇宙船 E・L・L・Eは、全長250メートル、横幅50メートルにもなる大型船である。その内部は、複数のブロックに区切られた多層構造になっている。そして、この船の全てのブロックを監視、制御するのがE・L・L・E オペレーションシステムと呼ばれるものだ。複雑な制御概念を排して、人間の自立神経のように半自動的に船を操作するシステム。


特定の処理を施された人間が思うだけで船をあやつり、操作する事ができる。そして、そのE・L・L・E オペレーションシステムそのものが古代人エルに組み込まれているのだ。そんな船に1つの貨物用の広いフロアーが存在していた。そのフロアーの中心に運搬用のエレベータの扉があり、その周りには何も無かった。


ただの広いだけの空間がそこには、あったのだ。


ドーーーーーン


と、突然大きな音がフロアー全体に響き渡るとそのエレベータの中から、一人の少年が飛び出した。


エレベータの扉が爆発音と同時に弾け飛び、飛び出した少年は、床をすべる様にエレベータの方向へ向き直った。


「クッ・・・化け物め」


少年シアン・シルスは、そう言葉を吐き出すと、いまだにエレベータの中に存在する異形の存在を睨みつけた。


「やはり、古代人では、なかったな・・・・お前は、何者なんだ?」


シアンは、黒い異形の陰に問いかけたが、帰ってくるのは、獣のような唸り声だけだった。


「ホルス? いや、違う! その禍々しい姿は、・・・・・アヌビス!!」


シアンのその叫びと同時にエレベータの中から黒い影が飛び出した。




青い空、不気味なほど澄みきった雲一つ無い空。太陽の光を弱々しく反射する偽りの月。鳶が大空を旋回して地上の獲物を狙いすましている。


柔らかな風。


それをからみとる様に空を移動する巨大な物。


宇宙船エルが西のレジスタンスが在ると言う探玉の森へ向かっていた。宇宙船エルの中でサラは、エルに与えられた個室の小さな部屋でベットに腰を掛けて考え事をしていた。


「ちっ・・・」


サラは、小さく舌打ちをするとうつむいた。エルは、サラ達の前に戻って来た。気を失ったシアンを連れてエルは、戻って来たのだ。


何があったのかサラには、分らない。


エルは、何も言わずに自分の部屋に閉じこもったきり出て来ようとはしない。サラは、信じたかった。

エルは、あの少年シアン・シルスよりも自分を選んでくれたと言う事を。エルの言った事は、少年を欺くための方言だったと言う事を。


「でも・・・はっきりさせたい。・・・エルの所へ行こう」


それがサラの今の気持ちであった。




エルの部屋。


小さな固いベットに小さな机と椅子。エルは、そんな殺風景な窓一つない部屋の中で椅子に座り込み、じっとベットで眠っているシアン・シルスを眺めていた。すると急にシアンが驚いた様にベットの上で飛び起きた。


「なんだ!? ここは? ・・・お前は!?」


シアンは、椅子に座り自分を見つめているエルの姿に気がつき、顔を引き攣らせた。


「お前は、なんなんだ? あれは、いったい?」


「貴方は、どうして・・・ラーに従っているの?」


エルは、少し首をかしげてシアンの質問を遮るように言った。


「なにぃ!? 質問しているのは、僕の方だ!」


「貴方、自分の立場がわかっていないようね! 貴方は、捕まったのよ! 捕虜って言うのかしら!?」


「ならば、どうして僕を拘束しない!? 閉じ込めない!? 僕がおとなしくしていると思っているのか?」


「無理よ。貴方、見てしまったわ。私の本当の姿」


「クッ・・・・なんなんだ? お前は・・・・」


シアンは、恐怖に曇らせたような顔をエルに向けた。エルは、そんな彼の反応を素直に受け止め意志の強そうな瞳でシアンを見据える。シアンは、古代人である。だから、いくら拘束されようが閉じ込められようが閉じ込められようが古代人としての力を使われては、そんな物は、無意味であるのだ。


そう言う理由からエルは、シアンを閉じ込める事なく自分の部屋に連れて来たのだ。そしてエルは、シアンと話をするために彼が目覚める時を待っていたのである。


「もう一度聞きます。貴方は、どうしてラーに従っているの?」

何故? そんな事を・・・・」


「答えなさい!!」


「クッ・・・僕は、ラー様を尊敬している。あの御方のやろうとしている事は素晴らしいと思う。だからさ!!」


「洗脳は?」


「されていない」


シアンは、そうキッパリ言いきりエルは、一瞬だがフッと笑みを浮かべたかに見えた。

そして、シアンは複雑な表情をエルに向ける。


「そう、私・・・ラーに遭いに行こうって思っているわ!」


「わからない! お前がそう思うなら、何故? 僕を捕まえた?」


「そっ・・それは」


エルは、動揺を隠せずにいた。


シアンに一つの矛盾を指摘されて、エルは、動揺した。自分が自分自身でした事が理解出来なかった。あのままシアンの後をついて行っても良かったのだ。


「私は、・・・ラーに遭って・・・私は、・・・彼を倒します」


「無理だ!」


「私なら倒せるかもしれない!」


「それがお前の目的なのか!? たしかにお前は、恐ろしい。しかし。あの御方は、もっと恐ろしい人だ! 倒せるわけがないんだ! そうだ、誰も倒せない!」


シアンは、エルの言葉に驚き、そして切羽詰った表情で訴えた。


「だから・・・あなたの力があれば・・・・」


「僕にラー様を裏切れと言うのか?」


エルは、シアンに向かってコクリと頷いた。シアンは、冷や汗を浮かべ、エルの言ってる事の恐ろしさをかみ締めていた。


「この僕が・・あのラー様を・・裏切る? この僕が・・・あの御方を裏切るなど・・・この少女・・」


シアンは、そう心に考えを巡らせながらエルをしっかりと見据えた。


「・・・できない! あの御方を裏切る事など!」


「あなたは、騙されているのよ! ラーは、あなたが思ってるほど、この世界の事を考えていない! 守ろうなんて思ってもいない! 彼は、個人的な考えであなた達古代人を利用しているのよ!!」


「嘘だ! そんな事、信じない! 僕は、ラー様を信じる! お前の言う事など・・・・」


あまり感情をあらわにした事の無いシアンが声を荒げにそう叫んだ。自分が尊敬している人物を侮辱され、自分がその人物に騙されていると言われシアンは、心を乱された。自分が信じてるものを侮辱されて正気でいれる人間は、そうはいないだろう。なんらかの形でそれを弁護し、保護しようとするのは、人間の本能的なものである。それが人間が人間らしく生きていくうえで必要なものでもあるのだ。


「可哀想な人・・・・・」


「なに? 何だって? この僕が・・・ははっ・・・可哀想だって?・・・何故だ!?」


シアンは、最後の言葉だけ語調を強めて、エルを睨み付けた。


「あなたは、本当に騙されているのよ! それがわからないなんて・・・・あなたは、洗脳されていないと言ったわ! でも、そこまでラーを信じてるいるなら、洗脳されている事と一緒よ。ラーは、あなたの心を取り込んでいる。それがわからないなんて、可哀想だと思うわ。あなたは、人の思想に寄りかかってるだけ。自分が何をしたいのか。すべき事をあなたは、持っていない。それが・・・どう言う事かわかっているの? シアン・シルス!!」


エルは、とても冷徹な目でシアンを見つめ、椅子から立ちあがった。エルの気迫にシアンは、たじろぎ、目をそらした。エルの言いたい事は、シアンには、痛いほど分かっていた。わかっていてもシアンは、どうしてもその一歩を踏み出せないでいた。シアンは、逃げていたのだ。自分自身に。自分の力に。逃げていたのだ。だがそれをエルに指摘されるなどは、シアンには、思ってもいなかった。

その事が段々と積もるようにシアンの心を重くする。


「・・・・・エル、おまえは、・・・・おまえは、・・・・・僕の心の中を見透かした様に・・・・」


シアンが静かにそう言うと直ぐに


コンコン


と、部屋の扉を叩く音。


その音にエルとシアンは、一斉に扉のほうへ顔を向ける。


「はっ・・・サラ! 来ては、駄目!」


エルのその叫びは、遅く、扉を開いたサラには、何を言ったのか分からなかった。


そして、エルが心配してた事が起こった。


シアンが素早くベットから飛び起きるとサラの方へ向かっていた。エルが「あっ」っと思った時には、サラがシアン・シルスに掴まってしまった。シアンは、左腕をサラの首に回し羽交い締めにして、右手の手刀をサラの胸に添えた。


「クッ・・・エル・・・・」


サラが苦しそうにうめく。


「エル! 動くな! 動けば、この少年が死ぬ!!」


シアンがサラの後で気迫の篭った声で叫んだ。


「サラ・・・・・」


エルは、困ったように手を組みサラを見た。シアンの言葉どうりにエルは、動けないでいた。下手に動けば、サラの命は無い。シアンなら、本当にやるだろう。エルには、それがわかっていた。シアンは、もがくサラを引きずるようにエルの部屋を出て行った。







一面鼠色。


金属で出来た壁面に鼠色のペンキが塗られ、緊張感がただよう場所である。様々な形の機械。何に使うのか、何のやくにたつのか、わからない。そんなものがいっぱい格納庫にひき詰めてあり、その間を縫込むようにシアンは、サラの首を締め上げたまま進んで行く。シアンが壁にあるパネルに触れると、金属が擦れるような音を響かせながら、シアンとサラの足元を堺に床が外側へ開いていった。


ブオオオ〜


と、風が開いた床から飛び込み、シアンとサラの髪と服をなびかせた。


開いた外側の世界は、深い緑色だった。そして、若葉の臭いがツンとシアンとサラの鼻に届く。

そう、宇宙船エルは、森の直ぐ上飛んでいたのである。そういう景色を見て、サラは、本当にこの船が飛んでいるのだと実感した。


「君は、どうして・・・」


「五月蝿い! だまれ! 僕には、古代人だ! おまえのような現在人と口は、聞かない」


「なっ・・古代人がそんなに偉いのか?」


「ああ、偉いね!」


「・・・・」


あまりにもきっぱりとしたシアンの態度にサラは、何も言えなかった。


彼も本当に古代人なんあろうか。それがサラがシアンを初めて見た時に感じた疑問だった。外見では、自分達人間とは、変わらない。何処が違うのか、エルも古代人だと言う。サラには、どうしてもその違いが分からなかった。


「サラ!!」


突然の声にシアンは、サラの首を締め上げたまま後を向く。シアンから距離をおいてエルが立ち、こちらを見ていた。エルは、心配そうにサラを見て、そしてシアンの方へ目を移した。


「シアン、サラを放してあげて! 何もしないわ! 彼は、関係がないもの。本当、何もしない。この船を出ていきたければ、出て行けばいいわ! ひきとめは、しない!」


「エル!! 僕は、お前が嫌いだ! おまえは、・・・・・僕の心を・・・狂わせる!!!!!」


「・・・・」


強烈な風が格納庫の中を駆け巡り、エルの長い髪をかき乱した。



そして、「フッ」っとシアン・シルスが笑みを浮かべたかと思うと、サラをエルの方へ突き飛ばした。シアンは、そのまま後に倒れ込むように大の字に身体を広げて外へ落ちて行った。宇宙船エルの外へシアンの身体はm飛び出してあっと言うまに見えなくなってしまった。


一瞬の出来事である。


あまりにも衝撃的なシアンのとった行動にエルは、サラの身体を抱きとめたまま、呆然とシアンの立っていた場所を眺めていた。


「・・・シアン・・・シルス・・・・どうして!」


エルは、辛そうに呟いた。いくら古代人だといえ、落ちた高さや船の移動速度を考えれば、ただでいられるわけがない。


間違いなく、シアン・シルスは、死んだのだ。


エルの前でシアンは、死んでいったのだ。

エルは、スーと涙を流した。


「エル、悲しいのかい?僕も彼があんな事するなんて・・・・。」


「サラ、私怖いわ!怖いの! シアンは、死んで行ったわ! 私の前で死んだ・・・私は、彼と同じなのよ。同じだから・・・・・怖いの!」


エルは、サラの身体をぎゅっと抱きしめて、しばらく泣き続けた。

彼女が落ち着くまで、サラは優しそうな目でエルを見つめているのだった。




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