表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

拝啓、貴方様。

作者: 脇坂 琉依

お久しぶりです。お元気でしたか?

こちらは毎日暑いですが、時々風に秋の気配が混ざっているような気がします。

もうすぐ涼しくなるかと思ったら、暑さが大の苦手な私は心が躍ります。


覚えてますか?貴方と初めて出会ったのもこの頃でしたね。

最初は特に接点もなく、ただの知り合いという関係だったのを思い出します。

何度か互いの友人を介して会う度に私の事をからかって遊んでいましたね。

真っ赤な顔をして馬鹿正直に反応するのが面白いと言われた事が、まるで昨日のことのようです。


飲み会に行った時、他の友人には分からないマニアックな内容の話題で今までになく盛り上がりましたね。

皆はきょとんとしていましたが、私たちは大笑いしながらディープな会話に集中していました。

その後一気に距離が近くなり、メールや電話で色んな話題を話すようになり、親睦を深めましたね。

あの飲み会は私の中で消したくない記憶ナンバーワンです。

だって、貴方を独り占め出来た唯一の時間なんですから。



いつからでしょう。

私の中で貴方の存在が大きくなっていったのは。

私の些細な悩みを真剣に聞いて的確なアドバイスをくれる貴方の事を、

どんな内容でも豊富な語彙で分かりやすく話す貴方の事を、

いつの間にか無意識に目で追うようになりました。

どんな時でも平静を崩さない大人な貴方を誰よりも信じ、

他の誰でもない、貴方だから助言を聞き入れているんだと理解した時、貴方の事が好きなんだと自覚しました。

その時の気持ちを、今でもはっきりと覚えています。


ですがその時、私には既に決めた人がいました。

もう少し早くどこかで出会えていたら…

もう少し早く、今みたいに仲良くなれていれば…そう何度思ったことでしょうか。

しかしどれだけ悔やんでも、時間は戻ってくれません。

私に出来ることは、貴方との関係を絶たないようにすること、それだけでした。

何でもない振りをして、何でもないように貴方と接する。

楽しくて、苦しかった。

貴方とどこかで会ったり、いろんな内容を話せるのが楽しくて。

いつか貴方が誰かと結ばれて、もう今までのように会えなくなるのではないかと思うと苦しくて。

そう思う度、私の中で貴方の存在がどれだけ大きくなっているかを思い知らされ、胸が痛みました。

私はもうあの人の隣に並ぶ事は出来ない、触れる事など叶わないと幾度となく自分に言い聞かせました。

その反面で、一度だけでも触れる事が出来たら、偽りでも隣に並べたら…と思う自分もいて、その狭間で揺らいでいました。

おかしな話ですよね、貴方の意思なんて一切聞いていないのにこんな事を思うなんて。

でも、当時の私は真剣でした。私には相方がいる、その事実すら疎ましかった事もありました。

この人さえいなければ、何か変わったかもしれない…と。

だからといって離別する勇気もなく、ただ鬱々と日々を過ごしていました。




あの日、私は何をしていたかあまりよく覚えていません。

ただ突然電話が鳴り、友人からその事実を教えて貰った事だけは覚えています。

視界が真っ暗になり、受話器を持ったまま、その場にへたり込んだ事も。


あの事故は大きなニュースになりました。

貴方の家の近くにはたくさんのマスコミが集まっては当時の様子を報道するようになりました。

私も何度かインタビューされそうになりましたが、その度に逃げました。

貴方との思い出を、余計な言葉で汚されたくなかったからです。


お葬式はとても大掛かりなものになりました。

きっと質素が好きだった貴方が見たら怒るでしょうね。

貴方を空へ送った人間も来ていたようでしたが、私は見ていません。見れば平静ではいられないのは分かっていましたから。

最後のお別れ、葬儀場にいながら私は出来ませんでした。ごめんなさい。

私は貴方の笑った顔を覚えていたかった。

生きている時の顔を覚えていたかった。

花に囲まれている非日常な貴方で、この記憶を上書きしたくなかったのです。

友人は皆泣いていましたが、私は泣けませんでした。

涙すら出てこない喪失感、虚無感を生まれて初めて味わいました。

どう頑張ってももう二度と会えないと悲しむ心の端で、これで誰にも貴方を取られはしないと安堵する醜い心が澱のように黒く淀んでわだかまっていました。

もともと私のものじゃないって、貴方が生きていれば突っ込んでくれたでしょうか。



ねえ、空の上からは何が見えてますか?

今でも貴方の事を思いながら無様に生きている私が見えていますか?

一時は本気で貴方の元に行こうとしましたが、今はこうやって日々を送っています。

だって、命の重さを知っている貴方が自ら命を絶った私を見たら絶対に嫌いになるでしょうから。

だから、私は頑張って生きていきます。

もしちゃんと天寿を全う出来て、空で貴方に会えた時は、

よくできました

って、褒めて下さいね。

楽しみにしています。


それでは、またお線香上げに来ますね。



追伸。

欲しい物があれば、夢に出てきてくれても構いませんよ?大歓迎です。





最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ