14話:姉妹
屋敷の中で一番大きな部屋。
その部屋の大きな両扉がある出入口付近でナスカは、落ち着かない様子で立っていた。まるで声を掛けられるの待っている子供のようである。
ナスカは、「やっぱり、馴れない」っと呟いて深くため息を付いた。父が生きていた時は、父が橋渡しの役をやってくれていたので直接・・・姉であるエイダと言葉を交わす事が少なかった。父が死んでから、姉と言葉を交わす回数が増えいった。姉に会う度にナスカは、生きた心地がしなかった。
やっぱり、馴れない。
それがナスカの正直な感想だった。
何度も言葉を交わそうが優しい言葉を掛けてもらおうが馴れないものは、仕方が無い。
っとナスカは、半分あきらめかけていた。姉であるエイダが自分の前に立つと身体が震えて止まらないのだ。
怖い・・・。
そんな感情が込み上げてくる。ただ単に「怖い」と言う単語がナスカの身体を震わせてるわけでは、なく。自分の中にある本能が「こいつは、危険だ!こいつは、敵だ!」っと激しく叫び出す。それも自分の中にある人でない部分が一層激しく騒ぎ出す。
数年前・・・ナスカは、まだ人だった。
だが、旅の途中で「異次元の魔」に襲われて食べられてしまった。その時、ナスカは、月の呪いをその身に受けていたのだ。月の魔力の波動は、生物を変質させる力がある。
月の呪いに呪われていたナスカも例外ではなく、彼女自身の身体も変質を始めていた。
そんな時に「異次元の魔」に取り込まれてしまった。
月の魔力の波動は、「異次元の魔」にまで作用しナスカごと異次元の魔を変質させていったのだ。
そして、真っ二つに別れてしまった。
ナタスとナスカと言う闇の双子に別れてしまったのだ。ナタスは、ナスカの半身であり、人であった時の大切な部分をもぎ取っていった。その代わりナスカは、ナタスの力を半分取り込んでしまった。
「ナディア!」
そんなエイダの呼び声にナスカは、ハッと俯いていた顔を上げるとひざまついた。自分に近づいてくる姉エイダの気配を感じて、ゆっくりと顔を上げる。震え出そうとする自分の身体をなんとか押さえ込み、エイダに悟られないように笑顔を向ける。
「ハイ! お姉さま・・・ここに」
エイダは、ひざまついたままのナスカの側まで来ると、右手でナスカの白い髪に触れた。
「何時見ても・・・綺麗な髪じゃなぁ・・」
色素が抜けたような透明で白い髪を触りながらエイダは、そう呟くように言った。
「お姉さま・・・私は、この白い髪が嫌いです。この髪は、私が人でない証ですから」
「うむ・・・そうじゃったな・・・しかし、闇の力は、おぬしの中で安定してように見える・・」
エイダは、そう言って考え込むように右手を口元に当てた。
確かに・・・。
っと、ナスカは、エイダの言った事を肯定していた。ナスカの半身から奪いとった闇の力は、ますます安定してきた。
いや、馴染んでしまったっと言った方が良いかも知れないとナスカは、思う。
「ナタス・・・あの者が居れば、わらわの魔力で導いてやるのだがなぁ」
「それは、・・・人に戻れると?」
「ああ、そうだ。だが、おぬしの半身であるナタスを懐柔する必要がありそうだがな」
エイダは、そんなとても不可能な事をしれっと言ってのけた。ナタスは、ナスカを憎んでいる。自分の力を奪いとっていったナスカを逆に取り込もうとするだろう。それをナスカ自身が一番よくわかっていた。自分の半身・・・ナタス。それは、もう一人のナスカ。もう一人の自分自身。ナタスの心は、ナスカの人だった頃の闇の部分だ。心の奥底で眠っていた激しい衝動そのもの。そんなナタスを懐柔するのは、不可能だとナスカは、思った。
「ナディア・・・実はな・・おぬしを呼んだのは、頼みたい事があっての事じゃ」
唐突にそうエイダは、きり出した。少し申し訳なさそうな口調だったが、態度はとてもそう見えない。半眼でナスカを見下ろして言うその言葉は、絶対服従を意味している。
「・・・・・」
「実はな・・・今日、古代人の娘がやって来おった。皇帝に逆らうのだと・・・協力してほしいと言うのだ。とてもじゃないが信用できぬよ。古代人など、どれも皇帝の奴隷ではないか」
「しかし、お姉さまは、未来を見通す目がございます。あの古代人を見てどう思いましたか?」
「信用どころか・・・・・あれは、わらわには悪魔に見える。この世界を滅ぼしにきた悪魔のようじゃ」
「・・・・・」
「だがな・・・その悪魔の力を利用するのも手だとわらわは、思っておる」
エイダは、冷やかな笑みを浮かべる。ナスカは、そんな姉を見るたびに自身の心が凍りつきそうだった。
「では、どうなさいますか?」
「ひとつ・・・協力する為の条件を与えてやった。その条件を達成するまで、おぬしがあの者達と同行するのじゃ! そして、危険だと感じたなら・・・殺せ!」
「・・・・」
エイダは、軽がるしく「殺せ!」と言った。
素直に受け入れるには、ナスカにとって戸惑う言葉だった。