箱庭
こんな夢を見た。
私は一人の少女だった。
家は小さな日本家屋。
小さな庭があるだけの慎ましい家。
私は縁側に座り小さな庭を見るのが好きだった。
ふと庭に見慣れないものが見えた。
燈籠?
小さな庭には不釣合いなものだ。
私は目をこすった。
夏の暑さで蜃気楼でも見えたのだろうか。
それとも私の頭がやられてしまったのだろうか。
しかしいつまでたっても燈籠は消えない。
私は立ち上がり近寄った。
触れる。
冷たい石の感触がした。
本物だ。
「紗雪!」
名前を呼ばれて思わず返事をした。
振り返ると男の人が立っていた。
「帰りなさい。
ここは君の来るところじゃない」
彼は冷たく言い放った。
私は戸惑った。
彼の後ろには立派な日本家屋が見える。
私の家とは違うほど立派な。
しかし私は家の庭にいたはずなのだ。
「ツネノブ様。どちらに居られますか?」
綺麗な女の人が立派な屋敷から現れた。
彼はそれに気づくと私に背を向けた。
「ここにいる。今戻る」
去ってゆく背中に悲しみを覚えた。
知らず涙があふれていた。
涙をぬぐうと私はいつもの庭にいた。
一体どういうことなのだろう?
彼は私を知っている。
私は彼を知っている?
分からない。
ため息をついて私は燈籠から離れた。
すると燈籠は消えてしまった。
まるで幻だというように。
私はためらった。
燈籠はたまに庭に現れる。
まるで私を誘っているように。
でも怖かった。
また彼に来るなと言われたら。
どうしていいのか分からなかった。
迷った末に私は燈籠に触れた。
あの世界が私の前に現れる。
大きな屋敷と冷たい彼の住む世界が。
「あら、あなたはいつぞやの」
綺麗な女の人がニコリと笑いかけてきた。
「また来たのね。
ツネノブ様はお部屋にいるわよ。いらっしゃい」
そうして初めて私は屋敷に入った。
長い廊下のずっと奥、そこに彼はいた。
私の顔を見て驚いた顔をする。
「何故、来た!?」
大きな声に私は驚いた。
どうしてこんなに怒るのだろうか。
私は会いたかったのに。
涙があふれる。
「ここは君のいていい世界じゃないんだ。
早く戻りなさい!」
「あら、じゃあこの子は…」
綺麗な女の人の言葉にツネノブは頷く。
「ああ、紗雪はまだ生きている」
なるほど、と綺麗な女の人が納得した。
彼の言葉の意味が分からなかった。
「少し迷ってしまっただけだ。
だから帰ることは出来る。
もう二度とここには来ないように」
冷たい言葉と拒絶の背中。
私は納得出来なかった。
ただ首を横に振った。
「嫌。どうして?
どうして私はここに来てはいけないの?!」
唇をかみ締めて立ち尽くす。
私のその姿を見て、ツネノブはため息をついた。
「ここはこの世とあの世の中間の地点。
あの世へ向かう者だけが来る場所なんだ」
君は過去にここに来たことがある。
そうツネノブは告げた。
私はそう言われて思い出した。
そうだ、来たことがある。
そんなに遠くない過去に。
「忘れなさい。
ここに来たことは」
ツネノブが近寄ってきた。
嫌だ。
忘れたくない。
こうして前にも忘れさせられた。
どんなに泣いても、拒絶してもツネノブは私の記憶を封じる。
腕を捕まれて抱き寄せられる。
「忘れなさい。
君はまだここに来てはいけない」
私はツネノブが好きなのだ。
蜃気楼のように現れて消える人。
私は庭でツネノブを見かけていた。
触れることも話すことも出来ずに。
ただ見ていた。
「嫌っ!!」
どんなに抵抗しても敵うはずがない。
そっと背中を撫でられる。
優しい声で告げられる。
忘れなさい、と。
そうして目を開けると私は庭に立っていた。
頬は涙でぬれていた。
胸には深い喪失感があった。
どうして私は泣いているのだろうか。
庭に立ち呆然としていた。
そうして私は動くことも出来ずにただ立ち尽くしていた。