第二十六話・シリアスなら手を叩こう!
…書けば書くたび、グダグダになる気がします。では、どうぞ…
「…ホントに情けない。仮にも自分の母親ってところが、また泣けてくるわね。」
「私も似たようなものですよ、美鈴様。うちのお嬢様にも、もっとキツイお仕置きが必要かもしれません。」
「!…そ、そんな〜…脚がもう耐えられないのに〜…」
「そうよ美鈴、もう許してちょうだい。私も吉岡さんも、かなり反省したんだから…」
私とおば様は、深く反省していることを必死でアピールした。
玲奈とお姉様の説教を、一時間も正座で聞かされて…脚の感覚は麻痺しつつある。
…ううぅ…この目を見ても信じられないの〜?…
猛なら一発で撃墜できる仔犬の目をウルウルさせて、この思いを純粋に伝えた。
仁王立ちで見下ろしているお姉様と玲奈も、少しは理解してくれたのだろうか…やっと開放してくれる。
ゆっくり立ち上がったけど、ジンジンする脚のせいで…ソファーに座るまでに2回ほどこけそうになった。
何とか座って電気が走る脚をマッサージしてると…玲奈が私の横に、おば様たちは向かいのソファーに腰を下ろす。
ちなみに猛は、昨日の倒れた原因を説明するため…いつもより早くバイトへ行った。
だから今、話の中心人物がいないため…部屋全体に微妙な空気が流れ始めている。
…玲奈がいるから、不用意な会話はできないし…どうしよう?…
そんな中、戸惑う私にお姉様が…真面目な顔をして聞いてきた。
「…沙織さんは、どうしても猛ちゃんと別れたくないのね?」
「は、はい!…私は、猛がそばにいてくれるだけで幸せですから!」
「…でも猛ちゃんは、それで本当に幸せかしら?」
「え?…あ、そ…そうだと思いますけど…」
「…学校が終わったら、夜遅くまでバイト…毎日毎日その繰り返しで、あの子は本当に幸せ?」
………そんなこと…言われても…
お姉様に言われて、少しだけ疑ってしまう…実は猛が、無理してるんじゃないか…と。
玲奈とおば様は黙ったまま、下を向いたり窓を眺めたり…どうしていいかわからない様子を見せていた。
そんな二人と、お姉様の真っすぐな瞳でひしひしと感じてしまう。
…猛に無理させてるのは………私?…
「でも猛は、一言も文句を言わないし…」
「沙織さんに言うわけないわよ。だって猛ちゃんは、沙織さんのそばに居られるだけで…幸せだと感じてるはずだもの。」
「………」
「でも、それは感じているだけ…きっと猛ちゃんの体は、疲れを溜め込んでいるわ。」
「………」
「よ〜く考えてみて?…いくら双子だったとはいえ、お母さんを見ただけで猛ちゃんがパニックを起こすと思う? その証拠に猛ちゃんは今日、平気でお母さんと話してたでしょ?」
一言、一言が重くのしかかる…お姉様が真剣だからこそ、いろんなことが余計に頭を駆け巡っていた。
…精神的ストレス…おば様を見ただけで、倒れるほどになるだろうか…
…もし、普段からのストレスの積み重ねが…表に出ただけだったとしたら…
…普段からストレスを感じてたとしたら…それはきっと………
「好きな人のそばにいられるってことは…それはそれは嬉しくて、楽しくて、全てがうまくいってると思ってしまう。」
「………」
「だけど沙織さん、本当に楽しいことだけだったの?…好きな人の嫌なところ、好きな人だからこそ許せないこと…一つも無かった?」
なぜお姉様は、私の心を覗くように話すのだろう…何も言い返せない。
言われてること全てが、私の感情に当てはまっていた。
…私、キスのやり方一つで怒って…
…遅くに帰ってきた猛がすぐに寝ちゃっただけで、無理やり起こして注意したこともある…
…玲奈と二人だけで話してた時なんて、いじけて無視したし…
思いだせるだけでも私は、猛に対してイライラを感じたことがたくさんある。
私でさえ不満を感じてるのに、理不尽なわがままを言う私に対して…猛はどう感じていたんだろう…
「でもね、それは沙織さんだけが猛ちゃんを苦しめてるってわけじゃない。むしろ沙織さんは、猛ちゃんを助けてくれてると思うの。」
「………」
「猛ちゃんはまだ、子供なのよ。それなのに猛ちゃんのお母さんが亡くなったせいで、大人にならなければ生きていけなくなった。」
「!………猛の…お母様…」
「母親が亡くなってすぐなのに、自分の悲しみを押し殺して…無理をしながらバイトを繰り返す。」
「………そんな…」
「もし、沙織さんが隣で支えてなければ………もっと早くに、倒れてたかもしれないわね。」
…少し考えれば…気づけたはずなのに…
猛は私の前で、絶対にお母様の話なんてしなかった。
優しい猛が気にしてないわけなかったはずなのに…その優しさで気づけなかった、気づこうとさえしなかった…もしかしたら、気付きたくなかったのかもしれない。
猛の優しさにあぐらかいて、私はわがままを言いたい放題だった。
お風呂だっていつもシャワーだけだし、お弁当のおかずにも冷凍食品を使わない…そんな節約をしてまでお金を大切にしてる猛に対しても、私はケチケチ言ってるだけ。
…猛の負担を…私なら軽くできたはずなのに…
「…それでも私は、猛ちゃんが嫌だって言う限り…無理に養子にしようとは思わないわ。」
「………お姉様…私は、一体どうすれば…」
「待って、沙織さん…私はあなたを責めるつもりなんてないの。」
「…でも、今の話を聞いたあとで…猛と今まで通りに生活するなんて…」
「………それなら猛ちゃんが高校を卒業するときに、もう一度だけお願いをしに来るわ。」
「…卒業…」
「大学とかを考えたら、猛ちゃんの気持ちも変わるかもしれない。あ、もちろん私たちは猛ちゃんが養子になりたいと言えば…いつでも大歓迎よ? ね、お母さん。」
お姉様の隣で黙っていたおば様が、微笑みながら頷いた。
それと同時に、お姉様たちはスッと立ち上がり…帰る準備をしている。
引き止めたい…でもこれ以上、話す必要がないことぐらい私でもわかっていた。
玲奈と一緒に玄関まで見送りに行くと、お姉様が振り返って頭を下げる。
「…昨日はごめんなさい。お金なんて用意して…」
「も、もういいですよ。お姉様の気持ちがわかれば、私はそれで充分です。」
「最後にもう一つだけ…どうか、猛ちゃんを傷つけないでね?…離れていても私たちは家族。いつでも心配してるんだから…」
「………わかりました。じゃあ私もお姉様に、わがままを言っていいですか?」
私の発言に、お姉様たちはキョトンとしてしまう。
横で玲奈が慌ててるけど、別にこれと言って酷いわがままではないので…私は玲奈を押しのけて話を続けた。
「…いつでもいいんで、また遊びに来て下さい! そして私のダメなところを、ちゃんと叱って下さい!」
「…本当にいいの?」
「当たり前です!…おば様も、また話しましょうね!」
「じゃ、明日来てもいいかしら?」
「明日は役員会議でしょ!…またサボる気!?」
…【また】って…過去にサボったことあるのね…さすがおば様…
エレベーターの前まで付いて行き、笑いながら手を振る。
お姉様たちが乗りこみ、降りていくエレベーターを確認してから…玲奈に抱きついた。
…身勝手な話だと思ってた…藤ノ宮っていう名前だけで、向こうの家のゴタゴタに巻き込まれてると思ってた…
…でも違った…二人は猛の家族として、猛のために全てを考えてた…
…お姉様は、猛が苦しまないように養子にしようと考え…おば様は、猛が私と一緒にいたいと願ったからそれを許してくれた…
…結局、猛のこと大切にしてなかったのは…私だけじゃない…
………最低…だ…
久し振りに玲奈の胸で、嗚咽混じりの号泣をしながら…『ごめんなさい、ごめんなさい』…と小声で繰り返す。
何も言わずに抱きしめてくれる玲奈のおかげで、さらに私の涙腺はゆるくなった。
…私にも…この優しさがあれば…よかったのに…
周りの人たちに優しくされる度に、改めて私だけが子供だと知らされる。
エレベーターの前で時間も忘れ…涙が涸れるまで自分の情けなさを罵倒し続けた…
夜、猛が帰って来てから二人で真剣に話し合っている。
私たちの間に、隠し事は嫌だから…不満に思ってることを猛にちゃんと聞いた。
…どうせ…猛の答えは決まってるけど…
「さ、沙織に不満なんてあるわけがないよ!」
「…やっぱり。」
「それにしても…僕が沙織にストレスを感じてる!?…ふざけるな!!!」
「………あれ?…なんか猛、急に怒ってない?」
「ああ、久しぶりに頭にきたぞ!…今から美鈴さんに、文句を言ってやる!!!」
猛がいきなり携帯を取り出すと、お姉様に電話をかけようとしている。
夜中の12時を回っているのに、電話をかけるなんてあまりにも失礼だ。
急いで猛から携帯を奪い、怒りを静めるようにお願いする。
…めずらしい…猛が冷静じゃなくなるなんて…
「…ごめん、沙織。僕が頼りないから、こんなに目を腫らすまで泣いてたんだよね…」
「え、嘘!?…そ、そんなに腫れてる?」
「うん、かなり酷いかも…それにしたって、美鈴さんのせいで沙織が泣くなんて…絶対許せないよ!」
「お、お姉様は悪くないの!…猛のために話してくれて、それを聞いた私が勝手に泣いただけで…」
「美鈴さんが余計なことを言うから、沙織の素直な心が傷ついたんじゃないか! 言いたいことがあるなら、僕に直接言えばいいのに!!!」
…私が泣いただけで怒るなんて…猛って意外に、気が短いのかも…
ただ今マジギレ中の猛は、ソファーを立ったり座ったりしながら…やり場のない怒りを持て余していた。
それでも、私が腫れた目に触れようとしたとき…『擦っちゃダメだよ!』と、透明なビニール袋に氷水を準備してくれる。
洗面所からタオルを持ってきて氷水を包むと、私にそれを渡しながら…猛は何度も私の目を見つめた。
…あぅ〜…怒ってたクセに〜…
猛はただ単純に、私の目を心配しているはずだけど…猛に見つめられると甘えたくなるこの性格では、はっきり言って拷問に近い。
バイトで疲れてる猛に、私のわがままを押し付けたくない…赤くなった顔をごまかすためにも、私は目を閉じて静かに氷水をあてた。
氷水はタオルに包んでるため、ほんのり冷たくて凄く気持ちいい。
…猛のバカ…その些細な優しさが、私を苦しめてるのよ…
真っ暗闇で何も見えない世界の中、思い描くのは結局…猛の笑顔と優しさだった。
しばらく目を閉じていると、いつの間にか眠気に襲われている。
ソファーに深くもたれて、そのまま寝ようかなぁ…と思い始めたとき、唇に何かが触れた。
タオルを少しだけ動かし片目で確認すると、目の前には………
「キャッ!」
「うわっ! お、起きてたの!?」
「な…何してんのよ、猛!?」
「いや、その………ほら! 蚊が止まってたからさ!」
「…ふ〜ん…猛は私の口に止まった、《蚊》にキスしたんだね?…ふ〜ん…」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………嘘です、ごめんなさい…」
フローリングの床に頭をつけながら土下座する猛を、私はソファーから見下ろしている。
別に怒ってはいないけど、普段は私が怒られてばっかりなので…猛にも少し、【反省】してもらうことにした。
…さ〜て…どうしてくれようかしら?…
まずこういうときの基本は、犯行動機を明らかにするべきだと思ったので…犯人に尋問を始める。
「いつもなら、土曜日の夜は………その…ねぇ?」
「?…なによ、はっきり言いなさい。」
「…沙織と…エッチする日だから…」
「………はぁ?」
「だって今日は、おかえりのキスも無かったし…それに沙織の目を見てたら、僕の本能が体の自由を奪って…」
正座したまま、猛は顔を赤くしていいわけを並べていた。
あたふたする様子が滑稽に見えて、私は必死に笑いを堪える。
…うふふ…猛も結局、私とセックスしたかったんだ…うふふ…
しかし、まだまだ犯人を追い込みたい私は…ここぞとばかりに追及した。
「へぇ〜…私にあれだけダメダメ言っといて、猛は寝てる私を襲うんだ…もはや犯罪ですね。」
「ぼ…僕がダメって言うときは、松永さんの前や学校のような人前でだけだよ!」
「…それ意外は断らないの?」
「当たり前だよ! 僕がしたいぐらいなのに、断るわけ無いって!…実際二人っきりなら、僕からもしてたじゃないか。」
…まぁ確かに、そう言われれば…
玲奈がいない日曜とか、朝から猛とチュッチュしてるし…おはようのキスは大体、猛からしてくれる。
お姉様の話を聞いたあと、全面的に私が悪いような気がしてたのに…今の猛を見たら、我慢してたことがバカらしくなってきた。
そもそも私にベタ惚れな猛が、私の誘いを負担に思うわけがない。
…猛が恋し過ぎて、真実が見えてなかったんだ………誰かに『恋は盲目』って言われたのが、懐かしいわね…
とりあえず、シュン…としてしまった猛に本日の判決を言い渡した。
「今から三日間、猛からのキス禁止!」
「え〜!? 朝もダメなの!?」
「当然でしょ?…寝込みを襲うなんて、本当なら懲役刑なんだからね!」
「…沙織はそれでいいの?」
「もちろん! だって〜…」
背中を丸めながら私を見上げてる猛に、ゆっくり唇を重ねていく。
…私からは制限ないからね…満足、満足…
優越感に浸る私だけど、一つだけ後悔することがあった。
お姉様に対して、猛が怒っていることである。
二人がちゃんと話し合えばこんなことにはならなかったのに、二人の間に私という他人が入ってしまった。
唇を離して、猛が弱い…【上目づかい】でお願いしてみる。
「…もう、お姉様に怒らないでよ?」
「さぁ?…沙織とエッチできたら、忘れるかもしれないけど…ね?」
「…大丈夫? 猛の体、疲れが溜まってるんじゃない?」
「じゃあ仮に、沙織が疲れてるとして…僕が誘ったら断る?」
「………聞くだけ無駄ね。」
猛に手を引かれて、昨日で綺麗に掃除してあった寝室に向かった。
私を先に入れ、いつもは閉めない鍵を閉めた猛…どうやら、今夜は寝かしてくれないらしい。
…お姉様ごめんなさい…私はやっぱり、ダメな女なんです…
電気が消された部屋で、猛と二人…愛に溺れて幸せを感じていた。
時が立つのも忘れて…夢心地に浸りながら………
朝早く、ドアを叩く音を聞いて二人で笑ったのは…玲奈には内緒。
はい、作者です。 結局気にしない、それがこの物語りの基本です。 美鈴の話を気にして、二人が微妙な関係になるような話も考えましたが…性に合わなかったので、強引に曲げました。 さて唐突に、次回は最終回!…と言いたいところですが、あと少しだけ拡げたいので…あと二回?…かもしれません。 作者はテキトーなので、曖昧ですいません… 楽しんで読んでもらえたら、作者は嬉しい限りです。では、また次回…




