第三十話・…番外編2…完璧な女の例外
…今回も玲奈視点です。では、どうぞ…
「…レナ姉、よく平気でいられるよな…」
「慣れよ、慣れ。一年もこの二人の隣にいれば、アンタだって呼吸レベルで普通になるわよ。」
「そうよ、大輔くん。猛と私はこれが普通なんだから、気にしないでリラックスしてね。」
「………沙織、僕たちが少し気にしようよ…」
大の挨拶が済んで、今は皆でソファーに座りながらまったりしている。
私は何ともないが、普通の人間である大にとって…周りを気にせずに男の膝に乗る女は、なかなかめずらしいようだ。
仲野くんは嫌々みたいだけど、どうやらあのアホが絶対に膝から離れないらしい。
…自分が恐ろしい…この光景に慣れてる自分が…
バカっぽい沙織の笑顔を見ながら、私はまた深いため息をついた。
「ムカッ! 何よ、そのうざそうなため息は!…私たちのラブラブぶりが見たくないなら、出てけばいいでしょ!?」
「…出て行きたいわよ?…でも私がいなくなった後、アンタが仲野くんを言いくるめていやらしいことする状況が目に浮かぶのよねぇ…」
「わ、私はそんなこと、絶対にしないわよ!!!………ね、猛?」
「…僕に同意を求めないでよ…松永さんの意見、否定できないんだから…」
「な、何ですって〜!?…『世界を敵に回しても、僕は沙織の味方だよ』って言ったのは、ドコの誰!!!?」
…あ〜あ…そんなこと、言っちゃったんだ…沙織の味方になったら本当に敵が増えるのに…
仲野くんの膝の上で器用に体を向き直した沙織が、『嘘をついたのはこの口か!?』…と仲野くんの頬を、限界まで左右に引っ張り始める。
されるがままの仲野くんはかわいそうだけど、私が何か言っても解決するわけじゃない。
《仲が良い》二人を無視して、未だにカルチャーショックが抜けない大に今後の注意をした。
「…基本的に仲野くんの専属として、バイト先と学校の外は目を離さないように。」
「え?…あ、了解。」
「休日は今みたいな感じでいいし、用事があればその都度報告って感じでOK?」
「オッケーだけど…このお二人は、毎日こんな風にいちゃついてるのか?」
飼い主にじゃれる仔犬のような沙織を見つめて、大は不思議そうに話している。
戸惑い気味の大のせいで、私は哀しいからこその笑いを浮かべた。
…毎日?…この二人が、30分以上離れてるのを見たことないのに?…
男の膝の上で喚いてる女と、自分の上に座る女にイジメられてる男を横目にしながら…私は新しい隣人に警告する。
「…この仕事、ナメんじゃないわよ?…御主人様の護衛よりも、精神的にキツイんだから…」
結局、仲野くんの甘〜いキスで機嫌を直したバカは…さっきより体を密着させベタベタしていた。
気にしたらこっちの負けなので無視していると、沙織の飼い主が私と大を確認しながら沙織に話し始める。
その言葉は、仲野くんにとっては当たり前でも…やはり優しさが感じられる一言だった。
「…梶川くんの歓迎会も込めて、何か料理作ってあげようよ。」
「そうね…うん、私も賛成! 大輔くんは好きな物ある?」
「だ、駄目です!…自分は仲野さんに仕える立場ですから、お二人に飯を作ってもらおうなんて…」
「あら、意外ね。大がそんなに真面目だとは思わなかったわ。」
「…レナ姉がいるのに、中途半端じゃ駄目だからな。きっちりケジメつけないと…」
…カ、カッコつけちゃって…大のくせに…
仲野くんと沙織に、『申し訳ないです』…と断る姿は、少しだけ褒めたくなってしまう。
私の頑張ってきた背中を見てるから、大も真面目になったのかも…と思うと、先輩としては鼻高々だ。
だが、私は決してそれを口にはしたくない。
大の発言で、私の唯一の弱点が露見しそうだからだ。
…私にも欠点があるってとこ、大にバレたくないし…どうしよ?…
とりあえず話を変えようと試みるが、こんな時に限って沙織は余計なことをペラペラ喋る。
…あぁ…私の威厳がぁ…
「…気にしないで、大輔くん。なにせ沙織は毎日、私の料理を食べてるのよ?」
「えぇ!?…う、嘘だろレナ姉?…だってレナ姉、仕事は絶対にキッチリこなしてたじゃないか!」
「い、今でもこなしてるわよ?…だ、だからご飯ぐらい沙織に作らせても…」
「何を言ってんだよ! 俺達の立場を忘れたのか!?…寧ろ、お二人に作ってあげなきゃいけないほどなんだぞ!」
当然のように怒りだす大に、ムカついてるが上手く言い返せなかった。
今までも何回か大と言い争う場面はあった…でも今日は初めて負けるかもしれない。
…だって自分でも知ってるもの…世話するはずの沙織に、料理を作ってもらうのが…タブーなことぐらい…
出来るなら私も、沙織に作らせたくなかった。
でも、でも…どうしようもない理由が、そこにはあって…
「何だよ、その理由は? 『めんどくさいから』…とか言った瞬間、俺はレナ姉を軽蔑するからな!」
「…そ、それは…あのね、その………」
「口ごもってんじゃねーよ! ハッキリと話せ!」
「………」
「…玲奈、言っちゃえばいいじゃん。カップ麺も作れないほど、料理下手だって。」
「わ〜! バカ、勝手に人の弱みを喋らないで〜!」
沙織により、今まで隠して来た私の欠点がついに大に知られてしまった。
…もうヤダ…せっかく、【完璧な女】を演じてたのに…
仲野くんも知らなかったのか、大と二人して目を見開いている。
恥ずかしくなった私は、男二人の視線を感じないよう頭を抱えて丸くなった。
「レナ姉、本当なのか?」
「………何も…聞かないで…」
「へ〜…松永さんにも、苦手なことがあったんだね。」
「…やめてよ、仲野くん…もうその話には、触れないでちょうだい…」
「初めは私も笑ったんだけどね…玲奈の料理見ると、同情しちゃうのよ。だからつい、私がずっとご飯を作ってあげちゃって…」
残念な物を見るような、そんな沙織の視線が痛い…自分はダンゴムシだと思い込みながら、さらに小さく丸くなる。
三人が何かを話していたが、私にはこれ以上話を聞く勇気がなかった。
…沙織のボディーガードとして2年…料理好きの沙織には最初で話したけれど、沙織以外は誰も知らないと思う。
屋敷にはちゃんと料理人がいたし、料理が上手な仲野くんは疑問も持たずに私の分までご飯を作ってくれた。
さすがにお弁当は周りに何か言われそうなので、『玲奈のも作る』と言う沙織には悪いけど、無理して断っている。
…インスタントラーメンも作れない女…大にだけは知られたくなかった…
私を慕い、仕事のときは尊敬までしてくれる大には…私の弱みを見せたくなかったのに…
…きっと軽蔑したわね…あんな偉そうに話してて、即席ラーメンの一つも作れないんだから…
何か言われるのがとても怖くて、私はさっきから大の呼ぶ声を無視し続けていた。
「おい、レナ姉…」
「………」
「聞こえてんだろ?…勝手に話すぞ?…」
「………」
「その…ご、ごめんな…」
「………はへ?…なんで、アンタが私に謝るのよ?」
「今、お嬢様に叱られた…『欠点を責めちゃダメ! 人間なんだから、玲奈にも苦手なことぐらいあるわよ!』…ってさ。」
「…沙織が?…本当なの?」
「ああ。だから、怒鳴ったりして………ごめん。」
顔を上げて確認すると、そこには私に謝る大しかいない。
仲野くんと沙織は、二人でキッチンに立っている…どうやら大の歓迎会は、結局あの二人の手料理で行われるようだ。
沙織に笑われたり、大にはさらに怒られると思ってた私にすれば…ホッとしたような、拍子抜けしたような…微妙な感じである。
とりあえず大に謝られる必要は無いから、急いで頭を上げさせた。
…全く、怒ったり謝ったり…何が言いたいのよ?…
「…俺、勘違いしてた。レナ姉は完璧で、誰にも迷惑をかけないと思ってたから…」
「そんな人間、この世にいないわよ。普通に考えればわかるでしょ?」
「…だよなぁ…ま、レナ姉は料理以外が完璧すぎるから、料理できないぐらいのほうが可愛い気があっていいと思うぞ。」
…アンタに言われても、ちっとも嬉しくないわよ…
腕を組みながら、何かを悟ったように私のことを見つめている大は…なぜか上から目線である。
いつもなら後頭部に一発入れる私だが、大の発言はそんなに悪い気がしなかったので聞き流した。
…『料理できないほうが可愛い気がある』…か…どうして私、こんな言葉が嬉しいんだろ…
完璧じゃない自分が認められたからなのか、それとも可愛いと言われたからなのか…正直、よくわからない。
隣に座る大を見つめて、私はまたまた深いため息をついていた。
「また、ため息かよレナ姉。こっちだってため息つきたいのに…」
「はぁ?…アンタ、何が不満なのよ?」
「俺、実はこれから毎日レナ姉の手料理が食べれると思って…楽しみにしてたんだぞ?」
「…え、本当?…そんなに、私の料理が…」
「だってほら、俺も料理出来ないじゃん? なら、レナ姉に任せとけばいいかな〜とか思ったり?…ハハハ…」
「………死ね!!!」
大の脇腹に、フルスイングで右拳を叩き込む。
…一瞬…ほんの一瞬でも、この男に気を許した私がバカだったわ…
私の手料理が楽しみだと言ったくせに、どうでもいいみたいな笑いをこの男は浮かべたのだ。
荒れ狂う殺意が治まらない…脇腹を押さえてうずくまった大を、私は立ち上がって容赦なく踏み付ける。
…響き渡る大の悲鳴が、今の私にはとても心地が良かった。
はい、作者です。 大変です、玲奈の恋が上手く書けません。毎日あーだこーだしながら、次の展開を探ってます… 個人的には次回で玲奈編は終わると思ってますが、あと一話で大輔との関係をどこまで持っていくのか具体的に決まっていません。一気にくっつけるか、その手前で止めるのかで悩んでいる最中です。ダメな作者ですね… 一応、ちゃんとした形で玲奈編を終わらせますので…次回を楽しみにしてもらえたら幸せです。感想・意見がある方など、参考にしますので出来たらよろしくお願いします。では、また次回…