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LIxEシリーズ・掌編

かけるこころ

 烏木からすぎ こころという名の少女は、夜中に1人、動悸で目を覚ましました。決して悪夢を見ていたわけではありません。むしろ、楽しい夢を見ていました。まだ小学生ほどの年頃、苦しそうに瞳を潤ませています。レンガ造りの簡素な部屋、住み始めて数週間の部屋で1人。


 断崖絶壁の淵に建てられた、満月を背にそびえ立つ洋館。それはまるで、西洋のおとぎ話に出てくる悪の城のようでした。そしてその洋館から伸びる塔の窓から眩しいくらいの月明かりを浴びながら、こころは外を眺めるのです。

 こころは鼓動を収めようと、手を胸にあてました。その手が押さえるのは少しだぼつく黒いパジャマの下、赤い色をした真ん丸な宝石のようなものです。それはこころが生まれた時からあって、ゆっくりゆっくりと大きくなり、今では手のひらで隠れるか隠れないかというほどの大きさになっています。

 窓を開けて、こころは澄んだ風を浴びます。腰近くまで伸びた髪の毛が1度だけ大きく波打ちました。こころは大きく深呼吸しながら“前住んでいた家”を思い出し、忘れようとし、思い出してしまいました。たった今疼く、その胸の赤いもののせいでずっと外で遊べなかった日々。壁で仕切られ続けてきた日々。家から、町から、世界から、太陽から隔絶されてきた日々。

 今宵はまばゆい望月です。これから欠けていくしかないそれを見つめながら、こころは望月と同じように丸い、胸の赤いそれを撫でるのです。ここに連れてこられた時にされたように。

 この建物の主である男は初めてここにこころを連れてきた時、怯えるこころの頬を優しく撫で、言っていました。

「お前はカゴの中で飼い殺されてきた鳥だ。いや、きっとお前は自分が鳥である事すら知らないのだろう。お前のその手は、空翔ける翼だ。これからは私が、お前に飛び方を教える。そしてお前はいつかここを離れ、巣立つのだ。特別な身体を持つお前の“始まりの家”を、その手で」


 こころはその両腕を窓から外へ向かって伸ばしました。病的なまでに白いその腕はしかし、月光の下で輝いています。

 これから自分が歩む道。まだ幼いこころはまだ覚悟などできる年ではありません。しかし決断の時が目の前に迫っている事はぼんやりと分かっていました。これから訪れるであろう自由、その代わりに失われるであろう大切な何か。こころはそれを天秤にかけようとはしません。どちらも逃さまいと、真っ直ぐ伸ばすその手のひらを広げます。

 そしてこれから翔ける事になる空の彼方、月夜の地平線を見つめるのでした。


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