第四話「本番に弱い少女」
早速クエストへと向かった俺達は、森の茂みに隠れてモンスターが現れるのを待っていた。
鬱蒼とした森の中で女の子二人と隠れる。何だか妙にいかがわしさを覚えるシチュエーションである。
いや、勿論何もしませんけどね。
「……来ないな」
俺はポツリと呟いた。
かれこれもう三十分近く待っている。モンスターをおびきよせる道具や餌なども冒険者ギルドの方から借りてきて、仕掛けた筈なのだが。
俺の隣では、黒髪剣士が息を潜めてジッと様子を窺っている。
その黒髪剣士の女の子の名前は、レイというらしい。
俺の名前と似てるね、仲よくしようね、そんな事を屈託なく言ってみたら、「は?」と何だかやけに険のある眼で見られた。
……何だかどうも、二人とも中身がダメな感じがする。
いやレイに関してはまだ会ったばっかりだけど、どうにも俺は嫌な予感がしてならない。
日本の三次元の女子の心の様だ―――とは言い過ぎだけど、レイはいわゆるツンデレってやつなのだろうか。ツンの比率が少し高いような気がするけど。
そんな事を暗闇の中考えていると。
「いやー、来ませんねー。レイさーん、辺り一面を炎で焼き尽くす事ってできますー?」
「いきなり何言ってんのお前!?」
「なるほど……イーリアはそれでモンスターをおびきよせようとしているのだな? その作戦乗った、『ブレイズ・ファイアブラスト』――――――ッ!!」
「お前も何言ってんの!? ……ってぎゃああああああああああああああ!!」
突如としてレイが右手から放った炎に、辺りの木々がバキバキと音を立てて倒れ始めた。
「お前らマジで何やってんの!? 焼いたら木が倒れるって事ぐらい分かるだろ!!」
「だってだって、レイさんがこんなに強く炎を放つとは思わなくって……!」
「ご、ごめんなさっ……うわあああああ!?」
突然敬語になるレイの元に、一匹の黒い熊の様な生物が現れた。
その名は、ブラックファング。
スカ―レッドドラゴンに強さは劣るが、その咆哮は空をも揺るがす力を持っているらしい。
ギルドの中二病な職員が、確かそう言っていた。
「おい、レイ! このパーティーの中で唯一戦えるのはお前だけなんだ、いけるか!?」
「は、はわわわわわ……」
俺がそう呼びかけたにも拘わらず、レイは鞘から抜いた長剣を手から提げたまま固まっていた。
おい、どうしたんだよアイツ、あんだけ烈火の炎とか中二病めいた事言ってたくせに!
「わ、我が炎で、貴様の様な脆弱なモンスターなど、消し去ってくれy」
「ギャオオオオオオオオオッ!!」
「レイいいいいいいいいいっ!!」
言い終わる前に、レイはぺしゃりとブラックファングの掌で潰された。
多分ぷにぷにの肉球だったから大丈夫だったと思うけど。
……って、コレは、もしかすると……。
「グルルアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「前回と同じパターンじゃねえかあああああああああああああああっ!!」
パクッとあっさり口に銜えられたイーリアの姿を見ながら、俺は借りた短剣でブラックファングに斬りかかった!
■
何とか二人を救出すると、辺りはもう暗くなり始めていた。
俺が二人を救出する際切り落としたブラックファングの尻尾が意外にもギルドの職員に高値で買い取られたので、今日のところは何処か安い宿にでも泊まれば大丈夫だろう。
……それはともかく。
「……おいお前、大丈夫か? どこか痛いとことか……」
「……大丈夫」
俺の手を借りながらフラフラとおぼつかなく歩くレイ。
そういえばこの子の家は何処にあるのだろう。
「おい、家まで送ってってやるから、場所教えろよ。それまでは何とか我慢してもらって……」
「……家? 私にはそんなものないぞ」
「うん? 何で?」
「冒険者は皆、家ではなく宿に泊まるものなのだ。私の家は遠い遠い辺境の地にあるから、そう簡単に行き来できるものではない。……まあ、私はまだ冒険者ではないのだが……」
そのレイの言葉に、ブラックファングの唾液で若干湿り気のあるイーリアが小首を傾げた。
「そうなんですか? でもクレイさんは、この街に冒険者を希望している者は私達以外いないって言ってましたけど……」
「……私はまだ、この街に来たばかりだから存在を知られていないのだ。冒険者カードの手続きなどは前の街でして、いざ仲間探しにとブレイズに来てみたワケだが……」
「ブレイズって……ああ、この街の名前か。でも、何でわざわざブレイズに来たんだ? 仲間探しも前の街ですれば良かったんじゃないのか」
俺の言葉に、レイはふっ、とどこか悲し気に笑った。
「……私はこの身長の低さと『本番』に対する弱さのせいで、舐められてしまう事が多くてな。やがて私の悪い情報ばかりがその街で広がっていくものだから、場所を変えてこの地に来たワケなのだ。……結局、変われないままだけど……」
「ふーん……。じゃあさっき急に発した敬語は?」
「あ、あれは……その……素の口調ってやつだ。私は元々は、その、敬語を使っていて……」
語尾の方が恥ずかしがってたせいでごにょごにょになっていたが、なるほど、大体事情は理解できた。
レイは本番に弱く失敗する事が多い。そして、いつの間にやら街の冒険者達に馬鹿にされる様になっていた……と。
まったく、こんな小さい子を馬鹿にするなんて、なんて傲岸不遜な連中だろうか。
「……よし分かった。安心しろ、俺は練習本番拘わらず全てにおいての戦闘能力が欠如している人間だ。この女神なんて多分俺以下だし、また明日から頑張っていこうぜ」
「……あの、蓮さん? なんでどんどん私が降格していってるんですか……?」
「……そうか、ありがとう。また明日から頑張ろう」
「おう。皆で協力すれば、どんな事だって乗り越えられる!」
「話を聞けーっ!!」
折角良い決めゼリフでシメようとしたのに、おざなりに扱われたイーリアが俺の首筋辺りに噛みついてきた。




