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えむえむーおーなの

ブクマ1062件! 感謝です! そして、 閲覧して下さる皆様に感謝を!


 創造宮から朝帰りした俺は、いつものように物音立てずに一人、朝食に向かおうとしたのだが、側で寝ていたアイナママにしっぽを握られた。


 そんな彼女を筆頭に次々と起き上がる妻達……彼女達の瞳は少し叱るような色を(たずさ)えていた。


(アイナ)「……また一人でご飯へ行こうとする。めっ!でしょ」


 ヒョイと抱っこをされ、彼女の胸に寄りかかるような体勢ので彼女は俺を見下ろす。そして、アイナママはじめ、みんなは俺の元にやって来て、オデコや頭を優しくツンツンや、ポンポンするのであった。


 ……アスカくんの事をまだ俺が引きずっているから、こうやって心配を掛けているわけか……


(ネイ)「そうだぜクウ。あたいら起こしてから……一緒に飯、行こうぜ」


 ネイちゃんのお腹がグーグー鳴ってる。こんな時の彼女は、何時もなら誰よりも真っ先に向かうのに……ふと寂しげな顔を見せる彼女に申し訳なく思った。


(ミーナ)「クウちゃん! 結婚してからも大事にしてくれないと、妻の心はドンドン離れていくんだからね」


 おうふ……名言いただきました。大事にしてるよ! 心の底から……誠心誠意努力いたします!


(セーラ)「まあまあお姉さま。でも一人で行っちゃうなんて、ちょっと寂しいですわ……」


 あう……みんなも寂しいんだね。そうだね、これからは一人で行くのは、もう止めるよ。


(リディア)「クウ様が静かにお食事をしたいならリディア達は止めませんが……やはりクウ様のお顔を見ながらあの頃の様に、一緒にご飯が食べたいです」


 ここんとこぼっち飯を食べていることが多かったもんな……朝早くレストランホールへ向かえばアスカくんが……エリオットさんが……ミカさんが……三人があそこに居てくれるような錯覚を覚えて、自然と体が向かっていた。


 あの時の俺はどんな顔をしていたのかな……ダメだな……多分みんなに見られてたのかな……。うん、リディアちゃん。夫婦なんだからこそ、一緒に顔を合わせてご飯を食べたいよね。


(アイシア)「こーんなにたくさんの奥さんがいるのに、朝御飯に手料理を振る舞ったのがアイナ様だけって、クウちゃんズルい。

 そりゃあさ、クウちゃんほどの腕前じゃないけど、アタシだって鍛冶屋の娘よ! 火を扱わせたら凄いんだから」


 確かにアイナママの家に居たときは、みんなと分担でご飯を作ったりすることもあったよね。だけど、個々の手料理って食べたことないかもしれない。うん、アイシアちゃんの手料理、楽しみにしてるよ。


(クリス)「お兄ちゃん! 夜に一杯らぶらぶしてくれても1日経ったらリセット! これ、とっても大事なことだから、しっかりと心のメモ張に刻んでおいて」


 おうふ……リセットされちゃうの? そこはリセットしないでと言ったら……やっぱりダメなんだろうな……了解です。


(エーコ)「実はクウちゃんに内緒で私達もキングカイザーのメニュー作ったんだよ」


 なんと!? 俺の趣味に合わせてくれたのか……エーコちゃん達まで心配かけてたか……豆腐メンタルが……あぅ……


(シエラ)「完成させるまでに結構時間が掛かっちゃったけど、あれを見たらクウちゃんだってきっと、びっくりするんだから」


 そう胸を張る少女組の六人は自信に満ち溢れている。むぅ~、何か非常に興味が沸くんですけど。


(ニア)「ちなみにクウちゃん以外のみんなは、既に試食済みだよ。もう、いつも一人でご飯に行っちゃうから、中々振る舞える機会がなくて、やっとだよ」


 わざわざその為に……涙腺が……


(レア)「今日はちゃんと一緒に食べようね」


 ……うん……うん……


(リア)「そうそう。(たと)え敗けると分かっていても、この一品でクウちゃんのハートを鷲掴みにするんだから!……う~、やっぱり負けないんだから!」


 ……既に俺の敗けは確定しているんだけどね。(まい)ったな。既に何を出されても俺は勝てる気がしないよ。


(ルカ)「クウ……私、だいぶ……治ったよ。だから分……かるの……笑って……ね」


 ……笑顔が消えている……!?


(ミー)「うんうん、笑顔が一番だ、クウ」


 ……そうだったのか。


(アー)「ふんっ、貴様と同じ事を言うのは癪だが、彼もそれを望む。頑張ってクウちゃん」


 ……常に笑顔でいたと思ってたんだけど……そうか……


(テーママ)「最後に美味しいところを独り占め。クウちゃんおいで~♪ さぁ~、この胸へ飛び込んでいらっしゃい」


 ……ふふふ。そうやってテーママは、分かっててやってるんだから。


(セーラ・アイシア)「「シャー!」」


 ブロックする二人も敢えて乗っかっているようにも思えるけど、……ありがとうの一言だな。


(トーヤ)「アンタって、ホント学習しないよな……」


(サーヤ)「と言うか? そうやってわざと嫌われたいの?」


(ドナ)「エムですね~……流石は破壊神様の分身と言ったところですね……」


 みんなクスクス笑っている。そんなみんなの笑顔が俺に活力を分け与えてくれる。


 ……笑顔を作ろう。無理にではなくて、みんなと目を合わせ、一緒にご飯を食べれば俺は笑顔でいられると思うから。


「こう……ですの? ははは……みんなにはまいる……の。おとこのこはみせたくないおかおが……ふぅ……あるの。

 ん!……クウちゃんをなかせたかったら、そのしんさくりょうりとやらでかかってくるの! らぶらぶのときみたいにまけませんなの!」


 今日も心に栄養を頂きました! ありがとう。だから、今日からずっと一緒に起きて、ご飯に行くことを俺は決めるのであった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 ぶっ!? これはホントに予想の斜め上のメニューだな……さぁ、ご飯物か? パン? 麺? 焼き物? 茹で物? 揚げ物? 蒸し物? そのどれかと待ち構えていたら……まさかの……


「き……きんぐかいざーどりんくなの!?」


 缶にデカデカとプリントされた、キングカイザーのイラスト。手に取ってグルッと回すと裏の成分表がチラッと見えたが、怖くてすぐに隠す。……チキンです。これからコレを飲むのに見てしまったら、プルトップを捻る勇気が消えてしまう。こ、怖い……


(エーコ)「えへへ~、勢いで作っちゃいました」


 いやいやいや! キングカイザーだよね? 魚っすよ? 何をどうしたら、こうなっちゃうの!?


(ネイ)「あの加工工程は、クウには予想できないだろうよ……エーコ達の(調理)センスは凄いよ、ホント……」


 加工!? り、料理だよね? 鯖缶とかのように身が詰まってるのか、これ?


(シエナ)「私達の修行の成果が詰まった一本よ。さぁ、クウちゃん、グイッと行って!」


 アイナママにネイちゃんはエーコちゃん達にどんな事を教えてたの!? 錆びた機械のように顔をギギギと向けると、二人は顔を逸らして逃げた。

 くっ、一度、ちゃんと修行の様子を見に行った方がいいな……今後の身の安全の為に……


(レア)「一気!」


(ニア)「一気!」


(シア)「一気!」


 お、お、落ち着け……震えているのを悟られるな! そんなことしたら、エーコちゃん達に悪い! それにみんなもコレを既に一気……じゃない。

 飲んでるんだから大丈夫な筈だ。まさか心の弱っている俺に、トドメの一撃を喰らわすような変な物を飲ませる訳がないし……


 はっ!? マム達にやったお仕置きが帰って来たのか!? 天罰? 因果応報? いや、あれは間違ってない。アーちゃんとミーちゃんにも許可も貰ったし、なのに何故俺は追い込まれている……


(アイナ)「(クウちゃんの葛藤が手に取るようにわかるわ……)」


(ネイ)「(頑張れクウ。あたいらも通って来た道だ)」


(ミーナ)「(あの6人は確実にクウちゃんの影響を受けてるわよね……こう……進む方向が……アレなのよね)」


(セーラ)「(飲むまでが怖いんですよね、アレ。クウちゃん頑張って!)」


(リディア)「(クウ様が追い詰められている……すみません。害があるなら止められるのですが、エーコ達は純粋にクウ様の為を想っての、この行為ですから)」


(アイシア)「(うーん……クウちゃん、エーコちゃん達が今後どうなるかは、旦那様であるクウちゃんの肩に掛かっているよ)」


(クリス)「(日本人としての知識がある分、お兄ちゃんにはキングカイザーをドリンクにするなんて発想はなかったよね。かくいう私もそうだけど……エーコ達、恐ろしい子!)」


(ミー)「(やっぱり帰る前にこっそりと教えてあげるべきだったかな~……エーコちゃん達も手に傷を作ってたしな~……すまん、クウ)」


(アー)「(割りと私は好きなんだがな、アレ……でもね~、前の世界の積み重ねがある分、固定されたイメージを払拭するのは難しいわよね~)」


(トーヤ)「(プルプル全身震えてるよ、クウちゃん! ああ~アレがなんなのか教えてあげたい!)」


(サーヤ)「(……愛って怖いわ。特に間違った方向に全力ダッシュな愛は……)」


(ドナ)「(ある意味、キングカイザーの逆襲よね、これって……)」


(テーママ)「(エーコ達の発想力いいわ! そうよ! 固定観念なんていらないわ! 今後も応援するわ! その方が面白いし♪)」


 みんなの視線を感じる。いつまでもこうしてるわけにはいかない。テーブルの上に置かれた小さな缶を俺は見つめて手に取る。

 わざわざ缶のサイズまで俺に合わせてくれたミニサイズ。そう、これは愛の結晶なんだ!


 ……プシュー……た、炭酸だと!? キングカイザー足す炭酸……イコール……


 つ、妻の愛を疑うな! そりゃあああああ! 一気ぃいいいいい!


「……………………けぷっ……ありゃ? おいしいの」


(エーコ・シエラ・リア・ニア・レア・)「「「「「「やった~♪」」」」」」


 キングカイザーの旨味エキスだけを抽出(ちゅうしゅつ)して……海草……昆布みたいな出汁で下味をつけているのかな? 他にもほんのりと燻薫(くんこう)がドリンク自体に付いてる気がする。


 しっかりと仕事をしている一品だ。お遊びで作った一品でないのが手に取るようにわかる。


「びっくりなの。ちゃんとちょうりされてるの……でも、なぜにたんさんなの?」


 そこだけが気になった。これだけ完成されているのならば、何故に炭酸を(もち)いたのか。寧ろ、この炭酸を完全に抜いてスープとして出せば、これはより素晴らしい一品へと化ける。


 だから、ついポロリと本音が出てしまった。言った後にしまったと思ったが、彼女達は全く気にしていない。寧ろ、そう聞かれることを想定していたようだった。


(エーコ)「ふふふ。これね、実は溶かすのに使ってるの。不思議でね、そのパチパチに触れるとキングカイザーの身って溶けちゃうんだよ。ふふふ、クウちゃんでも流石に知らなかったでしょ?」


 ほぇ~、恐れいったわ。そもそも魚介に炭酸の発想(アイデア)がなかったから、意表をつかれるのは当然だ。


(シエナ)「他にも秘密の工程があるけど、それは内緒♪」


(レア・ニア・シア・ルカ)「「「「ぶい」」」」


 勝ち誇った顔をする六人の妻達。これは素直に完敗である。


「まいりましたなの。クウちゃんもまだまだですの。ぷは~♪ りょうりのみちはおくがふかいの」


 くぴくぴとキングカイザードリンクを飲んで、1日を元気に始める。不思議な飲み物だな~。終始、喉を鳴らして思わずにはいられなかった。


 そうして、久しぶりにみんなでいただいた朝食は終わり、俺はみんなを見送った。


 そして、最後まで残っていたミーちゃんがトコトコと、小包みを抱えて近づいて来た。


(ミー)「クウ、今朝はすまんな。例のアレ(生ハムメロン)が強烈過ぎて……その……」


 ほんのり顔を赤くして、恥じているのか。夫婦なんだから気にしなくていいのに。


「きにしないでなの。むしろ、そんなものをごちそうしたクウちゃんにせきにんあるの。……あれはかいりょうしてから、またおひろめすることにするの」


 創造神様の大暴走とか世界の危機だもんな。俺も彼女の立場を考慮してあげないとな。反省である。


(ミー)「まさか私まであんな姿を見せるなんて……あ、それでね、用件はコレを渡そうと思って」


 手に持っていた小包みを開くと、中から小さな蝶ネクタイが出てきた。赤い蝶ネクタイ。至って普通の蝶ネクタイなのだが……


「これは……あ、そういうつもりじゃないの!」


 ほんの少しだけ深読みし過ぎた俺の様子を察して、ミーちゃんは苦笑いする。エーコちゃん達の一件の後だ。彼女の首元に飛んでスリスリをする。心配ばかりかけてゴメンね。


(ミー)「ほらっ、クウがオーブで分魂を取り入れたでしょ? それと、夜中に創造宮に来た理由も分かっているし、そんなクウにこれなんかどうかなって思って、その用意したんだ。

 これね、寝るときに必ず着けてからベッドに入ってほしいの。クウ次第だけど、これでクウの退屈な時間は解消されるのと、更に大きなお兄ちゃんへと進化する事、間違いなしよ」


 サプライズ的な蝶ネクタイのプレゼントに、俺の耳が反応してピクピクと動く。そんな様子を眺めて、彼女は喜んでくれるのであった。


「またまたクウちゃんをおどろかせてくれるの? なんなのかな~なの。う~ん、みんなクウちゃんにはもったいないおくさんばかりでしゃ~わせなの~」


 ちゃんとリュックにしまって、ミーちゃんにお礼のキスをしたら、彼女は俺の背に手を回してムギューっと優しく抱き締める。


(ミー)「私達もみーんな、しゃ~わせよ。ふふふ、じゃあ私は一度天界へ戻るわね。お夕飯にはきっと帰って来るから」


「りょうかいなの。おしごとがんばってね~なの」


 むむむ、この蝶ネクタイにどんな秘密があるのやら? 夜が待ち遠しくて、そわそわしちゃう俺であった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 その日の夜。こっそりと着ぐるみのなかに隠していた蝶ネクタイを着けて俺は床に入った。すると、夢の中で俺は不思議な空間へと(いざな)われる。

 暗闇の中、光のリングが幾重にも宙に漂い、その中を落ちるように俺はゆっくりと落ちていく。


 そして、その終着地点に待ち構えていた光の(うず)の中へと吸い込まれると、創造宮と良く似た空間が広がっていた。

 一人ポツンと地べたに座っている俺。ひょっとして本当に創造宮? ただ、しいて言うならあそことは少し違い、ここには置いてあった家具等の生活用品が一切ない。


 ぽけーっとどうしたらいいのかわからず、その場に佇んでいると、ツンツンと突然背中をつつかれ驚く。恐る恐る後ろを振り向くと、そこには膝を折り曲げて屈んだお姉さんが俺を見下ろしていた。


(?)「いらっしゃ~い。ここはMMORPGヴァルハラの世界。クウの元いた世界の、なんと100年後に出来た仮想空間なんだよ? ちなみにクウ、私が誰だか分かるかしら?」


 これは夢なのか? それに100年後? 仮想空間?……もしかして、あの蝶ネクタイを媒体にして、未知の世界へとやって来たのか? だとしたら凄いな、ミーちゃんのアーティファクトは……


 目の前の黒髪のお姉さんの瞳を、じーーっと見つめ返して答えを出す。姿形は全く違えど、俺には彼女にしか思えない。

 いや、最初から彼女の姿が被って見えた。なので、特に考えたわけでもなく口から自然と彼女の名前が出る。


「ミーちゃんなの。……だけど、もしまちがっていたら、ごめんなさいなの」


 ニコッと笑顔を見せるお姉さん。俺をヒョイと()(かか)えると、正面に向き直してもふもふを楽しむように胸元に寄せる。あ~、この抱き方はやっぱり間違いない。ミーちゃんだ。


(?)「間違ってないよ、正解。でもこの分身体はあの世界で、あるグループ企業の代表取締役をしている厳島麗子って言うのよ。これからクウがダイブするヴァルハラの偉い人だったりするから覚えておいてね」


 妙齢のお姉さん的なミーちゃんは、落ち着いた大人の魅力を振り撒いていた。……なんか、アイナママとちょっと通じる魅力が彼女にもあった。


「なんか、おちついたかんじのミーちゃんもすてきなの」


 裏表のない素直な感想。綺麗な人はいつまでも美しい。何度も思うが、俺には勿体ないくらいの妻である。


(麗子)「あら!? ふふふ。でもクウ、そんなことを言っちゃうと本体(オリジナル)が焼き餅やくからダメよ。

 あ~、これが夢にまで見たクウのもふもふか~♪ ん~♪ 先月、突然自分が創造神の分身体だと覚醒された時にはもの凄く驚いたけど、このもふもふを味わうことができれば、そんなことも些細な出来事よね~」


 俺にスリスリやもふもふして癒している彼女は、ちょっと死んだ瞳をしていた。あー、これは悟りを開いているな……


「なの!? いまのじぶんはじぶんじゃないとか……こころのせいりがたいへんなの?」


 半笑いの麗子ちゃんから、彼女の苦悩を読み取れた。俺も今の自分と過去の自分と向き合うのに苦労したし、俺でさえこうなんだ。創造神の彼女の場合は、俺の想像を越えるだろう……


(麗子)「ううん。ちょっと……いや、かなりパニくったけど、心の整理がついてからは全然。むしろ保険の為に隠されていた力を利用して、私を蹴落とそうとする幹部連中や邪魔な株主共をそりゃ……」


 おいおい……ポジティブなのはいいけれど、それを間違った方向に使うのはダメだろ。悪い笑顔をする麗子ちゃんに、もふもふの張り手をペチッとオデコに入れる。

 もちろん、全然痛くない。悲しいかな……俺の物理攻撃って全部もふもふな上に、若干回復効果が(しょう)じるんだよね……


「わるいことにつかっちゃめっ!なの……って……めっ!してほしくてそんなことをいったのね」


 甘えっ子な麗子ちゃんである。


(麗子)「ふふふ、正解。オリジナル共々よろしくね、旦那様」


 そう言って俺のほっぺに軽くキスをする。……可愛い。


「なの。じゃっ、そろそろクウちゃんのきゃらめいくをやっちゃうの! ここはだんでぃーなおとなに――」


 俺もその手の小説を読んだことがある。だから、この流れを当然理解している。つまり、ここから俺は理想な姿になれる筈だ。


 ならば! ここは希望に胸を膨らませて……いたのだが、やはり現実は甘くなかった。


(麗子)「無理……ごめんね~、リアルと同じ体形じゃないとズレが出て、その……操作が出来ないの。だからクウはそのままの姿でプレイして。

 あと、クウは分身体として電脳世界へダイブしているから、キャラクターメイクもあれこれと変更出来ないの。一人だけ実体で入っていると言えばいいのかな? これもごめんねぇ~」


 ……縛りプレイと言う言葉が浮かんだ。よくよく考えれば、本体のミーちゃんが俺の成長を促す為とも言っていたから、まぁ納得かな。でも……


「えーなの……いたいけないっさいじのゆめが、さっそくこっぱみじんこなの……ん? でもそうすると、いっさいじのクウちゃんがげーむしちゃうと、おかしなことにならないの?」


 あの魔法やスキルといったものが存在する異世界であっても、俺という存在は奇異な目で見られるのに、リアルの世界で一歳児が普通にゲームをするのは、不自然であり、騒ぎにならないだろう?


(麗子)「そこでね、クウには私の特別な意向でINしてる試験アバターとして、このゲームではプレミアムアカウントのユーザーとしてログインしてもらうことになっているの。

 だから、身元を探られることもないし、思う存分ロールプレイを楽しんで来てね」


 ……あぁ……コレを用意してくれたミーちゃんの気持ちを察する。ハートをもっと強くせんといかんね。気持ちに応える為にもさ。特に彼女とアスカくんに負い目を感じさせるなど、俺は絶対にさせたくない。


「……ありがとうなの。ミーちゃんがここでなにかをつかめるといっていたの……だからクウちゃんはがんばるの! ……もうみんなにくらいかおはみせないの」


 少しだけ、麗子ちゃんの瞳が揺れる。


(麗子)「大丈夫。アスカくんも元気と言ったら変だけど、ちゃんと専用チャンネルでみんなのことを見守っているよ。なんせ彼は、クウちゃんの成長を一番楽しみにしてる視聴者だからね」


 俺もそう思う。だから無様なところはますます見せられないよ。


「なの。アスカくんはクウちゃんのえいえんのともなの。だからいつかきっとまたあうの。そのときにクウちゃんは、ミーちゃんをこえるかみさまにならないとめっ!なの」


 この台詞を伝える時の彼女は顔は何時もと違う。なんて言うか……安らいでいる。俺以外一度もそんなことを真正面から言った者なんて、恐らく過去誰もいなかったんだろうな。彼女の顔がそれを物語っている。


 彼女はその後瞳をそっと閉じ、そしてゆっくりと開けから作った笑顔は、何か憑き物が落ちたような……何とも言えない優しげな微笑みだった。


(麗子)「クウのこと愛してるよ。ずっとずっとクウの側にいるから。(オリジナルが抱えている負い目があっても私は私。オリジナルがクウを裏切ったとしても私はクウを必ず守る。ずっと貴方の側にいるからね)」


 この誰もいない、何もない、時すら流れているかも怪しい空間にいる俺達二人。空虚な筈の空間だけど、俺達からしてみれば、何もかもが満たされていた。


 俺を包むように抱きしめ、言葉にしなくとも伝わる。だけど、そんな幸せな時間も彼女の方から解き、時を進める。凄く名残惜しい顔を残して。


 そして、これから先に起こるであろう幾つかの注意点を、互いオデコを当てることによって、僅かな時で直接頭へ情報を入れてもらった。


 これもミーちゃんの持つ力の1つなんだろう。だから、千……万を越える愛の囁きも俺に伝わる。後ろ髪を引かれる想いをしながらも、俺はまた元居た世界が生み出した、もう1つの異世界へとダイブして行くのだった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 ……科学の進歩とは遂にここまで来てしまったのか。目の前に広がる光景を心情に表すかの様に、口を開けてただ茫然(ぼうぜん)と眺めてしまう。


 目にはつき抜けるように広がる青空。そして燦然(さんぜん)と輝く太陽。暖かな陽射しが降り注ぎ、お日様の恵みをその身で体感できる。

 耳からは、すぐ側から立てる水の繁吹(しぶ)きの捉え、くるりと後ろを振り替えると、ジャバジャバと音を立てながら吹き出す噴水を目に捉えた。


 そして、手は自然と地面に触れ、その感触を確かめる。石畳の地べたの手触り……お日様の熱を感じる。こんなところまで再現されているのか……


 目を閉じて鼻で匂い拾う。噴水から湧き出す水の匂いに、景観を彩る草や花の匂い。それらの存在を感じる。他には近くにあるお店から流れてくる、(かぐわ)しい良い匂い……これは焼き鳥かな?


 全ての五感がありとあらゆるものを訴える。もうこれは現実となんら遜色のない、現実と言うことを。麗子ちゃんには一般プレイヤーが体験している五感も、俺が感じている五感となんら変わりがないと教えてくれた。


 大空を見上げていた顔を下げ、再度、周りの景観に目を向ける。この広場の周りには、商店や民家らしき建物が軒を連ねて建っていた。それは俺の知っているセイギフトの街並みとどこか似た匂いを感じさせる景色であった。


 キョロキョロと噴水前で腰を落として、辺りの様子を(うかが)っていた俺は、とりあえずここから移動しようと起き上がろうとする。


 だが、足下がおぼつかなくて、その場でストンと尻餅をついてしまい、立ち上がれなかった。久しく忘れていたこの感じ……


 これがミーちゃんの言っていた分身体の影響か。今の俺は着ぐるみの恩恵もフェアリーリングの助けもない。寝る時に着ていたパジャマ姿のままだったりする。


 だから、今の俺はあらゆる面で、本体の1%以下の力しか発揮出来ないと自己分析をする。その影響で、一人で立ち上がることすら出来ないステータス値に変更されているんだろう。


 まあ、一歳児の見た目からして、これで普通に直立して歩ける方がかえって変だと思う。


 それに元々、このスタイルで俺は父とあの森で12年と言う年月を過ごしてきた。多少不便に感じることもあるが、そんな無いものを(なげ)くよりも、今あるもので前を進む方が建設的である。


 今の俺は違う。あの頃は何故この程度のことしか出来ないと嘆いていた。


 でもそうじゃない。


 この4つの手足があればそれでいい。俺は元気に歩けるんだ。進めるんだ。……そんな当たり前のことですら出来ない子だって世の中には沢山いる……いや、居たんだ。


 ……さて、ハイハイで移動する俺は、麗子ちゃんから聞いたステータス画面を開く為に呟く。


「おーぷんなの」


 すると半透明の四角い窓が目の前に展開する。ステータスやアイテム、スキル等もこうやって確認したり、選択して使用する事が出来る。

 そして、その中からチュートリアルの項目を選択しようとしたその時、俺の周りにはたくさんの人だかりが出来ていた。


(?)「きゃ~~~~♪ 何これ~?」


 猫神だよ。


(?)「始まりの広場から現れたし、プレイヤー……だよな……?」


 そのプレイヤーなのです。


(?)「ショタミミっ子、キターーーー!」


 お、おう……


(?)「めっちゃ可愛いだけど……でもこれ、中身がキモオタのおっさんだと、夢が壊れるんですけど……」


 面と向かって言われると、結構キツいな……


(?)「げっ……これってプレミアムアカウントユーザーじゃね? ほら、先月辺りから公式で載ってた例のアレ」


 多分、その例のアレです。


(?)「あー、運営が確かそんなこと言ってたっけ。でもこの赤ちゃんさ、やっぱNPCなんじゃね? だって、リアルとの体格に差がありすぎて、ダイブとか無理だろ~? あ~でも……小学生……いや、4~5歳の幼女でもやっぱ無理だよな……」


 そこはリアルで一歳児だから問題ないんです。それに俺の場合、分魂でこの世界に入っているしね。


 と言うかさ、君達……。なんか俺の進路を塞ぎ、手を伸ばして来ては何度も見えない壁にブロックされているけど、まずは俺に一声あっても良くね? 

 それでも諦めないプレイヤーのいることいること……なんか、段々心がざわざわしてくる。


 あれこれ俺の存在について語っているが、俺はさっさとチュートリアルの『冒険者ギルドで登録をする』に向かいたいんだよ。


 半透明のガイドマップを出したまま、進行方向で立ち塞がっていたエルフのお兄さんの股の下を潜り抜けて先を急ぐ。


(?)「ちょっとまってボク。ストップ! ストップ! くっ……セクハラブロックが邪魔して触れられん……」


 イケメンエルフの股を潜るとそこは……おうふ、犬耳のお姉さんがいましたって……通せんぼをするようにして腰を屈め、ハートを撒き散らしながら俺を見下ろしていた。


「えっと、はじめましてなの。クウちゃんいっさいなの」


 とりあえずこのまま無視って訳にもいかないから挨拶したけど、一瞬静まり返った後にプレイヤー達はぶり返したの如く騒ぎ出した。あー、失敗した……余計に場のテンションが盛り上がり、余計に(やかま)しくなるだけだった。


(?)「なっ!? しゃ、喋った!? やっぱりプレイヤーなの?」


(?)「きゃ~~~~~~♪ なにこの可愛い声~♪ こんな赤ちゃん欲しい~」


(?)「課金か! 課金すれば赤ちゃんプレイが出来るのか!」


(?)「もっふもふ♪ ほら~、こっちにおいで~♪」


 一辺にあれこれ言ってくるが、質問には答えとこ……無視して行くには無理だ、これ……


「……えーとなの。なかみについてはひみつなの。いっさいじのねこみみぞくのあかちゃんをろーるぷれいしてるからよろしくなの。それじゃあ、おにいさん、おねえさん、ばいばいなの~」


 右手を上げてお別れの挨拶をし、その場を立ち去ろうとキョロキョロと周りを見回すと、なんだかえらい騒ぎになっていた。その多くのプレイヤーが抱きつこうと、

 アタックをかけて来るけど、次々と仕様のブロックに邪魔されて、弾き返されていた。この仕様がなかったら、今頃俺、揉みくちゃにされてんよな……


(?)「きゃ~~~~♪ 中身なんてどうでもいいからもふもふさせて~! フレよろ!」


(?)「あっ、俺も!」


(?)「あ、抜け駆けズルい!」


「あの……そこをとうしてほしいの。くえすとをすすめたいの……おちついてから……あぅ~」


 我先へとフレンド申請とパーティー申請が次々と送られるが、その全てを受け入れると揉みくちゃにされそうだから全て拒否。


 ――と言うか人の話聞け!


 それにこうも無遠慮にベタベタ触れようするのも、それはそれで嫌だしウザイ。普段の俺だったら我慢できたかもしれないが、こうも一方的な人達ばがりだと、正直我慢の限界に達してくる。ハッキリ言えばウンザリしていた。


 なので、もう何も言わずに無視して通り過ぎようと横に反れ、ハイハイするが……その先でもまた、別のプレイヤーに立ち塞がれてしまう。


 移動速度もここにいるプレイヤー達からすれば、俺は鈍足な亀と変わらない。遂には周りを完全に囲まれて、立ち往生するハメになってしまった。


 仕方がなく、その場に座っていると、黒のサンバイザーに黒のスーツといった出で立ち(いでたち)の、黒で統一された制服に身を包んだ妙齢の女性が何処からともなく現れて、この事態を仕切ってくれた。


 そんな彼女は、俺の周りに集まった人だかりを割って俺の元までやって来る。その姿を捉えた途端、多くのプレイヤーが慌てふため、道を空けるのであった。


(?)「げっ、GMだ……」


(?)「おいっ! 道空けろ!」


 ホッと胸を撫で下ろす俺は、彼女を見上げる。立ったままこちらを見下ろしてニコッと微笑んだGMさんは、周りのプレイヤー一通りぐるっと見回すと、

 その視線を逸らすように避け、(やま)しいところを感じたプレイヤー達は、自然とGMさんから数歩離れ、距離を空けるのであった。


 そして、場がやっと静まりかえったところで、彼女の口が開く。


(GM)「プレイヤーの皆様方、御遊戯の最中に失礼致します。この度、特定プレイヤーに対する進路妨害並びに、

 それに付随するプレイ活動への支障を及ぼす行為等を確認致しましたので、こちらに参らせていただきました」


 まさかの運営の介入に、俺へチョッカイを出していた連中は、その態度を鳴りに潜める。あ、これはチャンスだな。見よ! これが一歳児の力だ!


「みなさんにかこまれて、クウちゃんぎるどにいけないの……ぐすっ」


 ちょっとうそ泣きの演技をすると、『うっ』と小さく唸るプレイヤーが大勢いた。


(GM)「了解致しました。規定に照らし合わせ、こちらの判断で違反と見なしたプレイヤーの方々には、以降、ペナルティーを発生させていただきますので、御了承のほどお願い致します。

 さっ、もう大丈夫ですよ。何か起きましたらまた来ますので。うはぁ~……んっんん、では失礼いたしました」


 頭をナデナデしてからニッコリと微笑むと、光の粒子となり散って行ったGMさん。一部のプレイヤーが一部始終を眺めて、『職権濫用じゃん』と野次っていたのに、俺も同意見であった。


 まあなんにせよ、これでやっと事が進めると安心した俺は、よちよちとハイハイをしながらプレイヤーの脇へと()れて前を進んで行く。


(?)「あぁ……もふもふが~……」


 手を伸ばそうとするが、GMに監視されていると思い出したのか、虚しく伸ばした手をそのままにして固まっていた。見えない第2の(ブロック)発動だな。


(?)「こんなことでアカウント停止は割にあわん……」


 それを期に次々とプレイヤーが散り散りになって俺は解放された。そして、お空に向かってバイバイをする。


 何となくGMさんが空から見てるような気がしたので、手を振ってみた。感謝は伝わったかな? そんな事を思いながら、四つん這いになってよちよちと進む。街中の風景を楽しみながらハイハイするのも悪くない。


 その後を幾人かのプレイヤーが若干の距離を空けて着いてくるが、また過度なチョッカイを出してこないのなら、気にせず放置した。


 もしまた何かあっても、GMさんが注意してくれるだろうし、それっぽいメールが送られていることもさっき確認したし。


 ガイドマップは北の大通りを指している。よちよちと進む俺がギルドへ着いたのは、それから30分後の事であった。


 遅すぎる……俺の移動速度……



 ………………

 …………

 ……

 …



 ギルドへ到着した俺はすぐさまに受付の列へ並び順番待ちをしていた。そんな俺はなんと、あるプレイヤーに抱っこされて並んでいる。そのお姉さんはギルドまでの道中、無用な接触を避け、過度な干渉をしてこず、こちらをたた大人しく鑑賞してるだけの無害なプレイヤーであった。


 そんな彼女が俺と並列して歩いていたとき、その手に持っていたたい焼きを切っ掛けに俺は彼女に話し掛けた。

 そう、俺の方から彼女に話し掛け、そして、たい焼き片手に淡々と話しかけてきた『ぬこラブ』さんと仲良くなり、ついでにミニたい焼き(一口サイズ)に釣られて(買収されて?)フレンドになったと言うわけだ。


 そして、受付のカウンターが高すぎて見えない俺は、ぬこラブさんに抱っこされた状態で列に並んでいる。


 そうそう、プレイヤーに触れる為の条件は二種類あった。まず1つ目はフレンド登録をすること。2つ目はパーティーを組むこと。


 こうして初めてプレイヤー同士によるスキンシップが可能となる。この2つをクリアーしないで触れようとすると発生するのが、所謂セクハラブロックと言う奴だ。


 そうしないと一定のプレイヤーがけしからんことをするのでとられた仕様である。なので、フレンド登録とパーティー申請は慎重に行うことと、麗子ちゃんの注意にも入っていた。


 そういう意味で、この『ぬこラブ』さんは俺にとって初フレンドに相応しい人だ。あ、因みにホカホカのミニたい焼きは仮想空間とは思えない程にリアルで美味しい。今も小さな口でチビチビと食べている。


 その大きさも、人形焼きをたい焼きにしたようなもんだし、俺にはちょうど良いサイズだった。そんなモグモグと食べる俺を腕に納めて蕩けているぬこラブさんを、周りのプレイヤー達が静かに野次っていた。


 どうもミニたい焼きで俺を買収したのがお気に()さないらしい。


 そんな野次をまるっと見事にスルーしているぬこラブさん(猫人族・♀)の獲物(武器)は大きなボウガンで、彼女はそれを背負っていた。


 今日、この始まりの街にたまたまいたのは、約束をしていたリアルフレンドがINしてくる為、噴水前で待ち合わせをしていたとか。しかも今日が初ダイブの新規プレイヤーになる筈だったとか。


 だが、その子は急な用事とやらでイン出来なり、暇になった彼女はついでだから新規さん(主に可愛い子)を見繕ろうと広場へ足を運んだところ、

 たまたま噴水前に現れた俺を発見し、困った状況を察して運営に通報してくれたそうだ。


 つまり、彼女は俺の恩人でもあった。


(ぬこラブ)「クウにゃんの職業(クラス)は何なの?」


 このヴァルハラと言うゲーム。開始の時点で種族と職業を選択できる。ただし、登録時にスキャニングされた時の数値から選択される職業にしかなれない。


 俺の場合は、スキャニングもないので当然――


「まじしゃんにしたの。というか、それしかなれなかったの」


 なりたかった……ダンディーなおじさまに……


(ぬこラブ)「たしかにクウにゃんに前衛系の職業は無理よね……」


 苦笑いする彼女。軽々と抱っこしてる俺が前衛をやれたら、全ての職業(クラス)が可能となるよな……


「ぶどうかになって、ねこぱんちをきわめてみたかったの」


 抱かれた腕の中から『にゃっ! にゃっ!』と真似事をする。そのあまりにも短いリーチに思わず耳をペタンと下げてしまう俺である。一般プレイヤーのデコピンとリーチが変わらないって……


(ぬこラブ)「あははは、ジョブチェンジしなくても大丈夫! 私なんかクウにゃんのぬこパンチ喰らったらもう……ぬぁ~♪」


 右腕で俺を抱いて、空いた左の掌で俺の猫パンチをもふもふと受け止めると、半開きの口から悦った声を出し、周りの目を惹き付ける。


 究極の抱き心地は猫パンチすらも変えてしまう。


「いけないとびらひらいちゃめっ!なの」


 これ以上猫パンチを打つのは危険と判断した俺は、手足を畳んで縮こまり、防御の構えをとる。だけど、手足を畳んで見上げる俺の姿は、彼女の琴線(きんせん)により触れるだけであった。


(ぬこラブ)「ふぁ~♪ かぁ~い~よ~♪」


 プルプルと震える彼女はそれでも過剰に騒がない。だから安心して身を任せられる。これが酷い人になると、つい手荒く扱われてしまうことだって有りうる。人の体って思っているより固いのだ。抱っこされている方も、優しく扱ってくれないと痛いんだよ?


「いちばんおとなしいぬーちゃんでもこれなの……きょうれつなぷれっしゃーをはなっているほかのひととふれとうろくしたら、ばん(BAN)ぷれいやーをりょうさんしそうなの……」


 現にストーカー1歩手前の状態で俺につきまとっているプレイヤー達からの熱い視線をヒシヒシと感じている。こんなところまで再現されている辺り、ホントによく出来たゲームだよ……


(ぬこラブ)「このゲームをやってる人って、基本、ケモミミが大好きな人達ばかりだしね。しかし運営もやるわね~。

 スレで囁かれていた猫耳赤ちゃんのプレイヤーを出すなんて……私も課金して赤ちゃんプレイしようかしら?」


「あ、クウちゃんはてすとのいみあいもかねた、ちょっととくしゅなきゃらなの。だから、いまはきんしてもなれないの」


(ぬこラブ)「ぐぬぅ~、無念。じゃあ、早く実装される事を祈るわ」


「ぼじてぃぶなぬーちゃんにいいこいいこ~なの~。げんきだしてなの~」


 彼女の掌を、手を伸ばして俺は掴むと、顔に寄せて頬擦りをする。さらさらと心地好い肌触りの掌を味わい、つい俺は『ん~♪』と声に出しながら目を綴じて甘えてしまう。……あれ? なんかプルプル震えてる? 


(ぬこラブ)「ふぁ!? ふぁあああああああああああ!」


 あ、やってしまった。ついに抑え切れなくなってしまった彼女は、いつぞやのアイナママのように別世界に完全にトリップしてしまった。


 これは俺が悪い……そして彼女を見上げて、悪い人じゃないなと確信する。勘だけど、それで充分。


(受付嬢)「ふふふ、次のお待ちの方どうぞ」


 俺に対して笑ったのか、ぬこラブさんの代わり様が可笑しくて笑ったのか、それとも俺達両方だったのか、なんにせよ、

 この受付嬢さんが俺達に対して見せた表情があまりにも自然だったので、ついゲームの中の住人(NPC)であることを頭から外して何時もの挨拶をしていた。


「はじめまして、こんにちわなの。クウちゃんいっさいですの。おねえさんのおなまえをおしえてくださいなの」


 少しポカンとした受付嬢のお姉さん。NPCの名前をまともに聞く人が極端に少ない事に、この時の俺は全く気づいていなかった。


 更に言えば、挨拶をまともにするプレイヤーもほぼ皆無である。人として接する……彼等を無下(むげ)にする訳ではないが、プレイヤーはデータの塊として接する(ふし)がある為、同等の人として、見ていないのが現状であった。


 なので、NPCである彼等から見れば、俺の態度は内心驚きの態度である。それと、赤ちゃんの異世界人と言うのは、更に珍しいと言うのもあった。


(受付嬢)「あらまぁ!? ちゃんと挨拶してくれるなんていい子ねぇ~。私の名前はメルシーよ。ここに勤務して長いけど、

 ちゃんと挨拶してくれた人なんて数えるしかいなかったから嬉しいわ。ふふふ、お姉さんも礼儀正しくお仕事をするからね」


 その言葉通りメルシーさんは俺に合わせてゆっくりと丁寧に説明してくれた。時々カウンターの向こうから手を伸ばして、頭を撫でたり、小指と握手したりしたのはご愛嬌(あいきょう)だ。


 そして、主な内容は現実のギルドで聞いた事とほぼ変わりがなかった。最初は最低ランクのFから始まり、

 雑用レベルのお仕事である薬草の採取か、駆け出し冒険者でも奮闘すれば倒せるゴブリンの討伐、あるいは街での雑務等々、そのいずれかを選んで始める事だった。


 始めにこの2つを提示するのは、自分が戦闘職か、または生産職のどちらに向いているか実感してもらう為に用意されているからだ。それと、Cランクから昇級試験があるのも、現実と同じであった。


 その他にも諸々の説明を受けた後、俺は期限無し、常時受付ありの薬草採取を選択した。正直、今の俺だとゴブリンを倒すには(いささ)心許(こころもと)ない気がする。なのでまずは薬草採取で様子見だ。


 だらしない顔をして、あっちの世界にトリップしていたぬこラブさんに戻って来てもらい、ちゃんとお別れを伝えて別れる(パーティー解散)ことにした。


 このままパーティーを組んで依頼を手伝うと言ってくれたが、俺はこの後一旦、ギルドの裏庭に移動して、魔法の練習をする予定だったので断った。


 今の俺は客観的に見れば足手まといであることは間違いない。ならせめて力をつけて、単独でゴブリンを討伐するくらい、なんとかしたい。


 それにここはリアルと違いゲームなんだ。楽しく遊ぶと言う意味でもまったりとやりたい。


 だけど自分の特色を考えれば回復支援役としてパーティーを組むことが一番なんだろうな……だけどミーちゃんがせっかく用意してくれた舞台なんだ。仮想空間と言う新たな場所で色々試して見るのも悪くない。


 話を戻すが、彼女には凄く残念な顔をされた。だけどここでしつこく食い下がると今後も抱かせてくれないと考えた彼女は、バイバイしてくれた。


 うん、これなら今後もぬこラブさんとはうまく付き合っていけそうだ。


 正直、グイグイと無遠慮に近づいてくる人に俺は引き気味である。俺はみんなを楽しませる為にここにいるわけでない。


 流れでここにいることは間違いないが、少し息抜きをしたかったのは事実だ。……なんだろう。やっぱりちょっと臆病になっているのかな……


 ふと、触れ合う新たな出会いに、そして、思い出す友の温もりに、痛がりな心がチクリとしたような気がした。



 ………………

 …………

 ……

 …



 始まりの街から目的の森まで普通に歩いて行げば、およそ30分程度の道のりらしいのだが、ギルド職員のメルシーさんの話だと、俺の足だとどう考えても倍の一時間以上は掛かると言われた。


 それと冒険者ギルドの職員さんなのに、「危険な冒険をしちゃダメ」って言われたのが解せぬ。他の職員さんやプレイヤーさん達も同様に同じ事を言うし、

 保護者同伴じゃなきゃダメって……やっぱりソロプレイはこの見たのせいで注意されてしまう? イヤイヤイヤ……少し首を振って否定する俺であった。


 まぁ、それもこれも心配してくれた人達が正しいのかもしれない。ステータスを改めて確認する。とてもアンバランスなそれに自身が納得してしまう……俺が彼等の立場なら心配しない筈がない。


 その例を身近な存在であるアスカくんとマムさんの娘であるエリーゼちゃんに置き換えて想像してみる。……気が気じゃないな……多分俺は血相を変えて止める。


 ……安心してもらえるように努力しなきゃな、俺……


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 【 職 業 】:マジシャン

 【 H P 】:和紙

 【 M P 】:神

 【  力  】:赤ちゃん

 【 体 力 】:赤ちゃん

 【 耐 久 】:赤ちゃん

 【 素早さ 】:赤ちゃん

 【 魔 力 】:神

 【 もふもふ 】:神


 武器:無し

 防具:パジャマ(クリーム色)・靴下(白)

 アクセサリー:無し

 所持金:100ロン


 異能力:もふもふ魔法(☆1) 究極の抱き心地(☆1)


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 このゲームは個々のパーソナリティーを反映させてオリジナルの異能力も売りにしている。それ故に、その人ならではのオリジナルと言うべき力が必ず各々にある。


 それで言うと、俺のもふもふ魔法や究極の抱き心地の2つはまさに俺を体現している異能力であった。特に俺の場合、最初から表記された異能力はこの2つであるが、多い人だと10を越す人もいるとか。


 器用貧乏になりそうな気もするが、そこはどう使うかである。一刀流の剣士が二刀流の剣士に勝てない道理はない。ふふふ、ゲームしてるな~って実感する。


 次に魔導特化なステータスとして表記された文字に注目する。このゲームはステータス値は表示されない。だいたいの目安としてあいまいな言葉で表現される。


 それ故に同じ(クラス)やスキルであってもその効果に差が出る。その善し悪しもこのゲームの売りであったりする。


 そして、唯一の武器となるもふもふ魔法も今の状態だと、もこもこした綿のような物を出すだけだったりする。


 このもふもふ魔法の横に表記されている星マーク。これが熟練値を表すものらしい。この数値を上げることによって異能力の力は増すとの事だ。最高ランクが星10とのこと。平均して3まで上がるらしい。中々ハードルが高そうだ。


 うーん……究極のマナ味があれば、ペロを囮にして逃げたり攻撃も出来たのに残念だ。


 だけどそれで良かったのかもしれない。厳しい状況が俺を高めてくれる。そして、より良い経験となって成長させてくれる筈だ。


 困った時、いつもみんなが助けてくれた。だけどいつもそうとは限らない。


 だからダメだと言う前に進もう。無理だと言う前に試そう。諦めたと言うのは全て試した後に吐こう。


 例え失敗したとしても、努力した自分を誇ってあげれるのは、そんな努力をした後に振り返った者のみだ。


 心に活を入れて進もう。ヨチヨチ歩きの俺でも、小さな一歩で前へと進める。みんなの手が俺をいつも支えてくれているんだから。


 そうと決まれば早速ギルドの裏庭へ移動だ。その道のりの(あいだ)に考える。唯一の攻撃手段であるもふもふ魔法が現段階でどれくらい使えるのか。


 一般に放たれる属性魔法と違い、俺のもふもふ魔法に直接の殺傷力はない。どのようにして扱うかがこの魔法のポイントである。綿のようなもふもふや、ゴム玉のように伸縮性に優れたものまで幅広く応用が効くもふもふ魔法。


 父いわく、土魔法や水魔法と同じで、その形状形を臨機応変に変えることによって、様々な状況下で応用が効く素晴らしい魔法と教えてくれた。


 あの頃は出来なかったことも、今なら出来るかもしれない。ギルドの裏庭にある訓練広場の入り口に着いて辺りの様子を窺う。芝生が一面に生い茂り、外側の壁代わりに樹が塞ぐ様に並んでいた。


 そして、まばらにプレイヤーがポツポツと居て、俺を注目して目を点にしていた。一礼してから中へと踏み込む。お邪魔しま~す。


 ここは異能力の試し打ちを行ってもPKにならない仕様だと聞いていた。ダメージやデスペナルティーに繋がる効果等は無効だそうだ。


 なのでPVPと言われる対人戦闘の訓練を行うには格好の場所である。


 そういった意味でレベル差に関係なく使われている場所で、練習するにはうってつけだ。ただそうは言っても、小さい俺が足下をウロウロしていたら、確実に邪魔になるのは間違いない。


 だから広場の端の一画へと移動する。


 その後をずっとついて来る人や、練習場にいた人達も一旦手を止めて近寄って来たが、向こうも簡単な挨拶をすると邪魔にならないように距離を空けて眺めているだけだった。


 そして俺は気にせずに修業を開始するのであった。



 ………………

 …………

 ……

 …



 今日は私こと三枝嶋(みしじま) 朱未(あけみ)16歳は、幼馴染みである佐伯(さえき) 美琴(みこと)16歳とヴァルハラをプレイをする約束を取り付けた。


 どうもあの子は人見知りをして、すぐに家に引きこもろうとする。昔からそうだ。「朱ちゃん、朱ちゃん」と言っては、無駄に元気を振り撒き、ピッタリと腕や首に抱きついてくる。


 そんな風に人懐(ひとなつ)っこい癖に、他の人を前にすると途端に無口になり、激しく人見知りをする。


 昔は良かった……可愛い奴め、くらいの余裕があったさ。それがある時を境に……あぁ~、姉的ポジションだった私があっと言う間に身長を越され、

 たゆんたゆんに(みの)った脂肪と言う名の塊に押し付けられる屈辱……抱きつかれる度に丁度顔へと直撃し、圧迫する2つの脂肪……時に私は窒息し、時に頭にのしかかって首を痛める。

 その度に私の女としての尊厳(プライド)がガリガリと崩れ落ちていくのだ。


 話が反れてしまったが、美琴の人見知りを治すのに必要な環境は、受験から解放された今、既に整っていた。ヴァルハラなら美琴も家に居て逃げられない。


 美琴のお母さんからもお願いされ、既に機台もセッティング済み。今日は日頃の脂肪の恨み……いやいや、美琴の親友として更正の応援をしなきゃ!


 なのにメールで突然風邪引いたとか……アンタの元気な姿を数時間前に私は拝んでいるんだけどな……更に一緒に下校していた私に対してこれはない。百歩譲って風邪だとしても、ヘッドギアつけながら寝れば問題ないでしょ!!


 明日、男子の前で揉みほぐしちゃる! 既に始まりの街へと転送ゲートを潜ってやって来た私は、予定を建て直すべくギルメンリストを確認するが……こんな時に限って誰も都合がつかないし……他のフレンドはクエスト中ときた。


 しかもそれらの誘いを断って美琴と待ち合わせをしていた為、今更声を掛けにくかった。明日は美琴の脂肪の塊を揉みほぐすだけじゃなくて、タプタプの刑も追加することに決めた。


 とりあえずゲーム内からメールを送る。時間の流れがかなり違う為、向こうでは真夜中になるだろうが、叔母さんが上手く取り計らってくれるだろう。


 遅くともこちらの4日目には来てほしい。と言うか来い!

 

(ぬこラブ)「……むぅ~、どないしよ……とりあえず新規さん(可愛い子限定)でも拾って遊ぶか……ん?」


 始まりの泉に向かって歩いていた私は、遠目から度々現れる新規プレイヤーを眺めて……目を疑った。


(ぬこラブ)「はっ?」


 ポツンと小さな……本当に小さな何かがパッと小さな光の粒子を撒き散らしながら現れた。新規プレイヤーが始まりの噴水からファーストポップする(さい)、その身長や体格に応じて光量も変化する。


 それ故に、本当に新規プレイヤーのポップか疑わしかった。


 新規プレイヤーのポップ演出は、大柄で身長が高い程にその光の光量は多く派手なのだ。それを目当てに始まりの泉で動画を撮影しているマニアもそこそこいる。


 中にはその瞬間をわざわざ鑑賞するために、この場に張り付いているプレイヤーまでいるくらいだ。


 実は私も記念にと動画を頂いた口だ。仮想世界に踏み入れたあの瞬間の顔……キラキラとした目をした自分とその周りを包む光、あれは一生の宝物となる映像だ。


 第3者から見てもそれはとても神秘的である。ところが遠目からでもこじんまりとした演出に思わず目を疑ってしまった。


 通常の光量じゃない……バグ?……いや、イベント告知のウィンドウも近くにいるのに出ていない。なら、本当に小さな()()がポップしたんだ……


 小さいもの好き(同類?)としては気になり、自然と駆け足になる。無論、既に噴水の広場からここまで聞こえるくらいのざわめきが起きている。


 最初は運営が用意したゲリライベントの類いである、モンスターがポップしたのかと考えたが、どうやら違うようだ。だって、なんか悲鳴と言っても、「きゃ~♪」とか言った喜色を含んだ悲鳴が聞こえてくるんだもん。


(?)「うそうそうそ!? 何これ~♪」


 十数人のプレイヤーが(かが)んで手を伸ばしている者に注目して私も同じ事を思った。


(ぬこラブ)「(きゃ~~~~♪ 何なのあれ? 赤ちゃん!? 猫人族の赤ちゃんなの!?)」


 ピコピコと揺れる耳。サラサラとした黒髪に潤った黒い瞳。クリーム色のベビーパジャマに白の靴下を履いて、お尻からニョロリと細長い尻尾を生やしてる。


 ヨチヨチと地べたをハイハイしては、ゆっくりと進んでいた。そのおぼつかない足取り?がもう! もう! もぅぅぅ!


 くっはっぁぁぁぁぁぁ! 可愛い過ぎる。何をしても可愛い。所作の一つ一つが私の母性本能をくすぐるのだ。


 プレイヤーである以上、見た目と中身が違うことはぐらい当然わかっている。だけどね! だけどね! 堂に入ってると言うのか、違和感がなくて、自然なのよ!


 なんなの!? 赤ちゃんのモノマネが上手いプロなの!? 運営はバカなの? どういう(すじ)から雇ったの? 表現としておかしいが、年季の入った赤ちゃんに目が釘付けに――


「えっと、はじめましてなの。クウちゃんいっさいですの」


 一瞬時が止まったように静まり返ったが、次の瞬間、沸いたかのようにみんなのテンションがマックスになった。もちろん私もだ!


 どうしよう……近づいてもふもふしたい! 既に何人か(こころ)みているが、セクハラブロックに邪魔されて弾かれている。


 ならフレンド申請を送るべく、タッチパネルを開こうとするが、赤ちゃんに釘付けな目は外せなく、モタモタとしてしまいタッチパネルを上手く操作できない。くぅ~……


「……えーとなの。なかみについてはぷらいばしーなのでひみつなの。いっさいじのねこみみぞくのあかちゃんをろーるぷれいしてるからよろしくなの」


 うわっ!? 本当に赤ちゃんプレイだよ! 中身は子供じゃないのはこれで確定したけど……だけど……関係なぁぁいい! 運営いい仕事するじゃん! くはぁ~、こりはたまらん!


「あの……そこをとうしてほしいの。くえすとをすすめたいの……おちついてから……あぅ~」


 ……あ、この子本当に困っている。赤ちゃんを取り囲んだ輪から少し離れていたから若干だけど、その分冷静になれた。大人が子供を取り囲んで困らせている……スッと何かが()めていくのを私は感じた。


 素早く運営に状況のメールを打ち込む。件名は特定プレイヤーの付きまとい行為について。しかも初めて数分の新規プレイヤーに対する囲い。運営は事態を事前に取り(はか)らう旨を添えてクレームを打つ。


 少し考えればこの事態は予想つくでしょ……ふぅ、ポチッとな。働け運営!


 すると意外なことに、腰が重いことで有名な『働け運営』の称号を持つ(プレイヤー命名)GMさんが速攻で降臨して来た。


 なんだろうねぇ~……普段あまり働かない運営が、こうも素早くやって来たと言うことに素直に喜べない。だけど、あの子の為にも野暮な事を思うのは止めとこう。


 そのおかげか? 運営の警告が伝わり、辺りにつきまとっていたプレイヤー達が次々と引いていく。あ、スレ板に早速載っている。だよね~。


 解放されてホッとしたのか、猫人族の赤ちゃんは尻尾をニョロリとくねらせて、ヨチヨチとプレイヤーの脇をすり抜けて行く。


 お尻をフリフリして揺らして……じーーーーー……はっ!? アカン! 私と同類?の人間が同じく我に返り、誤魔化すように苦笑いや咳をして、体面を取り(つくろ)う。


 そして無言のまま私達は意識する。ここにいる奴等は全員ライバルだと!


 さて困った。フレになりたいけど、強引に誘ったら多分もふもふさせてもらえないと思う。……そうだ! 赤ちゃんと言っても歯も生え揃っていなそうだし、柔らかくて甘いお菓子なら食べるかな?


 確かマシュマーさん(ギルメン)が作ってくれた【ミニたい焼き】があったよね……おっ、あったあった。……これで釣れないかな~?


 猫人族の赤ちゃんの進路を邪魔しないように平行してついて行く集団の中で私は、紙袋に入った【ミニたい焼き】を自然と胸の前に持ち、

 猫人族の赤ちゃんを愛でながら、心の中では「釣れろぉぉぉぉ!」と必死に叫ぶ。


 そんな猫を被った私から異様なオーラが見えていたのか、周りのプレイヤーもすぐに気がつき、急いで何かを買いに行くものや、アイテムボックスを急いで漁る者がいたが、時は既に遅しだった。


「おねえさん……それ、たいやきなの?」


 じーーっと欲しそうな目で私を見上げる猫耳赤ちゃんを見た瞬間、私の中ではえらいお祭り騒ぎになる。


(?)「おまっ!? きたねぇぞ!」


(?)「嘘っ!? ちょっと待って!! なんでこういうときに限ってないのよ!」


 負け犬共が何かを吠えてるが無視無視。私の足下に寄って来た猫耳赤ちゃんを怯えさせないように私も屈む。


 バクバクと鳴っている心臓がうるさい。それでも平静を装っている私は、興奮して震える手を抑え【ミニたい焼き】を小さなお口へ持っていってあげる。


 すると、華が咲いたかのようにニコッと微笑む赤ちゃん。クラッと萌えて意識が遠のいてしまうのを何とか堪えると、パクッと【ミニたい焼き】をくわえて喜んでいる。


 あぁ~!!!! ちっちゃな猫耳赤ちゃんがちっちゃな【ミニたい焼き】を加えてニコニコ微笑む……らっ、らっ、ラブリーー!! 神様あざぁぁぁぁす!


 私と同類のプレイヤーが何人か立ちくらみを起こして座りこんでいた。……破壊力がありすぎた。かくいう私もかなりヤバかった。


 よし! ここから上手くことが運べば、私はもふれる可能性ができる。上手く事を運ぶ為にも私は切り出す。


(ぬこラブ)「美味しい? ふふふ、良かった。はじめまして、私『ぬこラブ』。ギルドまで行くんでしょ? 邪魔にならないよう気をつけるから、お姉ちゃんもついて行ってもいいかな?」


 焦っちゃっダメ! 焦っちゃダメ! モグモグしているので、ちゃんと食べ終わるまで返事を待ってあげる。


「はむはむ……んぐ……はじめまして、クウちゃんいっさいなの。たいやきごちそうさまですの~♪ これがかそうせかいなんてびっくりなの!

 あ、クウちゃんあるくのおそいし、みてるだけだとたいくつだけど、それでもいいですの?」


 全然オッケーーー!!! ひゃっはーーー!! そんな心の声を聞かれたら、この子は速効で逃げ出しているだろう。だが私は良いお姉さんを演じる。


(ぬこラブ)「約束してたリアルフレにドタキャンされてお姉ちゃん暇なの。だから大丈夫よ。それより……

 ギルドまで行くならお姉ちゃんが抱っこしてあげようか? 【ミニたい焼き】もまだたくさんあるし、食べながら行かない?」


 だぁーーー! 露骨過ぎでしょ私。みんな触れようとするから引かれてたのに……あぁ~、多分私もこれで引かれたよ……神様、駆け引きスキル下さい……


 と、テンションが一気に下がる私の前に……


 *プレイヤー【クウちゃん】からフレンド申請がありました。 


 フレンド登録しますか? YES/NO→YES


 もちろんイエス!


*【クウちゃん】をフレンド登録しました。


(ぬこラブ)「じゃあ、行こっか?」


 素早くフレンドリストに彼の名前を見つけ、削除不可のチェック項目に触れる。これで間違って消すような事故も防ぐ。遂に来た! 私はやったんだーーー!!!


「おもかったらごめんなさいなの。よろしくおねがいしますの」


 ペタンと地べたに座り、両手を広げて待つクウちゃんは輝いていた。わ、私は勝った!


(ぬこラブ)「らっ、らいひょ……大丈夫よ!(キリッ!)」


 クウちゃんを抱っこすると、有り得ない程のもふもふに私は面を食らう。な、何これ!? 周りではクウちゃんにばれないよう、

 チャットや恨みがましいメールが次々来たが、全く気にならない。いや、既に目に入ってすらいなかった。

 美琴……アンタが人見知りで本当にに良かったと、心の底から幼馴染みに感謝する私であった。


 モミモミとタプタプの刑は無しにしてあげるか。


ふつおたコーナー(MC:たまご丼)


ペンネーム「仮病JK」さんより頂きました


Q:親友の約束をドタキャンしちゃいました。このままでは確実に揉みしだかれてしまいます。私はどうすれば良いでしょうか? 


A:約束を破っちゃっダメダメ! ちゃんと約束をしたのなら、今からでも遅くないから会うに行け! それが無理なら潔く諦めろ! 仮病JKさんならどっちもいけるいける! というわけでシーユー♪


母:美琴ちゃん。朱ちゃんからメール来てるわよ。ほらっ、いい加減開けなさい。


美琴:(……どどどど、どうしよう。せめてこのまま寝た振りを続ける?)


母:……はぁ……せっかく美琴ちゃんの為に用意してあげたのに。……あ、朱ちゃんからの追加メールだわ。……タプタプ追加って何?


美琴:いやぁあああああああ!!!!!


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