雨のなか ⅱ
彼女は泣いていた。
五階建てアパートの屋上。
星がきれいだった。
そこにいては危ないよ、と声をかけた。
彼女はそのままの顔でこっちを向いた。
そして戸惑った。
なぜだか悪いことをしたような気分になった。
謝ろうとした。
しかし彼女は胸に飛び込んできた。
三分間かけて、僕のTシャツをびしょびしょにした。
ようやく落ち着いたので、訊いてみた。
涙のわけを遠まわしに。
顔にかかった前髪をそっとよけて。
彼女は真っ赤な目を軽く伏せた。
静かな声でこう言った。
わたしはひとり。いつもひとり。
ふたりはないの。いつもひとり。
おねえちゃんも、とられちゃった。
けれどもそれは、もういいの。
これはせめてもの つみほろぼし。
わたしはじつは しあわせもの。
あのこはいつも しばられてた。
おかあさんに しばられてた。
あのこになって きづけたの。
だからひとり。いつもひとり。
詳しい事情は分からないけれど、
双子の姉がいたらしい。
その子と彼女は入れ替わり、
彼女は姉の生活を、その実態を知った。
彼女は自らひとりを望み、
ひとり寂しく泣いていた。
ふと気がついたら一緒に泣いていたらしい。
真っ赤な目が驚いたように僕の顔を見つめていた。
つらいの、と訊いてみた。
首を振って答える彼女。
だいじょうぶなのよ。このくらい。
ちょうどいいの。わたしには。
だけどひとつ、かなうなら。
わたしはふたりに なりたいな。
嬉しくないわけがなかったんだ。
僕は彼女を抱き上げた。
互いに静かに微笑みあって。
そしてひとつは宙に落ちた。