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ほーむぐらんどなの

ブクマ1317件。感謝いたします。そして、 閲覧して下さる皆様にも感謝を!


 トーマス家にお泊まりするのも、これで(はや)2日。

 赤の他人とも言っても良い俺に対して、ましてやただでさえ世話のかかる赤ちゃんに、こうも甲斐甲斐(かいがい)しく迎えてくれた一家の温情を、ベットの中でふと思い起こしながら朝を迎えていた。


 さて、そんな俺の現状はというと……左右にはアンナちゃんとユナちゃんが俺を挟む形で寝ていた。

 スヤスヤと眠る、そんな二人の穏やかな息使いが猫耳に届く。

 それがますます俺の顔と心をホッコリとさせるのであった。


 ついつい間の抜けた「くわぁ~」と言う欠伸(あくび)をかいてしまう。

 ついでに(まぶた)をコシコシと擦って目を開けると、目の前にアンナちゃんのつむじ (頭頂部) がグルグルと(うず)を巻いていた。

 ん~~・・・ひと~~つ・・・ふた~~つ・・・みみみ、3つ!?


 人によっては1つだったり、又は2つだったりするけど、まさか3つもあると言うのはちょっと驚きである。

 ど、どういうこと?……気にしたら負けなのか?

 この3つのつむじの奇跡?をマジマジと眺めながら、ポケーっとした頭で自分のつむじはいくつあるか確かめてみた。

 え~~と……俺は――左右に1つずつの計2つだ。


 ――っと、ふと胸元でアンナちゃんが顔を擦りつけるようにモゾモゾと動く。

 そして、背中側では同様にユナちゃんのお顔が背中でモゾモゾと動いていた。

 えーと……まさに幼女のサンドイッチ (挟まれた) の具は俺と言う、誰得?な一品の出来上がりだよ。


 さて、昨日と同じならそろそろママさんが迎えに来てくれる(はず)だから、上半身を起こしたいのだが……二人は無意識なのにも関わらず、モゾモゾと動こうとする俺を逃がさんと言わんばかりに掴んできた。


 思わず本当に寝てるよね?と思ってしまう。……困ったな……まぁいいか。

 どうせ一人でリビングには行けんのだし、このままじっとしてママさんのお迎えを待つことにしよう。


 すると、ちょうどタイミング良くコンコンと――ドアがゆっくりと開き、ママさんのスリッパが鳴らすパタパタという音が聴こえる。

 ママさんはそのまま窓へと向かい、掛かっていたカーテンをサッとスライドさせた。

 窓がゆっくりと開いていく。そして部屋の空気が入れ換わっていくのをなんとなく感じる。


 穏やかで優しい日差しと、小鳥達のさえずり。

 そして、ほんの少しだけヒンヤリとした新鮮な空気が、徐々に部屋を満たしていく。

 そんなやわらかな日差しが俺達へと降り注ぎ、反応したアンナちゃんとユナちゃんはむずがって、少しでも日差しから逃げるよう、ますますお顔をグリグリと押し付けるのだった。

 まるで「まぶしい~~!」とでも訳せるような、「んん~」と言うむずがったような、非難めいたような声をあげては、モゾモゾともがく。

 しかも、まさに狙っているかのようにこちょばゆいポイントをピンポイントに両サイドからやられるものだから、俺はたまらん!。


 ( そのグリグリはちょ!? あは、あはははははは! あんまりグリグリしないで!! あはっ!? あははははははは! )


 さて、俺を抱き起こそうと近づいて来たママさんは、この状況を目にした途端、ピタッと伸ばしていた手を止めてしまった。

 そして、その手ですぐさま口元を塞ぐように(おお)ってしまい、肩を揺らし、目尻を下げ声を押し殺して笑っている。


 昨日と同じなら、すぐさま俺を()(かか)えてくれたはずのママさんだったが、今朝はベットの(はじ)に腰を降ろして根を生やしてしまう。


 愛娘達の抱擁?に(もだ)える姿の赤ちゃんと、むずかりながらも無邪気に攻める愛娘達の微笑ましい攻防にほっこりする彼女であった。


 クネクネと()えながらもママさんと目が合い、必死に助けを訴える。

 もちろん、二人を起こさないよう、俺も口を(おお)い、必死に(こら)えていた。

 あ、もちろん大きな声をあげないようにね。

 だって、二人にはギリギリまで寝かせてあげたいじゃん。まだ幼女なんだし。

 ――で、必死に「ママさん! 笑ってないで早く助けて!」と心の声で訴えたつもり――なのだが――助けてくれないし!

 もうくすぐったくって、くすぐったくって、クネクネと不思議な踊りを幼女に挟まれながらも舞ってしまう。

 そんなママさんはますます過呼吸気味に『かはっ!』ともらし、笑いのツボへとはまる。


 つまり、俺もママさんも結局、この最強の姉妹にしてやられてしまっていた。


 と言うかもうっ!! 早くしないと (俺の笑い声で) 二人が起きちゃ……!? 

 

 ――あ、もう無理っす……


「にゃはははははは! そ、そこはらめなのっ! あはっ、にゃははははは!!!」


 結局、努力のかいも虚しく大声をあげてしまい、何事かと重たい(まぶた)をコシコシ擦って目覚めるアンナちゃんとユナちゃんであった。

 

 ――で、起きたはいいが、二人は相変わらず俺から離れずに顔を埋めたままなのでサンドイッチ状態である。

 それを見下ろしたママさんは、「ふんすっ!」と気合いを入れて、ななな、なんと!? 三人まとめて抱き抱えるという荒業を敢行(かんこう)し、小走りでリビングへと向かうのだった。


 ――パタパタパタパタ~♪――


 おーママさん、意外と力持ちなんですね。

 二児の母は強し? 俺も含めれば三児の母は強し?

 「きゃ~♪」と歓喜の雄叫(おたけ)びをあげる姉妹と共に、俺達は穏やかな日差し以上の温もりを、その腕の中でヒシヒシと感じるのであった。



 ……

 …



 さて、そんなこんなでちょっと賑やかな朝を迎えつつも、そのあとは実にまったりと一家団欒の朝食を頂くことになる。


 今朝のメニュー (俺用) はちっこいコッペパンにベーコンエッグ、シャキシャキな新鮮なサラダ (キュウリのスライス・ミニトマト・ヤングコーン・サニーレタス) にコーヒー (砂糖多め) という定番ならではの朝ごはんだ。いいよね、こういうバランスのとれた食事。


 ミニトマトをモグモグしてると、何故かアンナちゃんとユナちゃんにいいこいいこされてしまった。あれ、ひょっとしたら二人は野菜嫌いなのか?


 ふと二人のお皿を覗くと、ミニトマトがまるまる2つ残っていた。あっ!……さては好き嫌いで残しているな。


(アンナ)「クウちゃんいいこいいこ~……チラッ……」

(ユナ)「ク、クウちゃんもっとたくさん食べないと、おっきなお兄ちゃんになれないんだよ?」

(アンナ)「うんうん。だからアンナのこれ (ミニトマト) あげる」

(ユナ)「ユナもクウちゃんのためにこれ (ミニトマト)あげる」


 あはははは。俺は別に食べてあげてもいいんだけど、アンナちゃん、ユナちゃん、そんなことをしてると……あっ……


(レーヌ)「こらっ! アンナ、ユナ! 二人ともちゃんと食べないと、立派なお姉ちゃんになれないわよ?」

(アンナ・ユナ)「「えーーー」」

(レーヌ)「えーーじゃないでしょ! えーーじゃ」

(トーマス)「まぁまぁ。二人とも、しっかり食べないと将来、立派なお姉ちゃんになれなくて、クウちゃんのお嫁さんになれないぞ? それでもいいのかな~?」

「ぶはっ!?」


 何いきなりぶっこんでくるの!? 思わずモグモグしてたミニトマトを吹き出すところだった。 

(レーヌ)「そうよ。クウちゃんのお嫁さんになれなくてもママ、知らないわよ?」


 二人とも俺に意味深なニコッとした笑顔を向けてそんなことを言う。トーマスさん、ママさん!? と言うかいつの間にか夫婦公認なの?


(アンナ)「……む~~~クウちゃんのお嫁さんになるためにアンナ食べる……」

(ユナ)「……ユナも……む~~食べる……」


 渋々そう言いながら決心した二人を誉めてあげたい。

 それと、素敵なお姉さんになるから、俺のお嫁さんになるに変わってないか? 俺はトーマスさんとママさんにダシにされたことに対して意味深に目を向けるも、二人はそれに対して笑顔でポンポンと優しく頭を撫でるのであった。


 むぅ~……それで二人の好き嫌いがなくなってくれるのならまぁいいけど。まあそれにあれだ……大抵こういう将来お嫁さんにしてって言うお約束事は、大人になれば微笑ましいエピソードとしてうやむやになるんだからいいか。


 ふふふ。今はこうしてちゃんとモグモグして食べた二人にいいこいいこしてあげなきゃ。


「ふたりはクウちゃんよりおおきなおねえちゃんなの。いいこいいこなの~♪」

(アンナ・ユナ)「「うん! えへへ~♪」」


 この日を境に、二人のトマト嫌いは無くなったりはしないが……それでも素敵なレディーへの道を一歩進んだのは間違いないと思うのだった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 トーマスさんの (出勤の) 支度も整い、さぁ俺も一緒に玄関からおいとましようか言うところで、また今夜も必ず泊まりにおいでと、ママさんと幼き姉妹に一回もふもふされながら門を出るのであった。


 もちろん、またアンナちゃんとユナちゃんの泣き顔は見たくないからね。

 今夜も必ず来させてもらえるよう、指切りをしてからバイバイをする。


 さて、冒険者ギルド前でカモさんとミントちゃんが待っているだろう。

 そのことをトーマスさんに()げると、彼はそのまま俺を抱っこした状態で、昨日送ってくれた道へと向かい歩き始めてくれた。

 ちなみに、彼の職場への道はまったくの正反対、つまり逆方向である。

 自分の足で向かうと口を開こうとする前に、そんな返事の代わりに優しく微笑んでは、優しく背中をポンポンされてしまった。


 ……う~ん、まいったな~。


 頭があがらん。あれだね……本当の意味で、この人はイケメンだな。

 たったそれだけのことなのかもしれない。

 けれども、自然と(おこ)える優しさに俺は何も言えなくなってしまった。

 敵わないよ、実際。

 こういうことを自然とできる人柄と、そんな彼に対抗する引き出し (手段) を俺は持ち合わせてはいない。

 ますます俺の中で、彼への恩義が膨らむのであった。


 だが実際は、昨夜も今朝も妻や娘達が俺を独占してもふもふする状況に、自分にも()()()()させて欲しいとはなかなか言い出せずに実はずっと我慢をしていた彼だったりした。

 自分よりも妻や娘達を優先。そんな彼の性格がうかがえる。

 まさにそんな彼にとって、今この時は唯一俺を自由にもふもふできると言う貴重な時間でありは

、実は掛け替えのない時間であったりもした。

 そんな彼の胸中など知るよしもない俺であったが、そこはヴァルハラで出会った人の中でも、とびきりの好感度を(いだ)くトーマスさんである。

 例えそうであったとしても、彼に対する俺の気持ちはなんら変わりなく、やはりほっこりせずにはいられなかっただろう。


 つまり、例え真実がどうであったにしても、トーマスさんに送ってもらえること自体が、すでに嬉しいことの1つであった。

 ちょっとくすぐったくも、顎の下をコチョコチョとされたり、猫耳に優しく触れては、「俺にもこんな耳があればな~、アンナやユナにもスリスリしてもらえるのにな~」などと、どうもお髭がチクチクして、「パパのおひげチクチクして嫌ぁ~!」と逃げられた微笑ましいエピソードを話してくれる彼であった。


 ややゆっくりとした歩調で進み、この時間を楽しむ俺達であったが、その割りにはあっと言う間にギルドが見える大通りへと辿り着いてしまった。

 そして、見知った二人組がギルド前の通りでキョロキョロと辺りを窺っていた。

 あ、カモさんとミントちゃんだ。俺はクイクイとトーマスさんのシャツを引っ張り、通りに向けて指を指す。


「トーマスさん、ありがとうなの。あそこにいるおねえさんたちとまちあわせしてたから、もうここでおろしてもらってだいじょうぶなの」


(トーマス)「う~ん、もっとクウちゃんともふもふしてたかったんだけど、じゃあ仕方がないね。あっ、そうだ……お姉さん達の所に行く前に一言いいかい? んっんん……いいかいクウちゃん? 何度もしつこいようだけど、あんまり無茶なことをして怪我をしちゃダメだよ? でないと今夜、俺とレーヌの布団の中にクウちゃんを連れ込んじゃうからね?」


 冗談半分でそう(うそぶ)くトーマスさん。

 思わず、それはご勘弁してくださいと言う想いを飲み込んで、誤魔化すような苦笑いを浮かべてしまう。

 実はトーマスさんとママさんは……いわゆる生まれたままの姿で就寝するタイプのご夫婦であった。

 詳しく説明すると、ママさんは寝る時は常に全裸(マッパ)にならないと、子供の頃から寝れなかったそうで、今も寝る時は全裸でベットに入るそうだ。

 つまり、今ではトーマスさんもそんなママさんに合わせ、……その……無事? 裸族へとジョブチェンジを()たしたらしい。


 恐るべし、夫婦の絆……そして妻への愛……


 と言うわけで、トーマスさんとママさんは同じベットを共にしているわけで、そこに俺が入るとなると、必然的に彼女は俺を抱き枕にして寝ることになるだろう。

 その際にはもちろん、トーマスの裸を拝むことになり、ヘタすると……トーマスさんとママさんのサンドイッチと言う、前代未聞のハプニングに見舞われる恐れがあった。

 ……出来ればご勘弁願いたい事態である。

 しかも、今朝のアンナちゃんとユナちゃんの寝相を(かんが)みれば、二人の血を色濃く受け継いだ二人のことだ……それらの事態は充分に予想しうる出来事であった。


「はぁ~、ぼうけんしゃをやるのも、らくじゃないの」


 そんな若干困った様子で白旗を上げた俺を見下ろして、クスクスと笑うトーマスさんであった。

 「ホントに気を付けるんだよ? じゃあ、また今夜ね」。

 

 彼はそう言うと、その場に静かに降ろしてくれる。

 丁度その頃、こちらに気づいた二人と目が合い、俺は手を振る。


「ふたりとも、おはようなの~」


(ぺパーミント)「クウちゃんおはよ~~~!」


(カモミール)「おは~~~! ほらっさいっち、念願のクウちゃんだぞ」


(?)「…………!!!?」


 元気な声で俺を呼び、カモさんとミントちゃんがこちらに駆け寄って来る。

 そしてその後ろからもう一人、見知らぬお姉さんが後をついて来た。

 そんな彼女は俺の側までやって来ると……挙動不審と言うか……ほんの少しだけだが、何かその……こ、怖かった。

 こう、穴が空くほどに熱い視線で俺を見下ろしているような気がする。

 ハイハイして近寄ると、彼女達は腰をおろしてしゃがんでくれた。


 俺の待ち合わせを無事に見届けたトーマスさんは俺へと軽く手を振り、三人に対して少し腰を折り曲げて会釈し、その場から立ち去った。

 そんな彼の背中を大通りの曲がり角から消えるまで、俺はずっとその背に向けて手を振り続けるのだった。


 そうしている間、カモさん達三人はおろか、周りにいた全てのプレイヤーさん達も微笑ましく見守ってくれていた。


 トーマスさん、お仕事頑張ってね~。

 俺に危険なことしちゃめっ!って言ってくれたけど、トーマスさんの方こそ、無事お仕事を終えて、また今夜も帰って来てね。

 そんな彼のことを思って、そっと手を合わせて祈る俺であった。


 さて、さきほどから燃え上がるように熱い視線を降り注ぐ人物へと振り返り、見上げてみると、そこには俺を凝視して()まないお姉さんが先程よりもより近い位置で、俺をジッと見下ろしている。

 ここで初めてピンときた。

 あぁ、この人が昨夜メールを送ってくれた『さいっち』さんなんだと。 

 キラキラとした瞳を輝かせ、ワナワナと体を揺らしながらもゆっくりと俺へと手を伸ばす。

 ちょっと息が荒いのが気になるけど、逃げちゃダメだ……カモさんもミントちゃんも苦笑いしているし、多分そういうことなんだろう。


 念のためにフレンド申請を彼女に送ると、やはり昨夜メールを送ってくれた『さいっち』さん本人で間違いなかった。


 そして本人確認がとれたところで挨拶を――


「さいっちおねえさんはじめましてなの。それとおはようこざいますなの。あの~、きのうおくったSSはどうでしたかなの? クウちゃんあれでよかったか、ちょっとじしんなくて……」


 なんせ最初に撮ったSSは、正直酷かったと思う。なんせ三人 (ママさん、アンナちゃん、ユナちゃん) を落ち着かせて説得するのに、えらい苦労したものだ。


(さいっち)「!?……にゃ……にゃんこふへへぇえ? 」


 ――はい? 


 えーと……軽くスルーされたことはこの際どうでもいいとして……にゃ?……にゃんこしていいとは、はて?

 猫をしていいかという意味か? いやいや、意味がわからんがな。

 普通に考えて、緊張して呂律がまわっていないとかかな? 息荒いし。

 とりあえず、まず落ち着け俺。

 ……状況から考えてみよう。

 両手を前に出して屈んでいるこの姿勢……そして、今までに初対面の人が俺に求めてきたことは?……そこから(せば)められた選択肢は……抱っこしていい……か?

 いや、より正確に表現するならあれか? 関西方面の人と仮定して、抱っこしてええ?……これかな?


 恐る恐ると言った(てい)で、俺へと手を伸ばしたままの状態で待っている彼女。

 カモさんもミントちゃんもその様子を彼女の左右に挟む形で見守っている。

 あぁ、この人はちゃんと返事を聞いた上で行動してくれるのか。

 ちょっと嬉しかったりする。

 みんながみんな、こういう相手の意思を確認した上で配慮してくれれば思う。

 ならば、そんな人に対してはそれに(こた)える形で返事を返そう。

 それに、彼女の俺に対する接し方は、まるで壊れ物を扱うかのように、触れたい想いが強い反面、ほんの少し触れることさえ戸惑っているかのようにも見てとれた。


 だから、いくばかりか緊張し、冷静な状態でないことも(かんが)みて、ニコッと了解の意味を込めて笑顔を返し、肯首と返答として首を振る。

 彼女は相変わらずワナワナと肩を揺らしながらも、ゆっくりと俺の脇へと手を伸ばし、差し込んだ。

 そして、そのままそっと抱き上げ、胸元へと寄せ――


(さいっち)「ふあっ!? ●○☆■◆●○☆☆」


 コクンと首がたれ下がり、少し左右に揺らしてスリスリを楽しむさいっちさん。

 あ~~、そんな彼女も例に漏れなく、俺を抱っこして蕩けきってしまう一人であった。

 ただ、その蕩け具合が、過去、俺を抱っこした人の中でもかなりの上位に食い込むもしれない反応であった。


 ここまでの一連の様子から察するに、これはあれだな……感極まって自分でも訳がわからなくなっているのかもしれない。


 ムギューっと俺を抱きしめる、彼女の一挙手一投足(いっきょしゅいちとう)に、俺の中の何かが反応する。


 あくまでも経験則からだけど、彼女に抱き寄せられる僅かな情報から色々と察することができた。

 いや、この場合は他に類のない一歳児と言う俺だからこそ、察することができたのかもしれない。


 彼女の抱っこから病んでいる何かが……いや、言葉を変えるなら、酷く心が疲れている。または弱っている。そんな何かを訴えるものが脳裏に(よぎ)った。


 世の中、多くの人が様々な悩みを抱えて生きている。

 あまりにも当然と言えば当然のことであるが……そう、大なり小なり差はあれど、悩みのない人生なんて、ほぼないのだから。

 だから人はいつもに誰かに優しくされたい。

 悩みを聞いてもらい、助けて欲しい。

 人の役にたち、認められ、求められたい。

 それらにも多くの声があるだろう。

 そんな多くの想いを胸に(かか)えて、時に癒しを求めてつつも、立ち止まってしまう時がある。

 まぁそれも絶対にとは言えないが。

 なんてたって、俺の経験則から物を言っているだけだしな。


 で、こういう時、一歳児の神様はどうするのが正しい(おこな)いなのか?

 それはもう、1つきゃっないでしょ?

 優しくナデナデしてあげること。

 それが男の役割……いや、俺と言う猫神ちゃま……いやいや、猫神様の使命って奴でしょ?


 驚かせないようにそ~~っと背伸びをし、伸ばした手のひらに真心を込めて、優しく彼女の前髪辺りをゆっくりと撫でてあげる。


 ――もふり――もふり――


 その時に何故か不意に(よぎ)った。

 今では遥か遠く、懐かしい記憶ともに思い出す、12年前から……いや、それよりももっと前から今の俺を形作ってくれた慈愛と言う、目には見えぬが今も尚、俺を支えてくれたこの想いを。

 かつてじいちゃんが俺にしてくれた、とても温かくて優しかった、あの愛の籠った慈愛の手。

 幼心(おさなごころ)に覚えている。

 家族を失った理不尽な怒りと寂しさ……

 そんな俺の傷を埋めてくれるように差し伸べてくれたあの慈愛の手。

 そして転生し、誇り高き龍皇からも差し伸べられた、同じく慈愛に満ちた抱擁(ほうよう)


 だから()がれた。

 あの人達のように俺も、いつか必ずと。

 だから、そんな想いを引き継げるよう、切なる想いを込めて、ゆっくりと撫でてあげる。


 理由はわからないが、今は傷ついた(ハート)を癒して、また明日から頑張ってほしい。

 苦しいことがあったのかもしれない。

 それがなんなのかは俺にはわからない。

 だけどね、生きている限り、誰にでも乗り越えられる力を身につけるチャンスはあるのだから。

 俺の究極の抱き心地よ……この想いを乗せて彼女を癒しておくれ。

 だって、この受け継がれた想いと俺に宿った力は、きっとその為にあるのだから。


 俺を胸元に寄せて見下ろす彼女の瞳が呼応するかの如く、ウルウルと(うる)み、その内にハートを大量に撒き散らしていた。

 そんな彼女の瞳を覗いていると、今日と言う日をどんなに楽しみにしてくれていたかと(さっ)せられる。


(さいっち)「にゅふ!? にゅふふふふふ?」


「……にゅ、にゅふふなの? いや、にゅふふなの!」

 

 ……えーと……それはいくらなんでもわかりません。

 しょっぱなの挨拶もそうだったけど、このふにゃふにゃ言語……いわゆる『さいっち語』で彼女が何を伝えたいのかさっぱりわからない。

 だが、そこは()えて空気を読んで無難にリアクションをとることで押し通す。

 うーん、俺ってば、世界で唯一空気の読める一歳児なんじゃなかろうか?


(さいっち)「ふひっ、にゅひひひひ。にゅ~♪」


「さいっちおねえちゃん、いいこいいこなの~」


 そんな俺とさいっちの、端から見れば甘くも微笑ましいやり取りにミントちゃんが何かを感じとったのか、ちょっとむくれた様子でパジャマの裾を摘まんで引っ張ってくる。


(ペパーミント)「ねー、そろそろクウちゃん貸してよ~。なんかさいっちばっかズルいよ~! それとクウちゃんも何か私達の時と違ってズルくない?」


「そんなことないの。ならミントちゃんもなでなでしてあげるから、こっちによってなの」


(ぺパーミント)「……ん~、わかった。なんか納得いかないけど、その分う~んと真心を込めてナデナデしてね」


 お安い御用です!


(カモミール)「 (アレ (さいっち) は今、クウちゃん以外の存在はいっさい視界に入れてないだろう……まさかさいっちのアレがここまで重症だったとは……ガチでその、だ、大丈夫だよな……?) 」


 渋々といった(てい)で、パジャマの裾から手を離し、頭を近づけるミントちゃん。

 自分達は1日早く俺をもふもふしている手前、ここは大人しく聞き分けてくれているのであった。


 そして何かドン引き中のご様子のカモさんは、さいっちを不安気に見つめていたのがとっても印象的だった。


 あっ、そうそう、何でも今日のお昼頃にさいっち以外のINしているメンバー残り三名が、ホームにやって来るらしい。

 そこで先にホームの見学と、挨拶(自己紹介)を兼ねた昼食会の予定となっていた。


 なんでも彼女達の本拠地としているホームは、今現在、攻略の最前線の()る街に(きょ)を構えているらしい。


 その街の名は『ポートセブン』。


 なんでもブルーハワイ?的な海が一望できる街らしく、その街の港にデデンと客船を浮かべ、ホームとして利用しているとか。

 てっきり陸地にホームを構えているものだと思い込んでいた俺は、いい意味で裏切られた。


 海か~。

 異世界に来てからの海って言うと、猫庭の楽園の【にゃんにゃん】が俺の中で最も身近にある海だからな~。

 でもあれは俺の力で生み出した海だし、その海を利用して養殖してる事もあって、どうも天然の海とは言いずらいものがあった。


 ならこっちも仮想世界の海だから似たようなものじゃんとも思うが、今だにここが仮想世界であることを時折忘れ、現実世界のように受け入れてしまっている自分がいるのも事実だった。


 そう言った意味では、似たり寄ったりな海なのだが、なんにせよ、天然の海にしろ人工の海にしろ、潮風が運ぶ匂いに違いないし気にしたら負けである。

 それに、そんな些細なことよりも聞かねばならぬ重要なことがある。

 海があるということは当然、俺の大好物でもあるお魚がいるわけで、だからしっかりと質問をする。

 お目当ての物がその街にはあるのかどうかを。


「うみがあるなら、たくさんのおさかなやさんがあるかな~なの? クウちゃん、にゃんこだからすっごくたのしみなの!」


 その答えに真っ先に返事をしてくれたのはさいっちだった。


 が……やっぱり『さいっち語』は難解だった。


(さいっち)「にゃくにゃんにゃるにぇ~。うにゅがひゃくはんほうて……うへへへ~ (たくさんあるでぇ~。うちがたくさん()うて……うへへへ~) 」


 間近でよりお顔を覗いているからわかる。

 彼女はその……相当な美人だと思える要素があった。

 なんとなくだが、顔のパーツを故意にずらして、美人度を下げているような気がする?

 それにこの残念具合……アイナママに通じるものを感じてしまう。

 だからリアルの彼女はこの姿よりもっと、綺麗なんではと率直に思ってしまうのだ。

 そんな予感がするだけに、とても残念である。

 何かそうしなくてはならない理由(わけ)があるんだろうか?

 また、ついつい手が伸び、いいこいいこなの~……って思わず内心でも呟いてしまう俺だった。


(ペパーミント)「何言ってるか、全ッ然わッかんないから!」


 あははは、ですよね~。


(カモミール)「たぶん、たくさんあるって言いたいんだろ? クウちゃん! お店どころかおっきな魚市場があるわよ~!

 それにわざわざ市場や商店に足を運ばなくても、うちのホームを使えば釣りに漁だって出れるし、沖に出てモンスターを狩って、それをその場で捌いたっていいんだから。

 ふふふ、ウチのホームはクウちゃんにとって楽園になるかもしれないわよ。クウちゃんの期待を裏切ることはないって、このクランリーダーであるあたしが保証してあげる」


 きゃ~~~~♪ 今度は俺の瞳がハートを大量に撒き散らしてしまう。

 もうテンションがアゲアゲで、思わずしっぽがフリフリと振ってしまうくらいに興奮してしまった。


「おっさかな~おっさかな~うれしいな~なの。あ~じにさんま、き~すにいわし――」


 思わず俺の頭をナデナデしていたさいっちの人差し指を掴んで、リズムに合わせて左右に()すってしまう。

 そして、そんな俺に合わせて彼女もリズムをとってくれたさいっちはますます(とろ)けた。


(さいっち)「ぐへへへへへ」


(ペパーミント)「さいっち……アンタもう、リアルで子供作りなよ。でないと (いつか) 犯罪に走りそうで、あたしゃ心配だよ……」


 割りとマジメに心配をするミントちゃんの肩に、そっと手が置かれる。

 後ろを振り向いた彼女の先に、首を軽く横に振ったカモさんが、沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちで訴えていた。


(カモミール)「諦めろミント……と言うことで、クウちゃんに後は任せた!」


 ちょ!? ここでまさかの丸投げですか。

 クランリーダーの手に負えない案件になったの?

 だかしかし! ここはカモさんの期待に応えるべく、1つ任されてみようではないか!

 ようは彼女のもふらー魂?を刺激して、満足させてあげればいいんだから、ここで例のアレを試してみることにする。


「まかされましたなの! え~と、このてのおねえさんのたいしょはなれてるの。たしかこうやって……このあたりをこんなかんじですりすりすると、ふぁ~!なの」


 掴んでいた指をたぐり寄せ、そのまま頬まで持ってくると、目を瞑って手のひらへ顔を乗せスリスリし、「ん~♪」と甘えた声を出して反応を窺った。


 ――スリスリスリスリスリスリ――


 えーと、これで少しは満足してくれたかな? ぬーちゃんの時はこれである程度満足してくれておとなしくなったけど……あ、あれ?


(さいっち)「ッッ!? ふぁっ!? ふぁっ!ふぁああああああああああああああああああ!」


 おーーーー! 突如彼女から巻き起こる魔力の(うず)? いや、オーラ? そのどちらとも違う未知のエネルギーの奔流が、彼女を中心にして円を描くように立ち上ぼる。


 そして、辺り一面に土煙を巻き起こしながら、謎の超戦士風?に覚醒した彼女は、そのド派手なリアクションを披露してた。

 さ、流石は高位プレイヤーのお姉さんだ。

 「ふぁー!」の1つをとってしても、その表現の仕方に多才な才能を見せつけてくれる。


 ……しっかしおかしいな?

 ぬーちゃんの場合はこれで大人しくなったんだけどな……これはあれか? 彼女が特別だったということなのか?

 それとも、スリスリの(さじ)加減を俺が見誤ったと言うことか?


 と、そんなことを渦の中心地である彼女の腕の中で黙々と想い巡らせていると、注目の的となったさいっち (の暴走) を止めるべく、奪い取るかのように彼女の腕から俺をかっさらい、そのまま逃走を始めたミントちゃんであった。


 そのあとを、逃兎の如く追い駆けるカモさんと、俺を奪われたことで憤怒の化身と化し、取り戻さんと追い掛けてくるさいっち。

 相変わらず「ふぁー!」のリアクション継続中の彼女に巻き込まれないよう、通りに面していたプレイヤーやNPC達は急いで道を空ける。


(ペパーミント)「ちょ!? 余計に悪化させちゃダメでしょ、何やっているのクウちゃん!」


 俺を脇に抱えながら、大通りを真っ直ぐに駆け抜けるミントちゃん。

 通りをひたすら駆け抜ける俺達も、今や多くのプレイヤーの視線を一身に集めていた。


(カモミール)「めっちゃ見られてるし! ちょ、恥ずかしいからこのまま本拠地に移動するぞ! って言うかさいっち! いい加減に帰って来い!……あちゃ~……もうクウちゃんはさいっちの手にスリスリをしちゃめっ! あっでも、私にはしても良し!」


 あ、カモさんもしてほしいのね。了解です!


(ペパーミント)「後半、本音がだだ漏れだから……あ、私にもやって良し!」


 とりあえず二人の「ふぁー!」の許可が降りました。

 って、自分で言っといてなんだけど、「ふぁー!」の許可ってなんだ?


「りょうかいしましたの。……しかしふたりともとっても (足が) はやいの。ふふふ、なんかこうしっぽでくるくるまわしてすすんでいると、まるでクウちゃんがとんでいるみたいなの」


 尻尾を時計回りにクルクルと回し、まるでプロペラを再現するかのようにして俺は遊んでいた。


(カモミール)「なら、後ろのアレから逃げるにはもっと早く回さないと逃げらんないかもよ?って……ちょ!? クウちゃん待った! それダメッ!、ストップっ! ストッ~~プっ! アレ (さいっち) が余計に興奮して追い掛けて来てるからッ!」


(ペパーミント)「あはははははは、ホントにクルクルまわってるしって!? ちょ!? さいっち!!! アンタもう人間止めてるでしょ!? それともまさか、EX――!!?」


(さいっち)「ふぁふぁふぁふぁああああああああああああああ!!!」


 益々勢いをますさいっちに、二人はとうとう話す余裕もなくなりワープポータルに飛び込むように突入した。その結果、予定よりかなり早めに目的の街へと到着した俺達。

 そこから足早(あしばや)に本拠地へと逃げるように駆け込み……いや、実際に逃げながら移動していただな……


 そんな訳で、遠目からでもハッキリと目立つ豪華客船へとますます距離を縮めてを向かうのであった。


 そして近づくほどにハッキリと目に写る輪郭(りんかく)

 女神像を(かたど)った船首の装飾に、側面には砲台まで設置されていた。

 うわぁ~……これを作るのに一体どれだけのアイテムがいるんだろ?

 【フリーランス】って、俺が想像してるよりも(はる)かに格上のハイランクのクランだったりするのかな?


 そんなこんなで本拠地まであと僅かと言うところで、俺達はとうとうさいっちに追い付かれてしまった。

 颯爽と俺は捕獲され、もふもふと抱っこされながら、さいっちの体力……いや、もふらー魂?を沈めていた。


 一見落着?


 「ふぁー!」のリアクションは鳴りを潜め、ただただ、蕩けた顔でゆるんでいるさいっちがそこにいた。

 と、とりあえず、一安心である。


(さいっち)「ふうにゃ~~ん、にゅうにゃにゃにゃ~♪」


「えーと……にゃ~~~んなの……?」


 相変わらず何を言っているかわからんが、俺の返事に喜んでいるようだし、気にするのはよそう。

 なんとなく彼女の立ち位置と言うか、扱い方を理解してきた俺である。

 そして、チラリと地面に伏している二人に目を向ける。

 そう、カモさんとミントちゃんの二人は疲労困憊(ひろうこんぱい)なのか、息も()()えの状態で横たわっていた。


(カモミール)「な……納得できん!……ハァ……ハァ……アンタ今日から……前衛職に……ジョブチェンしろ!……ふ、ふざけんなっ!……」


(ぺパーミント)「……し……信じらんない……アンタ……ハァ……ハァ……陰陽師で……後衛職でしょが!……こんなん、さ……詐欺よ! なんなのよ、もうっ!」


 そんなさいっちの怒濤の追跡に、カモさんとミントちゃんはちょっと……いや、かなり凹んでいるようだった。

 カモさんは格闘技をメインとする前衛職プレイヤーであることは、昨日の狩りで確認している。

 そしてミントちゃんは、その背中から存在感を放つ大弓を扱った物理後衛プレイヤーで、実際の狩りでは時たま腰に携えたダガーも使って、状況によっては前衛職のように前へ打って出ることもしばしばあった。

 これに関しては俺に格好いいところを見せたくてワザとやった感があったが、実際に美しい立ち回りであったので異論はない。

 だって、その際の動きは付け焼き刃と言うレベルではなかったからね。

 つまり彼女も体力や素早さなどのステータス面では前衛職プレイヤーには及ばないものの、魔導系統のプレイヤーよりかは優れていた筈なのだ。

 それがまさか生粋の後衛職プレイヤーであるさいっちに追いつかれたこの事実は、色々と納得できないものを二人に(のこ)していた。


 ホント、人の執念と言うか、精神は肉体を凌駕するなんて言う言葉があるけど、彼女はまさにそれを体現する人であった。

 その彼女の防具である着物を間近で目にし、触れることでますますカモさんやミントちゃんと同じく高ランクプレイヤーであることが(うかが)える。


 そんな彼女を改めて見上げると、身長が160cmくらいはあった。

 艶やかなストレートヘアーの黒髪を腰まで流し、その小顔は美人さんと言うよりは、幼く可愛い系なお姉さんに見える。


 あとこの着物、十二単(じゅうにひとえ)って言うのかな?

 幾重にも着重(きかさ)ねて身を包み、各種方面の防御に(てっ)していそうである。

 さらによく見ると、所々に細か刺繍(ししゅう)が縫い付けられていた。

 これって旧漢字って言うのかな? 陰陽師が使う、あのふにゃふにゃな文字?に見えた。


 父の宝物庫の中にも、そういった(たぐ)いの刻印された武器や防具を目にしたことがある。

 これもひょっとしたら、そういった物なのかもしれない。

 この辺りのリアリティーさは、開発したミーちゃん、つまり麗子ちゃんによる影響なのかもしれないな。


 さて、そうした彼女の見た目も含めたイメージから言うと、まるで絵本の中から飛び出してきたかぐや姫といった印象を受ける。


 そして、しばらく経つと、やっとのことで生まれたての子鹿のように、覚束ない足取りで立ち上がった二人 (カモさんとミントちゃん) 。

 そのやる背ない背中は哀愁を漂わせ、なんて声を掛けたらいいのか躊躇わせる。

 無言の空気が重い……トコトコついていくその後ろを俺とさいっちが追従する形で進むのだった。

 結局、心身共に疲労困憊で足を引きずるように遅々として移動するので、普通に移動したのとたいして変わらぬ時間で、ホームへと到着するのであった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 で、でかい! なんか映画でこんな船を見たことあるような、ないような……えーと、確かあれは……沈んたんだっけ?


 し、しかし凄いな……改めて気づかされる。

 俺が入ろうとしているクランの規模を……体験入団にしといてやはり、正解だったかもしれない。

 それはホームに到着し、施設を案内されることによって、ますます確信に(いた)った。

 室内プール。バー。オペラ会場?

 大きな間取りの遊戯室にはビリヤード台からダーツと、各種色々と取り揃えられている。

 サロンっていうのかな? 他にもジャグジーなどもあり……う~む、ここまでくるともはや圧巻の一言だ。

 船内の施設の充実振りや置かれた調度品の数々にも圧倒される。

 一言で例えるなら、まるで俺の猫庭の楽園に足を踏み入れたような気分だ。

 だからか、ここがまるで仮想空間に設置された猫庭の楽園バージョンみたいで、圧倒されながらもどこかホッとしてしまう自分がいるのは。


 そうか……猫庭の楽園に入った人達は、みんなこんな感じで圧倒されてたんだな……

 相手の視点に立ってみて初めてわかる事。

 違った視点で物事を見れたのは、実に良い経験となった。

 この体験を()かして、次に来るお客様のために役立てよう。


 ぐる~っと一通り回ったところで甲板に上がり、お日様の下に出る。

 むむむ!?……幾つか(ふち)に添えられているリール付きの釣竿に俺は顔を向けた。

 そんな俺の視線を辿(たぐ)り、気づいたさいっちはそのままは真っ直ぐに釣竿に向かって足を運んでくれる。


 終始(しゅうし)、ひたすら蕩けているように見えていても、そこはちゃんと俺のことを考えて動いてくれているようだった。

 ……残念な高性能……どうしてもアイナママと重ねてしまう。

 でもね、完璧過ぎる人ってそういうところが逆に美点になるから得だよな。


(さいっち)「ふうにゃん、ふにふぬ?」


 えーと……「クウちゃん、釣りする?」であってるよな?

 ここを回っている間もほんの少しだがコミニケーションがとれてきた。

 そんな、だんだん『さいっち語』を理解(マスター)してきている俺だったりしたのだ。


「やりたいの!……でも、クウちゃんのさいずじゃおっきくて、ちゃんともてないの……」


 純粋に釣りをしたい気持ちに駆られる。

 だって、目の前にはこんな一望できるほどの蒼い大海原が広がっていて、なのに、この大自然を前にして釣竿を眺めているだけなんて……残念極まりないないじゃないか。


 異世界に来てからの釣りって、(おも)にドナちゃんを釣ったアレだし、その他も死の森のモンスターとかキングカイザーの一本釣りとか……あれをまともな釣りと呼ぶには、(いささ)躊躇(ためら)われる。


 しょぼぼ~んと垂れ下がった猫耳を見下ろした彼女は、まるで任せろ!と言わんばかりに俺の頭を優しくポンポンと撫でる。

 すると、彼女は着ている十二単を利用して、ちょうど俺一人が入れるくらい空間を胸元に作る。

 そして、そこに俺をスッポリと収めると、ちゃんと頭が出るように微調整をし、苦しそうにしてないか確認してから、目の前の竿をムンズと握りしめた。


 フンスッ!と鼻から漏れる息づかいが頭上から聴こえる。

 気合いを入れたさいっち。

 首を真上に上げると、やる気に満ちた彼女の顔がそこにあった。

 あぁ、俺の代わりに釣ってくれるってことだよね? 

 うーん、俺が釣りをしたかったんだけど、今更やる気満々の彼女に水を差すのも悪いし、ここは彼女の顔を立てて大人しくすることにしよう。


 って言うかね、実を言うと、それどころじゃない状況だったりする。そう、俺は困っていた。 

 と言うのも、ポヨポヨとさいっちのふくよかなお胸が首から後頭部にかけて当たっているのだ。

 だからあまり動いてしまうと、セクハラになってしまう。

 そんな訳で、俺は大人しく収まっていなければならなった。


 そんな様子を後ろから眺めていた二人。

 釣りをすると言うことで、フリーランスが定期的に行っている恒例イベントへとシフトするのであった。


(ペパーミント)「なになに? 久々に誰が大物を釣り上げるかやるの?」


 負けないよと気合いを入れるミントちゃん。

 カモさんも同じく肩を回して、気合いを入れている様子を見せていた。


(カモミール)「オッケー、負けないわよ。で、制限時間はいつものように一時間でいいよな? 昼には三人が帰って来るし、とりあえず沖に出てから勝負開始とするか? ん~勝者にはそうだな~……ふふふ、またなんかして、クウちゃん」


 ビクッとする俺。

 まさかまたここで振られるとは思っていなかったたけに、不意打ち過ぎた。

 あ、とりあえずさいっちの「ふぁー!」の件はノーカンなのね?


「またまるなげなの!? ふぁー!はおこられたから、すりすりはめっ!として……ならここはもふもふまほうでなにかつくってぷれぜんとしちゃうなんて、どうですかなの?」


(ペパーミント)「え? 勝者には愛のこもったチューをしてくれるって? よーし、その勝負のった!」


「ぶはっ!? クウちゃんそんなことひとこともいってないの!!!」


(カモミール)「おっけー! ぜってぇ~敗けないぞ!」


「ちょ!? カモさんまでのっちゃっめっ!なの」


 ちょ!? ストップ! ストッ~~プ!


(さいっち)「ふぉおおおおおおお!」


「ふぉおおおじゃないの! みんなめっ!なの」


 アカンッ! この流れはアカンよ! カモさん、なんでウィンドウ画面を開いているの?

 何かポチポチと打ち込み、操作している彼女。

 すると、船底から低い音が唸りをあげ、微かに聴こえていた音が徐々に激しさを増し、それが (イベントの) 開始の狼煙(のろし)となってしまった。


「みんなおみみがじょうたいいじょうおこしているの! ああっ!? おきにしゅっぱつしちゃめっ!なの。ちょっと~! さんにんともクウちゃんのはなしをきいてなのー!」


 冗談半分で言ったミントちゃんであったが、俺の焦った様子に、何だかんだと言っても決まった約束?を律儀(りちぎ)守ってくれそうだと確信する。

 そして、見た目は赤ちゃんなのに、それでも大人のようにちゃんと受け答えをし、一々面白可愛く可愛く抗議(リアクション)する俺の様子に、ちょっとだけ「ごめんね」と内心謝りつつも、このちょっと可笑しくも心地よい時間を楽しんでいる三人であったのだ。


 

 ………………

 …………

 ……

 …



 あれから一時間が経過し、(釣り) 勝負は雌雄(しゆう)を決した。


 俺は今、船内の一室にて、小さな丸テーブルの上に ( ハイハイ状態で ) 乗っている。

 ああ~、これは仮想空間。

 そう! 現実世界じゃないからノーカンだよね?

 みんなごめんよ。でもこれって浮気じゃないよね? ホッペくらいなら許してくれるよね?

 悪足掻(わるあが)きと言うか、藁にもすがる思いでGMさんにもメールを打ったけど、返事は返ってこない。

 今回は降臨してくれないのね……チューはグレーゾーンなの?

 そこんとこどうなのよ?

 で、俺は虚しい抵抗を(こころ)みる。


「ちゅーしちゃうとばんになっちゃうの!」


 右手をテーブルにペチペチ打ち鳴らして、虚しい抗議を一応してみる。


 が……


(ペパーミント)「ふふふ、ざ~んねんでした。このゲームは全年齢、キスまでは出来る仕様なのだ。在日している外人さんだって一定数、ヴァルハラプレイヤーにはいるからね。にひひひ、文化と言うものはその国によって変わるのだ。ウリウリ、さぁ~そろそろ観念するのだ、クウちゃ~ん」


 プニプニとホッペを(おお)うようにして揉まれ、(もてあそ)ばれる。ぬぅ~、この~……


(カモミール)「まぁあたしもそんなに詳しくないからザッとしか説明できないけど、流石にある一定以上の行為となると、18歳以上である事、あとは絶対に人目につかない場所で行う事。そして互いの同意を得て、ウィンドウ画面から承認ボタンをクリックして同意をすることとか、まぁザックリ言うと、そんなところか?」


 つまり、同意の上でのチュー程度では運営が動くことはないし、コメントを返すこともないらしい。そもそもシステム上ブロックも出来るのだから、嫌ならそれを活用すればいいだけの話である。

 そして、GMからの返答があったとしても、お決まりの定形文が送られてくると三人は教えてくれた。

 と言うことは……この場にはもう、どこにも逃げ道がないと言うことなのか?


「くっ、ここはひとつ、にっぽんということでおねがいなの。うぅ~、きいてなの~……しくしくしく……」


 テーブルの上に乗せられた俺に逃げ場はなし。例えもふもふ魔法でテーブルを降りて逃げようとしても、この三人が相手では、すぐに捕獲されてしまうのが関の山だ。

 手をワキワキさせて此方ににじり寄ってくるミントちゃんから少しでも距離を空けるべく、ジリジリと後退する。

 またそれの何が楽しいのか、ミントちゃんは実に悪い意味で良い顔をしてるし!


 ヘルプミーだよ!

 さいっちとカモさんに助けてと顔を向けるも、二人も勝負の結果と言うことで救いの手を差し伸べてくれなかった。


 が、気持ちの面ではすぐにでも差し伸べてくれている二人であった。


(さいっち)「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」


 ハンカチを口にくわえて「ぐぬぬ」を言う人を初めて見た。こんな状況じゃなきゃ見れんよな……


(ペパーミント)「さぁ! 今はそんな説明はどうでもいいわ! 勝者の私に (キスを) はよぉ~♪」


(カモミール)「チッ、あと5分あれば、あたしの勝ちだったのに……」


 結果はご覧の通り、一位はミントちゃんだ。

 さいっちは俺を胸元に忍ばせてたせいか、終始集中力を欠いて、釣果は坊主(ゼロ匹)であった。

 そして、カモさんは残り5分となった時点で大物をヒットさせたのだが、残念ながら釣り上げるまでに時間が掛かり過ぎ、タイムオーバーで釣果としてカウントされなかった。

 実に惜しかった。

 釣り上げた魚 (カジキマグロ)のサイズは、 三人の中でぶっちぎりだったのに、そのせいか彼女は未だに未練たらしくミントちゃんに視線を送っていた。


 詰んでるよな、やっぱり。

 もうここまで来たら覚悟を決めるしかないか。

 だがしかし! その前にフラグをへし折らねば!

 やる。きっと彼女はお約束なアレを必ず、ミントちゃんは絶対にやる。だからできれば俺はカモさんかさいっちに勝ってほしかった。

 そう、彼女の性格を考えると、そう思わずにはいられないのだ!

 だから俺は前もってフラグを折るべく予防しておくことにした。


「ちゅーするときにこっちをむいたらめっ!なの。なんかミントちゃんのことだからしそうなの。だからクウちゃんさきにいっておくの! ぜったいにちゅ~するときにふりむいちゃめっ!なの」


(ペパーミント)「『……チッ、ばれてたか』」


 苦々しく言ってもダメだからね!


 まったくもう、油断ならないないよな、ホント。事故ちゅ~は俺の中ではNGなのだ。特に故意の事故ちゅ~はタチが悪い。

 やっぱり俺の勘は当たっていた。

 うるさいくらいに第六感が警告を鳴らしていたからね。

 もちろん三人だって、ホントにキスをするわけがないことを理解していた筈だ。

 そこはもう、当然暗黙の了解ってことで、ここはオデコかホッペが定番のお約束なのだ。

 と言うか実際、ホッペでもギリギリ (な状態) なんです。


 だって、まだ出会ってたったの2日なんだよ! しかも相手は元いた世界のリアル女子高校生っぽいんだよ!

 これでドキドキするなって言う方が無理でしょ!

 自分でもこの価値観は変だとは思うよ。

 でもね……今いる世界の住人ならオッケーで、元いた世界の住人はダメって……俺の豆腐メンタルが昔を思い出したかのようにプルプル揺れるんだから、こればかりは理屈抜きでどうしようもないとしか言いようがない。


(カモミール)「さいっち!」


 「殺れ」みたいなジェスチャーで、親指を立てた握り拳を、首下に通すようにスライドさせるカモさん。

 ちょ!? かっ切っちゃダメだよ!

 それと二人とも、マジで怖いっす……さっきから全身がゾワゾワとして落ち着かない。


(さいっち)「言われんでもやったるわ!」


 勿論こちらも殺るわ的な顔で既に動きだしている。

 俺は今、特に何か悪いことをしたわけでもないのに怯えていた。

 女性が本気(ガチ)でキレた時にかもし出す、あの特有の空間に身をおいている。

 この空間に男が生存を許された場所は存在しない……ほんとに生きた心地がしないよ。


(ペパーミント)「ちょ!? 痛ッ! 力入れすぎだから! さいっち! アンタガチで締めすぎだっての! イタッ!? だからっ痛いっつうの!!」


(さいっち)「やかましい! ミントはん、じっとしとき! クウちゃん、うちが(おさ)えとる内にはよ!」


 さいっちがミントちゃんにガッチリとヘッドロックをかまして固定したところで、俺はテーブルの上をヨチヨチと移動して側へ寄る。

 そして間近に寄るとなおわかる。

 ミントちゃんとさいっちの見えざる攻防の、ミシミシと聴こえる擬音と、それによって発生する力場による揺れが……まさかこの後に及んで、まだ諦めていなかったとは……

 さいっちが必死に押さえてくれてる(あいだ)にとっとと済まさねば、ホントに事故 (ちゅー)が起きてしまうかもしれない 。


 覚悟を決め、目を瞑り、そ~っとミントちゃんのホッペに軽く、微かに触れる程度の優しいフレンチチューをした。


 1、2、3、4、5……おっけだよね? 5秒もすれば良いよね?


 うぅ~、なんだか凄く恥ずかしいぞ。

 自分の顔が熱を帯びて、だんだん火照(ほて)っていく様がわかる。

 クソ~、なんでこんなことになったんだ!


(ペパーミント)「ぬはっ!? な、何これ? ちょっとお姉さんビビビッて来たよ? ん、クウちゃん? きゃ~~~~♪ いや~ん、真っ赤になってたまらんぞい。あははははは」


 ニマニマしおってからに。

 オデコをツンツンつないの!

 くそぉ~、今更こんなことで真っ赤になってしまうとは……みんなとあれだけらぶらぶをしているというのに。

 はぁ~、俺ってば成長しているようで、その実、中身は相変わらず赤ちゃんクラスのままなんだな……

 内心ちょっと凹む俺だった。


「こどもをからかっちゃっめっ!なの。むぅ~」


 仕返しにミントちゃんの両ホッペをムニムニ揉んでやる。

 すると彼女も俺のホッペを揉み返して、俺達は揉み合いっこになった。

 俺のむくれた顔に悦るんじゃないの、もう!


(さいっち)「死ねばいいのに……死ねばいいのに……死ねばいいのに……死ねばいいのに……死ねばいいのに……」


(カモミール)「さいっち、勝負の結果なんだから、マジギレはマジでなしな。まぁなんだ、次は(・・)頑張れ、な?」


 まるでリベンジを誓い合う同士のように肩を寄せ合う二人。


 って、ちょっと待てぇい!

 次ってなんなのさ!

 思わずミントちゃんのホッペから手を離して、内心抗議する。


(さいっち)「……了解や。悔しいけど、次こそ(・・・)はうちは勝つ! クウちゃん待っといてな」


 フラグ確定なの!? 俺の意思はここでも無視なのか!?


「つぎなんてないの! クウちゃんをかってにけいひんにしちゃめっ!なの。もうこんかいかぎりなの!」


(ペパーミント)「ふふふ、あ~、し・あ・わ・せ・♪ さて、釣った魚を調理したいけど……ムウたんまだ帰って来ないし……どうする?」


 みんなにかるーくスルーされてしまい、俺はテーブルの上でうつ伏せの大の字になる。

 なんかどっと疲れた……脱力クウちゃんである。

 あ、顔だけは上げて、前を向いてるけどね。

 すると、そんな俺を色んな角度からサワサワとタッチしてはしゃいでいるさいっちがいた。


 足を優しく摘まんでは、ゆっくりと折り曲げてみたり。

 尻尾を指に巻いては、「きゃ~きゃ~」と声をあげる。

 なんだか楽しそうに声をあげる。それも純粋に。

 だから振り返らなくても彼女がどんな顔を浮かべているか容易に想像できた。


 だって、既にうちの妻達が通った道と同じなんだからね。


 こういう時はじっとして、好きなようにさせてあげるのが一番いい。

 そんな様子を眺めていたカモさんとミントちゃんは仕方ないな~ってな顔を。

 そして、理解のある対応をとっていた俺に対して、苦笑いを浮かべながら顔を向けていた。

 だからそんな二人に向かって人差し指を口許にそっと立てて俺はニコッと頷く。


 自由にさせてあげてね、と。そんな意図を組んでくれる二人である。


 別になにか害が有るわけでもないし、こうされるのは慣れているから。


 で、それよりも俺には釣りでゲットしたカジキマグロの処理の方が気になった。

 できることなら俺も手伝いたい。

 だがしかし、今の俺にカジキマグロなんて巨大な魚を捌くことができるだろうか?

 やり方はある程度、体が勝手に動くから問題ないと思うけど、それよりも、今の俺は純粋に(さば)くだけの力がない。


(カモミール)「調理スキル持ってる奴はいないしな。ん~、物は試しで一匹やってみるか? 二匹有るんだし、保険であたしの方を残しておけば問題ないだろ」


 釣り上げたのは二匹のカジキマグロ。

 ならミントちゃんが釣り上げた方の()ぶりな方で挑戦(チャレンジ)するのも悪くない。

 ……確かにそれもありかもしれないが、俺の中の勿体ないオバケがムクムクと顔を出す。

 だから二人が包丁を入れる前に聞かねばならなかった。


「ねぇねぇカモさん。すきるってなくても、おさかなさんさばけるの?」


 麗子ちゃんから教わった知識の中から回答を得ているが、それでも実際にゲームをプレイしているプレイヤーからの視点で抜け穴的な、裏技的な要素がないか聞きたかったので、敢えて話を振ってみた。


(ペパーミント)「あら? クウちゃん、ちゃんとゲームを始める前にそういうことは調べておかないと、色々と損しちゃうよ」


「なの。だからいま、カモさんにおしえてほしいの」


 実に嬉しそうにミントちゃんは説明してくれた。


(カモミール)「了解。スキルって言うのはね、必ずしも必要な場合と、そうじゃない場合があるの。例えば武器で言うと、弓は誰でも引こうと思えば実際に引けるし、射てるでしょ? 剣とかも振るだけだったら誰でも振れるし。

 つまり、結果の差はプレイヤー構成によって変わるけど、万人が行える動作(アクション)自体はスキルが無くてもできるのよ。

 んー、あとはリアルのスペックがアバターに反映されているから、リアルスキルが影響して効果を上乗せするくらいかな?」


 なるほど、つまりリアルで磨いた経験や技術は、この仮想世界であるヴァルハラにおいても活かせるって訳か。

 ……と言うことは、この俺の身につけたリアルスキルも活かせる可能性があるということだ。


(カモミール)「あ~でも、クウちゃんのもふもふ魔法なんかは完全なオリジナルスキルだから無理よね~。特にこのもふもふな手触りなんて無理なのだ~♪」


 俺の両手をとってニギニギするカモさん。

 両手側にカモさん。両足側はさいっち。

 このまま俺をブラブラと持ち上げることも可能な状態である。


(ぺパーミント)「私、もふもふなカモさんなんてヤダよ、って言うか気持ち悪いよ……」


 そんなことはないと思うだが、ミントちゃんは何やら思い浮かべる仕草を見せると、「やっぱりないわー」とこぼすのだった。


(カモミール)「アンタなに想像してるのよ。あたしだってミントに抱きつかれたくないよ」


 っと、さいっち?……しっぽの付け根辺りから徐々に手が下がってきてないか?


「クウちゃん、じぶんのもふもふぐあいがよくわからないから、ちょっとざんねんなの……ん~?……さいっち……?……えーと……あー、おそらくきこえてないよね?……なの」


(さいっち)「おしりもみもみ。や~らかいわぁ~♪ むっちゃっ、ふわふわやぁ~♪ あかん、うち……ふひっ、 ふひひひひ」


 振り返るとそこには、よい子にはお見せできない姿の (残念な) 彼女がいた。

 ちなみに、カモさんとミントちゃんはドン引きである。


(ペパーミント)「さいっち……アンタさ、クウちゃんが (運営に) 通報したら、一発でアウトだよ……聞いて、ないよね……」


 まあまあ、幸いなことに、軽くお尻をもみもみしてるだけだからね。実際それ以上のことはしてないし、よくよく見れば、言うほど大したことはなかった。

 例えるなら、ホッペをムニムニしてるのと同じようなものだ。

 それにしょせんは男の尻だしな。

 あと、彼女の場合はなんて言うか……こう非常に心配になってくる面がある。

 何がと言われるとアレだけど……一応、年頃のお嬢さんだと思うし、彼女の名誉の為にも、()えてそこには触れないでおく。

 と、そんな感じで俺は当初から感じていたさいっちに対する庇護欲的なものが、ここで確信に(いた)る。


「ミントちゃん、とりあえずさいっちだからいいの。それにクウちゃん、その……はっきりいうと、むしろためておくとりあるがしんぱいでならないの。

 だからクウちゃんのおしりていどでみんながまるくはっぴーになるなら、いくらでも()()()()しておっけーなの。だからそんなおかおをしちゃめっ!なの。

 みんなにはいつもにこにこしててほしいの」


(さいっち)「ほんまにええのっ!? きゃ~~~♪ クウちゃん大好きやでぇ~♪」


 ……実に都合の良い耳にしていらっしゃる。そんな彼女に少し呆れつつも、さいっちを見ると純粋に喜んでいるんだから憎めないし、なんか笑ってしまうんだから不思議だ。


 そして、しっかりと言質(げんち)を取ったからか、少し遠慮がちなタッチから、ほんの少し大胆な揉み方へとシフトした。

 が、それでも力加減だけはちゃんと配慮して揉んでいてくれているので、特に心配することは何もなかった。


 それよりも、目の前のカモさんの方が心配である。


(カモミール)「変なところでクウちゃんは大物なんだな……ごめんね……ホンっトごめん……さいっちは普段、ここまで酷くないんだよ。クウちゃんからしてみれば、とても信じられないだろうけど」


 わかっているからと、繋いでいた両手をブラブラ揺らす。

 そんな眉間に皺を寄せて、目を瞑らなくても……なんかカモさんは意外と苦労性で生真面目(きまじめ)なとこがあるな。

 それが美徳なところでもあるけど。


(ペパーミント)「嘘っ!? なら半分もらった! さいっち横にずれてずれて! うはぁ~♪ 何これ~!? あはっ、あはははッ! 凄いよカモさん! クウちゃんのお尻って意味不明なくらいぽよぽよだよ! 抱っこしてた時に感じてたのと違って、ダイレクトもみもみはすっごいよ! ねぇクウちゃん、何を食べたらこうなるの?」


 おいっ!? きちゃまもか。


「こるるとぷるるのみ(実)なの。とってもたかくてきちょうなくだものなの」


(ぺパーミント)「へぇ~。聞いたことないけど、海外の珍しい果物なんだね。うははは、これやっぱ凄すぎるよ」


 二人で仲良くお尻を半分個にしてもみもみしている。

 なんと言うか、ここは野暮なことを言うのは止しておこう。それとカモさん、2つしかないからゴメンね。ちょっとカモさんの視線がお尻に向いているように見えた。

 しかしなんだな、こうして揉み揉みされていると、まるでマッサージを受けているような気分になってくる。


(カモミール)「ホントっごめん、クウちゃん……アンタらッ! これでクウちゃんが (クランから) 逃げたら、覚悟なさいよ!」


 テーブルの上に直に寝ていると首が痛いので、もふもふ魔法でもふ枕を生み出して、そこに顔を乗せてリラックスする。

 ふ~っと息を吐きながら俺はただ揉み揉みされるのだった。


「カモさん、まあまあなの。でも、ふたりともあんまりはげしくしちゃめっ!なの。クウちゃんのえいちぴーはかみ (紙) だから、あんまりはげしくしたらこわれちゃうの」


(さいっち)「かはっ♡」


(ペパーミント)「あ」


(カモミール)「あ」


 突然のけぞり、そのまま陽炎(かげろう)のように姿を消してしまったさいっち。

 あまりのことに、俺は呆然としてしまった。


 い、一体何が!?


「きえちゃったの!? まさかクウちゃんのおしりでですぺなしちゃったの!?」


 これってPKって奴になるの!? オロオロする俺に二人は冷静に答えてくれる。


(ペパーミント)「あー、たぶん興奮し過ぎて、強制ログアウトしただけよ……あれってなかなか発動しないシステムなんだけどな~。……神様、お願いだからさいっちが (リアルで) 犯罪に走りませんように……」


 と、遠くを見る目をしていたミントちゃんの声を聞きつつ心の中で返事をする。


 その願い聞き届けよう。


 再度俺は、密かにさいっちの欲求を溜まらせないよう誓うのであった。

 だって、流石にリアルで逮捕されたとか聞いたら、寝覚めが悪すぎるし……


(カモミール)「ふふふ、空いた半分はもらった! こらッミント! アンタ何どさくさに(まぎ)れて両方占拠してんのよ! あたしにも半分寄越しなさいよ!」


(ぺパーミント)「えー、せっかく両手で揉み揉みしてたのに……ちぇ~……」


 やっぱりチラチラと羨ましそうに揉み揉みを眺めていたカモさん。

 そそくさとミントちゃんの横に並ぶと、なんだかんだと言って、二人は仲良く左右に別れて揉み揉みを始めるのだった。


(カモミール)「うははははっ! クウちゃんのお尻何っ!? とぅるんとぅるんって感じ?」


(ぺパーミント)「とぅるんとぅるんって言うより、ぷにゅんぷにゅんじゃね?」


 俺のお尻の面積は非常に狭い。

 なので揉むとしても、二人の手のひらでは軽く(おお)ってしまえるくらいの面積しかない。

 なので、もう片方の手持ちぶたさな手は、お尻以外の部分を撫でるように揉み揉みしてくれた。

 なんかそれがますますマッサージの(てい)となし、俺を徐々にお昼寝へと誘っていくのだった。


「ふぁ~~~……あれ? ひょっとしておひるまでこのじょうたい (もみもみ) なの?」


 揉み揉みとマッサージを受け続ける。

 すると身体中の血行が促進され、身体から余計な力が抜けていく。

 そして徐々に瞼が重くなり、コシコシと目を擦り始めていた。

 そうなると、自然と手足の末端(まったん)がポカポカと発熱し、意識が微睡(まどろ)んでくるのを感じる。


 あぁ、自分でもわかる。これはもうお昼寝に入る段階なのだと。

 ウトウトと舟を()ぎ、それからまもなくして「……すぅ~……すぅ~……」っと小さな寝息が二人の耳に届く。


 と、そんな俺の寝るまでの一部始終を後ろから覗いていたミントちゃんは、やっぱり自分の家で飼っている猫を思い浮かべて可笑しくてたまらないようだった。


(ペパーミント)「『お尻揉まれた状態で寝れるって……あはっ♪ あはははは……やっぱ最高だよ! ねねっ、みゆき (カモさんのリアルネーム) 、絶対にクラメンになってもらおうね』」


(カモミール)「『~♪……ふぁ!? あぁ、も、もちろんだとも! あはっ、あはははは』」


(ペパーミント)「…………」


 カモさんに向けられていた顔をスッと横に反らし、無言のまま距離を空けるように横へ一歩ススッと移動するミントちゃん。

 それは幼馴染みであり、親友でもある彼女に対して、言外(ごんがい)に訴える彼女なりの答えであった。


 つまり引いたのである。


(カモミール)「『ちっ、違うぞ! あたしはさいっちとは違うからな……っておいっ! なんで距離を空けるんだよ!? 愛ッ (ミントちゃんのリアルネーム)、あたしの話を聞けよッ!』」


 この後、予定してた残りのメンバーがホームに帰還(きかん)し、二人はこの状況が第三者の目にどう(うつ)るのか全く考慮してなかった。

 そのせいでメンバーによって激しく誤解され、厳しく詰問(きつもん)を受けるはめになる。

 が、それも無理ない。

 見ようによっては、うつ伏せで寝ている赤ちゃんの寝込みを襲ってセクハラ (揉み揉み) して笑みを浮かべていると言う、素人でも一目瞭然な最悪な状況であったのだから。


 因みにさいっちは一旦ログアウトしてしまった為、INして戻ってくるのにまだ多少の時間を要していた。もしこの場にいれば多少は違ったかもしれない。

 その原因として、このヴァルハラの時間軸と現実世界での時間は平行……つまり同じではなく、時の流れにかなりのズレがあった。


 仮想世界の1週間……このヴァルハラでのログイン開始可能時刻からメンテナンス終了まで強制終了時刻までの1週間という期間は、現実世界の土曜日の夜22時から翌朝の5時までの7時間であった。


 つまり現実世界の一時間が仮想世界の一日となっていた。


 そんな訳で、この状況を生み出した一番の原因である戦犯者がこの場にいないことに対して、二人は理不尽を声をあげるのであった。


(カモミール・ぺパーミント)「「さいっちのアホー!」」


「……すぅ~……すぅ~……」



 ………………

 …………

 ……

 …



 約束のお昼にINして来たメンバーさんとこうして顔を合わせて、自己紹介とあいなった。

 まずは俺からと、テーブルの上に乗せてもらい、ちょこんと腰を降ろした状態から失礼した。

 あ、一人じゃ満足に立ち上がれないとことは既に説明済みである。

 

「はじめまして、くらすまじしゃんのクウちゃんなの。みたとおりねこひとぞくのあかちゃんをろーるぷれいしてますの。

 さっきもいいましたが、そのせいでひとりではまんぞくにいどうできないの。もしくらんににゅうだんしたら、こんごいろいろとごめいわくをおかけしてしまうの。そのてんもあわせてよろしくおねがいしますなの。

 それと、クウちゃんはちょっととくしゅなあかうんとでやっていますので、あまりりあるのくわしいことはいえませんが、そこもふくめてよろしくおねがいしますの。

 というわけで、みなさんにいっせいそうしん(フレンド申請)なの」


 挨拶を終え、ペコリと頭をさげると、何故か全員から微笑ましい拍手をされてしまった。


(?)「こちらこそよろしくね。俺はクッキングバトラーの【ムウたん】。狩ったモンスターを自分で調理したくてね、このクラスで遊んでいるんだよ。何か面白い食材を見つけたら一緒に試食しようね」


 差し出された小指と握手を交わす。


 おおー。この人がカジキマグロを丼にした人か!

 調理をしているところをぜひ見学したかったのだが、ミントちゃんとカモさんは、残り二人の【釘バット】さんと、【じぽー】さんに教育的指導?を受けて、正座をさせらていた。

 そこに助け船を出すべく、俺は二人の側でずっと弁護 (フォロー) に回っていたのだ。


 次こそは俺も調理に参加させてほしい。

 そんなカジキマグロを調理したムウたんさんの身長は175cm。

 ロンゲに茶髪の細マッチョな体型。

 なのにチャラ男といったイメージではなく、どことなくロジャーさんを連想してしまう不思議な人であった。


 そして、クッキングバトラーと言うクラスだけあって黒のシックな執事服に身を包んでいる。

 そんな彼から感じる雰囲気は、穏和そうなお兄さんと言った感じであった。


(?)「私じぽー、よろしく。呪いを主に扱う呪術師。呪われたアイテムでもし要らないのがあれば私買う。……クウちゃん、抱っこしていい?」


 淡々と喋り、どこか無感情っぽく見える子。だけど全くそうってわけではない。

 ほんの少し喜怒哀楽と言った、感情の起伏の幅が少ない子であった。

 そして、そんな淡々と喋る口調は独特だが、俺は嫌いじゃない。

 子供なのにどこか大人びた雰囲気があり、とても落ち着いている感じが好印象だ。


 そんな彼女の身長は150cmくらいかな? 

 髪は艶やかな黒のセミロング。

 体型は見た目と幼さを残した、いわゆる幼児体型と言うやつだ。

 聞くところによると、じぽーと言う名前の由来は児童ポルノの略らしい。

 ……だからか、俺が揉み揉みされている現場を捉えた彼女は真っ先に、なんでも二人のオデコを掴んでアイアンクローを噛ましたそうだ。

 いつぞやのネイちゃんを彷彿させるエピソードである……

 どうやら、事情 (言い訳) を聴いたのはその後のようで、二人はそれまでギリギリとやられていたとか。

 丁度この時の騒ぎで俺はムクリと起き上がり、目の前の光景に目を丸く、目を覚ますのだった。

 

 しかし、一体彼女の過去に何かあったんだろう?

 聞いちゃいけないとはわかりつつも、ちょっと気になってしまう。

 そして次のお方は、じぽーさんとは対局な位置にいるプレイヤーさんだ。


(?)「クウちゃんには一番お世話になる予定の、盾職のジェネラルタンクの釘バットだ。よろしくな!

 全身鎧で中身が分からんと思うが、これでもドワーフ族だ。

 あと、もしもの話しなんだが……今月の課金でリフレクトシールドを手に入れたら、来月までにリアルマネーでもロンでも都合するから、ぜひ譲って欲しい!

 もうさ、今月の小遣いが……うぅ、諭吉が6枚も飛んでさ……かみさんは小遣いをこれ以上くれないしさ……あんまりしつこいようだとヴァルハラ禁止だって言うしよ、とほほ」


「げんきだしてなの~……ぶつよくせんさーおそるべしなの」


 重厚な(あお)の全身鎧で身を包んでいるので、中身の容姿がわからない。

 が、身長は190cmと俺とは正反対の大柄な体格で、四肢の太さから察するに、マッチョなのは疑いようもない。

 ヴァルハラではリアル体型をそのまは反映(はんえい)すると聞いている。

 つまり、釘バットさんはリアルではこれとほぼ同じ体格をしていると言うことだ。

 その内に秘めたる重厚感は、小さい俺から見ると、さながら異世界にいる巨人族や大柄な獣人族のように思えた。

 ボディービルダーとかしてるのかな?

 しかし釘バットさんか……名前からどうしても連想してしまう、ヒャッハーな一面を持つ人でなくて良かった。

 こうして接していると、気さくな良いおじさんって感じなのだ。


 そして、鎧の中でしくしくすすり泣く声を聞いていると、どことなく憎めない愛嬌のある人だと好感が持てた。


 しかし課金かぁ~、来月のお小遣いまでがんばるんだ!

 誘惑に負けて貯金をおろしたらめっ!だよ?

 

(ペパーミント)「物欲センサー乙」


 ガチャと言えばテツさんもそうだったが、大当たりを引くには並々ならぬ苦労……いや、苦痛を伴う。

 ちなみに、俺はドッペルクウを当てた事がない。

 物欲センサーか~……神になっても破れぬ厚い壁……(ごう)が深いな。


(カモミール)「と、以上が良くINしているメンバーだよ。あと四人いるけど、たまにしかINして来ないから、またその時に紹介するわね」


「りょうかいなの」


 一通り紹介してもらった後は、お約束のもふもふタイムとなった。


(ムウたん)「凄いなぁ~♪ 何だかぬいぐるみが動いているように見えるよ」


(じぽー)「もふもふ」


(釘バット)「クウちゃんってこんなに小さいし、そこらにある装備品じゃほとんど装備できんだろ?

 当然防御力なんてほぼないだろうし、これは俺がしっかり守らんとな。おー! これが噂のもふもふか!? す、すっげーな!!!」


 三人に代わる代わる抱っこや膝の上に乗せられ、ナデナデやスリスリをしてスキンシップをした。特に釘バットさんはお子さんがいるのか、三人の中では一番俺への触れ方が上手かった。


(ペパーミント)「釘、アンタさ、さいっちがやってたみたいにクウちゃんを全身鎧の中にに入れられない? こう、上手く隙間を作ってさ」


(カモミール)「とりあえず一回全部脱げ」


(釘バット)「ちょ!? 女ども、脱いでる最中に……見るなよ?」


(カモミール)「…………は?」


(じぽー)「需要なし」


(ペパーミント)「クウちゃん、ああいう大人になっちゃダメだよ」


(ムウたん)「その自信は一体どこから……?」


(釘バット)「……心も財布も寒いぜ……」


 彼のクランでの立ち位置、もとい、いじられ方がうっすらと見えた気がする。

 多分この中で最年長だと思うんだが……せめて俺だけでも彼に優しくしてあげよう。


「釘さん、いいこいいこ~なの」


(釘バット)「優しいな~クウちゃんは。しっかり捕まってなよって……あれ!?」


 釘バットさんが床に寝そべり、装備を外して初めてお顔を拝見する。

 (いわお)というか、掘りが深くて野性味のある良い意味で迫力のあるお顔である。

 

 ―闘う漢―


 それが彼に抱いた印象であった。その胸板の上に俺も寝そべる。

 そして、彼がウィンドウ画面を操作して全身鎧を装備すると、俺は彼の全身鎧の上に同じ体勢で寝そべっていた。


 ありゃりゃ……その後、数回繰り返してみるが結果は同じ。どうも無理に胸やお腹を凹ませて隙間を作ったとしても、鎧外に排出されてしまうようだ。

 そのあとにローブ等の他の防具で試したところ、そちらでは意図したように俺を懐に忍ばせることが可能であった。


 鎧と言う金属を扱った防具では、固定された空間と言うのがどうやら障害(ネック)となっているっぽい。

 それとみんなが言うには、ひょっとするとゲームバランスの為に、敢えてそういう設定がなされている可能性があるのでは? と。

 防御特化型前衛……しかも、そんな上位盾職である釘さんと俺のコラボは、俺を直接狙える形にでもしないと、ますますチート扱いになるからと言う結論に落ち着いた。


 攻略の隙……弱点を完全に埋めてしまうような設定は看過できないということかもしれない。


(カモミール)「やっぱダメか~。上手くいけば釘とクウちゃんで無双出来たのに」


「ざんねんなの。でもクウちゃんはこうほうしえんでみんなをおうえんするの」


(ムウたん)「クウちゃんを拡張できる鎧があればいいのに……そうそう上手くいきませんね」


(じぽー)「釘、使えない」


(ペパーミント)「結局、見たくもない釘の裸を見ただけか……チッ」


 実際は裸じゃなくてシャツと短パンだけどね。あ……みんなが苛めるから……


(カモミール)「ん?……釘、そんな隅っこで何してんの? あとクウちゃん連れていかないの!」


(釘バット)「…………」


 散々な扱われ方だな……(むご)い。

 彼のお腹に体を預けてもふもふされる。

 今は鎧を脱いだ状態であり、おっきな熊さんに抱かれているような気分であった。


 こうしているとしみじみと感じるな。俺とは対局の位置にいる人だ。

 いいな~、それだけに羨ましい……


「めんたるがうたれよわいのはクウちゃんといっしょなの。だからクウちゃんはしばらく釘さんからはなれないの」


 ひしっとお腹にくっつく俺。ぬおっ……腹筋がパナイ!?


(釘バット)「クウちゃんが両方の意味で暖かいやぁ~♪ あはははは」


 しばらくもふってね……しくしくしく……その後、三人はそれぞれフレンドとの狩りの約束があるらしく、今日はここでお開きとになった。

 こんなことなら狩りを入れるんじゃなかったと口々にそろえて言ってくれる。

 そして、次は必ず狩りに行こうねと約束するのだった。


 船の外まで見送ってバイバイすると、じぽーさんだけまた戻って来て、ぼそっと一言注意と共にシステムウィンドウを開くようお願いされた。


(じぽー)「――これで良し。二人に気をつけて。危険感じたら、ここを即開いて押す。じゃ」


 わざわざ俺のウィンドウパネルを彼女が操作し、ショートカットで緊急呼び出しを出きるよう設定してから去っていった。そういうことか……


(ペパーミント)「私達は変態者扱いかよ、おいっ!」


(カモミール)「クウちゃん、次の会合ではじぽーにもお尻揉ませてあげてね。ふふふ、これ、クランリーダー命令ね」


 ニコニコと笑顔のようだけど、決して目が笑っていなかった。

 ちなみにミントちゃんも同様の顔であった。


「えーと、……りょうかいしましたなの。あとカモさん、ミントちゃん、もしこのあとよていがなければ、クウちゃんとまたきのういったもりへつきあってくれませかなの」


 話を変えたくて俺は強引に振った。

 本来彼女達の行くようなランクのフィールドじゃないんだけど、この場合は仕方がないと思う。


(ペパーミント)「いや~ん♪ デート、デートなの? まさかクウちゃんからのお誘いなの? 私と二人っきりでデート?」


(カモミール)「さぁ、ミントはほっといて行こうか、クウちゃん」


 と、そこへ――


(さいっち)「待ちなはれ! ぜぇぜぇ、……うちを置いてどこに行きなはりますか!」


「あ、さいっち、おかえりなさいなの~」


(さいっち)「くうにゃん、しゃじゃみま~♪ うちな、急いで揉み揉みぬは~♪ やっぱくうにゃんぬふふふふふ」


 俺をカモさんから受けとると、抱っこするついでにお尻をまた揉み揉みと……いや、彼女の場合、もうこれは治療の一貫と(とら)えよう。

 それに彼女は俺がめっ!と言う一定のラインは越えないようにしているし、そう、さいっちはそういうお姉さんなんだ。

 そこにあれこれ付け加える必要はない、うん。

 だから、あー、そこのカモさんとミントちゃんのお二人さん、そんなに引かないし、深刻な顔をしないの。


(ペパーミント)「……」


(カモミール)「……ミント、一緒に行こうな……『なぁ、さいっちを本当にBANさせるわけにはいかないだろ?』」


(ペパーミント)「『了解……既にあれは私達が知っているさいっちじゃないね』」


「きのうとおなじもりにいきたいの。もふもふとらばさみ、きえてるかな~?なの」


(さいっち)「にゃの~♪」


 ちょっと恥ずかしかったが、さいっちの十二単へまた入らせてもらい、仲良く四人で森へ向かうことになった。

 道中、妙にミントちゃんとカモさんが大人しかったのが気にはなったが、こうしてフレが増えて狩りに行くのも悪くないと感じはじめる俺であった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 とあるプレイヤーがいた。

 彼は新規である初心者が(つど)う森へ向け、大量のモンスターを引き連れながら、また一匹、更に一匹と……止まることを知らぬ行進を続けていた……


 その行為は、王道の遊び方から逸脱したものである。

 だが彼にとってはこれが王道なプレイの1つであり、その他が邪道であった。

 リアルでは決して得ることの出来ない、禁忌の領域に踏み込んだ快楽プレイであり、仮想世界だからこそ許されるプレイスタイルの1つであると。

 その(いびつ)な価値観とも思える思想に、意外にも極少数ではあるが、共感する者達がいた。

 そんな彼と同調する思想の持ち主が徐々に活動の(はば)を広げ、その勢いは増し、それがいつの間にかに1つのジャンルへと昇華するのにさほどの時はひつようとしなかった。


 所謂(いわゆる)PKプレイヤーとして。

 PKとはプレイヤーキラーの略である。

 その名が示すように、仮想世界においてモンスターの討伐を主としておらず、プレイヤーを対象としたゲームスタイルを貫いている。

 そして、集団で行動するPKクランがここヴァルハラでも1つ、2つと、ひっそりと産声(うぶごえ)をあげていった。

 その主な活動内容は、他のプレイヤーを直接……また間接的に襲う。

 その間接的なやり方の1つに、効率的に多くの被害を与えられるやり方として、フィールドに放置されているモンスターを私意的に引き連れては、他のプレイヤーへと擦り付ける行為などがある。

 これらの行為に悪意を乗せてプレイし、快感を得るプレイヤースタイルであった。


 そんな彼等の主な活動フィールドは、上級者達が主に狩りを(おこな)う場所よりも、主に初心者が集まる初期フィールドを狙ったものが多かった。

 何故なら、新規プレイヤーはまだヴァルハラと言う世界に適しておらず、多くの者が(すき)が多くて狩りやすい。

 それはまさに、格好の獲物であった。


 対象プレイヤーに対して直接攻撃を行い、HPを0にする、所謂デスペナルティーを発生させることで所持金やアイテムや装備品をランダムで奪える。

 

 それに対してモンスターを引き連れてプレイヤーをデスペナルティーさせた場合、得る物は何もない。

 そう、モンスタートレインではPKプレイヤーにシステム上メリットがない。


 だが初期フィールドに彼がいるのは快感を得る為だからだ。

 あの絶望に染まった瞬間の顔が堪らない。

 どこの誰とも知らない奴に理不尽に殺される瞬間……彼の頭に浮かんだ|阿鼻叫喚(あびきょうかんの地獄絵図はあと少しで完成する。


 始まりの街からすぐそばにある森が見えて来た。

 彼のロールプレイングが始まる。

 その彼の後ろに土煙を起こしながら追ってくるモンスターへ顔を向けて、彼の口角はおもわず上がるのであった。


 

 ………………

 …………

 ……

 …



 始まりの街のそばにある初心者用の森。

 ここに来るのも、これで三度目となる。

 この森は最初に訪れる狩り場兼、簡単なアイテム加工に使用する素材採取フィールドなだけあって、途中ですれちがうプレイヤー達も初めたばかりの人達ばかりであった。

 その為、このゲームの知識もあまり()んでいないこともあってか……俺は非常にぷんすこする事態になっていた。


(プレイヤーA)「その装備どこで手に入るんですか? いいなぁ~。俺もそんなちっこいの欲しいなぁ~」


 俺をまっすぐに見つめながら、そう言い放つドワーフのお兄さん。


「・・・・・・」


(プレイヤーB)「課金のレアっすか? か~わぁ~うぃ~うぃ~。いやぁ~♪ ちゃんと生きてるみたいにこっち見るんですね?」


 俺はいくらで課金できるんだろうね……ぐしゅ……


「・・・・・・」


(?)「あ、課金のモンスタータマゴか、ボスドロから出たレアペットですよね? 皆さん装備凄いですし、ずっと先のダンジョンとかでゲットしたんですか?」


 ぺ……ペット……


「・・・・・・」


 ――と、出会う人の9割方が俺をプレイヤーだと認識していなかった。

 その誤解された主な原因は、さいっちの十二単の胸元に入っているせいであるのは、もはや疑いようのない事実である。


「クウちゃん、そうびひんだとごかいされるから、おそとにでるの。カモさん、だっこしてなの」


 で、これが寸劇の幕開けとなった。


(さいっち)「アカンッ! カモさんこっちに来たらアカンでッ! うち (心が) 死んでまう!」


(カモミール)「……クウちゃんはアンタの乾電池か(コア)の類いか、おら。お巡り(GM)呼ばれる前に、大人しゅうせい!」


(さいっち)「アカンッ! うちの産んだ赤ちゃんを奪わんといて! この子を離すくらいならうち、舌を噛み千切って死んでやる!」


 壮絶だな、おい……しかもさいっちは割りとガチっぽいからな……


(ペパーミント)「ぷぷぷ、クウちゃんはさいっちの子になったけどいいの?」


 さいっちママか……うーん、さいっちはお母さんって言うよりは、ちょっと手の掛かる妹ってイメージなんだよな、どっちかと言うと。

 

「どーどーですの。みんなとりあえずおちつくの。おっほん! クウちゃんがママとなまえにつけるのは、おもにふたりだけなの。そのなかでもとくにアイナママは、がんそママさんなの」


(さいっち・カモミール・ペパーミント)「「「・・・・アイナママ?」」」


 急にピタッと歩みを止めて、三人共俺をガン見する。

 えっ? 何をそんなに驚いているの?

 そして、ミントちゃんとカモさんは徐々に興味津々な顔へと移り変え、さいっちはワナワナと全身を震わせていく。

 振り向いて見上げれば、この世の終わりみたいな顔をしていた。


(ペパーミント)「えっ!? なになにクウちゃん! 彼女いるの? ちょっと詳しく聞かせなさいよ。むふふ……あ、二次元とか言うオチだったら、問答無用でチューするからね!」


「なんででちゅーするの!」


(カモミール)「いや~、なんだか意外だな。そうか~、やっぱ見た目の、うん、先入観のせいだよな~……え~、やっぱクウちゃん中身ってさ、一児のパパさんだったりするの? と言うか結婚してたの?」


 顔が近いよ二人とも。ミントちゃん、近すぎ過ぎだから、ちょっと離れて!


(さいっち)「いやぁぁぁぁ! ウチ、聞きたいけど聞きとうない……やめぇやぁあああ!……しくしくしく……」


 えーっと……どっち?

 うーん、別段隠すことでもないし、森までまだ少し掛かるだろうから、話のネタでも提供してみますか?


「おっほんなの。え~、クウちゃんはこうみえてもりあるではちゃんとけっこんしてますの。といっても、まだけっこんしてからひとつきもたってないし、 (けっこん) しきもまだあげてないけど、いちおうぱぱさんのよていなの? その、けんさとかはまだしてないから、ちゃんとはわからないけど、もしよそうどおりなら、たぶんらいねんにはおめでたのよていなの?」


(ペパーミント)「えぇ!? クウちゃんって新婚さんなの!? しかも出来ちゃった婚? ね~ね~♪ そこんとこどうなのよ~?」


 ウリウリとホッペをムニムニされる。すっごく生き生きとしてて、実に楽しそうだ。


(カモミール)「あ~~気のせいかな……間違ってなければ……()って聞こえたんだけど?」


 はい、()達なんです。


(さいっち)「うちの子が他所の女に! しかも既に孫まで拵えていたなんて~。あぁ~、アカンッ! 思ってたよりキツいわ!」


 お願いだから泣かないでね?

 それとできれば祝福してほしいんだけどな……


「その、おこらないできいてほしいの。あそびはんぶんでふたまたとかじゃなくて、しんけんなこうさいをへて、ふくすうのじょせいとけっこんしているの。もちろん、みんなこころのそこからあいしてるの」


(ペパーミント)「きゃ~~~~♪ 盛り上がってキターー! ねね、クウちゃんってどっかのお金持ちなの? 例えばアラブの石油王とかだったりする? ほらほら、はよ~教えるのだ~」


 ミントちゃんの瞳がダラーアイズに……ここまで包み隠さないと、一層、清々しくて微笑ましいものがあった。


(カモミール)「ミント落ち着け。アイナさんって名前からだけじゃ、日本人だか外国人だか分かりにくいけど、多分外国の人だよね?……で、一体全部で何人いるの?」


(さいっち)「……クウちゃんの裏切り者……しくしくしく……」


 ヤバッ……とうとうさいっちが泣いてしまったようだ。

 俺の頭にポロポロと雫が……後でしっかりフォローせねば……あわあわあわ。

 で、俺は両手を出して数え始める。


「えーと、かぞえたことなかったの。ちょっとまってなの。アイナママにネイちゃんにミーナちゃん、セーラちゃん、リディアちゃん、アイシアちゃん、クリスちゃん――」


(ペパーミント)「ちょ!?」


(カモミール)「なぁ!?」


(さいっち)「…………」


「――エーコちゃん、シエラちゃん、ニアちゃん、レアちゃん、リアちゃん、ルカちゃん、エヴァちゃん、ヴェラちゃん、パーシャちゃん、ドナちゃん、ミーちゃん、アーちゃん、テーママ……あーあと、トーちゃんとサーちゃんはあいじんでいいっていってたし、このふたりはほりゅうなの。みんなもそんなにんしきだったし……とりあえずこれでぜんいんなの」


(ペパーミント・カモミール)「「女の敵ッッ!!!!」」


 ズビシッ!と指先を突きつけられ、思わずビクッと硬直してしまった。

 二人とも少しキレてる? 


(さいっち)「クウちゃん不潔やぁ~!」


 ……確かに、この人数の女性に囲まれていている姿を想像すれば、そう思われても仕方がないことなのかもしれない。


 だが、俺の話も聞いてほしい!


「えー、りふじんなの。みんなとちゃんとまいにちらぶらぶしてるくらいあいしあっているし、そうしそうあいなの。

 まあたしかにおくさんのかずはおおいから、そうおもわれてしまうのはしたがないの。

 でも、クウちゃんはおくさんたちにいつまでもけんこうできれいでいてもらいたいから、ほかほかのおいしいごはん、あたたかいおうち、そしてつねにかわらぬあいをささげていますなの。

 それに……けっこんまでのことをおもいかえしてみると、どっちかというと、むこうからあたっくされまくっていまのかたちになったかんじなの」


 ちょっと心外なと言った感じで、俺は堂々と宣言する。

 妻の数が多くても、一人一人に対する愛の深さは変わらないのだ。


(ペパーミント)「超不純かと思ったけど、なんか話を聞くと違うっぽいね。って言うかよくよく考えれば、ホッペにチュー程度で真っ赤になるクウちゃんだし、軽いわけないか。う~ん、やっぱクウちゃんのリアルに会いたい! すっごいお金持ちなの? ねねっ、ホントにリアル石油王?」


 ミントちゃんはやたら石油王推しだけど、世の中、他の業種でも成功してる人達は多くいるからね。


(カモミール)「ひょっとしてクウちゃん、ゲーム会社を買収して、赤ちゃんプレイをしてるとか!? うーん、なんかそう考えると色々と納得出来るんだけど……」


 もちろんそれに対して首を横に振る。

 さてさて、そこんところの説明はどうしよ。 ……少しの真実を混ぜて、他を濁すか?


(さいっち)「 ( うちも妻の一人に……いやいやいや、クウちゃんのリアルはダンディーなおじさまかも……うちはやっぱ年下じゃないと嫌や! ) 」


「ばいしゅうなんてしてないの。おともだちのれいこちゃんにしょうたいされて、ぷれいしてるの」


(ペパーミント)「また新たな女の名前が……奥様候補か! ん? カモさんどしたの? ちょ、 顔真っ赤だよ!?」


(カモミール)「 ( ミントは拾わなかったか……クウちゃんさっき、奥さん達と毎日(・・)らぶらぶしてるって言ってたけど、今挙げた人数と毎日!? い、い、いやぁあああああああああああああ!!! ) 」


 突然カモさんが頭の上の虚空をワシャワシャと掻き回し、顔を赤く染めている。

 あ~、多分みんなとらぶらぶしてるって言ったから、想像して挙動不審になってしまったか。

 ふふふふ、なんか初々しいなぁ~♪


(さいっち)「 ( ヴァルハラの関係者で、レイコって名前の重役幹部なんておったかな?

 どっかで聞いたような……確か大株主に……いやいや、違う。

 ん~、これでもある程度 (ヴァルハラを) やる前に調べたけど……う~ん、礼子? 令子? 麗子……!?

 ……え゛……まさか麗子って、あの厳島グループの会長さんの麗子はんのこと!?) ま、まさか!? 厳島麗子はんのこと?」


「なの! さいっちせいかいなの。そのレイコちゃんなの。ひみつにはしてないけど、ここだけのはなしにしておいてほしいの」


 騒がれたくないし、彼女にいらぬ迷惑をかけたくない。

 その意図は言わなくても三人なら理解してくれると思う。

 ゲーム会社の、それもトップの人からの招待で遊んでると言えば、あらぬ噂を立てられるかもしれないからね。


(ペパーミント)「あの厳島グループの総帥の厳島麗子!!? えー!? そんな雲の上の人とお知り合いって、もうクウちゃんは石油王に決定! さぁ~、私を愛人にするんだ! そして楽をさせてくれぇ~♪」


 愛人希望ってミントちゃん……しかも動機があまりにも不純すぎる……

 あと、麗子ちゃんってかなり有名なんだな……厳島グループか、さすがミーちゃんと言うべきだな。


(カモミール)「私達とは住む世界が違うみたいだな……それとミント、アンタじゃ無理だ。リアルのアンタを知ってる私が保証するよ。3日でクウちゃんに捨てられるのがオチよ」


 カモさんが一番落ち着いているように見えるが、俺と視線が合うとまたらぶらぶを想い起こして連想してしまうのか、真っ赤になって目を合わせようとしてくれない。

 あれ? なんか悲しいな……ん? さ、さいっち?


(さいっち)「はぁ~……さいなら、うちの中のクウちゃん……ふふふ……クウちゃんのもふもふはうちずっと忘れへんわ……ふふふ……か~ご~めか~ごめ~、が~ごのな~かのと~りが、い~つい~つで~や~う~――」


 ちょ!? そっと俺を地面に置いたさいっちの瞳が死んでいる!?

 ハイライトが消えて死んだ目に!

 しかも何故か【かごめかごめ】を歌っているし、あと口許に髪が絡んでいて怖いから! 


「ちょ!? みんなおちついてなの。クウちゃんのりあるはげーむにはかんけいないの。みんなとはここでぷれいするときは、ただのクウちゃんなの。

 それとさいっち、どこにむかってるの!? なんかかごめかごめもをうたっててやばいの! クウちゃんをいつでもすきなときにもふもふしていいし、いまならりょうほうのおしりのもみもみもつけちゃうの! だからもどってくるの~!」


 その言葉……特にお尻揉み揉みに過剰に反応したさいっちは、まるで映像の巻き戻しのように戻って、俺を例の定位置に収めた。一安心である。


(ペパーミント)「クウちゃんに課金奢って欲しいな~。今月のラインナップにリフレクトシリーズがあってね、私も今月のお小遣いがピンチなの……チラッ……」


 釘さんの諭吉が消し飛んだ例の奴か。

 俺ってそう言えば、課金出来たんだよな。

 麗子ちゃんが好きなだけ課金して良いって言ってくれたけど、そこは常識の範囲内で節度を守って使わせてもらおう。

 麗子ちゃん、ありがとうね。

 少なくとも6万も使わないから安心してね。


(カモミール)「そういうことをクウちゃんにさせたら、問答無用でクランから蹴る (強制脱退) からな? それとさいっち、復活早いな……」


「さいっち、いいこいいこなの~」


(さいっち)「クウちゃんのもふもふと両側揉み揉み権ゲットでうちは手を打つわ。それと、うちの豆腐メンタルの為にクウちゃんのリアルの話はもうこれで終わりや! あーあー、うちにはなんも聞こえへん! あーあー!」


「それじゃあ、きをとりなおしていきましょうなの」


(ペパーミント)「ミラールージュが……」


(カモミール)「トラブルの(もと)を作らないの! タカリはうちのクランでは禁止。わかった?」


 なんだかんだと一騒動があったが、そのあと無事に森へと到着する。

 そして俺はお願いをする。

 もうそろそろ俺も一人で狩りをしたいのだ。

 それに、この三人が側にいてくれるのなら、俺の安全は確約されたようなものだし、これならトーマスさんやギルドの受付嬢であるメープルさんとの約束も反故したことにはならないと思ったのだ。

 キョロキョロと辺りに視線を這わせ、モンスターの気配を探る。

 その後、ゴブリン等の低ランクモンスターが一度に複数現れる場面もあったが、三人は俺が狩れなさそうなと判断するな否や、即瞬殺する形となった。


 そしてそんなエンカウントが数回過ぎた頃だった。

 ついに現れたのだ!

 今隠れている茂みの位置から向こう側に居るゴブリンが、こちらに背を向けた状態でボーっと佇んでいた。

 まさに絶好のチャンス。

 この俺でも強襲出来る位置と距離であった。


 ゴブリンに気づかれないようにヒソヒソ声で話し合う。


「『ごぶりんさん、はっけんなの!』」


(ペパーミント)「『クウちゃんチャンスよ! こっちには気づいてないわ! ガンバッ!』」


 猫パンチのような俺の拳とミントちゃん、カモさん、さいっちの拳を交代でちょんと合わせて激励をいただく。

 

 うしっ! みなぎってきた! がんばるっす!


(カモミール)「『そ~っとな? 静かに背後から忍びよるんだ!』」


(さいっち)「『頑張ってなクウちゃん! 何が起こっても、うちらがフォローするから、大船に乗ったつもりで行くんやで!』」


 三人の声援を受けながら、歩伏前進気味のハイハイで忍び寄る。

 音をなるべく立てずに一歩ずつ……まずは手頃な樹に向かって、もふもふ魔法で生み出したロープの片端をくっつけ固定する。


 そして、もふもふのロープのもう片側の端を口にくわえ、静かにゴブリンの足下へと忍び寄る。

 ドキドキと心臓がうるさいくらい高鳴り、猫耳にいやに響く……気がする。

 たぶん、後ろで見守っていてくれる三人は、俺以上にハラハラとドキドキと緊張している筈だ。


 事実、さいっちがハラハラして我慢しきれなかったのか、飛び出そうとするのを、二人が抑えてくれてたらしい。


 俺がなるべく独力で討伐したい(むね)を伝えていたので、余程のことが起きない限り見守っていて欲しいのだ。


 ヨチヨチと進み、なんとか気づかれずに適度な距離まで近づいた所で、俺は口にくわえたもふもふのロープを首を回し、反動をつけて飛ばした! 


 フワリと舞うもふもふロープ。

 緩やかな弧を描き……そして……ピタリと張り付いた。


 ――やった!!!


 ゴブリンの(くるぶし)辺りに貼り付いたのを目を開いて喜ぶも、目と鼻の先にいることを思いだし、急いで俺は背を向け反転する。


 に、に、逃げろーー!!! ヨチヨチヨチ!

 俺にとっては全速力の逃走も、ゴブリンやカモさん達三人からしたら、亀の歩みと違いなかっただろう。


(ゴブリン)「GUGYA!? GUAAA!!!」


 もふもふのロープの違和感に気がついたゴブリンは、慌てて振り返り、ハイハイしながら撤退する俺を見下ろす。

 そして奴は足元の異変をどうにかする前に、とりあえず俺へ攻撃を優先することにした。

 

 この辺りはゴブリンならではと言うか、もう少し考えるなり躊躇って欲しいとこである。今俺が欲しいのは、その時間なんだから。


(カモミール・ペパーミント・さいっち)「「「危ないっ!・アカンッ!」」」


 その声を聞いた俺は自分に余裕がないことを、三人の声色で知ることができた。

 そう、背を向けていた俺には後ろを振り返る余裕がない。

 それだけに、三人の危機迫る声が俺への攻撃が行われている最中だと察することができた。

 ゴブリンが手に握り絞めていたこん棒を振り上げ、まさに下ろそうとかとする一瞬、僅かだが俺の仕掛けた一手の方が早く動き……軍配が上がった。


「もふもふよっ! ちぢめなの!」


(ゴブリン)「グガッ!?」


 その瞬間、もふもふのロープが俺の意思に従い、ゴムのように縮み始める。

 そしてゴブリンはもふもふのロープにズリズリと引きずられ、支点となる樹の根本へと強制的に移動させられた。

 ホッとするのも束の間、怨嗟の声が俺の猫耳に届く。

 ゴブリンは獣のように四つん這いになりながらも、俺へと手を伸ばし足掻く。

 その様に目にして少し体が強ばるも、俺は父の子であることの誇りを思い出して、正面から睨み返す。


 こんな小さな体でも決して負けない!

 

 俺は更に追い討ちをかけるが如く、ゴブリンの頭や手首、反対側の足首にもやたらめったら目掛(めが)けて飛ばしまくる。

 内心、相当焦ってたのか、あまりにも手当たり次第にもふもふロープを投げ飛ばし、今や全身の至るところにもふもふロープとゴブリンは繋がっていた。


 それらを樹に結び付けようとしたら、三人が茂みから飛び出して手伝ってくれた。

 圧勝である……建前は。

 一歩間違えればワンパンなだけに、本当は辛勝だとわかっている。

 だけど嬉しい。なんとか勝てた……不意打ちとは言え、ソロで狩れた。


 ゴブリンは身体を四方の木々に結び付けられ、Xの字の状態でビヨンビヨンと揺らしながらもがいていた。

 が、もふもふの拘束は決して破られることはなかった。


(ペパーミント)「うわぁ~……」


 改めて三人は、何とも言えない顔をしながらゴブリンを見下ろす。


(カモミール)「バンジージャンプのヒモで全身を引っ張ると、まあ、こんな感じになりそうだな……」


(さいっち)「蜘蛛……とは違うぽっいけど、一度でもくっついたら解除不能のもふもふやね。クウちゃんようできまちゅた~♪ お~よしよし」


 いぇ~い!と、俺がサムズアップをして胸を張ると、三人は近くに寄って揉みくちゃに抱っこしてくれた。

 ふふふ、子供扱いされているけど、初めての勝利をお祝いされているので、正直とてもで嬉しくて、ついつい顔がほころんでしまう。


「ふふふなの。あ、いけないの。ちゃんととどめんさすまでがかりなの! いっきにとどめなの! にゃ~♪ もっと~もっと~ちぢめなの~!」


 ミシミシ、ミリミリと鈍い音が鳴り、ゴブリンの頭と首が、両手足が、脇や腹が次々ともふもふのロープの伸縮性によって引き千切れられた。


 その結果、討伐演出のエフェクト (光の粒子の演出) が起こり、ゴブリンは若干の硬貨とアイテムをその場に落として消えて行った。

 うーむ……リアルだとスプラッタな現場になると言うのに、ゲームだとそういった不快なリアルが残らないから助かる。


「しょうりなの。ちっそくをねらってもよかったけど、もふもふまほうでどこまでひっぱれるか、ためしてみたかったの」


 結果、張り付けてしまえば十分な殺傷能力になることを実証できた。


(ペパーミント)「よかった~。クウちゃんが猟奇的な趣味に目覚めたのかと思ったよ」


(カモミール)「ミント、お前な……しかしあれだな、結構暴れてたけど、クウちゃんのもふもふはやっぱり千切れる気配すら見せなかったな。 ……この粘着性と伸縮率は、思ってたより凶悪かも」


(さいっち)「それだけやない。形も自由に変えれるし、敵を包むことだって出来るで」


「とくに! のじゅくでとってもやくだつの~♪。もふもふおふとんで、どこでもほかほかぐっすりなの」


(ペパーミント)「うーん、その使い方も間違ってはいないけど……クウちゃんの場合……」


 俺の場合……? その言いずらそうなお顔は何?


(カモミール)「野宿するクウちゃんは、その……なぁ?…… (捨て猫だよな) 」


 何、ニヤニヤしてるの……?


(さいっち)「ぷぷぷ、段ボール (箱) があれば完璧やね」


 段ボール? 俺と段ボール……ハッ!?


「むぅ……みんながなにをかんがえているのかクウちゃんわかっちゃったの! クウちゃんはすてねこじゃないの!」


 三人には、『拾って下さい』と書かれた段ボール箱に入った俺を連想してるらしい。


(カモミール)「そういうセリフを言うのなら、野宿はめっ!だぞ?」


「みんなクウちゃんのことをこどもあつかいしすぎなの」


(ペパーミント)「ふふふ。だって、にゃんこなんだから仕方がないよ~」


 にゃんこは関係ないでしょ!


(カモミール)「だったら見た目がもう少し大きくならないとね」


 う……正論で来たか……


(さいっち)「アカンッッ!! うちは認めへんで! クウちゃんはずっとこのままがいいんや! カモさんアホなこといいなはるやな!」


 そこまでムキにならなくても……あ、そして二人ともドン引きしないの。


「はぁ……のじゅくのはーどるがまたあがっていくの」


 こうしてガヤガヤ騒いでいると、モンスターが近寄って来そうなものだが、実際は三人が時折明後日の方向に向かって、何か遠距離攻撃を放っているようであった。


 恐らく、こちら騒ぎに近づいて来たモンスターを倒してくれていたんだと思う。

 やっぱり改めて思う。三人は凄いプレイヤーさんなんだな~と、尊敬を込めた眼差しで見上げていたのが、それが三人にはとても心地よかったらしい。

 いくつになっても小さな子供にキラキラとした目で見られると言うのは、どこかくすぐったくも、決して悪いものじゃなかったようだ。


 さてさて、さいっちに降ろしてもらってドロップ品を回収する。

 そして落ち着いたところで俺達は更に森の奥へと移動を開始した。

 向かう先は各場所に仕掛けたもふもふトラバサミである。

 それぞれの仕掛けた場所(ポイント)を、ウィンドウMAPを参照しながら回ったところ、無事、全てのトラバサミが具現化されたままであったので解除して回収した。


「ずっとここにおいておくと、ほかのぷれいやーさんのじゃまになっちゃうかもしれないの。だからおつかれさまなの。そしてありがとうなの」


 キラキラと仄かに輝いて、虚空に掻き消えたもふもふ魔法。

 この瞬間の演出も好きだったりする。


(カモミール)「お疲れ様。これで全部だな。ひょっとしたらまたドラゴンがいるかと思ったけど……さすがにないか」


(ペパーミント)「あんなのが二度も居たらたまんないよ、ホント」


(さいっち)「うちだけ仲間ハズレやん……クウちゃんの勇姿が見たかったで……ぐすっ」


「さいっち、ないちゃめっ!なの。とらぶるはいやでもやってくるものなの。クウちゃんのじんせいけいけんからいえることは、いちどあることはにどあるの! だからじめんにののじをかいていじけないの」


(ペパーミント)「 (……二度目があると思ってるんだ、クウちゃん) 」


(カモミール)「 (なんかクウちゃん、苦労慣れしてる?) 」


(さいっち)「もふもふして癒す……ん?……これは……アカン!」


 突然さいっちが真剣な顔つきになる……ちょっと失礼かもしれないけど、こんな顔もできたんだと感心してしまった。


(カモミール)「どうした、さいっち?」


 いち早く頭を切り替えたカモさん。やっぱり彼女はクランリーダーである。

 状況を把握するためにさいっちに寄り、辺りの警戒を始める。


 なのに、ミントちゃんの方ときたら……


(ペパーミント)「じーーーーーー ( トラブル?……クウちゃん、呼んだ? ) 」


 で、ミントちゃんは何が言いたいわけ?

 なんとなくわかるけど、目は口ほどものを言うってこういうことか?


「……なんなのミントちゃん。そんなおめめでクウちゃんをみちゃめっ!なの。なにをかんがえているかクウちゃんわかっちゃうの!」


(さいっち)「念のために上空に放ってた式紙がモンスタートレインを捉えはった。まだ距離はあるんやけど、時間の問題や……ったく、どこのアホやねん! ここらは新規はんの遊び場やでっ!」


(ペパーミント)「クウちゃ~~ん……」


 そんな残念な声で俺を呼ばないの!


「ちょ!? クウちゃんのとらぶるたいしつのせいじゃないの! りふじんすぎるの!」


 俺とミントちゃん。

 カモさんとさいっちで温度差が激しかった。

 俺もキリッとした感じで加わりたいのに……なんでいつもこうなの、しくしくしく……


(カモミール)「幸いウチらがいるし、急げばある程度は間に合うだろ。おいっ、助けに行くぞ!って、あー、クウちゃんどうしよう……」


 ふと俺を見つめ、乱戦になった場合のことを考えてくれているんだろう。

 だが、その悩みは直ぐに解決される。


(さいっち)「うちがクウちゃんに手を出すアホ~から守るで! さぁ~お家にはいりましょうね~♪ うちがちゃんと守ったるからね~」


 さいっちの防具、十二重の胸元に隙間を空けて、そこに俺をスッポリと入れる。

 もう定位置だよね、実際。

 それとカモさんも、俺の紙防御にさいっちの十二単が理にかなっていると判断したらしい。

 それでなくとも、さいっちが絶対に守りぬくイメージしか湧かなかったと言うのも、任せた理由の1つでもあった。


(ペパーミント)「そこ、クウちゃんのお家なんだ……?」


「しききん、れいきんぜろのゆうりょうぶっけんなの」


(さいっち)「そやで~♪」


 ね。本人の了承も済んでいる優良物件なのだ。


(カモミール)「とりあえず近場のプレイヤーからかき集めて守るか」


 それからの三人の行動は迅速であった。

 さいっちは式符と言う陰陽師が持っている御札を宙に向かって数枚放つと、灰色の狼を十体ほど召喚し、それらに簡単な指示を伝えて野に放つ。


「わんわんいっちゃったの」


 召喚したてのワンワンは、俺の顔をペロペロしてなついてくれた。

 これが結構かわいかったする。


(さいっち)「わんわんじゃないにゅ~。狼さんだお~」


 あ、失礼しました。

 ガチで犬かと思ってました。


(ペパーミント)「あ、また言葉がおかしくなってきた」


(カモミール)「どうでもいいが、しっかり ( プレイヤーを ) 探してくれよ」


 それから五分もしないうちに、新規プレイヤーの人達が次々とさいっちのわんわ……もとい、狼さんを引き連れて合流した。

 中にはなんらかの理由で俺らとは合流せず、そのまま辞退して立ち去る者や、一旦ログアウトしてから再ログインするなど、別の手段で危険を回避する人もいたようだ。

 そして、俺達の前に集りここに残ったのは、まだヴァルハラをログアウトしたくないプレイヤーばかりであった。


 そんな彼等にカモさんが簡単な状況説明をする。

 まぁ、狼さんから簡単なメッセージを既に受け取っていた彼等に、そんなに話すことは多くない。


(カモミール)「――と言うわけだ。そこにいる陰陽師がモンスタートレインを確認したから間違いない。

 デスペナしたくないなら、私らの側をなるべく離れないようにしてくれ。

 ただし、こちらから強制はしないから、もし離れてデスペナを喰らっても一切の責任は取らないから、そこんとこよろしくな」

(新規プレイヤーA)「いえいえ、こうして善意で助けてもらっているんです。文句なんてありませんよ。お世話になります」


(新規プレイヤーB)「はぁ~、しっかしツイてないわ~……初日にいきなりトレインに遭遇って、なんか萎えるわ~」


(新規プレイヤーC)「クウちゃん、機嫌直してよ~、ねっ? この通り、お姉ちゃんとフレになって~♪」


「クウちゃんのことをあいてむあつかいしたおねえさんやおにいさんはめっ!なの。クウちゃん、これでもこぶりんをかれるぷれいやーなの。ぷんぷんなの!」


(新規プレイヤー)「俺もごめんよ~♪ あははは、機嫌治してよ~」


 さいっちの胸元に入っている俺の目線に合わせて少し屈みながら話し掛けてくるプレイヤー達。アイテム扱いは心外なのだ。


 それと俺じゃなくて、中にはさいっちの胸を見てる奴もいて少し不快であった。


(さいっち)「もっふもふ~♪」


(ペパーミント)「 (……あははは、クウちゃんさりげなくゴブリンを狩れたことを自慢してるし。そういうとこがますます可愛いな~もう) 」


(カモミール)「 ( なんだかな~、えらい緊張感がないな……まぁ、変に構えられるよりかマシか ) ヨシッ! みんな少し移動するぞ!」


 「ハーイ!」と、ピクニック感覚でまったりと移動を開始する俺達に向かって、モンスターの群れが到達したのは、それから5分後のことだった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 うちの名前は石川さゆり、23歳。

 現在仕事はしていない……ニート?

 ちゃうちゃう、する必要がないんや。

 親の影響で投資と言うものを幼い頃から勉強し、親の名義を借りて自分でもコツコツと少額の投資を遣り繰りして学んだ。

 運が良かったんやろう。

 今にして思えばそうとしか言い様がなかった。

 あれよあれよと言う間に気がついた時には1財産……それも一般成人男性が一生の内に稼ぐと言われる額が霞むほどの収入を稼いでしもうた。

 だから何度でも言う。

 うちはただ運がよかっただけや……ホンマ、ただその一言に尽きる。


 しかしそうなるともう普通の人生を歩むことはバカらしく思うた。

 就職? なんで稼がなくていいのに時間を浪費させるようなことをせなアカンの?

 なら普通、豪遊して生涯を終えるって言うのが用意された道やろ。

 または夢に向かってひたすら金を使う。


 が、ウチの場合はコレと言って目標となるものも、贅沢をしたいと言う願望はあらへん。

 だって、今の生活で十分満足しとるし、個人的な理由があって……人目には出とうない。


 何故って?


 見た目の容姿が酷いから?

 いいや、そんなことはあらへん。

 寧ろ……その逆や。

 外に出ればすぐに知らへん人から声を掛けられ、何度断ってもウザくつきまとわれる。

 それでもまだ良い方や……中には強引に襲い掛かってくるアホまでいるくらいや。

 警察に何度も相談しに行った。その度にうちが誘ったとか言って取り扱ってくれへんかった。

 事件にしないことが警察の仕事。それが現実……もうあてにせえへん!!!


 ウンザリや……


 うちを産んでくれた親にはごっつ感謝しとる。

 だけど、この行き過ぎた容姿だけは親を……やめとこ、ゴメンな……オトン、オカン……今のは本音やないねん。


 ただ、何でも過ぎればそれは毒と同じちゅうことや。

 嫌味になるかも知れへんが、うちにとって自分の容姿とは、とてもとても世を渡り歩いていくには辛すぎる姿やった。

 学生の頃もワザと地味な服を選び、地味な髪型、牛乳ビンかと思わせるようなブ厚い伊達メガネを掛け、これでもかと自分を堕としに堕とした。


 が、世の男共は何故かほっとてくれへん。

 なんでやッ!

 仲良うしたい筈の同性からは、まるで親の敵みたいに見られる毎日。

 心がすり減っていく……うちにどないせぇっちゅうんや……


 どいつもこいつもウザイッ! ウザイッ! ウザイッ! ウザイッ! ウザイッ! ウザイッ! ウザイッ! ウザイッ! 


 そんなん知るかッッ!……こんなん、こんなん……ただ辛いだけの生き地獄以外の何物でもあらへんやんか……うちが何をしたって言うんや……


 高校を卒業すると同時に家を出た。

 一人で籠る場所が欲しかった。

 その際、両親にはたっぷりの親孝行 (財産分与) をして、残りの人生を謳歌してもらうべく、子としての責任を果たしたつもりや。


 だけどうちは後悔した……するんやなかった……


 この時のオトンとオカンの顔をウチは一生忘れることができへん。

 お金が人を変えると言うのは、決して間違いやない。

 うちの懐が膨らむ(たび)に、オトンもオカンもうちを見る目が変わっていった。

 ……娘をそんな濁った目で見んといて……

 親孝行でよかれと思うた行為が実際、親との絆を希薄に売り払う行為になってしもうた……

 

 それがうちが家を出る理由になった1つでもあった。


 嫌なことはぎょうさんあった。

 でもその末にうちは手に入れた。

 そう、念願の自分だけの城を!


 このうちだけのマンションと言う名のお城を用意した。

 その中はうちのために用意された快適環境。

 1つ目は仮想空間を楽しむ為の最新設備の数々。

 2つ目は、マンションの一階に巨大コンビニエンスストアをオープンして、そこのオーナーになった。

 必要最低限の物はそこで直ぐに手に入るように整えた。

 ネットで取り寄せてもいいが、すぐに物要りの時にはこっち方が楽や。

 雇われ店長とバイトの子には、通常のコンビニの三倍以上の給金を支払い、メンドイことは全て丸投げした。

 そのせいか、どうやらご近所さんやネットで少し噂になったようやが、そんなん知らん!

 赤字経営になろうが全然構わへん。

 有り余る軍資金は手元にあるんやから、赤字なんて怖へん。


 こうしてMMORPGヴァルハラに専念できる環境が整った。

 嬉しいことに、うちの顔もここでは多少いじることが出来る。

 体型と年齢及び性別は変更できへんが、ヴァルハラでは、顔のバランスを変えるだけで別人へと生まれ変わることができる。

 それはうちにとってこれ以上ない特典やった。


 そう実感できたのは、初めて気兼(きが)ねなく話せる友達ができたこと。

 決して多くではないが、少なくもない。

 他人から見ればささやかな望みかもしれへんが、うちにとってはずっと手に入らへんやったものや。

 そう、たった一夜の一週間。その間、現実の一週間はとっても長く感じる。でも、それでもずっとこんな日が続けばええなと思わずにはいられへんかった。


 …………なのに、満たされれば抑えていたものが沸き上がる。

 うちはそれを口に出したことはない。

 そう、たった1つだけあまり考えへんようしていることがあった。

 それを心の隅に追いやり、うちは今の生活を満喫していた。


 そんなある日、突然転機が訪れた。

 そう、今ヴァルハラスレで話題になっている謎のプレイヤーこと、猫耳赤ちゃんプレイヤーの『クウちゃん』や。

 このヴァルハラでは、操作するアバターとリアルの体格がほぼ同一でないとエラーを起こし、操作することが出来へん。


 実際、このヴァルハラ以外のバーチャルオンラインコンテンツの9割りでもそうやった。

 一部例外で、五感の大部分を削除したものが、それを可能としてはるが、コンテンツの魅力として薄いので、ユーザー数は極端に少なかった。


 ヴァルハラオンラインと言う他の最先端すら凌駕するコンテンツが誕生してからは、尚更その傾向は強うなった。

 せやから、リアルな五感までシステムとして組み込まれているヴァルハラはそれだけ、おいそれと書き換えれるシステムや開発できるものではあらへんかったと、大概のプレイヤーはそう認識していた筈……なんやけど……


 それ故に、この謎のプレイヤーである『クウちゃん』は、その見た目も合わさって話題に上がった。

 何と言っても愛くるしい姿の可愛い赤ちゃんや!

 それもピコピコと揺れ動く猫耳の赤ちゃん!  SSと動画を何度も繰り返し閲覧しては、じっと画面向こう側に仮想のうちをおいて妄想した。

 直ぐに幸せな妄想に(ひた)れるうちがそこにおった。

 ああええな……うちはクウちゃんの(トリコ)になった。


 それと言うのもリアルでは……まさかの猫アレルギーなんや。

 なんでやねん? 神様のあほ~……うちは大の猫好きなのに、ホンマ意味がわからん! なんで猫アレルギーなんや!

 ……ホンマうちの望むものは手から溢れ落ちて行きよるん……


 リアルで猫を飼えないうちには、仮想空間の猫しか触ることが出来へん。

 アニマルセラピー専門の電脳空間もあるが、出来る事は単にもふるだけや……そこにゲームとしての要素があらへんかった。


 もともと動物セラピーの一貫で開発されたものやから、仕方がないのかもしれへんけど。

 まあそれでも、これはこれで至福の一時を味わうことができた。


 なんやけどなぁ~……半日も同じパターンを淡々と繰り返す仮想猫を愛でていると、段々……なんや、あっさりと冷めてきた。

 

 まるで猫の皮をかぶった……ラジコンやな。

 我ながら実にわがまま過ぎると感じた。


 あぁ~! ならせめて赤ちゃんが欲しいっ!

 無茶苦茶愛せる赤ちゃんが欲しいっ!。

 可愛いんやろうな~……だけど、うちの子は当然うちに似て、うちのように苦労するんやないやろうか。

 そしてあの男の共のギラギラと血走った瞳にさらされて……あぁ!! 想像しただけで目の前が真っ暗になってくる。


 なら養子は? それも世界を救った九条空夜はんのことが切っ掛けとなって、里親となるための国による審査基準がありえへんくらい高くなった。


 うちの場合やと、既婚者じゃない時点で既にアウト。


 結局、お金がなんぼあっても手に入らないものは入らへん。

 そう世の中は作られてる。

 そんな実に個人的な不幸を人様の苦労や悩みと比較してみれば、うちの悩みなんて実はちっさいもので、十分に恵まれている方なんやと思う。

 だからこれ以上の我が儘は、もっと自分を苦しめだけや……そう諦めかけていたところにこのクウちゃんの登場やった。


 猫と赤ちゃんを欲して止まないうちにとって『クウちゃん』の存在は、一粒で二度美味しいようなもんやった。

 カモさんとミントはんが勧誘(スカウト)に成功したと聞いたときは、内心、跳び跳ねるぐらいうちは舞い上がっていた。

 実際、何度もスレを覗いては、スカウトするには望みが薄いと感じていたからや。


 だって……クウちゃんは近づけば近づく程、プレイヤーを恐れ、拒否する傾向が強いとスレで載っていた。

 すぐにピンときた……それはうちには痛いほど理解できる……うちもそうして今まで生きてきたしな……

 まさに『クウちゃん』はリアルのウチとなんら変わらへんやったんやから……

 そんなうちがクウちゃんに自分を重ねたのはある意味、無理あらへんことやった。


 だからせめて、騒ぎが落ち着いて来た頃を見計らって、こっそりと迷惑にならない距離まで近づき、遠くから愛でるくらいにしておこうと誓っておったのに……その姿を1目した瞬間、うちは……うちは……


 結果を見れば全然アカンやった……なんて細くて脆い意思なんやろ、うちって奴は……


 クウちゃんと待ち合わせを決めた翌日の朝。

 ギルド前で、まだか? まだか?と世話しなく待っていると、NPCの衛兵に抱っこされたクウちゃんがこちらにやって来た。

 そして、少し離れた所で降ろされた彼が、ヨチヨチと覚束(おぼつか)ない足取りでハイハイしてくる。


 実物の生クウちゃんはそらぁ~光輝いていた……アカンッ! こんなん反則や!


 目が吸い寄せられるように離すことができへん!

 瞼が閉じることを本能が全力で拒否してる!


 その愛くるしい声で「おはようこざいますなの」って話しかけられた時、うちは少しおかしゅうなった。

 あぁ~~~~~、とびっきりのキラキラ笑顔やで!

 さらにその笑顔の上でピコピコと揺れ動くお耳……もう、それ以上うちを誘わんといて! お願いや!

 今こうして抑えているのもギリギリ、必死なんや!

 あぁさらによう見れば、なんて丸みを帯びた、ごっつ柔らかそうなちっこいお手手。

 ツヤツヤモチモチとした玉子お肌に、プニプニと揉みたくなる愛くるしいホッペに小さなお顔! 

 アカンッ! アカンッ!! アカンッ!!! 


 あんよぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 パジャマァァァアアアア!!!


 ……半分意識が飛んでいたうちがそこにいた。


 ほぼ無意識 (半オート) で動いていたうちは、クウちゃんへとズリズリと足を引きずりながら寄る。

 彼から送られて来たフレンド申請を速効で登録すると、何か失っていた物を取り返すかのように……クウちゃんを優しく、本当に壊れ物を扱うかの様に、優しく、優しく拾いあげて、ギュッと抱きしめてもうた。


 その瞬間、うちは未知の何かに包まれた。


 なぁ!?!?!?!? あっ!? あっ!? なんやのこれっ!?


 うちの頭がとうとうおかしくなったのか (多少自覚あり?) 、クウちゃんを抱っこした瞬間に感じる手触りと温もりに面を喰らう。

 アカンッ!? 例えるなら、心をギュッと鷲掴みにされたような……そんな目眩に似た歓喜を喰ろうた瞬間やった。


 あぁこれや……愛しいって、こう言うことを言うんやん。

 うちは、うちは、ほんま嬉ししゅうて嬉ししゅうて……こんな場所でなければうち、みっともなく泣いてしもたかもしれへん。

 グッと堪えて、ますますクウちゃんをもふもふと抱きしめる。


 あぁ、赤ちゃんってええな。ホンマ癒されるわ。


 彼はそんなうちの様子に何かを感じたのか、大胆にすりよって抱きしめてた割りには、スレで書かれていた様な拒絶反応を一切見せなかった。


 むしろ優しく、逆に何故か「いいこいいこなの~」と(いたわ)るような(ひび)き呟いて、その小さな背筋を伸ばし、小さくて真ん丸なお手手で、頭を下げていたうちの前髪辺りを優しく撫でてくれた。


 もふり……もふり……とでも言うのがピッタリな、そんな染み入る撫で方。


 まるで心に直接触れるような、その温もり。

 じんわりって言うのはこういうものなんやろか?

 こんな風に優しく撫でてくれるなんて……この子、とってもええな。

 うち、このめっちゃっ好きや。ありがとうな、ずっと忘れへんで。


 あぁ、これではどっちが赤ちゃんかわかったもんやない。

 うちは後で驚く。どうやらこの時、うちのリアルの身体の方では異変が起こっていたようやった。思い返すとそうとしか考えられへん。

 それは仮想世界で回線を強制ログアウトしたことで知った。


 専用の寝室のベットの上で、クワッ!と目を開け、現実世界に帰って来た瞬間、自身の瞼や頬の違和感に戸惑う。


 ビチョビョやん!? なんで?


 すぐさま専用ヘッドギアを外し、目元に手をやり……濡れていた……うち、まさか泣いてたん……!?


 どうやら、めっちゃ涙腺が崩壊してたようだ。 頬周りどころか、ベットまでベチョベチョやん。

 ……思い当たる原因など1つしかあらへん。


 あの時のなでなでや。


 そして気づいた。

 こんなにもうちは心に大きな隙間を空けていたんやな……と。

 そしてなんやろ……そんな事実を知ったのにも関わらず……楽や……?

 そのことに"???"と頭の上でたくさん出てもおかしなくらいまとまらへん。

 ……ひょっとして、満たされたからか?

 クウちゃんをギュッとして、うちは……


 ――バグバクバクバク――


 あ、アカン。嘘やん。うちの心臓なんでこんなに……いやいやいや! クウちゃん赤ちゃんやで!? しかもまだおうたばかりやん!   


 仮想……そう、あくまでも仮想世界や。落ち着くんや、うち。


 だけど、一時でもこの隙間を埋めてくれる人がいるのなら、それはそれでうちは構わないやないのか?


 この気持ちがなんやのか正直わからへん。

 でも心穏やかなのは間違いあらへん。

 

 でもクウちゃんを思い浮かべると心臓が『トクントクン』鳴ってる。

 ……惚れてもうたかな……アカンっ! こうしとる間にもミントはんがクウちゃんのお尻を揉み揉みしとるし、クランのみんなと狩りに出掛けるかもしれへん!

 そしたらまたうちだけ仲間ハズレや!

 アカンっ!アカンっ!アカンっ!


 急いでログインや!


 あぁ~、ありがとう神様。

 今まで悪口ばっか言うてゴメンな。

 これからは神棚作って祈るさかい、許してな?

 現金なうちは、こういった時だけ神に許しを乞うのであった。


 まさかこの出会いで胸元に抱きしめていたその猫耳赤ちゃんが、異世界からの……しかも今いる世界でその名を知らぬ者がいないほどの有名な……その転生体であるとも露知らず。


 うちにとってクウちゃんとの出会いは、運命を変えるその人であった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 式符って奴は召喚術と似てるな。

 さいっちが出した数々の式紙って奴を目の当たりにしながら、モンスター達を一方的に蹂躙(じゅうりん)する光景を眺めて、さいっちの持つポテンシャルに、ただただ圧倒されていた。


 それは圧倒的な数の暴力。

 とても純粋で分かりやすい脅威の力。

 さいっちの力は、いつでもどこでも大軍を瞬時拵(こしら)えることのできる、脅威の力であった。


 と言うのも、その式紙から()び出せるバリエーションの豊富さに舌を巻く。


 その一例として顔を上空に向ければ、うっすらと見える大空を舞う何かの巨影。

 なんとなく鳥の形をしている……ここからではそれくらいしかわからなかった。

 それが遥か上空をクルクルと旋回しながら滑空し、俺達の真上を時折飛んでいた。

 アレがさいっちが言っていたモンスタートレインを察知した式紙なのかな?


 再度正面へと顔を向けると、俺達プレイヤーを中心にして、背を向けるようにして進む武者達を目にする。

 それが辺り一面を覆いつくすように存在していた。

 もうその数を数えるのも馬鹿らしくなるくらいの数である。

 その鎧武者達が、手に刀や弓を引っ下げ、辺り一面で猛威を振るまいながら、徐々にその輪を外へと広げて行く様は圧巻の一言である。


 そして、その内側で守られている新規プレイヤーさんの皆さんも段々余裕が生まれてきたのか、お手伝いと言わんばかりに、後方から健気に支援攻撃をしている姿が微笑ましかった。

 うーん、それにしてもいったい何体の式符武者がいるんだろ?


(さいっち)「我ガ祭祀ニテ祝詞ヲ奉ル……神道ヲ理コノ何世へ……タケミカヅチ此処に!」


 と、さいっちが目の前で更に10体ほどの鎧武者さんを呼び出して突撃させる。

 あ、カモさんとミントちゃんが、不満気にさいっちを見てる。


(ペパーミント)「ねぇ、さいっち……いくらなんでも出しすぎ」


(カモミール)「これじゃあ、あたしらの出番がないじゃん……」


「まるでせんごくじだいなの」


 ホラ貝でも吹けば、完璧な仕上がりだよ……


(さいっち)「ヤバイわ。クウちゃんとウチの相性バッチリやで」


 カモさんがクランメンバー専用のチャットウィンドウを開くよう、こっそりと呟く。

 これから大事な話をするらしい。

 なので俺らはクラン専用のチャットで密談するために、一旦(いったん)口を閉じた。


 □■□■□■□■□


(カモミール) :【分かってるとは思うけど、クウちゃんの異能力の事は、他所のプレイヤーにはあまり言いふらすなよ? まぁ、いつかばれるだろうけど、少しは時間は稼げるだろ】


(ペパーミント) :【了解。てかさ~、この分だと私達とクウちゃんの組み合わせでも、エライことになるのが目に浮かぶわ……】


(さいっち) :【うふふ。霊力が湯水の如くつかえるわぁ~♪ クウちゃんによる常時回復とうちの (二分置きの) 回復が重複せえへんし、もう最高やで~♪ なんや今なら三獣死が相手でも、結構ええ勝負が出来るかもな!】


(くう) :【さいっち! そろそろじちょうするの! あれ?……な、なんでクウちゃんのちゃっとはひらがなにへんかんされるの!? ばら……ねこ……さかな……なっ!? やっぱりぜんぶひらがなになっちゃうの! お、おかしいの!】


(ペパーミント) :【あはははははは。それわざとじゃなかったんだ。昨日さいっちに送ったメールも、全文ひらがなだったよ】


(くう) :【なぁ!? れいこちゃんのしわざなの!? くうちゃんのいめーじが――】


(ペパーミント) :【ぴったりよ】


(カモミール) :【ぴったりだな】


(さいっち) :【ぴったりやで】


(くう) :【みんなのおばかぁー!】


 □■□■□■□■□


(新規プレイヤー)「皆さん? 何爆笑してるんですか? それとクウちゃん!? ど、どうしたの?」


「なんでもないの……しくしくしく……そっとしていといてほしいの」


 周りを見てみると、粗方モンスターを倒し終わり、式紙達がいそいそとドロップ回収に動き始めていた。


 そして、とうとう天罰の時がやってくる。

 さいっちは片手を天へ向け、霊力を高め送るのであった。そう、上空に備える式神に。


(さいっち)「さぁ~て。そろそろこんなお馬鹿な事をしでかしたドアホに、天罰を喰らわさなきゃアカンな。すざっち……殺ったれ!」


(?)「QUIIIIIIIIIII!!!!!」


 遥か上空に浮かんでいたソレは、みるみると地上に大きな影をおとす。

 そして、大きくその翼をひろげ、全身から灼熱の焔を撒き散らして羽ばたく。


 まさかあれは、火の鳥とか不死鳥とか、他には朱雀(すざく)とか呼ばれる火炎鳥のアレか!?


 正確にはどのアレかはわからないが、それがある一点を目指して急行下し、大爆発と共に大量の土煙と火の粉を巻き上げ、尋常ならざる自然破壊を森の一画に生み出した。


 ポカンと現実ばなれした光景に我を一瞬失うも、次の瞬間……俺は叫んだ!


「ぬぁああああ!? かじになっちゃうの!! さいっち! ほうかはめっ!なの。 なんてことをするのっ! もりにはおおくのいきものがいるの! クウちゃんこんなじたいはみすごしておけないの! いまならまだまにあうかもしれないの! はやくここからだしてなの~~~!」


 火の粉が舞い上がり、バチバチと燃え盛る音を耳で聴く度に気が気じゃなくなる。

 こんなものを放置していては、この森はあっという間死んでしまう。

 森は大地の恵み。

 父からその教えを教わっていた俺には到底、看過(かんか)できぬ事態だ!

 それに樹木を愛するリディアちゃんの泣き悲しむ顔が脳裏に浮かんだ。


 顔を振り向いてさいっちに抗議する! いくらなんでもこんなのは許されないよ!


 が……みんな、そんな俺の態度に一堂ポカーンとしてる。逆に俺の態度に理解不能のような。

 な、何……この微妙な温度差は……?


 ……あ、あれ?


(さいっち)「えーと、クウちゃん? ここ仮想世界なんよ? 直ぐに (ゲーム) システムで元に戻らんかったら、うちもあんなことせえへんよ。

 あんな (あのね) 、プレイヤーによる二次災害は自然と修復されて(おさ)まるから、山火事とかには絶対ならへんって……あれ? クウちゃんどないしたん?……ふふっ……や~ん♪」


 は、恥ずかし過ぎて、みんなの顔を直視できない。


 く……そう言えば、麗子ちゃんが教えてくれたことの中に、確かにそういう説明があったな。森が燃え盛っているのを見た瞬間に、スコーンとどこかに考えが……うぅぅぅぅ!!!

 優しく、と~~~~~っても優しく頭をナデナデするさいっちの手が、直接俺の豆腐メンタルへ触れているように感じてしまう。


(ペパーミント)「クウちゃんリアル過ぎて、現実と勘違いしちゃったか……ぷぷぷ、ピュアだな~♪」


 超ニヤニヤしながらホッペをツンツンするミントちゃん。

 こ、こんなに恥ずかしい想いをするのは、アイナママ達との出会いをした時以来だぞ。


 俺は今どんな顔をしているのだろうか。


(カモミール)「クウちゃん? ちょ!? うはははははは、か~わぁ~うぃ~うぃ~♪」


 カモさんどころか今や、新規プレイヤーの皆さんから、まさかのさいっちが召喚した鎧武者達までサムズアップを俺に向けて慰めている!?

 ぬぅ~、もう正面のどこにも視線のやり場がないし……えぇ~い! もうこうなったら――


(さいっち)「ふぁ!? ☆▲△◇□♂▼▲▲●〒〒●○」


 クルリと反転し、コテンと首をかしげてさいっちの胸の谷間に顔をすっぽりと埋めてしまう。

 幸いな事にさいっちは怒らなかった。むしろ優しくナデナデしてくれている。

 この謎言語 (さいっち語) でもし抗議していたのなら、あとでなんぼでも土下座して謝ろう。


 だけど! だけど! 今だけはホントに勘弁してくださいッ!


(とある新規プレイヤーA)「いいなぁ~」


(とある新規プレイヤーB)「それはクウちゃんにか? それとも胸に顔を埋めている行為(こうい)に対してか?」


(とある新規プレイヤー男性陣)「「「「「そのどっちもだよ!」」」」」


(とある新規プレイヤー女性陣)「「「「「最ッ低~」」」」」


 くそぉ~! どこかのアホのせいで、俺が要らん恥を()くことに。

 ぐぬぬぬぬ。この顔の熱が取れるまで、俺は絶対に顔を上げられん!


 もうっ! PKプレイヤーなんてだいっ嫌いだッ! ある意味PKプレイヤーにPKされたのは、この俺だった。



ふつおたコーナー(MC:たまご丼)


ペンネーム「さらに困った」さんより頂きました


Q:赤っ恥を思いっきりかいてしまった上に、現在進行形でとんでもない状況になってしまいました。更に俺は彼女に対してどう謝罪すればいいでしょうか?


A:恥なんて所詮一時のもの。そんなことでいちいち挫けてちゃダメダメ! 落ちるとこまで落ちちゃえば後は上がるだけ! ついでにトコトコン土下座しつくしちゃえ! 「さらに困った」さんならいけるいける! というわけでシーユー♪


クウ:えっと~さいっち……ごめんなさいなの! このとおりどげざしてあやまるの。もうおむねにおかおをうずめたりしないの! ほんとうにごめんなさいなの。だからゆるしてなの……しくしくしく。


さいっち:アカンっ!!! うちゆるさへんで! なんでもっとしてくれへんの!


クウ:ちょ!? おこるとこちがうの!!!

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