ずっともなの
ブクマ906件! 感謝です! そして、 閲覧して下さる皆様に感謝を!
翌朝目を覚ますと、俺の手足はアイナママ達によって捕まれ拘束されていた。この状況は一体……察するに、寝静まった後、俺を巡って争奪戦を繰り広げたようだ。そして、この状態で目を覚まさなかった俺、我ながら少し呆れてしまった。今朝はいろんな意味でビックリだよ。あははは……
しかし、昨晩はあれだけらぶらぶしたのに、これだけの余力がまだ残っていたとは……いやはや、みんなのあまりまくっている力を俺は全然把握しきれていないと言うことだ。そんな様々と見せつけられた1日の始まりであった。
さて、このままでは埒が明かないので、側に控えているスタッフさんに、アイコンタクトで助けを求める。
執事のスタッフさんはそんな俺の状態が少し可笑しかったのか、困った笑みを浮かべつつも、みんなが目を覚まさないように、俺の手足を掴んでいるみんなの指を、1つずつ解いてくれるのであった。
みんな幸せそうにスヤスヤと寝ている。だから、わざわざ起こす必要もあるまい。さっと思考を切り替えて、視線で『ありがとう』と無言の返事を送る。すると、『いえいえ』と笑みを浮かべた表情と仕草で返事を返してくれた。
そうこうして、音を立てずにベットから抜け出した俺は、虹蛇の着ぐるみに着替えて、素早く支度を済ませる。
そして、口元に人指し指を立てて『しー』っとすると、スタッフさんがそっと優しく俺を腕に抱えたまま、部屋から退出し、何処からか取り出した適温のタオルで俺の顔や首周り、その他にも手や足の隅々まで優しく拭いてくれる。
足なんてわざわざ着ぐるみと靴下まで脱がせた状態ででやる徹底ぶり。更に凄いのが、うとうとした俺が起きないレベルで全てを執り行っている上に、彼は俺をレストランホールへと抱き抱えたまま移動してる最中であると言うことだ。
器用を通り越してもはや、卓越した技術である。そして、ぴょんぴょんと跳ねた寝癖の手直しや、着ぐるみに付いた僅かなホコリまでも、綺麗にブラッシングをして取り除く徹底ぶり。
レストランホールへと向かう道中、いたせりつくせりの奉仕で、俺はず~っと、ウトウトとまどろんでしまうのであった。
そんな彼の背中には付き添うかの様に、メイドスタッフさん達が控えて待機していた。ムズムズと……俺への奉仕作業に加わりたくて羨ましそうに覗いては、内心はブーブー彼への嫉妬で、文句を垂れていた。
そんな彼女達の気も知らず、その時の俺はと言うと……彼の腕の中で完全に船を漕ぎつつ、既にに二度寝の態勢に入っていた。
そして、そんな心地良かった時間はあっという間に過ぎ、遠くから俺を呼び覚ます声が響いて来た。
(スタッフ)「……ク……クウさ……クウ様……」
「……ん~?・・?・・・・くわぁ~・・なの~?」
(スタッフ)「ご到着致しました。お目覚めになられましたか?」
とろ~ん……と、まどろんだ意識から、呼びかれられたことで再び目を覚ました俺は、目をコシコシと擦り、スタッフさんの腕の中で彼を見上げて目が合う。
「はわわぁ~?・・・・まったりしてにどねをしちゃったの。……えっ~と・・ん~~~っ・・なの! やっとおめめがぱっちりなの。いつもありがとうなの」
彼の腕の中から手を伸ばしてお礼の握手をする。俺の手はちっちゃいから、彼の小指とだが、ちゃんと気持ちを込めて握り締める。
それを満面の笑みを浮かべて返す彼の朗らかな顔は、男の俺から見ても素敵な笑顔であった。
(スタッフ)「いえいえ、また御用の際はなんなりと御申し付けください」
「じゃあ、またこうそくされてたら、たすけてほしいの。くすっ」
「「あははははは」」
互いに自然と笑い声が我慢出来ずに出てしまう。言葉に出来ないが、彼とは凄く何かを共有したような気がした。
(スタッフ)「では私共はこれで失礼いたします」
彼の腕の中から宙に浮かび上がると、その場でバイバイをして別れる。そして、レストランホールへと足を踏み入れると、そこには既にアスカくん一家が1つのテーブルを囲んで朝食を取っていた。
和気あいあいと一家団欒で朝食を取っている光景。俺もその輪の中にお邪魔すべく宙を駆け寄った。
「おはようございますなの。ゆうべはぐっすりとねむれましたなの?」
色々と昨日は忙しい一日だったし、気疲れしたのではと気遣った。そんな意味も込めて俺は窺いながら尋ねたが、返って来た反応は、俺の予想とは全く違い、思わず口を開けてポカンとしてしまった。そう、俺に気づいた一家は急に慌てふためいた姿を見せるのであった。ど、どうしたの……
(アスカ)「……クウちゃんおはよう……その……ごめんなさい……何度も堕ちて……寝過ごいちゃいました……」
暗い影を落とし、どんよりとしているアスカくん。気のせいか一回り彼の身体が縮んだように見える。
そんな肩をすぼめて縮こまる彼の視線は、ずっとテーブルとにらめっこしてるかのように下をうつ向き、視線を落としていた。
俺と目を合わせないようにしている? 何か気まずくていたたまれない様子であった。
とりあえず、こうなった事情を聞かなければ始まらない為に、思いきって俺から二人に尋ねる。すると、ミカさんとエリオットさんは何だか苦笑いをしながらも答えてくれるのであった。
(ミカ)「あの、そのねクウちゃん……」
(エリオット)「いいよ。私が話すから。んっんん、実はね、昨晩――」
一旦咳を切って間を置き、説明しやすい空気にしてから説明を始めてくれた。俺は静かに耳を傾ける。その内容は、介護のモニターの件でお願いしていた、例の下の世話での出来事であった。
なんと言うか、彼らしいと言うか、分かりやすく言えば、アスカくんのピュアブレーカーがドッペルとのらぶらぶ行為に及ぶ前に耐えきれず、何度も堕ちてしまったと言う話であった。
……と言うか、二人とも現場に居たんかい!? それも彼のブレーカーさんが堕ちた原因の一つなんでは? と、喉まで出かかっていた言葉をなんとか堪える俺である。
そして、続く説明では、二人とドッペル達が彼を何度か揺すって起こしたのだが、その目覚めの度にまた思い出すのか、あわあわと慌てた彼が再び堕ちるので、
あまり無理をさせるわけにもいかず、結果として昨晩は中止となってしまった。いや~、アスカくんには悪いが、そんな彼に俺はますます好感を覚えるのであった。
「うぅぉおおおお~!! ともよぉおおお~!! クウちゃんにはそのきもちがいたいほどわかるの!
うぅ~、クウちゃんもそのかべをのりこえるのになんどアイナママたちというきょうてきにおとされてきたか……しくしくしく……」
甦る敗戦? の記憶(歴史)。そうだった、そうだったのだ。ある時は逃げられない状況(お風呂)でブレーカーさんの制御が効かず、そして、言うことを聞いてくれなかった……。
またまたある時は、うな丼パワーのせいで堕ちること(逃げること)も許されず……あぁ~、あれはいろんな意味で辛かったなぁ・・・・。
(アスカ)「えぇ~!? クウちゃんが!?」
よほど意外だったのか、口元に手を覆って驚くアスカくん。えーーー? 何その……『私の給料こんなに安い』みたいな表情とリアクション……
「むーー。クウちゃんだってアスカくんとおなじじように、くろうしたじきがあったの」
両手を振り上げて抗議するも、その態度が妙に可愛いかったので、場の空気がゆる~く緩み、ニコニコしながら三人は俺を見下ろすのであった。
(ミカ)「まぁ、本当なのクウちゃん?」
ツンツンと膨れた俺のホッペをつつき、ニヤニヤと小悪魔フェイスを浮かべて俺をからかうママさん。
だが、そんな彼女を見かねた夫から援護に俺は救われ、そしてママさんには罰が下った。
(エリオット)「こらこら止しなさい。君だって私と初めてキスをした時なんて……確かあの時はね、クウちゃん……」
俺に向かって若き日のママさんの黒歴史を暴露しようとするパパさんに、ママさんは椅子から立ち上がって口を塞ごうと必死に動く。
そんな真っ赤になって慌てふためく様子は、やっぱり似た者親子なんだな~と、アスカくんとママさんを交互に見て感じてしまう。
(ミカ)「キャーーーーーーーー!!!! 貴方ダメーーーーー!」
しかし、こうも容易く妻の手綱を握るとは……流石はイケメンパパさん。俺がこのレベルに達するのに、あとどれだけの月日を過ごせば身に付くことやら……それとアスカくん……君って奴は……ホロリ、どこまでいい娘……いやいや、いい子なんだ。
(アスカ)「クウちゃん! ここのご飯はとっても美味しいよね! クウちゃんの作る料理も最高だけど、コックさん(料理長)の作るご飯もやっぱり格別だとボクは思うんだ。
特にね、この玉子料理なんて凄いと思うんだ。このとろとろな半熟具合なんて、もう最高で――」
若干声を張り、聞いてもいないのに無理矢理厚焼き玉子の好みを話し出すアスカくん。二人のやり取りをまるで切り離すかのように孤軍奮闘する姿は、まるで『ボク、何も聞いてないから安心して、お母さん』と言わんばかりであった。
場の空気を的確に読み、気遣いの出来るアスカくんの優しさに、俺は『なの』と相槌を打ちながら、ハンカチ片手ちしくしくと涙するのであった。
なんて出来た子供なんだろと感心する反面、心のどこかで何か腑に落ちないものが生まれる。んー、モヤモヤする。
漠然とした違和感を感じ取ってしまう。なんだろう? ここまで周りに気を使っているその様子に、若干の違和感を覚える。
……これくらいの歳の子って、いくらご両親の教育の賜物のせいだとしても、こんなに達観出来るものなのか?
根本的にもっとこう……自由奔放で多少我が儘くらいなのが、これくらいの年頃の子の基本なんじゃないのか?
やっぱり病気のせいでご両親に苦労を掛けて来た想いから、常に周り配慮する子に……つまり、こうなってしまったの訳か?
いいや、それだけでこんなにいい子になるのは少しおかしいと思う。
……なんだろうこの気持ち。彼のちょっとした瞬間に見え隠れする気遣いと純粋な優しさに、俺の中で消化しきれない何かが僅かに残る。
・・・・いかんいかん、なんか変な風に物事を捉えて考え過ぎだよな俺。
ずっと厚焼き玉子への想いを語るアスカくんを見上げながら、ふとそんなことを頭によぎらせた俺である。
そして、答えの出ない不毛な思考を一旦振り払って止めた。
なんでだか、無意識にそれ以上考えるのを止めた方が良いと感じたからだ。スッと宙に浮かび上がり、彼の頭を優しく撫でたくなった俺。どうしてそうしたくなったか良く分からない……本当にどうしてだろ……。
「とってもやさしいのアスカくん。いいこいいこなの~……(ちょっとおとなすぎるよ。子供なんだからもっと我が儘言っていいんだよ)」
ふと横に顔を向ければ、ポカポカとエリオットさんの胸板を叩いているミカさんがいた。そんな微笑ましい姿に、少し可愛いなと思ってしまう。
なんだかそんな一連の出来事が繰り広げられながらも取る朝食が、いつもの朝食とはまた違った美味しさを生み出すと感じるのは、きっと気のせいじゃなかった筈だ。
モグモグモグ……良く噛みながら目の前の二人を見る。こうやっていつまでも(歳を重ねても)イチャイチャしてる夫婦っていいよな。
スープをフーフーして口に入れる。ふー、ふー、……ふうふ……ふう……ふ……ん~?
二人を見ていたのと、口で『ふーふー』言ってるうちに、夫婦と言う単語が頭の中で何度も反芻される。すると突然頭にある単語が沸き上がった。
突然閃いたことにピクッと耳を伸ばし、ピコピコと世話しなく耳を動かしてしまう俺。アスカくんはその様子に厚焼き玉子への熱い談義を止め、俺へと注目する。
するとこちらを覗いて何か聞きたそうにウズウズしている彼がいた。
「ん? ふたりをみていたらおもいだしたの。そう……めおとちゃわんなの。みんなのめおとちゃわん、よくよくかんがえればよういしてなかったの。ぜんはいそげなの」
(アスカ)「めおと……ちゃわん?ってな~に?」
続くように復唱するアスカくんに、ポカポカとエリオットさんの胸板を叩いていたミカさんも手を止め。
そして、俺の話に聞き耳を立てたのと同時に、エリオットさんもこちらに顔を向けて興味をしめすのであった。
(ミカ)「椀と言うからには、夫婦が付く器か何かですか? ひょっとして神様が取り扱う神具か何かかしら?」
後半の言葉はエリオットさんに向けて問いていた。
(エリオット)「私も知らないかな~。クウ様、もしよろしければ私達にも教えてくださいませんか?」
改まって聞かれたので俺は思い出すかのように説明をする。
「う~~んと、とおくのくにでつかわれているうつわで、とちにねづいたしゅうかんみたいなものなの。
つまとだんながおそろいのうつわをつかって、あっ、おそろいといっても、おくさんのうつわのほうがちょっこっとちいさかったりするの。
はなしをもどすの。それで、おおきさはこのさいどうでもいいの。だいじなのはふたりがいつまでもなかよくつかえるよう、おもいをのせてだいじにつかうことなの。
だからかんたんにいえば、あいじょうひょうげんをあらわすためのもの、ゆびわやねっくれす……みたいなものなの?」
それを聞いたママさんは何故か俺の手を取り、ブンブンと上下に揺すって猛烈に興奮している。どうやら彼女の琴線に触れたようだ。
その初々(ういうい)しい反応と姿に、いくつになっても女性は乙女なんだな~って微笑む俺。見た目がずっと若いママさんにこんな事を思うのも失礼な話だが、やっぱりママさんはいくつになっても、中身は純情な乙女なんだと俺は思う。
(ミカ)「素敵ね~クウちゃん。そうだわ貴方! 私達も作ってもらいましょうよ。そのアスカの分も含めて三人の夫婦茶碗? って奴を、クウちゃん、いいでしょ?」
クルッと再度こちらに顔を向けて、明るい笑顔を振り撒くママさん。この時点で俺はもう答えを決めているよ。
(エリオット)「こらこら、そんな簡単に言うものじゃないよ。それにそれじゃあ夫婦じゃなくて、家族茶碗になってしまうよ」
ニッコリと微笑み、ポンポンと優しく妻の頭に手を置いて宥めるエリオットさん。えー……ダメなの?
と、顔に出して渋るミカさんに、困った苦笑で返すエリオットさんであったが、俺は快く返事をする。
「ママさんのたのみなら、クウちゃんはおっけ~なの。めおとでもかぞくちゃわんでも、どんとこいなの」
サムズアップを作り、オッケーサインを出す。
(ミカ)「きゃ~♪ クウちゃんだから大好き。ほらっ貴方、クウちゃんもこう言ってくれているんだし、いいでしょ、ね?」
ガバッと胸に抱き締められて、その場でピョンピョン跳ねるママさん。そんな妻の姿にヤレヤレと言いながらも、しっかりとミカさんを受け止めるエリオットさん。
本当にこの一家は見てるだけで心が温かくなる素敵な人達だ。妻の胸元にいよ俺を見つめて思案しているエリオットさんを後押しするべく、俺は決めてしまう。
「きまりですの。みんなでちゃわんをつくりましょうなの」
そんな俺に対して『すみません』、そして『ありがとう』と目で語って来たので、返事は笑顔で返してあげた。
(アスカ)「クウちゃん! ボクとお揃いのめおと茶碗を作ろう!」
ちょ、アスカくん!? 彼の顔が近いよ。急に俺をミカさんから奪い抱き寄せると、熱いオーラ?を放つもんだから、びっくりしたよ。
この状況、ある意味みんながまだ寝ていて助かったかもしれない。みんなが起きていたら、また面白可笑しく小悪魔フェイスで俺をからかったに違いない。
現に側で黙々と控えていたスタッフ達の何名かは、鼻血を出して床に腰を落として興奮している。その中に含まれるフーコを筆頭に後で説教(教育)だな。
「ぶはっ!? ちょっとまつのアスカくん!? いみがわかっていっているですかなの!?」
そっとアスカくんのおでこに背伸びをして手を伸ばす。察した彼は届かない分、首を前に傾けてくれた。どれどれ……あれ? 平熱だ。
(アスカ)「クウちゃんにずっと使って欲しいなボク。それに思い出の品になるなら夫婦茶碗のほうがいいと思って……その、もちろん本当に結婚をしようって意味じゃないよ」
そんな羞恥心に染めた真っ赤な顔で言うと、ほらっ、ますますスタッフ達の反応(妄想)が……あっ、更に鼻血要員が増えてるし。
(ミカ)「あれれ~!? ママはてっきりクウ娘お姉さんにプロポーズしたのかと思っちゃったわ~」
どっかの小学生探偵を思い出す俺。大人がこの真似をすると、ちょっと……いや、かなりイラッとする。
(スタッフ)「アスカ様ファイト!! キャーーー♪」
キャーーー♪じゃない! 後でお耳はむはむの刑だな。
(エリオット)「あははははは。クウ様! アスカのこと、よろしくお願いします」
パパさん……最後の砦とも言うべき貴方まで、そっち側(イジリ側)へ行ってしまうのね……内心涙目の俺である。
「こらっすたっふ!! それとエリオットさんもわるのりしちゃめっ!なの。アスカくんもおかおをまっかにしちゃめっ!なの」
ここはひとまず戦術的撤退を選択しよう。彼の腕の中からこそこそと抜け出して……あっ、ご飯を残すのは良くない。
コッペパンを口にくわえてから逃走しよ。あむっと泥棒猫のように口にくわえ、ピョ~ンと俺は宙に翔び跳ね逃走を計る。
(アスカ)「ぷぷぷぷプロッポーズ!? ち、違うよ、クウちゃん!? って、なんで逃げるのさー!」
既成事実って四文字が頭によぎった俺の行動は、素早く逃走を選択してた。はい、なんだかんだ言っても俺の根の部分はチキンなんです。
それと、こういう時の俺の第六感はバカに出来ない。ぴゅーっと宙を漂い逃走を計る俺を見て、ハッと我に返るスタッフ一堂。
そこからスタッフ達の行動は素早く、無駄に迅速であった。ホント、嫌になるくらいに……つうか楽しんでるだろ?
(スタッフ)「アスカ様、追いかけますわよ! 少々失礼致します! もう! フーコ様、いい加減に妄想から帰って来てください!
さぁ~クウ様、逃がしませんよ。貴方達はドッペルナンバーズとシリーズを至急呼んで来るように! ふふふふ(こんなピー♪なイベントを捨ておけるもんですか!)」
なっ!? 何処から取り出したのか、アスカくん専用の高速移動椅子で俺を追跡してくるし!?
恐らくあれを作ったのはロジャーさんだろう。こんなものまで用意してあることに俺はますます驚愕を露にする。
この猫庭の楽園で俺の次に力を有する彼まで味方に付けるアスカくんの存在に、違った意味で戦慄する。
そんな俺達が一斉に退出し、取り残されるかのように静かになったレストランホール。そこに残っていたミカさんとエリオットさんの二人は、クスクスと笑いながら椅子に座り直して、ただただ、出口へと視線を送り、見送るのであった。
愛する息子も何だかんだと言いながら、良い笑顔で状況を楽しんでいる節があった為、つい『止めなさい』と言えなくなってしまった二人。
(エリオット)「少し悪ふざけが過ぎてしまったかな? すみませんクウ様。さて、ミカ……食事が終わったらお店に戻ってお仕事をしないとね……」
そっと伸ばして来た夫の手をミカさんは優しく握り取る。その手は心に触れるかのように暖かく、妻の心を労っていた。
(ミカ)「貴方、そうよね。精霊様は怠惰を行う者に対して、決して光は届けてくださらないですものね。あの子の為に今日も勤めを始めましょう」
各々の1日が始まる。精霊様はきっと見ている。小さな赤子の周りには特に。そんな風に最愛の息子と小さな神様のドタバタを思い出しては、口元を緩めて微笑み、そして、どことなく悲しげに身を寄せ合う二人であった。
………………
…………
……
…
結局、鬼ごっこのイベントと化したこの逃走劇の果てはと言うと……えぇ、捕まりましたとも。流石は俺の人形達。オリジナルの弱点を誰よりも理解してるし、ず、ずるいんだよ!
(ドッペルクウ娘)「それ以上オリジナルが逃げるようなら、今すぐ全裸で街へレッツ・パーリィーしに行くの!
もしくは街のど真ん中でドン引きするくらいに見事な排泄をしてくるの! その為だったらちょっと魔改造してくるくらい、朝飯前なの」
「こらぁーーー!! なんておそろしいことをけいかくしてるの……ふたつのいみできたないの」
ぐぬぬぬぬ。想像するだけで恐ろしい……人形の痛いセリフの刑(浮気疑惑の一件?)を受けたことのある俺には、それがいかに有効な手段であるか人形達は身を持って知っているのだ。なんてったって、俺の分身に等しい存在だからな……
(アスカ)「クウちゃん捕まえた。さぁ~夫婦じゃなくて……そう! 友達茶碗を作ろうよ! ね?、それならいいでしょ?」
動けない俺を捕獲すると、アスカくんはハグしてスリスリをしてくる。あぅ~!? 今もだけど、彼から男の要素を一切感じない。やっぱりアスカくんこそキング男の娘?
いや、クイーン男の娘がこの場合正しいのか? どっちにしろ、今の俺も男の娘っぽい容姿だけど、やっぱりアスカくんには敵わない。いや、勝っちゃダメか。
(フーコ)「アスカ様ファイト!」
夢の世界の住人から急いで現実へと帰って来たフーコ。目と鼻息が荒く、異常に血走り興奮してて……えぇ……引くくらいに怖いです。
そして、他のスタッフ達も同様に突き動かされているのか。アスカくん、スタッフ達を無意識に洗脳(魅力)している? のっとられている……俺の領域が……
「……しくしくしく……しめんそかなの。わかったの。クウちゃんのじゅんけつをまもるためにもあそこへいきますの」
とうとう観念した俺は体の力を抜いて脱力する。どなどなどーなーどーなー……うん、名曲だよね。今の俺にこれ以上の名曲はなかった。
(アスカ)「くくくくくクウちゃん!? ぼ、ボクはクウちゃんの純潔を奪わないよ! そのね、思い出になる器がただ欲しかっただけなんだよ。その……迷惑だった?」
シュンとしたその姿と顔は、俺の罪悪感をより一層深く煽り、よくある雨に濡れた仔犬と言う設定と重なって見えてしまう。
「わーーーー!? なかないでなの!!」
うぅ~、卑怯と言うか反則である。どこまでも純粋で悪意のない瞳に、涙目の表情でおねだりをする男の娘。
あー、スタッフにフーコにレイナちゃん達三柱までいつの間にか加えて、口元に両手を添えて萌だえているし。
なんだろう、知らないうちにどんどん深みにはまって行ってるような気がしてならない。
まあでも、アスカくんに不純な動機はないだろうし、それにずっと自宅の部屋に籠っていたから、親しい友達もいなかったんだろう。
ならせめて、こんな俺で良ければ彼の望む友として、友情を育もうじゃないか。
結局俺の負けでいいやと内心ごちり、俺はアスカくんの腕の中から顔を上げて降参のポーズをとる。
「もう。アスカくんはいがいとおしがつよくてクウちゃんまいりましたの。だからとくべつですの」
(アスカ)「本当?」
「なの。だからいっしょにこねこねしましょうなの」
(アスカ)「こねこね? あっ、器を作るんだもんね。こねこねってそのことか」
(スタッフ)「クウ様。既にろくろ部屋の準備は整っております。ささっ、ご案内致します。アスカ様もこちらへ」
さも何事もなかったかのように淡々といつもの業務へと戻るスタッフ一堂。俺の恨みがましい視線もどこへやら。全く応えておらず、むしろニコニコとしているその姿勢に俺は軽く疼痛を覚える。
たいしたものだよ……状態異常が起きない筈の俺に目眩に似た何かを起こさせるのって……
「……みんなにはあとでだいじおはなしがあるの。まったく、アスカくんがからむとみんな……はぁ~なの」
俺達が向かう先は工芸部屋である。俺が茶碗蒸しの器やスプーン、エーコちゃん達に出した皇帝丼の丼等を作る際に使用した専用のお部屋である。
その中でもこのろくろはちょっと特殊な仕様になるんじゃないか? この世界にろくろと似た物があるのか知らないが、とても奥の深い物だと俺は思っている。
その理由としてろくろとは、心、技、体、の3つが完成に如実に表れるものだからだ。
そう、器作りとは、その3つの引き出方によって出来が大きく左右されるものだ。それ故にやってみると分かるのだが、凄く繊細に形として表れる。
喜怒哀楽の感情4つが複雑に……その時の想いが器に宿る。俺はこのろくろを回して土を練る時、いつもそう思っている。皇帝丼の器を作る時もそうだった。
俺の心を写し、エーコちゃん達6人に想いを伝えてくれたのは、このろくろのおかげだ。それ故に楽しみである。アスカくんがどんな器を形作るかを。
………………
…………
……
…
(アスカ)「……凄く落ち着くね。サラサラと草が揺れる音が……うん、心地いいね」
竹藪の中でひっそりと佇む小屋。例の竹林のある部屋の一画に作った作業小屋であった。たまに風で揺れる竹の音は、癒しの音となって耳に心地よく響く。
ここで作業をすると、俺の心が研ぎすまされたかのように集中するので、作業部屋としてはうってつけの場所であった。
「このね(音)がわかるとは、アスカくんはみどころがあるの」
(レイナ)「クウちゃん♪ クウちゃん♪ うはぁ~♪」
俺を膝の上に置いてもふもふしているレイナちゃんには、竹が奏でる音よりも、もふもふの方が勝っているようだ。
「レイナちゃんはクウちゃんのそばでおとなしくしているの。だから、アスカくんにおいたをしちゃめっ!なの」
危険女神一号さんである。アスカくんに必要以上にタッチし、おいたをしようとしたので、俺がこうして手綱を握ってアスカくんを魔の手? から守っている。
(アスカ)「あの……そのドッペルクウ娘ちゃんはレイナさんって言うの?」
俺がドッペルナンバーズに個人名を付けていることを、不審に思ったのか、アスカくんが尋ねてくる。あ~、彼にはちゃんと彼女のことを紹介していなかったっけ?
(レイナ)「自己紹介がまだでしたね、マスター。最初に会ったドッペルクウ娘ちゃんこと、中身は第7級神の女神のレイナで~~~す。
長期連休を利用して下界に降りてきました。えっと~……残り二体はちょっと用事が出来て来られなくなったけど(マッサージ対決の仕返しで?縛って放置してきた)、二人の分もまとめてご奉仕しちゃうから、よろしくね☆ミ」
立ち位置が微妙に扱い辛いポジションのレイナちゃんである。そして、ちょっと痛くてアホな娘(俺)にどうしても見える。
若干、俺達とのテンションが違い、空気が読めてない感があったが、そこを口にしない優しさがある俺とアスカくんは、そっと見守ることにした。
しかし、本来こうして女神様が降臨して下さると言うことは、有り得ないくらいの奇跡なのである。
ミーちゃんやアーちゃん達が近くにいるせいでマヒしてしまっているけど、下界に神が降りてくると言うことは、
天地を揺るがすような災時が起こった時か、気まぐれで降りて来るような事以外には有り得ない……つまりこの場合、奇跡以外のなにものでもないのである。
そもそも、トーちゃんいわく、常時神が下界に降臨しうるのに必要な依り代が、そもそもそこらにはないと言う事実。
御神木と言った神格の耐えうる素材から型取った像や、聖人となる聖職者や巫女と言ったシャーマン等々、その依り代足り得る器がなければ来られないのだ。
だからミーちゃん達は自前で用意して、わざわざ来てくれているのだ。
「えーと、クウちゃんのおしりあいのかみさまのむすめさんなの。ちょっとかわったおねえさんだから、あまりちかづいちゃめっ!なの」
遠回しに言ってはいるが、ぶっちゃけかなり失礼な俺であった。だけど、レイナちゃんの目的を察している俺は、アスカくんを守る為にもここはハッキリと口にして注意を促す。
(レイナ)「酷いよ~クウちゃん。しくしくしく、結局昨日もらぶらぶには誘ってくれなかったし……なんの為に降りて来たかわからないじゃない……しくしくしく……」
おでこにちんまい手を当てて、優しくめっ!をする。怨みがましい視線を向けてくるが、こればかりは流石に応える事が出来ない。
ただ、カリウスさんも娘さんに対して過保護になりすぎている部分がある。その事を察する事が出来るから、レイナちゃんの気持ちも分からない訳じゃない。
それを踏まえた上で考えると、レイナちゃんに同情する部分は確かにあった。
(アスカ)「らぶらぶ!?……はぅ……」
アスカ君は今朝の傷がまだ癒えてないんだね。で、俺は両腕でバッテンを作り、意思表示として態度で表す。
「めっ!なの。カリウスさんにクウちゃんがおしおきされちゃうの。あのひとはてきにまわしていいひとじゃないの。
それにカリウスさんのくろうをクウちゃんはしっているだけに……しくしくしく……できることならやさしいことばをかけてあげてほしいの」
ぶわっと半泣きになるレイナちゃん。彼女にとってカリウスさんとは、頼れる父と言うより、目の上のタンコブ的な存在の方が強いようだ。
(レイナ)「ふんだっ! パパのせいで彼氏だってまともにできないのに! 今回のことだって……パパなんて仕事を娘にすればいいのよ!」
家庭を顧みない父親を持つ娘の典型的なパターンの1つでもあり。また、彼の娘と言うステータスも更に恋路を邪魔する1つの要因でもある。
どちらの事情も察する事が出来るだけに、上手くカリウスさんをフォローする言葉が出てこない。
と、そこへ静観してたアスカくんが、思い詰めた顔でレイナちゃんへと寄り、切実な顔をしながら語る。
(アスカ)「ダメだよレイナお姉ちゃん……。女神様なのにそんな悲しいこと言っちゃ。お父さんを大事にしないといつか絶対後悔するよ? ね、今は無理かも知れないけど、少しずつでいいから歩み寄ってみて」
レイナちゃんの手を取り、優しく囁く彼。彼の彼女を想う労りが伝わって来る。それだけに……この光景に俺は呆れた。
(レイナ)「はうっ!?……アスカくんが眩しすぎる!? ばっ、馬鹿なっ!? この私が下界の子に浄化されるですって!? うっ……本気で泣きたくなってきた……」
……アスカくんがトドメをサクッと刺しちゃったよ……。安いなぁ~女神様のプライドも……
「はぁ、これじゃどっちがめがみさまかわからないの」
(アスカ)「クウちゃん!? ボクは男の子だよ!」
今の後である。これほど説得力のないセリフになるのも彼くらいなものだろう。
(レイナ)「うぅ……本物の女神より女神らしいって……しくしくしく……」
こっちはこっちで別種のダメージを受けてるし……と言うか、本気で泣かないの……はぁ~、いいこいいこなの~。……カリウスさん……彼と一度会って話をせねば。
これはレイナちゃんがと言うよりは、彼に責任のウエイトがあるな。
(アスカ)「ちょっと!!! ボクは――」
「さぁ~、ろくろをまわしますかなの~」
さっさと移動しよ。二人の手を取って、半ば強引に小屋の中へと連れて行く。
(アスカ)「聞いてよ~しくしくしく……」
微妙にダメージを受けている両者を無視して、俺はマイペースに事を進める。その様子を眺め、後ろから黙々と着いてくるフーコは、何とも言えない顔をしていた。
二人を適当に座らせた俺は早速こねこね状態の土を乗せてスイッチを入れる。すると、ろくろ台がクルクルと回り始め、二人は『ほぇ~♪』と口ずさみながら、台へと目を見張る。
「このまわるのをろくろっていうの。くるくるまわっているつちに、そっと……そ~~っとてをそえて……こ~んなかんじでやさしくやるの」
スイッチを入れると言っても、台にボタンが付いている訳じゃない。俺のろくろ台は使う人のイメージを受けとってから、その回る速さも本人のイメージで動き出す仕様である。その為、慣れないとこれが難しい。
アスカくんは俺の横にある、もう一台のろくろ台に土を盛って手を添える。俺の手本を脳内でトレースしながら形を練っていた。
――が、そう簡単に上手くいかないのが世の常である。
(アスカ)「……っ……あぁ~!?……む、むずかしいねって、クウちゃん凄い!?」
レイナちゃんの膝の上から前へと背を伸ばし、土に手を添えてお手本の茶碗を1つ形作ると、俺は『はふぅ~』っと軽く息を吐く。
(レイナ)「可愛いよ~。くはぁ~♡」
大人しく俺を愛ているレイナちゃんは、別の意味で熱い息を吐いていた。……お願いだから大人しくしててね。
「こつはかんせいしたすがたをつねにいめーじすることと……おもいをのせることなの。だれのために、なんのために、そんなきもちをのせれたら……そう、きっとおもいにこたえてくれるの」
スッと、専用の糸で土台から切った茶碗をろくろから離し、奥の専用の釜(見た目がにゃんこ顔)に入れ、中に用意された陳列棚の上にそっと置く。
(アスカ)「凄いなクウちゃん……ボクにも出来るかな?……あぁ~崩れちゃった。・・・・クウちゃんお願い、手伝って」
おっかなびっくりな感じで慎重に形を作っている彼だったが、それが逆に無駄な力を生み出してしまい、形を崩してしまう。
そして、そんな期待する目でお願いされたら俺は断れないよ。まぁ、それでなくても断るつもりはなかったけどね。
「りょうかいなの。じゃあ、クウちゃんはアスカくんのおひざのうえにおじゃましちゃいますの。レイナちゃん、すこしがまんしててなの」
ちょこんとアスカくんのお膝の上に乗り、彼の土に添える手を上手く誘導してあげる。その為にアスカくんと俺がかなり前屈みで密着した状態になる。
(フーコ)「かはっ!? …………いい♡」
(レイナ)「今よ、アスカくん!」
・・外野がやかましいな。そんな事を言うとまたアスカくんが……あ、遅かった。
(アスカ)「ボク、男の子だもん……しくしくしく……」
豆腐メンタルにリバイブって効くだろうか? ふと、アスカくんの泣き顔を見上げていたら気になった。
「きにしちゃめっ!なの。せけんのおとなたちはたいていこうなの。アスカくんはああなっちゃっめっ!なの。ほ~ら、すりすりなの~」
俺のちょっと叱るような、ダメな大人を見るような視線から目を背ける1人と1柱。なんだかな~である。
(フーコ・レイナ)「「ぐっ……」」
まったく、いい大人と女神が揃っていたいけな子を泣かすなんて。気を取り直すべくして俺は、しばらくアスカくんの手を取って指導してあげた。
何度も回して無言で作る。彼も未体験の器作りに神経を研ぎ澄ませて集中させる。
その時の顔は回を重ねる毎に鋭さが増し、エリオットさんのように職人気質な顔へと変化していく。ふふふ、やっぱりこういうところは似た者親子なんだね。
そして、俺が思っていたよりも真剣に取り組んでいる。なんだろう?……何か鬼気迫るような……器に魂を込めると言う表現が今の彼に当てはまる。
そんな風に目の前で形を変えていく土を眺めて俺は感じる。そう、拙い技術でも、想いが凌駕して土に練り混まれていくような……彼の才能の一端……その片鱗を垣間見た瞬間であった。
彼のことを短期間だが、共に過ごして理解したつもりであったが、まだまだ見えてない部分が沢山あるんだと認識させられる。
そして、子供の発想力や未知の可能性と言うのはやはり、大人が予想してるよりも遥かに凄い事なんだと改めさせられる。
そんなアスカくんの想いが形となって、合格点を十分にあげられる素晴らしい茶碗が5つほど完成した。
一つはまるびを帯びて、厚みが極力薄いお茶碗。華に例えるならばチューリップかな? ミカさんをイメージして作ったに違いない。
そして、もう1つのお茶碗は厚く、どっしりと構えた椀。お茶碗と言うより、丼をイメージしてしまう。こちらはお父さんの為に頑張ったんだね。
残り3つは……お猪口?……ん? これ、ひょっとして俺のお茶碗か?
(レイナ)「あはははははっ! クウちゃんのお茶碗小っさ」
(フーコ)「笑い過ぎですよ……レイナさ……ぷっ……」
二人は俺とアスカくんがこのお茶碗でおままごとをしている姿を想像してプルプルと身体を震わせ爆笑していた。
(アスカ)「ちょっと小さ過ぎたかな? クウちゃんとレイナさんと三人の思い出用に作ったけど……あははは」
だから一番小さい俺に合わせて作ってくれたんだね。もう! そんな彼の気遣い……いや、優しい想いやりを笑うなんて、この二人はもう!
「ふたりともめっ!なの。ひとのぜんいをわらうなんて、ひととしても、かみさまとしてほんとうにめっ!なの」
パチンッと優し突く。普段しないねこぱんちをオデコへ飛んで見舞わした。それはたいした威力もなく、決して痛くもないが、俺のことを普段から見てくれている人なら分かってくれる筈だ。
この行為がどういう事で、それだけにどういう気持ちで放ったかと言うことを……そこをちゃんと理解して欲しい。
(レイナ・フーコ)「「……申し訳ございませんでした&ごめんなさい……」」
流石に悪ノリしたことに反省したのか、シュンと肩を落として気落ちする二人。
(アスカ)「気にしてませんから。でも確かにちょっと小さ過ぎたから――」
・・・・
(レイナ)「小さくてもいいんじゃない? ほらぁ、クウちゃん小さいし、それに可愛いもん」
・・・・
(フーコ)「クウ様には小さい方があってます。大きいお茶碗に入っているクウ様も個人的にはよろしいですが、小さいクウ様にはこのサイズが――」
・・・・
(アスカ)「もう少し大きくしようかな? 小さいクウちゃんには――」
――きちゃまら、さっきから
「ちいさいちいさいいいすぎなの! クウちゃんのこと、あんまりちっちゃいっていうのめっ!なの!」
(アスカ・レイナ・フーコ)「「「あははははは」」」
むがー!っと、大きく両手を掲げて抗議する俺。今はちっちゃくてもいずれは大きくなるんだから!
「あはははじゃないの! わらうな~なの! むきーなの!」
まったく……まあ、これでいいか。二人も反省してくれたようだし、湿っぽい空気は嫌だからね。
ふふふ、俺は早速想いのこもったそれらを釜へと移し、中の棚へと置いてくる。そして、窯の中に九重彩焔を吹き付け、敷き詰められた竹炭で茶碗を焼き始めるのであった。
窯が安定するまでの僅かな時間、まだこの工房から出れない。なので、その手持ちぶたさの間、俺をろくろ台の上に乗せては、クルクル回して遊ぶ少年と女神様の笑い声が、竹林の小屋から途絶えることがなかった。
おっと……釜に竹炭と火を足さねば。ありゃ!? マナちゃんが窯の周辺に凄い集まっている。お手伝いをしてくれるのかな?
マナちゃんが手伝ってくれるのなら百人力である。今から完成が楽しみで、わくわくが止まらなかった。
………………
…………
……
…
さて、一汗かいた俺達は一旦お風呂に入り、さっぱりとしてからレストランホールで食事を済ませた。そして、午後からはなんと……
(アスカ)「クウちゃんとクエストをしてみたいって言ったら怒る?」
食後のお茶をまったりと楽しみながら、肩をすぼめて俺に問いかける一級男の娘のアスカくん。今レストランホールには皆集まっており、このお願いを聞いてみんなは……
(アイナ)「じゃあ、ママがついていってあげるわ。あ、アスカくんのご両親に一言断ってからじゃないといけないわね(この子持つオーラは、ホントにクウちゃんと良く似ている。まるで姉妹ねぇ~・・・・いけない! 笑顔、笑顔)」
(アスカ)「えぇ!? アイナさんが来てくれるんですか!? うわぁ~!!! あ、ありがとうございます!(あのオールランダーのアイナ様が!!!)」
パッと顔を輝かせるアスカくん。その表情に全員がちょっと顔を赤らめているのは気のせいじゃないだろう。何人かわざとらしく咳をして誤魔化していた。かくいう俺もその一人だったりする。
(ミーナ)「じゃあ、私もついて行くわ。そうねぇ~、アスカくんにトドメを譲ってあげる。ガンガンレベルを上げちゃえばステータスだって上がって、力が一杯出せるようになっちゃうんだから(ごめんね……こんなことしか出来なくて……)」
ふふふ。お姉さんしてるなぁ~。アスカくんもそのうちアイナママの弟子になってミーナちゃんに教わったりして。
……そして、弟子に追い抜かれて憤慨する姿がちょっと頭によぎった。二度あることは三度あるからな……
(ネイ)「なら猫ちゃまふぁみりーでとうとう行くか? あはははははは。この面子ならSランククエストでも余裕な気がするな(あたいに出来ることは戦うことだけだ……分かってはいるが……チクショウ!)」
猫ちゃまふぁみりーのメンバーは俺の奥様で構成されている。もちろんアーちゃんやミーちゃんも当然含まれるわけで……
(ミー)「じゃあ、死の森で野良狩りでもするか? 雑魚のトドメをアスカくんに譲るのは決定だな。狩りなど久しぶりでいつ以来だ?
まあ、大船に乗ったつもりで任せるのだ。あっはっはっは~♪(・・・・・・クウと・・アスカくんの前だ・・頑張れ私・・みんなが耐えているのに、この私が崩れることだけは絶対に許されない……)」
昨日ミーちゃんの様子がおかしかった。だからずっと抱きしめて寝てあげようしたのだが、無言で微笑んで俺に優しくキスをすると、そのまはすぐに布団に入り寝てしまった。
それに対して俺はどうしたらいいのか分かず、何も出来なかった。ちょっと不甲斐ない自分が情けない。レストランホールに入り、目に入ったミーちゃんはいつもの様子と変わらないかった……と思う。んー……
なので様子が気になり声をかけると、挨拶の代わりに濃厚なキスをたっぷりと……あまりの突然の行為になすがままの俺。もちろんそれにキレるアーちゃんとの一悶着があったよ。
女性の機微な心の変化を捉え、把握するのは難しい。ちなみに他のみんなが目で私もと訴えていたが、アスカくんがいるので空気を読んでもらい、我慢してもらった。
まったくミーちゃんは……
(トーヤ)「アスカくんの装備なら俺のアーティファクトを貸してあげるよ。体型もそんなに変わらんしな(みんな胸中穏やかじゃないな……)」
宙に手を突っ込み、亜空間から剣やら銃と見られる物を取りだし、テーブルへと乗せて並べる。
(サーヤ)「兄さん、なら私が調整をしてあげるわ(今は考えるのを止めよう……私達に出来ることは……)」
それをアスカくん用にカスタマイズしてお世話をやいてあげる姿が、とてもお姉さんっぽくて、ついつい微笑んでしまう。見た目は同じくらいの姿なのにね。
(アー)「狩りか。死の森ならちょうどいいでしょ。他だと我らの力じゃ過剰になるからな(・・・・今奴と揉めるのは不粋……彼のためにも今は水を差すのはやめよう……だが……)」
今更だけど、大事になってきてるような……。なんとなく顔を合わせたアスカくんも、同じくそう訴えかけていた。
(アスカ)「えっと、クウちゃん」
いいの?的な、やや困った顔を作る彼。面子が豪華過ぎてアスカくんの目が俺を逃さない。まぁ、無理もないよね。
「え~と……」
どう言ったらいいのだろう。来なくていいよ、とはもちろん言えないし、力の過多で差別をするのも違うと思う。
だけどバランスと言うか、アスカくんが萎縮してしまう編成はなるべく避けたい。いや、俺のギルドパーティーなんだ。
そういう事を考えたら負けだな……。一人一人が既に一騎当千のポテンシャルを有している。そこは避けれない事実なのだから。
(リディア)「二人とも分かりますよ……凄いことになっているのが……(表と裏でみんな動いているな。我はクウ様の従者で妻……彼には申し訳ないが、一番クウ様が傷つかない道を選んで動かせてもらう……が……これでいいのか……)」
(クリス)「あの二人がパーティー入りの時点で死の森はほぼ浄化されるね……(他人事じゃないよね……アスカくんの身はに起きていること、その時間の差だけで私もいつか……それよりも今はお兄ちゃんが後でちゃんと怒ってくれるかな。口止めされていたことに絶対……怒らないんだろうな……)」
と、心配を余所に一人、空気を読んで苦言を呈してくれる妻がいた。ある意味彼女はストッパーとして貴重な存在である。
(セーラ)「お二人ともやり過ぎたらダメですよ? ニコッ♪……(アスカくんには悪いですが……今ならまだクウちゃんに伝えることが出来る
……でも、言ってしまったら彼の思いを踏みにじることなってしまうし……あぁ~この理不尽な想いをせめてこの二人に! シャー!!)」
怒って語気を荒げてもいない。表情も笑顔……だけど……空気がピシッてたまに鳴るような……ゴゴゴゴと彼女のバックから響いてくるような……謎のプレッシャー(対神族特化)が俺にも感じられた。
(アー)「セーラちゃん大丈夫よ。だからそんなに、ね?……(やっぱりこの子怖い!)」
(ミー)「その通り……ね? え~っと……(やっぱりこの子怖い!)」
昨夜のらぶらぶからセーラちゃんは以前のような露骨な態度を止めたが、二人と言うか、神様カテゴリーに対しては内包するブラック面が漏れ出て対応しているので、彼女達とは必然にこんな風にどうしてもなってしまう。
また、二人もテーママのように露骨に嫌われたくないと言う打算があったのかもしれない。ブラックセーラちゃんは■■■■と、俺には分からない謎の囁き……
二人の耳元で何か囁いていたのを昨晩、俺は目の端で捉えていたが、見て見ぬ振りをしてしまった。ごめんなさい……アーちゃん、ミーちゃん。空気を読んでそうしてしまった俺を許してくれ。
(テーママ)「(……世界広しと言えど、あの二人に苦手意識を植え付けさせるとは……と言うか……私はどうすれば仲良くしてもらえるの?……しくしくしく……)」
テーママは……ほっとこう! うん、頑張って! アイシアちゃんの問題はイコール父に繋がるので、基本俺はノータッチでいく事にする。自業自得である。それにテーママならなんとかなると思っているしね。
そして、『しょぼぼーん』と肩を落として、陰が射している御三方がいる。
(エヴァ)「いいなぁ~・・・・。キリッ! なぁ、ヴェラよ! たまには仕事をサボっていいか?……チラッ」
(ヴェラ)「ダメに決まってるでしょ! どれだけ引き込もって休んでいたか思い出してください! さぁ、今日もキリキリと働きますよ!……はぁ~……チラッ」
(パーシャ)「そうですよ陛下。国の為、民の為、今日もキリキリと頑張りましょう……私だって……チラッ……」
三人の言葉がどんどん尻窄みになっていく。こっちはこっちでテンションが駄々下がりで気味なのと。羨ましい光線? を目から放ち、俺をチラ見してきていた。
自由の時間をそうそう作れない三名。お願いだからそんな目で俺を見ないで……
「んっんん……さんにんともごめんなさいなの。そのかわり、かえってきたらみせたいものがあるから、たのしみにまっててなの」
端的に言えば夫婦茶碗のことである。多分、帰って来る頃には焼き上がっている筈だ。アスカくんのとは別に、みんな分をちゃんと作ったから、一人一人にちゃんと手渡したい。
それと死の森へ行けば、モンスターの素材もそこいらのものとは違い、希少価値の高い、手に入りにくい物ばかりの筈だから、ちゃんとしたお土産になるだろう。それをご褒美にして、政務に勤しんで欲しい。
(エーコ)「ねぇねぇクウちゃん。ちょっといい?」
俺の着ぐるみをちょいちょいと引っ張り、思案顔なエーコちゃんに俺は応える。
「もちろんおっけーですの。それでなんですの? 」
彼女の方に体の向きを変えると、エーコちゃんの周りにはいつもの五人がいて、話の続きをしてくれた。
(シエナ)「みんなでちょっと話し合ったんだけど、いくらメンバーが凄くても冒険じゃ何が起こるかわからないから、その……アスカくんに何か身を守る専用アイテムを用意した方がよくないかな? なんて」
(リア)「うんうん。それか私達の作った結界の中に常に居てもらうとか」
(ニア)「だね。トライアングルフォーメーションで結界を張れば、ずっと安全だもんね」
(レア)「でもそれだと、私達とアスカくんは見てるだけで何もできない欠点が出来るから……安全と冒険、どうしたらいいと思う? クウちゃん」
(ルカ)「あ・・ん・・ぜ・・ん・・だ・・い・・い・・ち・・?」
彼女達の意見はアイナママ達とは違い、言い方を変えれば一般人の目線で見た意見。あの高みに至っていないからこその意見。
それだけに耳を傾ける必要がある。そしてやはり、半分は同意できない部分も同じであった。
「うーーーん……できればアスカくんにはぼうけんのだいごみをけいけんしてもらいたいの。・・・・・・そうなの! きぐるみなの! どうせならみんなで――」
その瞬間、みんなの全ての動きがピタっと停止する。まるで時が止まったかのように……おい!
(アスカ)「へ?」
一人その意味を理解してないアスカくんと俺だけが、ホールに取り残される。
(アイナ)「あー・・ママそう言えば、用事を思い出したわ……」
なんの用事? ねえ、何の用事なの……
(ネイ)「あっ、あたいも今日は特別な訓練があるんだった……いやぁ~最近物忘れ激しくて困るよな~」
まだ20歳だよね? ピチピチのお肌してますよね? 記憶力は俺よりあるよね?
(ミーナ)「こっ、これだけの面子なんだから、まだ半人前のミーナちゃんはいらないよね? そうだわ! もっと魔術の特訓をして、ついていけるようにならなきゃ!」
姉弟子だよね? 弟分が行くのに、姉弟子が行かないってどうなの?
(セーラ)「おほほほほほ。未来視で私もお姉さまと模擬戦闘をしている姿が見えますわ。残念ですわー(棒)」
その未来は今から変えることは出来ないの? まだ確定してないよね?
(アイシア)「あー……みんなの装備を作らないと! い、忙しいなー」
ゆっくりでいいよ? 急いで作らないといけない状況じゃないんだし……
(リディア)「んっんん。男同士の友情を邪魔しては悪いな……な? クリスよ」
(クリス)「え~!……う、お姉ちゃん怖いからその目は止めて……はぁ~、了解(私は別に着ぐるみ着てもいいんだけど。ここで一人抜け駆けすると、みんなと気まずくなるからゴメンね。それとお姉ちゃん、目が怖いから……)」
二人とも俺のじゅ……何度目だろ、この台詞をごちるのは……
「・・ぷ・・ぷ・・ぷんすこぉぉおおおおおおおおおおおー! みんなぁああああ! こっちをみるの! おめめをあいずおんみーなの!」
(エーコ)「(逃げるわよみんな!)」
(シエナ・リア・ニア・レア・ルカ)「「「「「(ラジャー)」」」」
足音を立てずに無言で立ち去るエーコちゃん達にエヴァちゃん達三人……みんな、俺のことを愛してくれているよね?……愛って……なんなの……
(ミー)「むむ!? 本体が仕事のことで助けを求めている!? ちょっとあの世に行って来る! お夕飯には戻るから! じゃ、そういうことで!」
カリウスさんに押し付けちゃえばいいじゃないか……ぐすっ……
(サーヤ)「――と言うわけで護衛の私達もその……す、すいません!」
(トーヤ)「アスカくんファイト!」
「こらぁー! にげんななのー!」
(アー)「むむむ!? マム達【黄金の蝶】の面々が遂にストライキを……それに深淵の四人がクウに会わせろと、あぁ~こんな時にあいつらは!!!
……ふぅ~、クウすまん。こっちは本当にガチなトラブルだ。本体からヘルプが……分かったから、そうガンガン言わないで!」
本当に? 本当なの? 既に涙目の俺は見上げ訴えるが、顔半分に手のひらを当てて、唸って渋い顔をしているアーちゃんは、本当にガチの様子だった。
(テーママ)「(よ、喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら。まあでも、クウちゃんの前だからオリジナルは我慢してたけど、
昨日から様子がおかしかったし、創造神と同じ空間に居させない方がいいわね。ごめんね、クウちゃん。そして、もっとゴメンね、アスカくん)」
こちらに向けてウインクと、手を合わせて謝っている。うぅ~、仕方がないとは言え、なんかやるせない。何故このタイミングで……
「アスカくん……アスカくんはクウちゃんをみすてないよね?」
テーブルの上にはみんなが食べ残した跡が寒々と残り、風もないのに木の葉が一枚舞ったような幻覚を俺は見た。
ヨロヨロと痩せ細った? 俺は、専用の椅子から立ち上がり、手を前へと伸ばして弱々しく宙へと踊り出す。
向かう先はアスカくんの懐だった。本当に泣くよ? 語尾に『なの』をつけ忘れるくらいハートは弱り、みんなの愛に疑問を感じた俺のメンタルが豆腐がプルプル震えだす。
(アスカ)「クウちゃんの着ぐるみってそんなに嫌かな? ボクはとても愛らしくて大好きだよ。それにほらっ、クウちゃんとお揃いだから嬉しいよ」
後ろにいつの間にか黙して控えていたロジャーさん。その腕の中にはいくつか既に着ぐるみ化してあるストックを持って来ていた。彼はこの空虚な状況に何も言えずとも、黙して居てくれたのだ。
そっとロジャーさんから着ぐるみを受け取ったアスカくんは、その内の1枚であるオークの着ぐるみを、自分の前に宛がって「どうかな?」と俺の感想を待っている。
とびきりの笑顔で!
(ロジャー)「アスカ様……グスッ……貴方と言う御方は」
その瞬間、俺はアスカくんの背後から後光が差すのがハッキリと見えた。ロジャーさんも感涙して涙ぐんでいる。
あかん!!!! レイナちゃんじゃないけど、女神様より女神だ! うわぁ~眩しい! 本当に女の子なら俺は惚れていたかもしれない。
「ともよーーーーーーー!」
ポフッと胸へとダイブした俺を軽くキャッチし、アスカくんはそのままもふもふを堪能していた。
(アスカ)「あははは、くすぐったいよクウちゃん。 何だかよくわからないけど、クウちゃんよしよし。じゃあ、危険な死の森は止めて、もっと安全で簡単な事をしようよ。冒険者ギルドに行けば、
きっとボクでも受けれる低ランククエストがある筈だし……それにクウちゃんの着ぐるみを着れば、ボクも少しは役に立てるよね?」
そんなオークの着ぐるみどころか、もっとハイランクの着ぐるみを用意するさ! なんならこの虹蛇の着ぐるみを渡したっていいくらいだ。
「もちろんなの!!! まえにしのもりのもんすたーかったときのませきがあるから、それですぺしゃるなきぐるみをよういするの! きょうはめんずおんりーなの! クウちゃんすこしやさぐれちゃうの……しくしくしく……」
こうして、妻達の着ぐるみ着衣拒否&逃走という反応に傷ついた俺は、アスカくんと共にアクアパレスのギルドへと向かうのであった。
今夜は俺の心がこっぱみじんこだから、らぶらぶはお預けすると心に誓うのであった。
………………
…………
……
…
て、適当な依頼がないし。忘れてた。キングカイザーの一件のせいで、ギルドの掲示板には低ランクモンスターの討伐依頼どころか、その依頼件数自体が軒並み少なくなっていた。
現在、外のフィールドではいきなり高ランクモンスターにエンカウントしてしまう恐れがあった為、街は嵐が過ぎ去るまで大人しくする方向にしたようだった。
その為、あれから数日経った今、少しは依頼が戻って来ているとは言え、俺とアスカくんが受けれそうな低ランククエストの依頼自体が軒並み無かった。
掲示板には最低Cランクから受けれる依頼がそのほとんどで、俺達は途方にくれる。
そうそう、ちなみに俺はアグリーダックの着ぐるみを着用しているアスカくんに抱っこされて、掲示板の前にいた。
そんな俺達を遠くから眺めていた受付嬢のお姉さんが、コチラに『おいでおいで』と手招きする。
このままでは埒があかないので、俺とアスカくんはとてとてと近寄る。そして、何故か他の受付お姉さん方がカウンターを越えて捕獲されて始末であった。もふもふ成分がここも足りないのか?
すると、奥から一枚の書類を片手に寄って来る職員のお姉さんが、もふもふされている俺ら二人のところにやって来て、その勢いのまま両手で抱き寄せられる。
むぎゅっと言う感触が俺達を包み、その度にアスカくんは真っ赤になって『あうあう』と言ってしまう。受付のお姉さん方はこのピュアな反応が堪らんのだろうな。
俺はアスカくんのリアクション(反応)を見ることによって、みんなが何故俺に意地悪なことをするのかを、また少しだけ理解できた。
(受付嬢)「クウちゃんとアスカくんこっちに座って。今ね、商人ギルドからちょうどいい依頼を貰って来たから、二人に紹介してあげるわね。
あぁ~、かぁ~わぁ~い~い~♪ もう、最っ高~~、こっちのお姉ちゃんは恥ずかしがり屋さんなのね。うふふ、私にもこんな時期があったなぁ~」
冒険者ギルドに低ランクの依頼が無いとき、各ギルド間ではこういった依頼の貸し借りがあると言う事をアイナママから聞いたことがある。
これも街の安全を確保する新人を救済する処置であった。一人前と言われるCランク冒険者になれば多額な稼ぎも増え、多少依頼を取れない期間が空いても食いつなげていけるが、FやEランクとなるとそうはいかない。
そこで商人ギルドは貸しを与えることで、市場への安定したモンスター素材の流通を計り、また、有事の際、冒険者達が進んで協力して事に当たってくれることを期待している。
過去、猛威を振るった疫病の為に、とある薬草が必要になった商人ギルドは、冒険者ギルドに薬草の採取を緊急要請をした例がある。これを冒険者達は体を張ってこなしてくれた事によって救われた過去がある。
また、その慣習からの名残で、商人が国境を越えて他国へ渡るのに必要とする護衛も、この相互援助が始まりの切っ掛けだと言う。
それまでは護衛する者を商人ギルドが募集をかけ、報酬を支払っていたと言う。それがいつしか冒険者ギルドからより良い人材の派遣とあいなって今の形となった。
お互い持ちつ持たれつな関係で築きあげてきた歴史があると言うことなのだ。
(受付嬢)「ねぇ~、時間って残酷よね。ヤバッ!? サブマスがこっち睨んでるし。さっ、みんな戻ろ。じゃあ二人とも頑張ってね。……ラスもふタッチ! くぅ~~~~!! さぁ~って、次の方どうぞ~」
これから依頼の説明をしなくてはいけない。その為、他の職員のお姉さん達は名残惜しそうにもふもふして行った後、元の受付場所へと戻る。若干一名だけ、
また戻って来て抱きしめていった後に満足したのか、受付業務を再開し、待っていた冒険者パーティーは笑っていた。
一応区切りはつけて、公私混同はしないようだ。うちのスタッフにも見習わせたいものだ……
「おきるのアスカくん。ぼうけんはこれからなの……お~いなの」
(アスカ)「・・はっ!? 何故みんな(アイナさん達)が逃げたかボクわかったよ。お姉さんとあんなに……ぷしゅ~」
う~ん、この格好だとぬいぐるみ感覚で抱きつかれる確率が率が高くなるからな。だけど、アイナママ達が着てくれたら俺は絶対幸せになれるんだけどな。
とっ、いけない。お姉さん達の攻撃の名残にアスカくんのブレーカーが堕ちそうだ。なんとか落ち着かせなければ。
と、そこに再度あの受付嬢がやって来てアスカくんと俺にもふる。満足したんじゃないんかい!? 前言撤回……公私混同してた。
「おねえさん! アスカくんにかじょうなおさわりはめっ!なの」
鴨居がネギを背負ってやって来た状態のアスカくんは、お姉さんに全身で全力で抱きつかれていた。あーー、早いところ依頼を受けて、ここから立ち去らねば……
(受付嬢)「ふふふ。お姉ちゃんを守る妹ちゃんもいいわぁ~。だけどもうちょっとだけこうさせてあげてね。ほらっ、もう戻らないと叱られるよ。ごめんねぇ~。
さて、え~と……あ~これこれ。ちょっと割りに合わないかもしれない依頼なんだけど、ここから割りと近くの商人のお店の依頼でね……え~っと……倉庫に低ランクモンスターが住みついちゃってるみたいなの。
そのモンスター駆除依頼……どう? 危険は少ないし、こういう経験を積むのもお姉さんは必要だと思うんだけど、やってみる?」
さらに詳しく話を聞くと、依頼人のお店で夜な夜な現れる害獣モンスター……その名は【アイスラット】。
この北の大陸では比較的メジャーな低ランクモンスターで、一匹見かけたら30匹はいると言う、繁殖力と数に物を言わせたモンスターであった。
戦闘力はモンスターと言っていいのか疑問な程に低く、そのサイズも俺よりも小さいらしいが……その分非常に賢く、巧みに家屋に潜み、不衛生な糞をし、家屋を蝕むので、そこに住む住人にとってはた迷惑な奴であった。
(アスカ)「うちのお店もアイスラットとは年中戦っているよ。奴等は商店の敵だよ! クウちゃんやろうよ! これはボク達の受ける仕事としてやるべきだよ!……ボクは奴等を駆逐したい!」
メラメラと燃えている!? アスカくんの意外な一面に驚きつつ喜ばしい反面……アグリーダックの着ぐるみを着ながらだと、ただ可愛いだけである。あ、例の受付の腰が上がりそう。ちゃんとお仕事しなさい!
……この依頼に受けてもいいかもしれない。
討伐とは違う駆除作業。と言っても、駆除作業をするのなら、一匹も逃さずやってしまいたい。更にアイスラットはいくらで買い取りをしてくれるのか、そこも重要なポイントだ。
ネイちゃんが口を酸っぱくして教えてくれたこと。依頼の危険度。報酬の見込み価格。依頼から出る経費の算出。
冒険者は慈善事業じゃない。掛かる経費も馬鹿にならない。怪我をすれば薬も必要となり、装備も使った分だけ磨耗し、いずれは壊れる。
それらのリスクを減らす為に、まずは事前情報の精査を行うこと。だから今は聞けるだけ聞くことが、俺の役割である。
「お姉さんとアスカくんにしつもんなの。あいすらっとってまちじゅうにいるの?」
(受付嬢)「そりゃ~いるわよ。正確な数は把握してないけど、いくら駆除しても沸いてくるくらいたくさんね」
(アスカ)「1000や2000じゃきかないと思うよ。それこそ隠れ住んでる場所は街の至るところだもん」
なんだか絶滅させるのは無理そうだな。ついでに街中のアイスラットも狩って、稼ぎを増やせるかと思ったが、それだけの数を相手にするには骨が折れそうだ。依頼主の家だけにしとこう。
「ねずみさんなら、ねこひとぞくのクウちゃんにはかてないの。ふふふ……くちくしちゃうの」
(受付嬢)「ちょっとクウちゃん? ラブリーな顔して怖いこと言うわね。……帰っておいで~」
(アスカ)「怖いよクウちゃん……」
だって、これって特別な仕事になるし。
「クウちゃんとアスカくんのでびゅーせんなの。おねえさん、あいすらっとのかいとりかかくと、わかっているはんいのじゃくてんやしゅうせいがあれば、いらいぬしのじょうほうといっしょにくださいなの」
受付のお姉さんにアイスラットの生態と買い取り価格。そして、依頼主の住所を聞いた俺達は、この依頼を引き受けるのであった。
ちなみにアイスラットは買い取り価格は、キロ計算で、10キロで中銅貨1枚(100ロン)と、端金にしかならない買い取り設定であった。
………………
…………
……
…
依頼主の所へ向かうクウちゃんとアスカ君の後を尾行しているエルフが一人いた。
(アイナ)「(見つかったら着ぐるみか。着せられるよね。はぁ~、二度も断ると流石に泣いちゃうだろうなぁ~。クウちゃんのことをママは愛してるわ。
でもね……着ぐるみは正直恥ずかしいのよ。それとアスカくんの顔を今更どう見ればいいの……あの後の会議の空気は重ったわ……みんな罪悪感がいっぱいで押し潰ぶされそうだったわ。
だから、せめてこうして陰からこっそりと見守るから許してね)」
以前のウルフ戦の時は深夜でかつ、周りに人があまりいない状態であったのと、状況が差し迫っていた為に勢いで着用したが……
流石に常時街中で着用着しているのは耐えられそうにない。私もあまり年齢を気にしないようにしているが、同族に着ぐるみを着ている姿を見られる覚悟はまだ出来ていない。
(アイナ)「(御免なさい貴方。でも、みんなもクウちゃんの事を心の底から愛してるのよ。だけど! 着ぐるみは愛すら試される試練の壁なのよ!)」
と、なんだかんだと言い訳をしながらも、代表で二人を陰から護衛し、監視を勤めるアイナママであった。
(アイナ)「(しかし……よく捕まると言うか……!? ちょっと!!)」
知らない歳頃の女性がクウちゃんとアスカくんを見掛けては近寄り、気軽に話し掛け、あまつさえ大胆に抱きつく。
二人の愛くるしさに発狂した女性に出会う度にそうした対応をこなして別れる二人だった。
だが、数人はそれだけでは満足出来なかったのか、二人の後をつけ始める輩も現れ始める。そこで私は自分の役割を果たす為に動く。
(アイナ)「『30分ほど寝てなさい』」
不審な女の背後から、そっと耳元で囁く。もちろん後ろを振り向く間は与えないで行動に移る。
(街娘)「へっ!?」
背後に暗歩と縮地による高速移動で近寄った彼女の手刀は、女の首筋に当たり、一瞬で意識を刈り取る。そして、適当な場所に放置して、二人の尾行を再び続けるのだった。
つくづく後を尾けて来て良かったと思うアイナママ。
(アイナ)「(悪い虫は駆除駆除。……ん?……うーん・・・・こっちは素人じゃなさそうね。それも複数……)」
二人の通った後に気絶させられる人がいることを、当の本人達は知るよしもなかったが、その裏では別の存在も動いていた。そう、アイナママはその別の匂いをかぎとっていた。
(アイナママ)「(どこかの国の密偵かしら? それとも地下組織の連中? まあ、どこのお馬鹿さんか知らないけど、私の最愛の人に手を出したらどうなるか教えてあげる。)
『アーさん。ミーさん。クウちゃんとアスカくんの監視を、忙しいとは思いますが代わりにお願いします。私はちょっと……二人においたをしそうな害虫駆除に向かいますので、お願いします。
もし二人に何かあれば連絡下さい。その時は二人を最優してこちらは放棄しますので』」
あの二人ならこの声を拾ってくれる筈だ。私はクウちゃんには決して見せない顔に変えて路地裏を独り歩く。
カツーン……カツーン……路地裏に鳴る足音が響く中、不意に連絡がきた。
(ミー)『返事が遅れて済まない……委細承知した。アイナさん、貴女が遅れを取るとは思わないけど、十分気をつけて』
(アー)『私だ。無理はするなよ、アイナさん。貴女はクウちゃんにとっても、我等にとっても大事な人だ。クウちゃんのことは私と奴が見てるから安心してくれ』
彼とアスカくんの大事な……残り僅かな貴重な時間に水を差す輩は……
(アイナ)「二人ともありがとう。お願いします。……さて、不酔な輩はめっ!、しないとね。ふふふ」
ニタァ~と割れるムーンフェイス。ここにアイナママの知り合いがいたら確実に逃げ出しただろう。……裏の世界にアイナママ無双がまた1つ刻まれる。
愛する夫には決して知られぬよう、事件がこうして闇に葬られるのは、今後、彼が知ることがない裏の猫ちゃまふぁみりーの一面であった。
…………
………
……
…
簡略化された地図を便りにやって来た俺達は、一件の商店の前に居た。う~ん、普通の個人商店だな。お店の看板にはビンのマークが描かれているし……薬局かな?
目の前の木製のドアを開き、俺とアスカくんは中へと入る。まず最初に目に入ってきたのは、干した薬草やビンに詰められた謎の液体諸々(もろもろ)であった。どれもこれもとても興味のひくものばかりだ。
そんな店内の様子に目移りしていた俺達は、奥へと続くカウンターの中で店番をしていたミーナちゃん位のお姉さんを見つけた。
彼女は読んでいた本を一旦カウンターの上に置き、こちらに顔を上げて振り向いた。そして、俺達の格好を見て固まってしまう。
「ごめんくださいですの~。ぎるどからはけんされてきました、ぼうけんしゃのクウちゃんとアスカくんなの。いらいぬしのごしゅじんさまにおめどおりをねがいますの」
そして、どうしたらいいのかわからないアスカくんの手を握り、挨拶を促してあげる。
(アスカ)「こっ、こんにちわ~。おっ、おじゃましまひゅ……(クウちゃんはしっかりしているな~。それに比べてボクは、オロオロするばかりで、しかもかんじゃったよ……うぅ、恥ずかしいよ~)」
ポカーンとしているお店のお姉さんは、俺らを見て戸惑っていた。
恐らく、子供が愛らしいイタズラに来たのか、ガチの依頼を冒険者が受けに来たのか、突然の出来事で判断がつかないのだろう。
だけど、俺らの見た目で非礼な対応しない辺り、物事の分かる礼儀正しいお姉さんのようだ。
(?)「え、えーと……ちょっと待ってくれるかな? おとーさん! お客さっ……ムフ。可愛い隠し子が来たわよ~♪」
隠し子って……突然のことに頭の回転が追い付かなかったみたいだが、落ち着いてくると俺とアスカくんを愛でる余裕が生まれてはしゃいでいた。
俺らの手を取り、ブンブンと優しく上下に揺すってはニコニコと俺らを眺めるお姉さん。
(?)「可愛いなぁ~。二人は姉妹なの?」
(アスカ・クウ)「「ですよねー・なの」」
もう鉄板の質問であった。ここに来るまで間、何度間違われたであろう俺達……もう慣れっこであ……
あるかぁぁあああ!
(アスカ)「ボクは正真証明の男の子です!」
「おなじく、にくしょくけいだんしのクウちゃんなの!」
と、俺ら二人は男の誇り(笑)に掛けて一歩前に出て訴える。
(?)「きゃー♪ こんな妹達が欲しかったの~!!!!」
が、近づいた事で抱き締められてもふられる始末。……全然届いちゃいなかった。
そんな俺達のメンタル豆腐をプルプルさせて待っていると、店の奥から依頼主であろう男性がハンカチ片手に汗を拭きながら出てくる。奥で力仕事でもしてたのかな?
(?)「隠し子ってお前……え~と……ん!? 確か君は……」
アスカくんの顔を見て思い出そうとするご主人。それに気づいたのはアスカくんの方だった。
(アスカ)「あの、いつもお買い上げ頂きありがとうございます。あと、お薬ありがとうございます。エリオットのむ・す・こ! のアスカです。お久しぶりです、おじさん」
流石のご主人は、アスカくんの語尾の強めた自己紹介に苦笑いをしながら聞いてくれた。なるほど、どうやらここはアスカくんが日頃お世話になっている薬屋さんらしい。
(?)「おー!! エリオットさんのところの……って!? 具合は大丈夫なのかい? わざわざ家にまでやって来ると言うことは……
はっ!? まさかどこか急に苦しくなったのかい!? アスカくんか!? それとも君がここに来たと言うことは二人に何か!!? もしそうなら遠慮はいらない! 早く言いなさい! お金はきにしなくていい! あぁ~大変だ!」
深読みしすぎたご主人は心配性なのか、かなり慌てた様子で尋ねてくる。
(アスカ)「あ、ご心配かけてすみません。身体はこの通り大丈夫です。お父さんとお母さんも元気です。こちらに今日は参ったのは、ボクにとって大事な……冒険者として初めてお仕事をしに来たんです」
慌てていたご主人は、落ち着いた様子のアスカくんの話を聞いて、自分が想像していたような事態ではないことに気がつき胸をなでおろした。
緊急で助けを求めて来る人が日頃いるのかもしれない。俺はご主人のそんなほっとした様子を眺めて、職業病の一種だと感じた。
そして、この人の人柄もこの短い時間にだが、なんとなく察することができて好感がもてた。
「あ~ごしゅんじん。おはなしのさいちゅうにしつれいしますの。はじめましてですの。クウちゃんいっさいなの。
そして!!! お・と・こ・の・こ・の!!! ぼうけんしゃですの!! ここ、とってもだいじだから、まちがえないでなの」
俺が喋ったことでご主人は驚き、落ち着いた状況が再び混乱したので、俺から事情を説明することになった。
…………
………
……
…
(ご主人)「え!!!! 坊やも本当に男の子なのかい!? あぁ~神よぉぉぉ!!! 貴方はなんて罪深きことをなさる!!! こうも貴方様は気まぐれで人を――」
膝を折って腰を落とし、天井に向かってオーバーリアクションをするご主人。だってさ……ミーちゃん見てるかな? なんとなく天井に向かって手を振ってみる俺だった。
(娘)「私は別にどっちでもいいけどなぁ~♪ ね~、アスカくんにクウちゃん」
ニコニコ顔で俺とアスカくんのホッペをツンツンする娘さん。彼女はホントにどうでも良かったみたいだ。
ただし、彼はまだ……
(アスカ)「全然よくないよぉ~……しくしくしく……」
流石は我が同士。打たれ弱さも俺と同じとは……
四つん這いになりながら、今にも死にそうな彼であった。時に言葉は立派な凶器にもなりうるよね……
「アスカくん、こうやってせけんのあらなみにもまれてみんなおとなになっていくの……おーよしよしなの。クウちゃんのすりすりすぺしゃるなの! クウちゃんはけっしてみすてないの」
スペシャルと言っても、いつものスリスリなのだが、気持ちがいつもよりこもっていた。この子は誰かが見守ってあげないと将来、やさぐれてあっちの道? へ走ってしまわないかと、とても心配になってしまう。
某アニメのように絶望堕ちさせないためにも、俺は真心のこもったスペシャルなスリスリをしてあげるのであった。
そんな? 微笑ましい光景を見てホッコリしている親子はマイペースに事を進める。
(ご主人)「さて、事情が分かったところで早速依頼の話をしようか」
俺達のテンションを下げた割には切り替えが早いご主人である。……意外とドライな一面もあるんだな……。
なんか釈然としない気持ちを胸に抱えたまま、俺達はこの店の薬品貯蔵庫……簡単に言えばこのお店の地下倉庫へと案内された。
倉庫へと続く階段は、カウンターのすぐそばにあった。規模も然程大きくお店なので、簡単な仕事だとお互いに割りきっていた……そう、この時まではそう俺達は予想していたのだ。
だが地下の薬品貯蔵庫でスキルを使った俺は全身鳥肌が立った。ちょ!? いるいる……うじゃうじゃと、これはちょっとした仕事になるな。
アイスラットを捕獲する為の虫取り網のような物を俺達に渡そうとするご主人を俺は止める。とてもじゃないが無理だ。
(ご主人)「この網じゃ大きいかな?」
止めた理由を俺のサイズに合わないと誤解したようだ。
「ちがうの。そして、おちついてきいてほしいの。それとみんなうごいちゃめっ!なの……うわぁ~なの。たくさんいるの。それもひゃくやにひゃくしゃきかないの……いや……このたてものもふくめたら……よんけたとっぱなの?」
ドン引き中の俺である。まあ見事に隠れたものである。この偽装、隠蔽は、俺かよほど高位の冒険者じゃないと分からないレベルである。
(ご主人)「えっ!!?」
自分の想像していた数よりも、あまりに多かった為に絶句しているご主人。
しかも、俺の表情と引いている様子に本当に冗談でないことに気づいたようだ。それだけに、本当に俺達の見た目で態度を変えず、こうして接して信用してくれているので、この仕事は完璧にこなしたいと思う俺である。
(娘)「ど、どこに!?」
そう、パッと見はただの静かな倉庫……
(アスカ)「えっとクウちゃん? 見た限りだと全くいないけど……建物全体で千匹以上もホントにいるの?……って、その顔は本気だね……」
「そのまじなの……せつめいするからうごかないでじっとしててなの。いっせいにうごかれると……へたしたら(アイスラットの洪水?)……さんにんともりかいがはやくてたすかるの」
壷の裏側。棚の裏。はてまた、野戦の兵士のようにペイントをして擬態している奴までいる。あっ、薬草を体の周りにくくりつけて、薬草に擬態してぶら下がっている奴までいる。
更に忍者のように天井や壁や床と同色の何かで隠れている。芸が細かいな……
何故分かるかと言えば、俺が索敵を使って、室内の全ての状態を把握しているからである。
と言うわけで、この状況を一旦説明し終えてから、静かに倉庫から退出していく俺ら。ここで考えも無しに動けば倉庫内はおろか、店前から大量のネズミ共が逃げ出し、パニック必須の状況になること間違いない。
そんなことをすればあっと言う間に噂となり、お店の看板に傷をつけることになる。それについてはご主人も娘さんも容易く想像出来たのか、言われた通りに動いてくれるので、こちらとしてもありがたかった。一旦、上の店内に戻り、一息ついてから俺は提案する。
「さくせんなの。ここにいるアスカくんはスペシャルなぱわぁ~♪ のもちぬしなの!」
一斉に彼の顔を見つめる俺達三人。ゴクリとツバを飲み込み、アスカくんは緊張した面持ちで対する。
(アスカ)「えっ!? ぼっ、ボク? あっ! 着ぐるみの力だね!」
(ご主人)「その服装のことかい!? ほほぉ~……(だから寝たきりの彼でもこうして元気に起き上がれているわけなのか。すると、このクウちゃんと言う坊やは一体……はて?……クウ……どこかで聞いた事があるような……)」
(娘)「じーー(街中で着るには恥ずかしいけど、パジャマになら欲しいかな)」
それぞれが心の中で感想を述べ、そして期待に満ちた目でアスカくんを見つめる。彼はそれを受けて若干緊張し、ドキドキしている。倒すはアイスラット。それ故に控えめな彼もやる気十分のようだ。
このクエストの主人公は彼なのだ。そう、俺はあくまで補佐に徹し、彼の為に裏方に回る。こうして俺達は、簡単な内容を取り決めてから作戦に掛かるのであった。
…………
………
……
…
誰も通らない路地裏で、男のくぐもった唸り声が微かに漏れる。
(?)「ぐっ……クソッ! ばっ、化け物が!!」
6人の黒装束のようないでたちで、出世を隠す謎の者達。残り五人は何をされたのかも分からぬまま、一瞬で意識を刈り取られ、路地の上に転がっていた。
(アイナ)「はぁ~、化け物ねぇ。……私って貴方が言うほど強いかしら?」
はぁっと、溜め息を小さくこぼし、仰向けに倒れ、頭しか正面に向ける事しか出来ない男に向かって、膝を折って屈み、男の上から問い掛けるアイナママ。
その顔はまるで見知った知り合いにでも気軽に問い掛け、油断している風にも見える。
(?)「この状況で貴様がそれを言うか……」
(アイナ)「そうよね~。でもね、クウちゃんのバックには私なんて足下にも及ばないほどの人達(神・龍)がゴロゴロいてね……オールランウダーって肩書きが、かなり暴落気味なのよね」
男は目の前の女が何を言っているのか一瞬理解に苦しんだ。いや、分かりたくなかった。そして、少しの間を空けて理解した瞬間、想像することが恐ろしくなる男。
彼はその道のプロである。それ故に相手の表情や声質やしぐさ。その他の様々な情報から相手の言っていることの真偽を見極められるくらいの手練れであった。
それ故に、アイナママが言う恐ろしい事実を知る事を拒否したい男は、自分の耳を、相手のその口を防ぎたい衝動に駆られる。知ってしまえば口封じの為に消される。
それが裏の世界では至極当然の約束である。そして、アイナママも当然その事を理解した上で話している。つまりこれは警告である。
私は下っ端であり、これ以上手を煩わせるのなら、上が黙ってないわよと……。
そして男はもう知ってしまった。相手はあのオールラウンダーのアイナだ。東の魔王とも言われた存在。トリプルSランクに相当するブラック人物。
こうして対面した以上、いずれ突き止められ始末される。それだけの力を有したのが、アイナママなのだから。その存在が有り得ない事を言っている。それ故にそのままの意味で問い掛けてしまう。
(?)「……貴様、何を言っている」
のだと……。
そんな困惑する男を無視して、一方的にアイナママは貯まった物を吐き出すかのように、淡々と……そう、まるで人形相手に語りかけるかのように、ただ一方的に、そして、長々と途切れることなく……。
(アイナ)「世の中、上には上がいる事なんて分かりきっていたつもりでいたわ。でもね、実際ポコポコ目の前に現れるとね……ふぅ~、私の中で整理がつかないのよ。
分かりやすく言うとね、武を極める丘がまだあると、もう一人の私が内から囁きかけてくるの。分かってはいるのよ? 私も自分の心に空いた虚無感を埋める為に研き続けて来たんですもん。
武の頂点に立ったとき、見えない何かが見えると信じて苦行すら嬉々として受け入れて来たのよ。
だから止まないのよ……進めって声が、止まるなって声が聞こえるの。だけどね、彼の前ではもう荒々しい姿は見せたくないって言うか……ねぇ、聞いてる?」
男はこの状況に自分の妻との暗黙のルールを思い出した。表の顔はどこにでもいる極普通のありふれた一家の主。
まるで長い出張(任務)から帰宅すると、その間の寂しさを埋め合わせるように付き合わされる妻の長話に……なんだか酷く状況が酷似していた。
(?)「(おいおい、この切羽詰まった状況で……しかも裏の世界でも長話を聞かされるなんて勘弁してくれよ……)」
ここまでアイナママを観察していて気づいたこと。彼女はどうやら部下共々殺す気はないらしい。それほど彼女の今の立ち位置は微妙であると言う事。
驚愕の事実だが、男達がターゲットのクウに手を掛けなければ、放置して問題ないレベルとして扱われたこと。更に……ただ本当に愚痴をこぼしたいだけのようだ。
この状況、部下共々殺されないだけマシなのと、巨大な何かが既に生まれていた事の証である。男はこの後足を洗う準備をすることを決意する。二度目はないと確信したからだ。
だが、現状、今から永遠と続く状況、これはこれで地獄であった。男は冷たい地面から顔をあげる気力も失い地面に顔を伏せる。
そして、ただひたすらに解放されるまで、愚痴に相づちをうち、表の顔で鍛えてきた無駄なスキルでアイナママのご機嫌を取るのであった。
妻の場合もそうだが、話をひたすら聞いてもらいたいだけなのだ。だから男は余計なことは言わない。相手が聞いてもらっていると感じるだけでいいのだ。だからおざなりな返事はしない。
それにもし怒らせてしまい、己と部下5人の命が消されることになれば、四の五言ってられる状況ではない。やるしかないのだ。いや、聞くしかないのだ。
(アイナ)「それでね――」
無事、家に戻れる事が出来たら、妻に愛を囁いて抱こうと誓う男をであった。そう、彼と部下の命は、妻によって鍛え上げられたスキルによって決まるのだから。
…………
………
……
…
アグリーダック。それは肥大した肝に瘴気を大量に溜め込んだ鴨居の鳥類モンスター。その肝は非常に取り扱いに注意の部位であり、その瘴気を溜め込む習性以外にも実は、あらゆる他の毒素も溜め込む性質があり、それを防衛の為に体外へと利用する特質もあった。
つまり……アグリーダックとは、その体内から発する匂いのせいで、醜いアヒルと揶揄されるモンスターなのだ。
(アスカ)「……これ、ボク死なないかな? って……うぅ……酷いよ……なんで離れるの!?」
俺はまぁ、この手の状態異常系は全く平気で、多少臭うなくらいだけど、ご主人と娘さんは口元に布で覆っていてもキツいんだろう。
(ご主人)「ぶはっ!!! おぇ……」
(娘)「……苦い……くちゃい……」
二人にはにゃん鉱のネックレスをかけていてもこれである。
「これはにゃんこうがなかったらふたりはあうとだったの……あっ……アスカくん、ないちゃめっ!なの。おとこのこはつよくないと……ってクウちゃんでもアスカくんのたちばならないちゃうかもしれないの……」
アグリーダックの臭気を試しに嗅いだ俺達は、若手の芸人の如くリアクションをする。念のため貸し与えたにゃん鉱のおかげで、ご主人と娘さんは無事だが……
アスカくん本人には着ぐるみの影響で害はないのか。その温度差の分、彼はすでに半泣き状態であった。いたたまれないが、俺は彼を促す。
「おしごととは、ときに!! そう! よごれしごともあるの!! クウちゃんのよごれしごとのけいけんをかたりましょうなの」
ミリオンバッタ事件の時の浄化方法を俺は語り出す。その話が進むと共に、俺の目にハイライトの輝きが失せ、徐々に死んでいくの様を三人はなんとも言えない顔で聞いてくれた。
(ご主人)「……そうだな……私もお金を稼ぐと言うのは……時にはそうした苦労が必要だと言うことを若いうちに知った方がいいと思うぞ。人のやりたがらないことをするから、結果、それが人のために役立つんだと」
(娘)「クウちゃん……見た目と違ってハードな人生を歩んでいるのね……」
(アスカ)「……お父さん、お母さん」
彼は今まで自分でお金を稼いだことがない。それ故に自分を養い、お世話をしてくれた両親が、今まで自分の知らないところで、どんな想いをし、時には苦労して稼いでくれたか。
そして、お金と言う物が持つ重みを感じているに違いない。
綺麗に見える仕事。華やかに見える仕事だって裏ではそうしたこともある。アスカくんにはこの際、そういう事も時には必要であり、出来ることなら経験して欲しかった。
「クウちゃんもいっしょなの。だから、たしかにいやなおもいをすることもあるの。でも、ふたりでおしごとをちゃんとおわらせて、みんなのえがおをみてかえろうなの」
(アスカ)「うん……そうだね! その通りだよクウちゃん。ボクお世話になったおじさんの為に頑張るよ!」
「わかってもらえてクウちゃんうれしいの。アスカくんにすりすりしちゃうの」
(娘)「クウちゃん、私も混ぜてぇ~♪ アスカくんもっと寄って寄って」
(ご主人)「(エリオットさん。あんたの息子さんは立派に成長したよ)こらこら、アスカくんを困ってるじゃないか」
こうして気を取り直した俺達は早速仕事に取り掛かる。まず俺は、アスカくんの胸元から着ぐるみの中へとお邪魔する。
そして、頭をひょこっと覗かせた状態で指示を出す。ご主人と娘さんには一時お店から待避してもらう。通行中の人に注意をしてもらう為と、数匹弱って店からアイスラットが出てくるかもしれない。その為に例の捕獲網を片手に待機してもらった。
依頼主である二人にお願いするのは気が引けるが、そこは依頼内容が大幅に変更した事でご主人の方から積極的に申し出てくれたのだ。娘さんは……なんとなく楽しそうだったから手伝ってくれたのかもしれない。
さて、倉庫の出口は基本、出入り口である扉の1つだけだが、奴等は倉庫の壁に穴を空けて建物全体を塒と化している為、隅々まで徹底的に臭気を張り巡らせないと駆逐した事にならない。一匹でも残せば、またいずれその数を増やし、再び同じことの繰り返しになってしまうからだ。
俺達はそのことを念頭において開始した。
「アスカくんやっちゃうの!!」
(アスカ)「うん! いっくよーーー!!! アグリーーーーファイヤーーーー!!!」
何故にファイヤーなのかツッコミを入れたかったが、俺はノリノリのテンションで発動する彼の姿が生き生きしてて、ホッコリと笑顔になってしまう。
彼の全身から溢れる臭気はまるで、色のついた煙のように充満し始める。それは黄色く、漫画で言うならオナラを表現するような煙であった。
モクモクと地下倉庫の隅々(すみずみ)から充満し、奴等の空けた穴から建物全体へと染み渡り全てを満たしていく。
そして、アイスラットの駆逐に然程時間はかからなかった。
効果は……効果覿面だ。まさに死屍累累な状況が出来上がっていた。これもう、猛毒ガスと変わらんのでは?
(アスカ)「……す、凄い複雑だよ、クウちゃん……」
ピクリとも動かないもんね……アイスラット達。屋根に張り付いていた忍者アイスラット達がボトボトと落ちてきて……ピクリとも動かないし……白目に泡まで吹いている始末。
「なの……ごしゅじんとむすめさんにはひなんしてもらってせいかいだったの」
(アスカ)「あぁ~、クウちゃんのもふもふがなかったら、ボクはもっと落ち込んでいると思うよ。あったかいね、クウちゃんは」
「あはははははは! くすぐったいの!」
(アスカ)「ところでクウちゃんは匂い平気なんだね? やっぱり神ちゃまだから?」
……それは言っちゃいけないワードだよ? アスカくん……
「ちゃま……そんなことをいうアスカくんにはおなかぶーぶーのけいなの!」
俺は今、君の懐にいると言うことをお忘れだな? ふははははは。よろしい、手加減してぶーぶーしてあげよう。
(アスカ)「ちょ!? クウちゃん!? いっ、いやっ!? ダメ!!!あっ!? あは! あははははははは!!!」
建物に蔓延した臭気の煙の威力は凄かったが、時間が経てば大気に散って無臭となり、無毒化されて害は残らない。
ご主人と娘さんが布のマスクを剥がし、お店に足を踏み入れる。ホッとしたのも束の間、そこで見た光景に地下から聞こえて来る笑い声が耳に入らない。いや、余裕が生まれる訳がなかった。
それだけの数のアイスラットがお店に鳴りを潜めていた事実に、顔の筋肉が引くつく二人である。それだけに外に逃げ出すアイスラットが一匹もいなくて良かった……店の評判は隠して守られた。
そうそう、俺はアスカくんにお仕置きをしながら、あれ? これって俺にとっても初仕事だったのでは? と、この時になってやっと気づく俺であった。
そんなこんなで俺達はアイスラットをかき集めてリュックにしまう。塵も積もれば山となるだからね。そして、仕事の完了の為に確認のサインを頂きおいとましようとしたら呼び止められた。
ご主人と娘さんからお礼のお茶を頂く事に。様々なハーブを使ったお茶は、身体の芯に染み渡る美味しさだった。
………………
…………
……
…
ばいば~い。と、手を振ってお店をおいとました後は、ギルドへとまっすぐに向かう。報告するまでが冒険であり、依頼だからね。そして、その道中、ふふふふ、ぬくぬくだぁ~。
(アスカ)「ところでクウちゃん。いつまで中に入っているの? ふふふ」
なんとなく着ぐるみの中に入りっぱなしの俺は、アスカくんの首もとから顔を覗かせた状態を楽しんでいた。
「もしかして、ごめいわくなの? ならクウちゃんでるの」
と、俺が動く前に着ぐるみの上から手で優しく押さえて制止するアスカくん。彼の顔を見上げると、そこには満面の笑みの顔があった。
(アスカ)「ううん。ボクはクウちゃんがもふもふで気持ちいいからいいんだけど……その、周りがね……あはははは……」
少しだけ困ったというか、戸惑っている言葉を聞いて周りに視線を向ける……
(街の娘A)「くっは~!!!! 何あれ!? かっ、かわゆす~!!!」
(街の娘B)「はぁ~はぁ~」
(街の娘C)「じゅるり……ごくり……」
微笑ましく遠くから眺めてる人達の中に、アスカくんの教育上、良ろしくないお姉さん方がいらっしゃった。
う~ん。今のところ遠くからこちらを見てるだけだし、とりあえず放置でいいか。そんな感じでトコトコとゆっくりと歩いていると、きゅるるる~♪ と急に小腹が鳴った。
どっちのお腹が鳴ったんだろ? 俺もアスカくんの着ぐるみの内にいる為によく分からなかった。そんな俺達は微妙に可笑しくて笑ってしまう。
(アスカ)「お仕事したからお腹減ったのかな? あははは。さっきお茶をご馳走になったばかりなのにね」
いやいや。育ち盛りの俺らに軽いお茶とお菓子では足りないよ。何てったって一歳児と……あれ? アスカくんっていくつだ?
「なの。クウちゃんまだいっさいだから、おかしだけじゃたりないの。……そうなの! はつくえすとくりあーのうちあげをしちゃうの! ここはクウちゃんがおごっちゃうの」
(アスカ)「ふふふふ。なんか、冒険者がクエストの依頼料をもらったら、お酒を飲むって言うのを聞いたことがあるけど、その、凄く憧れていたんだボク……うん! ボク達もしちゃおうか? その……打ち上げ?を」
そうそう! その顔だよ! アスカくんは少し大人しい。字のごとく大人しいのだ。もっと子供らしくはしゃいで騒いでいい年頃の筈だ。
流行る気持ちを抑えつけ、早く依頼達成報告をして、素敵なお店を見つけねば。
「きまりなの! ぎるどにいそげなの~!」
(アスカ)「お~~~♪」
足取りが軽く、早々にギルドへと辿り着いた俺達は、依頼完了の報告をする。そして、リュックから大量に出るアイスラットの量に職員さんと受付嬢のお姉さん達から悲鳴があがる。ここで出しちゃいけなかったいようだ。
反省。別館に全部移動させ、量が量なので後日払われることになる。それは俺とアスカくんに半々で振り込まれることになった。
戻ってきて依頼料を受け取ると、何故か周りにいた先輩冒険者の皆さんに、拍手と励ましの言葉を頂いた。
「頑張れよ!」、「困ったら俺らにいいな。タチの悪い奴はしめてやるからよ!」、「お酒飲める歳になったら、お姉さんと相手してね」、「新人だからこそ無理すんなよ。いいか、ヤバイと思ったらとにかく逃げろ? いいな?」、等々……
どんな世界でも共通のようだ。子供の死に目には会いたくない。この世界では子供とは他人の子であっても国を支える大事な宝であり、冒険者として決して見過ごせない存在。
厳しい世界だからこそ共通する認識をギルドで俺達は受ける。なんだか気恥ずかしくなった俺とアスカくんはお礼を述べて後にする。
そして、依頼料の銀貨三枚を手に握り締め、店を探しに出掛けるのであった。
そうそう、どうやら依頼料だが、ご主人が銀貨を一枚上乗せしてくれたらしい。依頼内容が変わった事と、どうやら俺とアスカくんへの御祝儀に上乗せしてくれたんだと思う。
そのことは受付嬢のお姉さんも言っていた。依頼終了の書類に増額追加は滅多にないとの事。それだけにこういった依頼の処理は受付嬢のお姉さんも気持ちがいいらしいのだ。
みんながニコニコ出来るこういうのに粋な計らいに俺は弱いが、アスカくんは更に……
(アスカ)「ぐすっ……ボク……嬉しいよ。初めてこんなにたくさんのお金を……ぐすっ……おじさん……ぐすっ……ありがとう、ありがとう。クウちゃん、これで美味しい物を一緒に食べようね」
たった三枚の銀貨。されど三枚の銀貨。彼にはとても重みのある貴重な三枚の銀貨。彼の目から溢れるしずくがとても美しく……それに値する銀貨と俺は考えた。
……勿体ない。心に湧いた感情。これを打ち上げなんかに使うのは違うだろ。そっちは俺の財布から出せばいい。……俺の前世で初めて稼いだお金は何に使った?
…………そうだった。じいちゃんのお墓に華を添えた事だったっけ。恩を死後にしか返せないことが非常に残念で悔しかったが、アスカくんはそうじゃない。今出来る事がある。それが今だ。
「だめなの」
(アスカ)「えっ? なんで? ……クウちゃん?」
まさか断られるなんて予想してなかったんだろうな。誤解させてごめんね。
「アスカくんがはじめてかせいだだいじなおかねなの。クウちゃんもおてつだいしたけど、うちあげにはクウちゃんのおさいふからだすから、このおかねはエリオットさんとミカさんのふたりに、なにかぷれぜんとしてあげようなの」
少しの間、彼は目を開いたまま立ち止まる。俺は顔をを上げたまま彼の目から反らさない。暫くして答えが出たのか、コクンとアスカくんの頭が下がり、俺の頭の上に軽くのしかかる。
(アスカ)「……ぐすっ……ぐすっ……」
まったくアスカくんは泣き虫さんだな。でもホント、この子は暖かいな。ぽかぽかする。心がね♪
「いたいのいたいの~とんでいけ~なの。さぁ、ないているじかんはないですの。ふたりにおくるものをさがしましょうなの。かみさまぱわー!で、れあものをみつけだしちゃうの」
(アスカ)「うん! ぐすっ……神ちゃまぱわ~♪は最強だもんね」
「ぷんすこーーーー!! ちゃまじゃないの! それとクリスちゃんとおなじことをいっちゃめっ!なの。ぱわー!で、ぱわ~♪じゃないの!!」
(アスカ)「ふふふ♪ クウちゃまぱわぁ~♪」
「こらぁ~♪」
「「あはははははは」」
友達っていいな。素敵な時をありがとう。そして、俺はこの世界に来て男友達と呼べる存在は、彼が本当の意味で初めてだった。
この姿の為に近い存在はいない。歳もそうだし、父にこの世界の一般常識を教えられてきたと言っても、やはりそれでも世間知らずと言える方だ。そんな点まで俺とアスカくんは似ていた。
だからだろうか……浮かれていたわけでも……彼の言葉を真剣に聞かず捉えなかったわけでもない。
楽しい時間はすぐに終わる。それを知るのはあと僅かであった。
ふつおたコーナー(MC:たまご丼)
ペンネーム「秘密を抱える者」さんより頂きました
Q:私は娘に重大な隠し事をしています。いつかバレてしまうかと恐れる私はどうしたら良いだろうか。
A:何だか知らないが恐れちゃダメダメ! お縄につかないことなら大抵なんとかなる! 日々恐れ生きていくならゲロっちゃえ! 秘密を抱える者さんならいけるいける! というわけでシーユー♪
(娘)「おとーさん! お客さっ……ムフ。可愛い隠し子が来たわよ~♪」
(?)「(ついにこの日が来てしまったか。あぁ~両方の娘達に殺されてしまうのか私は……。若き日の私を殴りたい!!)……隠し子ってお前……え~と……ん!? 確か君は……(セーフ! セーフ! やっべー! マジやっべー! 寿命縮まった……儂情けない……)」




