第三話・心のゆとり
「あっちの奴ら、うるさくないか?」
「そうだね、なんか青春って感じだよ。」
「そうか? ただの迷惑なんだけどなぁ…」
徹は不機嫌な顔で、吉岡さん達を見つめている。
僕としては、はしゃいでる彼女達を羨ましく思ってしまう。
というより…吉岡さんが笑っているだけで嬉しくなってしまうから、他の人が暴れてると…きっと不愉快なんだろう。
彼女達を笑顔で見つめている僕に、徹は軽く疑問を投げかけてきた。
「なぁ猛、吉岡のどこがいいんだ?」
「…え?…」
「確かに他の奴と比べたら、かなりイケてるのはわかるけどよ…それでも、あの性格は無いだろ?」
あの性格? 徹は一体、何を言ってるんだろう…
吉岡さんは優しいし、僕に気を使ってくれたりもする。
そんな彼女の性格を否定するなんて…僕は少し、怒りを覚えている。
だからこそ僕は、冷静に…そして真剣に質問に答えた。
「…徹は、吉岡さんの何をわかってるの?」
「何をって…言われてもよ…」
「僕は吉岡さんと話してると、とっても楽しい。だから好きになった。」
僕は、吉岡さんの良さを伝えようとせず…自分の気持ちを話した。
そんな僕に、徹は納得がいかない様子だ。
「話すと楽しいだけで、人を好きになったりするか?」
「それだけで、人を好きになったらダメ?」
「いや、それは…」
「徹とだって、一緒にいて楽しいから友達になったんだ。徹は、どうして僕と友達なの? 特別な理由ある?」
軽く黙った徹に、理由はないと思う。
普通はそうだ、友達を作るのに理由なんかいらない。
理由なく付き合える関係、それが友達…僕の場合は恋もそんな感じなだけだ。
それからしばらくして、徹は謝ってきた。
全然気にしてないから…と語りかけた時に、担任が教室に入るのを確認した。
先生が近ずいて来たせいで、僕はまた…母さんの死を思い出していた…
………最後の予鈴。
久しぶりの授業は、何が楽しいかわからなかったけど…満足した。
なんだかんだでお昼は、飲み物までおごってもらった…徹に国民栄誉賞を贈りたい。
明日からは弁当を作るつもりだから、学食は今日で最後だろう。
どうせなら、吉岡さんと一緒に食べたかったなぁ…
くだらない事を考えている僕に、徹が不意に話し掛ける。
「おい、バイトじゃないのか?」
「…あ!」
「5時からって言ってたろ?」
「ごめん! すごい助かった!」
教科書は置きっぱなしだから、空のカバンを持って教室から出る。
まだ急ぐ時間でもないが、早めにバイト先に入りたかった。
下校途中で吉岡さん達を見かけて、追い越しながら挨拶をする。
…やっぱり、吉岡さんは素敵だ…もちろん、隣の松永さんも捨てたものではないけど。
僕は吉岡さんの顔を思いだしながら、バイト先に向かっていた。
真新しい喫茶店…名前はライラック。
カウンターと、テーブル席が四つの普通の喫茶店だ。
駅から離れているが、住宅街と商店街の間にあるので…結構いい立地条件だと思う。
僕はここでバイトさせてもらっている。
一ヶ月前に出来たばかりで、【至急バイト募集】の張り紙を見て応募した。
本当は雇うつもりはなかったらしく、予定より忙しくなったので仕方なく募集したそうだ。
「ありがとうございましたー!」
「…ふぅ〜…やっと帰ったね、猛くん。」
「そんな言い方酷いですよ、真理絵さん。」
この女性は、辻堂真理絵さん…ライラックの店員で、マスターの娘さんだ。
マスターが退職金で喫茶店を開くと知って、自分も会社を辞めて手伝っているそうだ。
朝はマスターと奥さん、そして夜は真理絵さんと僕という組み合わせで店を切り盛りしている。
…僕は完全に、雑用係だけど…
「え〜!? だってさ、コーヒーとケーキで二時間よ!? 二時間も粘られたのよ!?」
「いいじゃないですか。あの人達が常連になれば、次はたくさん注文してくれますよ。」
「猛くんは時給だからね、そんな事が言えるのよ…はぁ…忙しい上に売上が無いなんて…」
真理絵さんは、文字通り頭を抱えている。
その姿が、とても可愛く見えた。
そう、カワイイ…この人にはそれが似合う。
髪は茶色のショートで、顔も25才とはまったく思えない童顔…目がクリッとしてて、唇はとろけるぐらい柔らかそうなプルップルなので、もう食べてしまいたい…
………もしかしたら僕は案外、唇フェチかもしれない。
「あ、そうだ。猛くん…コーヒー豆、お願い!」
「またですか? 脚立を買ってくださいよ…」
「うちにそんな予算は無いのです。」
「…はいはい、わかりましたよ。えーっと…どれと、どれですか?」
「赤と青、あとは手前に出しといてね。」
真理絵さんは背が小さいので、上の戸棚に手が届かない。
身長を聞いたら凄く怒られた…気にしているのだろう。
まぁ、大体150cmくらいだと思う。
他に体の特徴といえば…胸が大きい。
「…キャー! 猛くんのエッチ!」
「あ! ごめんなさい!」
「そ、そんなヤラシイ目で見るなんて…まさか、体が目的!?」
「ち、違いますよ!」
「ふふ…冗談よ。」
真理絵さんは、クスクスと笑っている。
やっぱり大人の女性は、こっちよりも何枚も上手らしい。
照れながら掃除をしていると、ドアの鈴が鳴り響いて新しいお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませー!猛くん、お水。」
「あ、はい!」
…今日も忙しそうだ…
僕は冷たい水を手に持ち、お客さんに対して営業スマイルで話し掛けた。
「ご注文は、何になされますか?」
…時刻は明日になっている。
毎日これが続くのか…と考えていても仕方ない。
家の鍵を開け、電気をつける事もなく布団に入る。
…明日は5時に起きて、お風呂に入って、弁当を作って………
僕は朝のスケジュールを確認しながら…深い眠りに落ちていった………
毎度読んでいただいて、本当にありがとうございます。次回も日常を書きたいと思ってるので、また読んでいただけたら嬉しい限りです。