第十九話・二日目の朝
二学期突入です。では、どうぞ…
…洗濯物は干した。
…お弁当は、冷めるのを待って詰めるだけ。
…掃除はこれといって、必要なさそうだ。
…制服にアイロンも掛けたし、残る問題は特に………
「…猛…喉が渇いたの…お水が飲みたいなぁ…」
「あのね沙織、朝は何かと忙しいから…できれば自分で…」
「か〜わ〜い〜た〜の!…氷も入れてね…」
「…はい、入れますよ。」
…最大の問題は、沙織のわがままかも…
僕は学校の準備が済んだのに、パジャマ姿の沙織は…未だにソファーで、丸まっている。
時間はまだ6時半だから、眠たい気持ちもわかるけれど…
…本当に、朝は苦手なんだろうなぁ…せっかくの美人が台なしだよ…
ボサボサの髪、しわしわのパジャマ…はっきり言って、かなりだらしない格好をしている。
…これでも魅力的だから、凄く不思議だ…
起きているはずだけど、眠気に勝てず目を閉じている沙織は…ものすごくカワイイ。
…きっとわがままだって、沙織の美しさを引き立ててるに………
「…まだ〜?」
「あ、はい。今すぐに…」
「も〜…早くしてよね…玲奈なら、私を待たせたことなんてないのに…」
「…スイマセン。」
…前言撤回…わがままが酷すぎます。
ソファーにちゃんと座り直した沙織が、まだ目を開けずに手招きする。
…どうにかして、懲らしめてやりたい…
コップに氷を三つ入れて、ミネラルウォーターを注いだ。
…そうだ! 沙織のわがままに従えばいいんだ…
ソファーの側に立って、半分寝てる沙織に話し掛ける…
「…沙織、お水だよ。」
「ありがとね…早く私にちょうだい…」
「飲ましてあげるから、そのまま口を開けて…」
「そう?…あ〜ん…」
「行くよ………」
「!!!!!…んー!…ん〜!?…」
…沙織、美味しい?…
自分の口に水を含んで、キスをしながら…沙織の喉元に水を流し込む。
沙織は過度のサービスに驚き、一気に目覚めたようだ。
…わがまますぎるお姫様には、オシオキが必要だよね…
一口分の水を、沙織の口へ移動させると…沙織が急に咳き込んだ。
「ゲホッ、オホ………猛のバカ!…驚いて気管に入ったじゃない!」
「ご、ごめん!…急に水なんか呑んだから…」
「もう怒ったわ!…猛が勝手にキスしたから…私、今日は学校行かない!」
「えぇ!?…そんな〜…沙織、怒らないでよ…」
「…ふん!」
沙織は顔を真っ赤にして、頬を膨らませた。
…どうしよう…二日目にして沙織が登校拒否したら、完全に僕の責任だ…
松永さんを呼べば、全てが解決することを知っていたけど…自分の手で、沙織の機嫌を直したい。
…松永さんにばっかり頼ってちゃ進歩しないし…沙織の扱いにも慣れなければ…
沙織の隣に腰を降ろして、顔を見つめようとしたけど…沙織は後ろを向いてしまった。
………仕方ないか…少し苦手だけど、沙織の喜びそうな手段で………
「………沙織…」
「あ、やめてよ! 勝手に触らないで…」
「僕は沙織が好きだから、沙織に触れていたいんだ…それとも、僕を嫌いになったの?」
「私が猛を、嫌いになるわけないでしょ!!!」
…う〜ん…まだだな…
沙織の肩に手をまわして、僕は優しく囁いたけど…沙織はこっちを見てもくれない。
…まだ、甘えん坊モードに入らないか…
いつもは、沙織に甘〜い言葉を囁くだけで…目がウルウルして仔犬のように甘えてくる。
…まだ怒った声をしてるから、もう少し甘い言葉を…
沙織の整っていない髪を撫でながら、僕は沙織の心に侵入する…
「じゃあ、朝から沙織にキスしたことを怒ってるんだね…」
「キスを怒ってないわよ…勝手にしたことを怒ってるの!」
「それなら…僕が今からキスしたいって言っても、沙織は怒らないの?」
「え!?…そ、それは…時と場合を考えてから…」
「………沙織…キスしていいかな?…」
僕の言葉に、沙織は動揺を表したが…目を合わせずに黙って頷いた。
髪を撫でていた手でそのまま頭を支え、残りの手を沙織の肩に添えると…さっきとは違う、優しいキスをした。
2〜3秒で顔を離すと…すでに沙織は、ウルウルとした目で僕を見ている。
…追い打ちしとこう…
沙織の耳元で、小さく…愛してるよ…と言って、温かく微笑んだ。
顔がじわじわと赤くなり、ウルウルしていた目がトロ〜ンとしてきた沙織は…脚が徐々に、僕へと近づいて来ている。
…そろそろかもね…
…3…
…2…
…1…
「…抱きついていいよ…おいで…」
「はう〜!…猛のバカ〜…こんなのズルいわよ…」
「…よしよし…さっきはごめんね、沙織…」
「…私を好きだから、猛はキスをしたんでしょ?…それなら許すしかないじゃない…」
僕の胸に、グリグリと顔を押し当ててくる沙織の髪で…首の辺りがかなりくすぐったい。
…機嫌は直ったけれど、沙織の性格からして次は…
これまでの経験上、沙織がこのまま離れてくれるわけがない。
…僕が誘惑に負けたら…どうしようもないな…
「…猛、私にキスしたいでしょ!?」
「………はぁ?」
「エヘヘ…顔にそう書いてあるもの!」
「…そうかなぁ…」
「ほ・ら! してもいいんだよ?…ん〜…」
…あ、どうしよう…凄くカワイイんですけど…
背中に手をまわし、僕が逃げださないように掴む沙織が…キスを求めて口を尖らせた。
…こんな顔をされたら、理性が崩壊しそうだ…
今すぐにでも抱きしめて、自分の欲望の赴くままに…沙織の体を貪りたくなっている。
…落ち着け、落ち着け…僕は理性の象徴だ…沙織のように、自由に生きるわけにはいかない…
煩悩を心の奥へ蹴飛ばし、深呼吸する…
気持ちが落ちついたのを確認すると、僕は沙織の…額に口づけした。
「…ちょっと! なんでおでこにするの!?…口にキスしてよ〜…」
「沙織がちゃんと学校の準備をしたら、キスしてあげる。」
「え〜!? やだ、キスしてったら〜!」
「…準備をしたら、学校へ行くまでずーーーっと…沙織とキスしちゃうのになぁ…」
「……………!!!!!…約束だからね!」
沙織は少し考えた結果、重力を感じさせない跳びはね方で僕から離れると、自分の部屋に帰っていく。
…良かったぁ…素直に信じてくれて…
沙織がいなくなってすぐ、僕はキッチンに向かう。
…ごめんね、沙織…嘘はついてないから…
心の中で、何度も何度も自分に言い聞かせながら…二つ分のお弁当を詰め始めた。
「…嘘つき、大っ嫌い!」
「嘘はついてないって…僕が沙織を、ダマすわけないじゃん。」
「…だって、私が部屋に行く前に…玄関で立ってたじゃない!」
「沙織の朝風呂とか、髪のセット待ちで…気付いたら学校の時間になってたんだよ?」
「………う、うぅ〜…」
…実は最初から、時間を計算してたけどね…
窓際の席に座りながら、僕と沙織は口論していた。
すでに教室には、結構の人数がいたけど…僕たちは相変わらず、ラブラブな関係で過ごしている。
ベタベタしていても、誰もつっこまない…というより、むしろカップルが増えていた。
…このクラスに一体、何が起きてるんだろ?
僕の疑問を、ただ一人の親友が…とても友人とは思えない口の聞き方で、解決してくれる。
「貴様らのせいで、さらにカップルが出来たんだろうが!!!」
「僕たちのせい?…意味わかんないよ、徹…」
「お前らの噂が広まって、学校中カップルが続出してるんだよ!」
「…ふ〜ん…」
「ふーん、じゃねぇぞ!…あ〜見てて腹が立つ!!!」
…好きな人が出来ることは、良いことなのに…
徹が机に八つ当たりしているのを、僕と沙織は不思議そうに見つめていた。
…ま、こんな荒れてる徹に触れても…良いことはないな…
暴れる徹を無視しながら、また沙織とくだらないお喋りをし始める。
…そうだ!
「…沙織から見て、松永さんには好きな人いないの?」
「さぁ?…『少なくても、自分より強い人にしか興味ない』…って言ってたわよ?」
「松永さんより強い人か…この世に何人もいないね。」
「あんなにカワイイのに…強すぎる玲奈が、逆にかわいそうだわ…」
…徹にアタックさせようと思ったのに…無理か…
離れた席で、書類を見ながら何やら計算している松永さんは…忙しくて恋も出来ないのだろう。
…徹はともかく、何とか松永さんにはいい人が見つかればいいなぁ…
とても純粋な気持ちから、僕は松永さんの幸せを願った。
2〜3秒ぐらい松永さんを見つめていたら、沙織に耳を引っ張られたのは…また別の話だけど…
しばらくすると、教室のドアが急に開く。
担任ではなかったけど、とても大人っぽい女性が入って来た。
制服を着ていたが、首に巻かれたスカーフの色のおかげで…先輩だとすぐにわかる。
…誰かを探しているのかな?…
首をキョロキョロしながら、教室を見渡しているその先輩を見て…沙織が急に立ち上がった。
「お、お久しぶりです!」
「あら?…吉岡さんも、猛ちゃんと同じクラスなのね?」
「はい!…猛をお探しでしたら、こっちにいますよ?」
…僕を探してる?
謎の先輩は、沙織の知り合いらしく…どうやら、僕に用事があるようだ。
…誰だろ…見たことないよ…
先輩は僕の席の前に立つと、会釈をしながら挨拶してくる…
「初めまして、猛ちゃん…」
「あ、はい。初めまして…って先輩ですよね?…僕、見たことないんですけど…」
「それはそうよ。昨日、転校してきたんだから…」
「…え?…転校してきたばかりの先輩が、僕なんかに用事ですか?」
「バカ、なに言ってるのよ!?…この人は…」
…えーっと…この四ヶ月、いろんなことがありすぎたらしく…【驚く】、という感情が全く起こりません。
普通の人なら人生を揺るがすかもしれない沙織の一言も、僕はあっさり受け入れた…
「この人は、猛のお姉様でしょ!」
…僕に、姉がいたんだ…
………へぇ〜…
はい、作者です。ついに物語りが終わりかけてきました…悲しいものですね。次回に続きますが、猛の【姉】はどうなるんでしょうか? 更新が遅れ気味で、誠に申し訳ありません。 …では、また次回…