第二十二話・…さよならは、またの機会に…
…とにかく読んで下さい…では、どうぞ…
…お姉様が教室に来た日から、約三週間が経っていた。
あれから一度も、お姉様は猛に会いに来ていない…しかも学校まで休んでいるみたいである。
玲奈が言うには、お姉様はあの若さで家の仕事を手伝っているらしい。
元々学校に通わなくても、それなりの修士課程はとっくに終わらせているそうで…玲奈も不思議に思ってたようだ。
…だから三年生の大変な時期でも、簡単に転校が出来たんだわ…何が目的だったのかしら?…ま、玲奈に任せてるからどうでもいいけどね…
とりあえず猛の意思は、玲奈がちゃんと藤ノ宮の人達に正式な形で伝えたので…私が深く考えても仕方ない。
この話が一件落着して、私たちは何等変わらずに…幸せな日々を過ごしていた…
「…お邪魔しまーす。」
私は学校から帰るとすぐに着替えて…猛の部屋に通い妻していた。
今日が金曜日で、バイトのある猛がいないことは百も承知だけど…形式上の挨拶をして猛の部屋に入る。
合鍵を持っているというよりも、玲奈がマスターキーを管理してるので…どちらかと言えば、猛の持ってる鍵が複製品である。
つまり私は、猛の部屋にいつでも入ることができるのだ。
…冷静に考えたら…今の猛にプライベートなんて無いわね…
一瞬、とてもかわいそうに思えたけど…私という【カワイイ彼女】がいるんだから、ちゃんと覚悟してるはずである。
そもそも私は全てを猛にさらけ出しているので、もし仮に隠し事の一つもあったなら…許せないし、もちろん許さない。
猛に回し蹴りしている姿を想像して、私は一人でクスクスッ…と笑ってしまった。
…さて、今日はベットをしてあげよっかな〜…
私だって女の子…好きな人の部屋ぐらいは、私が掃除してあげたい。
毎日ちょっとずつだけど、確実・丁寧に猛の部屋を綺麗にしていくことにしたので…今日の分担は寝室に決まる。
ベットの上には…毛布が一枚きちんとたたまれていたから、さすが猛…と感心しつつも枕と毛布をベットサイドの棚に置いた。
コロコロを使って髪の毛を取り除いたら、シーツは汚れていないように見えたけど…一応は外して、洗濯機に放り込む。
そして替わりのシーツをマットレスに挟み込んで…意外に早く、ベットメイキングは終了した。
…ふぅ〜、終わった〜…洗濯機はまだ回ってるし………ちょっとぐらい、いいよね…
私はベットのシーツが綺麗だと、どうしても飛び込みたくなる。
我慢したかったけれど、高ぶる気持ちを抑えきれずに…私はダブルベットの真ん中に、ボフッ…と倒れ込んだ。
…ハフ〜…新しいシーツの肌触り…気持ち良すぎなんですけど〜…
両手を左右にひろげて、ベットの端まで私の領域を確保した。
………しばらくそのままで過ごしていると、このベットが…猛のだったと思い出す。
半分転がって、猛の枕に手を伸ばすと…ためらいもせずにキスをした。
二回、三回、四回とキスしていると…この行動がとても恥ずかしいことに気が付く。
…やだ、私ったら…躊躇もしないで枕にキスするなんて…末期症状かも…
【恋の病】に体の芯まで侵された私は、全てを猛のせいにして…顔を赤くしながら、枕をポコポコと叩いた。
そしてギュッ…と抱きしめて、もう一度枕に唇を押し付けた。
…枕さんは、これでおしまい!…猛に浮気してると思われちゃうから…
ごめんね、と言いながら…ベット右側の頭の位置に猛の枕をセッティングする。
…ん?…右に置く理由?…私が左隣りに寝るからに決まってるじゃない…
猛と並んで眠る光景を思い描きながら、三日ぶりの二人っきりの夜が待ち遠しい私だった…
…はい、ごー…
…よーん…
…さーん…
…にぃー…
…いーち…
…ゼロ!…
「…沙織、いる?…今日のおかずは何?」
「7時ジャスト…いつもながら完璧ね。」
「そうかしら? そんなことより、沙織の作った夕飯が気になるんだけど…」
「出来てるわよ。今日のメインはサバ味噌でいいでしょ?」
「え!? 青魚なの!?」
猛の部屋なのに、まるで自分の家みたいに玲奈は入ってきた。
正確な時間に現れたこの女は、どうやら私の夕飯にケチをつけるらしい。
玲奈の言葉は無視して、二人分のごはんを茶碗によそった。
「…アム!…ムグムグ…まぁ鯖も悪くないわね。」
「素直に、『美味しい』って言いなさいよ。」
「………それはプライドが許さないわ。」
「はいはい。」
…何がプライドよ…私の侍女のくせに…
文句を言うわりに、バクバク食べてる玲奈を見ると…怒りを通り越して、笑いたくなる。
あの玲奈がここまで夢中になるなら、猛が食べるときは…きっとベタ褒めしてくれるだろう。
…『凄く美味しいよ』…って言われながら、キスされたら………もう!…口がお魚臭くなっちゃうじゃない!…猛のバカ…
「…ムグムグ…あのさぁ、また仲野くんのことを考えてるでしょ?」
「!…な、なんでわかったの!?」
「やっぱり。ニヤニヤ顔のまま、遠くを見つめるアンタを見れば…誰でもわかるっつーの。」
「…だって猛に会いたいんだもん…」
「………夕方まで一緒にいたのに、もう寂しがるなんて…」
私の顔を見ながら、玲奈は…『ゴチソーサマ』…と一言漏らして、食器を片付けだした。
食事の早さにも驚いたが、私の全てを理解してることが…嬉しいような、悔しいような…とにかく複雑な心境である。
…いつかきっと、弱みを握ってやるわ………弱点があればだけど…
その後、二人でまったりと過ごしていると…不意に、ロビーのチャイムがなる。
…こんな時間に?…宅配便かしら…
玲奈が出ようとしたけどここは猛の部屋なので、彼女である私がインターホンのスイッチを入れた…
『もしもーし…沙織さん?』
「お、お姉様!?」
『よかった、居てくれて…ここを開けてくれる?』
「は、はい! 今すぐに開けますから!」
オートロックを外し、お姉様がマンションの中へ入るのを確認する。
…た、大変だわ!…猛の部屋をこんなに汚くしてたら、お姉様に嫌われるかも…
テーブルの悲惨な状態を見られたら、【嫁失格】…のレッテルを貼られてしまう。
未だにソファーで寝そべってる玲奈に、お菓子やマンガを片付けるように指示した。
状況を理解した玲奈は、いつもの白いジャケットを羽織り…テーブルの上の物を、一旦全て寝室に運ぶ。
途中で玲奈が、スナック菓子を一つ落としたけど…私と玲奈の連携プレーは完璧で、床に落ちる前に私がキャッチした。
それを口に放り込んだ私は、玲奈と入れ違い様にテーブルを拭いて…傍目には、綺麗な部屋と認識できるぐらいになる。
…よし、OK!…さすが私ね…
玲奈とハイタッチして、安堵感に浸っていた…が、すぐに玄関の呼び鈴は鳴り響いた。
『今、開けまーす!』…と口では言ったものの、スリッパや靴を並べたり…鏡を見て身嗜みを整えたりと、少しだけ時間を費やす。
それからやっと、お姉様を猛の部屋に招き入れる…時間にして約二分半の死闘であった…
「どうしたんですか?…猛なら、バイトで帰りが遅くなりますけど…」
「それなら知ってるわ。今日はね、沙織さんに話があって来たの。」
「私に?…えーっと、私なんかにど…」
「美鈴様、お嬢様への御用件なら私が承ります。」
…ちょっと!…話ぐらい私が聞けるわよ!…
ソファーに座りながら、心では怒りを表すけど…横に立つ玲奈に大人しく従う。
素直に従うのは、目の前のソファーに座るお姉様が…【仕事モード】になっているからだ。
玲奈とは正反対の、黒いスーツを着込んで…横に銀のアタッシュケースを置いている。
こんな姿で訪ねてきて、世間話をするはずがない…私でもすぐに悟った。
仕事モードの人と話すと、頭が痛くなってしまうので…同じ種族に代弁を頼むことにする。
…《歩く精密機械》なら、ちゃんとお姉様と会話できるはずだわ…
「玲奈さんの方が、話しやすいわね…率直に言うわ。猛ちゃんと沙織さんを…別れさせてほしいの。」
「!!!…ど、どうしてですか!?………まさか…私、お姉様に嫌われることでも…」
「待って下さいお嬢様。美鈴様、突然そのような話をするからには…事情があるのですか?」
「そう、沙織さんが悪いわけじゃないの…本当にごめんなさい。」
立ち上がると同時に、私と玲奈に向かって深々と頭を下げたお姉様は…哀しげな顔をしていた。
さすがに、玲奈が冷静にお姉様を止めて…また、普通にソファーに座ってもらう。
とにかく事情を説明してもらおうと、二人で聞いてみるが…お姉様は理由を言う前に、アタッシュケースを開いて私たちの前に置いた。
「!!!!! お、お金ですか!?」
「………五千万円あるの。猛ちゃんに対する経済的援助の御礼と、沙織さんの気持ちへの謝罪を込めた意味で…」
「酷い!!! 私はお金で解決するような…そんな薄い感情で、猛を愛してるわけじゃないです!!!!!」
「同感です。今の行為は、お嬢様に対する侮辱として受け止め兼ねません。」
…お金で別れろなんて…絶対に許さない!…
怒りに任せて震え上がり、私はお姉様を怒鳴りつける。
玲奈が私の両肩を掴んで落ち着かせてくれた後、私の続きと言わんばかりにお姉様に抗議した。
座りながらも、ただただ謝るお姉様が…しばらくしてやっと説明を始めてくれる。
「私だって、沙織さんを傷つけたいわけじゃないわ。こうするしか…」
「どういうことですか?…理由を説明して下さい。」
「…猛ちゃんを藤ノ宮の次期総帥として、養子に迎えるときに…メイリーグループ会長の一人娘と付き合ってるとなると、いろんな問題が…」
「次期総帥!?…美鈴様、何かの間違いではございませんか?…不倫相手の子供を、いくら何でも藤ノ宮コンツェルン会長の座に置くなど…」
「そ、それこそ誤解よ!…お母様は猛ちゃんを、産まれたときからすでに引き取るつもりで…」
お姉様も興奮したのか、立ち上がって大きな声を出した。
…どうしよう…余計に、わかんなくなってきたわ…不倫は文化なの?…
混乱しすぎた場の空気に耐えられず、私はトイレに向かって歩きだす。
玲奈とお姉様の声が遠くなるに連れ、自分の携帯電話が鳴っていることに気付いた。
…た、猛だ〜!…寂しかったよ〜!…
サブディスプレイには、愛しの彼の名前が表示されていたので…目にも止まらぬ早さで携帯を開く。
「もしもし、猛?…『愛してる』…って言って!」
『沙織ちゃん!?…今はとりあえず、落ち着いて聞いてね!』
「………何で真理絵さんが、猛の携帯に出るのよ…」
『とにかく落ち着いて!…いい!?…今ね…』
…お姉様が猛じゃなくて、私たちに会いに来たことも…
…バイト中のはずなのに、猛から電話が鳴ったことも…
…猛の携帯なのに、真理絵さんが出たことも…
………真理絵さんの言葉で…全てがどうでもよくなった…
『…猛くんが突然倒れて、病院に向かってるから…すぐに来て!!!』
…そこから先は、あまり覚えていない。
…携帯を落として、私も倒れたらしいから…
はい、作者です。 …あまり長くない作品として、更新し続けた私ですが…終わりは明確に見えつつも、沙織と猛を幸せに導いています。 さて、次回は同じ日の猛視点です。内容は………後書きで書いたら意味無いですね。 …感想を待ってます。では、また次回…