第七話「とんでもない威力」
―――俺はブラックファングを、姑息な手段で追い込みまくっていた。
「『フリーズ・ブラスト』!」
まずは地に氷を張り、すっ転ばせる。
「『アース・ホールド』ッ! 『アース・バインド』!」
そして完全に隙ができたところで落とし穴を創造し、ツタで拘束させて身動きをとれなくする。
もうこの三つの技で大概の敵が倒せる様な気がしてきたんだが。
「ちょっと、蓮さぁん! 私の出番なしですか!? 私のサポートは必要ないんですか!? ていうか、何でそんなに使い勝手の良い技覚えてるんですか!」
「俺も何も考えずに習得したってワケじゃねーんだよ。……ってああ!? あの野郎、ツタ引きちぎりやがった!」
数十秒もしない内に、ブラックファングがとんでもない怪力でツタを引きちぎり、落とし穴から脱出してきた。
……明らかに俺に敵意を向けているのが分かる。
「グルルアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「ぎゃああああああああああああああああっ!? ああああ、ああっ、助けてくれええええ!! 死ぬ! これ、絶対死ぬからああああ!!」
全力疾走しながら助けを求める俺に、イーリアがニヤニヤしながら。
「……葉月蓮さん。あなたには、三つの選択肢があります」
「は!?」
「一つ。亡霊の姿と化し、天空の覇者に成仏されるか……。二つ、記憶を失った状態で赤子に生まれ変わり、日本の裕福な家庭で育てられるか……。三つ、痛みを感じる事なく、地獄の底で燃え尽くされるか……」
「何で俺がもう死んだみたいになってんだよおおおおおおおおおおお!! 『ウォーター・フリーズ』!」
俺は水属性魔法をイーリアに向けて放った。
すると下半身が見る見る内に氷結され、イーリアは体勢を崩して地にドサリと倒れ込む。
そして、俺はさらに……!
「『ディコイ・ブラスター』ッ!!」
イーリアに向けて、ファラに教えてもらったあるスキルを解き放った!
解錠スキル、落とし穴スキル、侵入用スキルや拘束スキル……色々とファラから教えられたが、これは俺の奥の手と言っても良いだろう。
何せ、このスキルの効果は……。
「……へっ? ちょ、ちょっと、何で私? え? え?」
―――そう、相手におとり効果をもたらすスキル。
ファラから「どうしてもの時以外、絶対に使うな」と言われていたが、今こそそのどうしてもの時だろう。
イーリアは逃げようとするが、先程俺に下半身を氷結させられたせいで身動きがとれない。
―――ほんの数秒で立場逆転した俺達。嬉々としながら、俺は最高の気分でイーリアに言い放った。
「ざまあああああああ! ほら、助けてほしくば『お願いします、蓮お兄様ああああっ!♡』、もしくは『ご主人様ああああああっ、お願い、私を助けてええええぇっ!♥』とでも嘆いてみろ! さもなくばお前はモンスターにパクッと喰われる事になるぞ!」
「うわあああああ! 蓮さんの外道! 鬼畜!! 嫌です、何で女神がこんな二次オタクズ人間に屈しないといけないんですか! 蓮さんは、二次元の女の子が大好きなんじゃないんですか!? だったら、二次元の女の子相手にそれなりの義侠心とか慈悲はないんですか!?」
「あるけどお前だけは例外だ! というか、どんなに可愛い女の子相手でも俺は仕返しはする。……大丈夫、安心しろ。流石に素晴らしい二次元世界に俺を連れて行ってくれたお前を、そこまで痛みつけたりはしないから」
「何ちょっとキメ顔して『自分今カッコいい事言った』風にしてるんですか!? ……ってきゃああああああ!? ホントに、ホントに私喰べられちゃうんですけどっ!?」
涙目で絶叫しながら、イーリアはペロペロとブラックファングに舐められていた。
このまま執拗に苛めたい気分になったが、流石に画的にマズイ事になるので、俺は渋々鞘から剣を抜く。
今現在の俺の装備は、青いマントに黒Tシャツ、モンスターの鱗製の籠手というあまり冒険者らしくない格好である。いや、まだ冒険者になってすらいないのだが。
さっき買ったのを急いで着たため若干着心地が悪いのだが、それは我慢しよう。
「よし、レイ! 折角イーリアを撒き餌にしてるんだ、この隙に決めるぞ!」
「……何と言うか、レンって色々と人間的に駄目なんだな……」
呆れながらも、レイは鞘から長剣を引き抜く。
その長剣の切っ先は、前回の様に震えてはいなかった。
「……レイ、もう大丈夫なのか?」
俺は心配そうに妹を見つめるお兄ちゃん的な語気で聞いた。
「……うん。まだ完全に克服できたというワケではないが……二人がついてくれてるんだ。失敗なんかできるワケない―――いや、できないよ」
「うわああああああ!! 蓮さーん! 蓮さーん! 私本当にヤバいんですけど!! あっちいけー、『ホーリーブラスト』! 『ホーリーブラスト』!」
「……そうか。だったら俺も、お前に期待する事にする。お前が何を思って何を悩んでるのか、まだ全部が俺に理解できてるワケじゃないけど……それでも、今はお前を信じたい」
「……うん。ありがとう、レン」
「うわああああああ!! 蓮さーん! レイさーん!! 聞いてますか!?」
そんな会話を交わしながら、俺とレイはブラックファングに向き直った。
先程から騒がしい女神の声が聞こえる様な気がするが、恐らく気のせいだろう。
「『アース・バインド』ッ!!」
俺はレイの手助けをするべく、ツタを生成してブラックファングを拘束する。
すぐ切られてしまうと思うが、少しの時間稼ぎにはなるだろう。
そう思いながら、俺も攻撃をするべく剣をブラックファングに向けた時―――。
「……汝、迷える魂よ。……汝、爆炎を纏いし龍神よ。混沌の根柢の境界で眠りし龍、神楽の如く舞い踊れ……。奔流の終末は崩壊なり、即ちそれは灰燼の如く……」
そんな物騒なセリフを、レイが声のトーンを落としてブツブツと呟いていた。
それと同時に、手から提げている長剣が、見る見る内に紅に染まっていく。
「……おい、ちょっと待て。これ、ヤバい気がする。熱いんだけど。……なんか、すっげえ熱いんだけど」
「わああああああー!! 蓮さん、早く! 早く逃げましょう! これ、ヤバいやつですからあ!」
いつの間にか涎まみれで脱出していたイーリアが、泣きそうな顔で俺に訴えてきた。
その言葉に頷き、俺がイーリアの手を引いて迅速に場を立ち去ろうとした時―――。
「その炎は、鬼人の如く……。邪を全て焼き尽くし、全てを終焉に帰すがいい! 『ボルシャニック・ブレイド』―――――――――ッ!!」
―――とんでもない大きさの炎に包まれたレイの剣が、思いっきり地に叩き付けられた。
「ぎゃあああああああああああああああああああっ!! 死ぬ、これシャレにならないからあああああああああああああああ!!」
その炎は全てを焼き尽くし、その剣は全てを砕く。
切り裂かれたブラックファングから鮮血が飛んだかと思えば、一瞬で辺りは炎の海に呑まれていった。
―――数十分後。
何とか脱出し疲れ果て、地に倒れ伏せている俺達にレイが言った。
「……ふぅ。モンスターを倒すというのは、こんなにも恐怖を覚えるものなのだな……」
「お前の方が恐ぇよっ!?」
死ぬかと思った。




