13話:邪眼の魔女
エルは、老人に大きな屋敷の中では一番大きいだろうと思われる左右ある両扉の前に連れて来られた。その大きな扉には、馬に跨った騎士が魔物を退治している様子を彫刻として描かれていた。威圧感があるその大きな扉を前にしてエルは、息を飲み込んだ。
「この扉の向こうに御主人様が待っておられます」
老人は、半ば急かすように言い、エルの背中を少し押すようにした。すると、その両扉がほんの少し人間が一人やっと入れるほどの隙間が開き、エルは、隙間を通り抜けて部屋の中へと足を踏み入れた。
「・・・・・」
部屋の中で待っていたのは、20代前半の若い女性とサラよりも3歳ぐらい若い10歳ぐらい少年であった。
あまりにも意外だとエルは、驚きを隠せない。
「この人がこの町の・・・・」
エルは、一つ町を作り上げた人物がこれほど若いとは、思って居なかったのだ。しかし、エルは、直ぐに彼女達が只者では、ないと感じとっていた。普通の人間からは、感じられない威圧感と強い意志のようなものを感じていた。古代人とは、まったく別の異質な感じさえした。そして、この女性は、この世界では、類をみないほどの美貌の持ち主でもあり、まるで貴族の娘の様に気品が漂っていた。
彼女の透き通るようなサイレント・ブルーの瞳がエルの姿を見据えた。まるで凍りつくような視線だった。
「よく来た! 待っておったぞ」
気品漂う美貌の女性がエルに向かってそう口を開いた。その口調から彼女は、元王族か貴族の出だとエルは、理解した。人に媚びないふてぶてしい口調は、まさにその代表である。
「貴方が・・・・この町の? いいえ、それだけでは、・・・・ここは、北のレジスタンス・・反皇帝王族軍の指導者が貴方ですか?」
「いかにも・・・わらわは、北のレジスタンスが指導者・エイデリア=クリスティーナ・サーメット・ネールじゃ」
そう言いきったエイダにエルは、驚いたように両目を見開いた。何もかも見通したような寂しげでそれでいて強く、意志を感じさせられるブルーの瞳。エイダの瞳には、普通の人には無い美しさが伺えた。エルは、そんなエイダの目をしっかりと見据えて彼女の前に進み出た。するとエイダは、隣に居合わせた少年に耳うちをした。
ほんの一言でその少年は、解ったとばかりにエルのすぐ横を通り抜けて部屋の外へ出て行った。2人だけで話がしたいと言うエイダの配慮なのだろう。それを見届けたエイダは、笑みを浮かべた。
「フフッ・・・可愛いであろう? わらわのペットは」
そのエイダの言葉が一瞬何を指しているのかエルには、理解できなかった。しかし、その言葉があの少年の事を指しているのだと解ると不愉快な思いがエルの心に込上げてきた。
「貴方は・・・あの少年の事をペットだと言うのですか!?」
「悪いのか? 何を怒っているのだ?」
そう言ったエイダの口調は、冷静でそれでいてエルの言葉を理解しがたいような態度だった。
「貴方は、人をペットの様にしか見られないのですか? まるで、奴隷でも扱うように、貴方は、あの少年がペットだと!?」
エルは、腹ただしい思いをぶちまけるようにそうエイダの前で叫んだ。すると、エイダは、とても可笑しそう笑みを浮かべるのだ。
「おぬしは、気づいておらぬのか? あの少年は、人ではないのだぞ」
「えっ?・・・人でない? そんな・・・・」
そんな馬鹿なっと、エイダの言った言葉には、信じがたいものがあった。あの少年は、どう見ても人であったのだ。それを人では、ないと言う。それは、彼女のくだらない言い訳なのか。
「あの者は、人では無い!わらわは、嘘はつかぬよ。あれは、元々猫であったのだ! 化けておるのだ・・・人の姿にな」
「でも・・・」
「あれの持つ強い魔力がそうさせたのであろう。いくら、その魔力で人に化けていようが猫は、猫ぞ! 猫は、人の可愛いペットであろう?例え、それが人の姿をしていてもな」
そう言いきったエイダにエルは、何も言えなかった。しかし、心の底でそう言ったエイダの発言そのものとその性格の恐ろしさを理解していた。
「そう言う事を言う貴方は・・・・」
「またぬか!! おぬしは、そんなくだらない話をしに来たのでは、あるまい? その話は、これで終わりじゃ」
エイダは、少し言葉を荒げにそう言った。そんなくだらない話をしたくは無いとエイダに言われてエルは、さらに不愉快になった。今の話をくだらないと言うエイダの性格に驚きを隠せないでいた。
「なんて・・人なのだろう・・」
エルは、その言葉を心の中で押さえ込み、エイダの前へ進み出ると握手を求めるように右手を差し出した。
「自己紹介がまだでしたね・・。私の名は、エル・・・・古代人です」
「知っている。おぬしがここへ来ることも、これから向かうべき所もな」
まるで全て、お見通しだと言わんばかりの口調でエイダは、言った。エルの差し出した 右手を無視する様子で部屋の中央にあるテーブルのある席へ移動した。
「こちらに来ぬか!? 立ち話など、辛いだけじゃ」
エイダのその言葉にエルは、素直に彼女の目の前の席についた。エルは、今までのエイダの言動から、彼女は、傲慢であると言うよりも、王族、貴族として育った気位の高さがそう感じさせるのではないかと思うのだった。それも彼女は、北のレジスタンスを率いる指導者でもあるのだ。これぐらいの傲慢さなくては、勤まらないのかもしれない。エルは、指導者としての彼女と、時折見せる幼い少女のような表情をする彼女とのギャップがとても不思議でならなかった。彼女は、若すぎるのだ。指導者として、町の統治者として、とても若過ぎる。しかし、エイダには、その若さを補って余るほどの人間的な魅力がある。だからこそ、町の人たちは、彼女を支持し、レジスタンスの指導者でいられるのだとエルは、思った。
「さて、おぬしの事は、あのルクス・フォン・ランドールか連絡があった」
「・・・・・・」
「そのおぬしが持っている密書とやらを見せてくれぬか?」
エルは、言われたままに自分の身に付けていた腕輪を外し机の上に置いた。すると、その腕輪が大きく膨れ上がり、一つの書類へと変身をとげた。それをいたって冷静な目で見ているエイダ。
「魔法か?」
「いえ、これは古代の技術です。物体を任意の形に圧縮する技術。驚かせるつもりは、なかったのですが・・・」
「フッ・・・しかし、おぬしの身に付けているもがわらわの目の前で武器に変わらぬと言う保障があるのか?」
「・・・・」
エルは、そんなエイダの問いにニッコリと微笑んだ。
「そう言う事もあるかもしれませんね・・・・」
まるで無邪気な子供の様に微笑むエルの笑みは、エイダを少し驚かせた。
「わらわの前でそう言う事を言う・・・者は、久しぶりに会った。そうは、おらぬな・・・おぬしような者は」
「・・・・」
「さて、見せてもらおうか」
エイダは、エルから書類を受け取った。長々とその書類を眺めて始めたエイダ。
それを見てエルはかたずを飲んだ。まさかと思わずには、いられない不安がエルにはあった。
「フッ・・フフッ・・・ハハッ・・・いや、これは、失礼!だが、これが笑わずに居られぬのだ!」
エイダは、そう言って書類をエルに見やすいように右手で吊るした。それを見たエルは、驚いたと言うよりも呆気にとられた。その書類には、何も書かれてなかったのだ。
真っ白で一言すら書かれてなかった。
「・・・・これは、・・・どうして・・・・」
「フン! あの男・・・よほどおぬしの事を信用していないか、それとも信用する為に・・・・試したのか。どちらかであろうな」
エイダは、さぞ可笑しそうに言うとエルの顔を静かに見据えた。まさに「さあ、どうするのだ?」っと言わんばかりの表情でエルを見る。エルは、自分が信用されていない事、ためされた事をいきなり目前に突きつけられたような思いだった。あの時、エルは、自分を信用してくれたのだと安心していた。だが、あのルクス・フォン・ランドールは、そんな甘い男では、なかった。
「これから、どうしたらいいのだろう」
「信用されないまま、レジスタンスに留まるべきなのか?」
「この目の前にいる女性エイダは、どう思っているのだろう? 皇帝ラーを裏切る事のできる古代人を・・・」
エルは、そんな考えを思案し始めていた。