第二十八話・二人の夢
…相変わらずです。では、どうぞ…
「あのね、パパ…猛って凄〜く頭が良くてね…」
「………」
「優しいし、私を第一に考えてくれてるし…」
「………沙織…少しだけ黙ってなさい…」
いつも優しいはずのパパが、イスに座ったままで机に肘を着いて私の話を遮った。
できれば猛の良いところをアピールしたかったのに、今のパパの雰囲気では話せそうにない。
…もしかしてパパ…私の結婚に反対なの?…
素っ気ないパパの対応に急に疑問を感じ始めた時、ドアのほうからノックする音が聞こえた。
パパが何も言わなかったので、私が代わりに返事をする。
「猛?…入って。」
「…失礼します。」
「じゃあ、紹介するね。パパ、この人が私の好きな…」
「沙織、ちょっと待って。自分で挨拶したいんだ…本当に悪いけど、静かにしててくれる?」
…なによ、さっきから…私は邪魔なわけ?…
今度は猛に話を遮られてしまい、私は立場がなくなってしまった。
パパだけでなく、猛にも冷たくされたので少しすねると…猛が私を見つめながら、『ゴメンね』と軽く手を握ってくれる。
ただでさえスーツを着ている猛が大人っぽく見えるのに、苛立ちを感じた状態で優しく手を握られちゃうと…胸はキュンと高鳴った。
…う〜…帰ったら絶対、キスしてもらうからね!…
私は猛のために握った手を離して…口にチャックをする。
それを見ると猛は微笑んで、私の頭を二〜三回ほど撫でてくれた。
私も顔が緩んだけれど、パパの咳ばらいで意識が現実に帰ってしまう。
………危ない、危ない…パパの前で、正気を失うとこだったわ…
甘〜い空気はパパに吹き飛ばされ、一気に緊張感が高まった。
猛も真剣な顔付きに変わって、真っすぐにパパを見つめている。
このような場面では、私がしゃしゃり出ると話がややこしくなるので…猛に全てを任せるために、自ら一歩引いた。
私が引くのを確認した猛は深呼吸を一度すると、パパの机の前に立ち自己紹介を始める。
…夫としての最初の仕事だからね…ガンバレ!…
「…初めまして、仲野猛と言います。一年ほど前から、沙織さんとお付き合いさせてもらってますが…今まで挨拶に来れなくて申し訳ありませんでした。」
「…いや、それはいい。私も忙しかったからな…」
「沙織さんのお父さんには、本当に心から感謝しています。僕のような、どこの誰かもわからない男に住む場所まで面倒を見てもらって…」
「…しつこいぞ。君は、そんな話をしたくて私を呼んだのか?…ちゃんと聞くから、話したいことを話しなさい。」
「………わかりました。回りくどくてすいません…」
玲奈から大体の話を聞いているのだろう…パパは猛に『早く本題を話せ』と促した。
パパの言い方は、確かに荒々しかったけど…表情は大して怒っている感じでなく、何かを待ってるような目で猛を観察しているのが私にはわかる。
一方の猛も、グダグダな挨拶を抜きにしてひざまずくと…床に手を着き、パパに向かって深々と頭を下げた。
…まったく、不器用なんだから…パパも猛も…
「…必ず沙織さんを幸せにします! だから沙織さんと、結婚させて下さい!!!」
「………君は沙織を、本当に幸せに出来るんだな?」
「はい! 沙織さんは、僕が隣にいるだけで幸せだと言ってくれました…沙織さんと僕の幸せが重なった今、もう何の迷いもありません。ですからお願いします…僕たちの結婚を、許してください!!!!!」
「…そう、か………沙織も、結婚に後悔は無いのか?」
「………ふぇ?…私?」
急にパパが私に話かけてきたので、返事に戸惑ってしまう。
…う〜ん…結婚しちゃうと、猛はもうプロポーズしてくれないし〜…
パパに必死でお願いしてる猛の後ろ姿が男らしいので、今日の一回で終わらせてしまうのはもったいない気がした。
どうせなら、あと100回ぐらいロマンチックなプロポーズをして欲しい…と、心の中ではマジメに考えてしまう。
………ま、そんな冗談はさておき…
「パパ、勘違いしてない?…私が猛と結婚したいの! 後悔なんて、するわけないわよ。」
「…苦労するぞ、それでもいいのか?」
「もっちろん!…この人が、私を永遠に守ってくれるもんね〜!」
「ちょ、ちょっと沙織…お父さんの前では抱きつかないって、松永さんとの約束が…」
…そんなの知らな〜い…玲奈が勝手に言っただけじゃないの?…
そもそも私に向かって、猛に触れるな…というのが無理な話だ。
座った状態の猛に覆いかぶさるように、後ろから抱きついて『ムフフ…』と気持ち悪く笑ってしまう。
パパが異常に引いているけど、私は気にせず猛の頬にチュッチュと2回もキスをした。
…ふっふっふ…猛がア然としてる間に、もう一回しちゃえ!…
3回目を強行した瞬間…ついに心が折れたらしく、パパは淡々と話し始める。
「わかった、わかった。結婚を認めてあげるから、いい加減キスは止めなさい。」
「やった〜!…ムフフフ…」
「あ、ありがとうございます!!!!!」
「…わがままな娘だから、気をしっかりな。」
「はい、大丈夫です!…できる限り、取り扱いには注意してますので…」
猛は真面目な顔でパパを見つめながら、私が猛獣かのように言い放った。
…取り扱う!?…簡単に言ってくれたわね!…
恋人として、それから妻として…今の猛の発言は絶対に許せない。
猛の首を本気で掴み、右へ左へ振り回した。
パパの前で緊張している猛は、私にされるがままに苦しんでる。
そんな私たちの上下関係を垣間見たパパが、軽く微笑むのを私は見逃さなかった。
…やっと笑ってくれた…ありがとね、パパ…
…最初から、反対する気は無かったらしい。
玲奈からいろいろと聞いてパパも猛のことを気に入ってる様子で、その後もめずらしく話が弾んでいた。
そんな中、私と猛はなぜか未だに机の前で正座をしている。
そろそろ立ちたいけど、パパの許可無しに立ち上がらないのが猛の性格…だから潔く諦めた。
猛も笑顔を見せ始めてるので、私は脚が痛いのを我慢しながら話を合わせている。
「…バカっぽいかも知れんが、こんな娘でも世界で一番カワイイと思っててな…」
「あ、僕も同じ意見です。」
「だろ? 初めて君のことを玲奈に聞いた時は、さすがに不快に感じたんだが…『お嬢様を一番に考え、お嬢様のことを御主人様より愛せるのは彼しかいません』…とまで玲奈に言われたら、何も反論はできんかったよ。」
「なんだかんだで、私たちの味方よね…あの女。」
「…それに君は、庶出とはいえ藤ノ宮さんとこの息子だそうじゃないか。」
「…はい、何やら複雑な環境らしいです。」
「藤ノ宮の家なら、楽に暮らせるにも拘わらず…今のキツイ生活を選んででも沙織と同棲するほうが良いなんて、私としては嬉しいやら悲しいやら何とやら…」
パパは顎に生えてる短いヒゲを触りながら、猛を微妙に褒めた。
隣の猛も、気まずそうにしながら笑っている。
すでに【親子】なんだから、自然にしてほしいんだけど…今はこれぐらいで充分かも知れない。
…それにしても…ついに私たちも婚約したんだね…
私と猛の間に、もう何も邪魔する存在は無くなった。
そう…猛といちゃいちゃしたって、あの冷徹超人は何も言えない。
これからはわざと玲奈に見せ付けるように、キスやセックスも堂々と…
「…卒業するまで、妊娠にだけは気をつけなさい。」
「!!!!!」
「も、もちろんです!…ちゃんと婚約したからこそ、節度をもったお付き合いを…」
「え〜!?…やっと今日から、毎晩一緒だと思ってたのに〜…」
「………」
「………」
「………本当に、こんな娘でも君は幸せなのか?」
「………愛されてる証拠だと思えば、何とか…」
…ふん!…妊娠しなきゃいいんでしょ!?…毎日避妊すれば、何の問題も無いわね…
婚約したことにより、週三日の【夜の営み】が…私の中ではすでに週七日に格上げしていた。
今はとりあえず、パパの機嫌を損ねないように私もおとなしく引き下がるけど…部屋に帰ればパパも手が出せないだろう。
パパとの話を早急に終わらせて、今日こそは一緒にお風呂へ!…と、意気込みながら立ち上がった。
猛を強引に引っ張りドアに手を触れたその瞬間、パパが重々しい感じで口を開く。
「娘をよろしく頼む。」
「………もちろんです、ありがとうございました。」
「…沙織も、淋しくなったらいつでも帰って来ていいからな。」
「ごめんね、パパ…もう二度と帰る予定は無いの。」
「………わかった。幸せになるんだよ、沙織…」
笑顔で手を振り、パパに別れの挨拶をした。
泣いたりするのは違うと思った…だってこれから幸せになるために、パパと離れるんだから。
…たまには遊びに来るからね、パパ…
外に出てドアを閉めた後、廊下でずっと待っていた玲奈に結果報告した。
「…そう…おめでと。」
「うん、ありがと!」
「で、どうするの?…私はまだ少し残るけど、先に帰る?」
「…玲奈…できるだけ、ゆっくり帰って来てね?…どうせなら今日は帰らなくていいから。」
「…ハァ〜…腰痛にならないでよ?」
…なっちゃうかも〜…
呆れた顔をしてる玲奈を無視して、猛の腰を軽くポンッと叩く。
猛は笑うしかないらしく、私を見つめてはずっと微笑んでいた。
『アディオス、アミーゴ!』…と玲奈に叫びながら、猛の腕にしがみつき玄関へと歩きだす
送り迎えの車も断りつつ、ハイテンションのまま猛と二人ラブラブで家を後にした。
…さ〜て、今夜は二人の婚約記念日…張り切って行こー!…
「…まったく、彼も苦労するだろう…」
「大丈夫ですよ。仲野様も、満更じゃなさそうな様子ですから。」
「そうか?…お前が言うぐらいなんだから、彼が沙織の相手でまず間違いは無いだろうが…」
「はい。では、私はまだ少し仕事が残ってますので…」
「まぁ待ちなさい玲奈。お前はこれから、私の子供を《二人》も面倒見ることになるのか?」
「そうですが、何か問題でも?」
「………いや、なんでもない…気にするな。」
「…では、失礼します。」
…何か心に引っ掛かる、玲奈はそんな気分だった。
はい、作者です。 最後の表現で、かなり苦労しました。沙織パパの含みのある言葉と玲奈の反応がうまく表現できず、私の未熟さを痛感させられました。 さて…本編はあと一話で終わりですが、卒業式まで時間が一気に飛んでしまうので先に玲奈の恋を書きたいと思います。微妙な空気は無視しながら、『こんなもんか…』的な考えで期待しててくださいね。 次も楽しみにしてくれたら、嬉しい限りです。では、また次回…