第二回 『リンゴの皮茶』
第二回は、『リンゴの皮茶』のお話をさせていただきたいと思います。
こちらも幾つかの作品で使わせていただいてますが、要はハーブティーの一種で、リンゴの皮を剥いて乾かし、それを煮出したものです。
ハーブティーの直訳である香草茶では今ひとつ据わりがわるかったので、『香茶』(紅茶に引っかけて『こうちゃ』、と読み仮名をあてています)という造語を使っていたこともありましたが、それはともかく。
本来なら食べないというわけでもなく、丸かじりすることもありますね。ウサギさんに剥いたリンゴなどは、皮ごと食べる方が多い思います。
さてこの皮茶、乾かさずにそのまま煮出せばフレッシュハーブティーとしても味わえますが、もちろん、日持ちはしません。他にも、紅茶にブレンドするフレーバーとして使われたりもします。コンビニ売りのペットボトル紅茶にもありますので、飲まれたことのある方もいらっしゃるでしょう。
……えー、シャルパンティエの雑貨屋さんでもweb掲載版には出てきていませんが、書籍版第一巻のとある場面で使用しています。
もちろん市販の物は飲んだことがあるのですが、自作は初挑戦というわけで、早速近所の果物屋さんへ。
ちなみにこのお話を書いていた時期は10月末頃、丁度店頭にも沢山出回りはじめる頃でした。
0日目
買い物に出た先の商店街、果物屋さんの店先でぱっと目に付いた小振りの紅玉が1コ100円だったので、2、3個買えばいいかなと見ていたら店主のおじさんに声を掛けられました。
「お茶を作るのに皮が欲しいんです」
「皮!?」
もちろん、説明したら納得して貰えましたが、最初はかなり不思議そうな顔をされました。
だったらこっちと、製菓向きの大振りなリンゴを教えて貰い、3コ250円の品種不明な林檎を購入。
紅玉に比べてもかなりの大きさです。……品種、聞いておけば良かったなと、家に帰ってから思い出しました。
1日目
とりあえず、皮を得なくてはお話になりませんので、朝昼兼用の食事にしました。
皮は少し厚めに剥き、重ならないように干しカゴに並べていきます。ついでに果実の方もくし形に切ってから7~8ミリ厚にスライス、干しリンゴも作ってみましょう。
大きすぎて丸一個食べようという気にならなかっただけですが、結果オーライで。
しかし、この皮を『厚めに』剥くというのが意外と難しいもので、いつもの数倍の時間かかってしまいました。
ちなみに私は、何故かピーラーが苦手です。小さい頃から包丁やナイフに慣れているせいもありますが、刃先の角度がどうにもつかいにくいのと、ゆらゆらと動く稼働部分に不安感を覚えるせいかなあ……。かと言って、包丁でも大して早く剥けるわけでもないのが困りものです。
ただ、残念なことにこの日は曇天、室内干しになってしまいました。
2日目
今日も朝昼兼用のランチはリンゴです。
結構大きいので半分だけ食べて、皮はリンゴ茶に、果実部分の残りはラップにくるんでおやつにまわしました。……そういえば、ダイエットに使われるぐらい満腹感のある食べ物でしたね。
この日もあまりいい天気ではありませんでしたので、室内干しです。
皮は『しなしな』になっていましたが、スライスの方はちょっと縮んだかなというあたりです。
3日目
朝から雨でした。今日はリンゴ食べるのも休憩です。
とりあえず室内干し続行、カビが心配です。気休めにエアコンのドライ運転。
スライスした果実の方は、かなり縮みました。
皮は相変わらずです。しなしなー。
4日目
ピーカンのいいお天気!
ラストのリンゴを食べまして、皮はやはり干しカゴに。
とりあえず、日当たりのいい玄関先に干しておきました。
一部カビが生えていましたので、キッチンばさみで切除。……大丈夫なのかな?
また、スライス果実に蜜がにじんできています。おまけに見た目といい触った感触といい、水で戻した切り干し大根のような……。
幾度かひっくり返しましたが、夕方には結構いい感じになってきました。
ただ、皮の方はまだまだ水分を含んでいる様子です。
5日目
今日もいいお天気……なのですが、天気予報は午後から雨となっていたので、窓際の日当たりの良い場所に。
皮も多少は『しなしな』から『ぱりぱり』になりつつあります。……どす黒くもなってきましたが。
幸い腐ってはいないようなので、このまま乾燥を続けます。
スライスは、ほぼ切り干し大根になりました。
6日目
おのれ秋雨のやつめー!!
夜中に結構な雨が降ったので、外、ものすごい湿気です。部屋干し。
7日目
もういいかなあ、まだかなあ、うーん……って感じです。
やや曇り気味でしたが、今日は外で干せて良かった。陽光だけでなく、風にあてるのもたぶんいい結果に繋がるはず。
8日目
今日も夜中に雨。昼は小雨。
……は、まあいいんですが、スライス果実の触感が水で戻して絞った切り干し大根状態に逆戻り。
ものすごく湿気を吸う代物だったようです。
室内ですらこの状態になってしまうので、ちょっと考えないといけません……。
9日目
幸いこの日は天候が回復、外で干すことが出来ました。
皮の方はほぼ満足のいく仕上がりですが、若干水分が残っています。……スライスと一緒で、やっぱり水分吸ったのかもしれません。とりあえず、もう一日干してみることにしましょう。
スライス果実もなんとかなりそうです。丸一日で、翌乾いてくれました。
10日目
今日もいいお天気!
早速玄関先にかごを出しておきます。
心配していたスライス果実も、半日ほど乾燥してまあまあ望む状態になったので、これでよしとすることにしました。
皮茶は真っ黒。
干しリンゴは切り干し大根。
えー、それぞれ、そんなような仕上がりになっています。
というわけで無事完成、早速試したいところですが……もちろん検品が先です。
特にカビと腐敗は恐いわけで、製造中も気を付けていましたし、見つけるたびに取り除いていましたが、秘密兵器『写真用ルーペ』を久々に取り出しました。
本来はフィルムのチェックに使う道具ですが、度を合わせれば対象に押し当てるだけでピントが合いますから、本来の用途意外にも割と重宝しています。
割と面倒でしたが、『10日も前に剥いたリンゴを食べる』と言えなくもないのです。自己責任とはいえ、お腹壊したくないので頑張りました。もちろん、見つけたものはキッチンばさみで切除&廃棄です。
途中で気を付けていたのがよかったのか、幸い大きく黴びている様子はありませんでした。
それが終わって、ようやく試飲タイムです。
リンゴ茶の方は、普通のお茶のように『ポットで浸出する』ではどうもだめらしく、市販品同様、お鍋で煮出すことにしました。
3個分の皮を乾燥させたわけですが、マグカップ1杯に2個分ぐらい使うそうで……。
とりあえず、お湯減らしてコーヒーカップ1杯分、半分使っちゃいましょう。
煮出してもやはり出が悪いのは仕方ないです。……といいますか、この点では、紅茶やコーヒーが高性能すぎるのでしょうね。
さて、お鍋に水と皮を入れ、5分ぐらい軽い沸騰状態を維持しながら待っていると、皮が一気にふやけて伸び、湯も黄色く色づいてきました。赤いリンゴなのに青リンゴっぽい色がつくのも面白いですね。
いかにもハーブティーっぽい様子に、なかなかテンションが上がります。
ですが、この段階では香りはほぼありませんでした。
若干植物臭といいますか、青草の匂いがするようなしないような……という程度でした。大半は湯気の匂いでかき消されています。
天日干しな上に、天候不順で時間を掛けすぎたせいかなあと、ちょっと反省ですね。
茶こしだと皮が確実に溢れそうなので、ざるで濾してマグカップへ。
まずはそのまま、味わってみます。
カップを口元に近づけると、ようやくリンゴっぽい甘い香りが薄く漂いました。……遠ざけると消えましたが、よしとしましょう。
味の方は、紅茶や緑茶よりもずっと薄いですが、舌先で転がせばほんのりとした酸味があって、強烈な味じゃないけれど、優しい仕上がりがいい感じです。
ですが!
蜂蜜をほんの少し垂らすと、かなりよくなりました。
リンゴの味が消えない程度、ティースプーンに半分ほどで随分と味が変わって驚いたのは内緒です。こっちは普通に美味しいなと思いました。
さてもう一方、ついでのようにして作った乾燥リンゴですが、見た目は……何度も繰り返しているように、切り干し大根としか表現のしようがありません。黄色っぽいような茶色っぽいような中にもわずかにピンクがかっているあたり、『おいらはリンゴだぞー!』と主張しているようにも思えます。
ところどころ焦げ茶色くシミのようなものが浮いているのは、蜜が乾燥したものでしょう。繊維が浮いていないので混ぜたら見分けがつかなくなるってわけじゃないですが、まあ、そんなような感じで、食欲の沸く見た目にはほど遠いです。
広告やwebの通販で見かけるような『綺麗なリンゴの果肉色』は……何処へ行ったんでしょうね?
それはともかく、とりあえず一つ口に入れてみますと……。
指先でぱりんと割れるのに、口に入れるとすぐにへにゃっとなり、ジャムのような食感になったのでびっくりしました。うーん、不思議食感。
味の方はリンゴのパイやジャムなどの火を通したリンゴ菓子そのままで、かなり濃厚かつ割と美味です。そりゃこれだけ縮んだらそうもなるかと、一人納得いたしました。
ほんの少しオーブンであぶってみたのも食べましたが、こちらも少し香ばしい風味がプラスされ、なかなかいけます。焼きリンゴっぽい味でした。
おまけで、ホットケーキにも混ぜてみたのですが……。
舌先でリンゴの欠片を探し当てると甘酸っぱい味はしましたが、完全にホットケーキ種の甘さが勝ってしまい、こちらはちょっと微妙な仕上がりでした。
美味しかったけど、なんか負けた気分です。
さて、今回の自作リンゴ茶&乾燥リンゴですが、実際に作ってみてよかったです。
リンゴの果実があんなに縮むとは思いもしませんでした。種類にもよるのでしょうか、市販品のような仕上がりは遠いですね……。
物作り……というほど凝った物でもなく、剥いたリンゴの皮とスライスした果実をカゴに入れて放置しただけなのですが、やはり何より、楽しかったです!
あと、天候不順のせいもあり、乾燥に時間かけすぎたのは問題だったかなと反省しきりです。好天日の連続だったら、3日ぐらいで完成したような気もしました。
これでかなり風味が飛んでしまったはずで、夜間や雨天時は密閉容器に入れるなどの対策をとった方がよかったかもしれません。
特に乾燥リンゴの方、もしも次に同じ物を作るなら、もっと分厚くしてもいいかなあと思う反面、この厚み(干す前が7から8mmぐらい、仕上がり1mm程度)だからこそ腐らずに何とかなったのかなと、迷いどころですね……。
新たに作中へと出すならば、湿気への気遣いがかなり必要になりそうです。皮茶の方はそうでもないですが、干しリンゴには少なくとも蓋付きの瓶か何かがいるなと思いました。
でもそうなると、真空パックやアルミ包装などない世界観では、瓶詰めや壷で密封保管すると乾物の利点である『軽さ』も失われてしまうわけで、卸しや流通まで含めて考えるなら、コストと手間がかかっても付加価値を高くして、ジャムやリンゴ酒、リンゴ酢などに加工する方がいいかもしれませんね。
もちろん、魔法で補いがつくならそれも面白いかなあと思いました。
総評としては、文明の進歩ばんざい、と申し上げておきます。
綺麗な琥珀色と同時に香りも高いリンゴ茶。
味だけでなく見た目にも気を配られた乾燥リンゴ。
市販の物は、たぶん両方とも真空凍結乾燥機を利用してるんだろうなあと思い至り、改めて技術の進歩に乾杯……いえ、完敗ですね。
熱を加えず昇華というかたちで食品の水分をとばすこのフリーズドライ製法、やはりただものではありません。そりゃあこれだけ広く使われるはずです。
商品として考えた場合、工業的手法で製造され香料などで調整されているとしても現代ならそれもまた普通でしょうし、自然任せの製法はやはり不安定、一番簡単な部類であろう保存食や嗜好品――乾物でさえこれだけの手間が掛かるのだなあと、改めて中近世風世界観をベースにしたファンタジー世界の食文化について考えさせられました。
次回は……食べ物から離れてみるのもいいかなと思ったり。
中身は考え中です。
ではまたー。