001 羽のない天使を天使と呼んでいいのだろうか
途中の世界説明は読み飛ばしてもらって構いません!?
俺の前に天使が落ちてきた。
容姿解説。
輝くような長い銀髪、深い青の瞳。幼いが完璧に整った顔。文句無く美少女だが欠点は超無表情なこと。金色の刺繍の入った白い外套っぽい服装。身長は140cm位で小さい。
ちなみに、こいつは天使なのに羽も輪っかもない。
解説終わり。
こいつの目的は分かっている。前世だけでなく現世の俺まで勇者とやらにするつもりなんだ。だが、俺が前世の記憶を持っていたことが運の尽きだな。あんな、苦しさや辛さしかないって事を知ってて誰がなってやるものか。
前世と同じように退散。
「待つのです」
「うおっ!!?」
前世と同じく捕まる。やっぱりひんやり。
「離せ!俺はもう勇者なんかやらねぇからな!」
「勇者の役目は放棄など出来ないのです」
「それでもやらねぇ!そもそも俺にそんな役目はない!」
天使を引きずりながら家へと帰る。
近所のおばさんたちに見られ立ち話のネタにされてるが、気にしている余裕はない。
「ついてくんな!手ぇ離せ!」
「あなたが勇者になれば離すのです」
「俺はなんねぇって言ってんだろ!」
・・・なんでこんな事になっているのか、少し回想しよう。
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回想ついでだ。前世の俺の活躍と今の世界についても説明しておこう。
江戸時代。魔物がばらまかれ人類の60%が死滅した。
そのせいで俺は、天使と共に魔物退治のため世界中を回ることになった。前世の俺はよく文句も言わず戦ったもんだよ。魔物は今でも世界中に残っているが、その恐ろしさは猛獣とかの比じゃない。
そんな奴らを倒せたのは、前世の俺の超能力のおかげだ。
旅立って数日、初めて魔物と対峙した前世の俺はそこで天使に超能力を与えられた(与えられた、と言うのは少し違うな。目覚めさせられた、が正しい)。その力を使って魔物を退治するのが、天使が前世の俺に与えた役割だった。
魔物退治の旅を始めてから数十年後。魔物を作り出した科学者とかいうやつを倒した。だからといって魔物が止まるわけでもなく、むしろ制御していた科学者が死んだことで魔物たちは暴走し始めてしまった。年老いていた俺にはもうそいつらを止める力もなく、後の世代に望みを託すため、天使と共に禁術を発動し、俺の最後の力を全世界の子供達に分け与えた。愛し合っていたらしい(!?)俺達は、来世でまた会おうと約束し、消滅した。その後、俺は『世界を救おうと奮戦した勇者』として崇められたらしい。世界は救われたと言ったが、正確には俺は世界を救っていない。世界が崩壊するような危機は一時的に退けたというだけで、世界はいまだ危険なままだ。江戸時代より悪くなっているかもしれない。
今目の前にいるこの天使は前世の約束を守るために俺の前に来たに違いない。大方俺を勇者にして現状を立て直そうとでも考えているのだろう。俺を『世界を救った勇者』にでもするつもりか。
もちろん今の俺は前世の俺とは別人だ。前世の約束も今の俺には全く関係ない。こいつのために前世の俺のような勇者になる気だって全くない。それに、今の世代には俺の力を受け継いだ子供達の子孫、つまり超能力者がうようよいる。そいつらのおかげで遅れていた文明まで取り戻した。魔物討伐専門の組織まで現れている。この世界に、もう勇者は必要ないはずなんだ。
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結局引きはがせず、家の前まで来てしまった。
(この状況・・・!)
俺の両親は海外で働いているため、家には誰もいない。もしそのことを知っている人がこの状況を見たら、間違いなく俺を家に無理やり幼女を引き込もうとする変質者だと思うだろう。そうなったら勇者どころか犯罪者にされる。それだけはマズい。仕方なく、本当に仕方なく、天使を引きずって家に入れる。この状況を見られるわけにはいかないからな。良かった、誰にも見られてない。
(・・・・・・何やってんだ俺)
家に入り、頭が冷えてようやく失態に気づいた。・・・なんで俺は追い払おうとしたやつを家に入れてるんだ?いや、あんな状況でテンパってたから仕方ないといえばそれまでだが。
しかも天使のやつ、ようやく離れたと思ったらリビングに入って行っちまったし。自主的に出てく気はないんだろうな、間違いなく。
玄関に突っ立っているわけにもいかないので俺もリビングに入る。
天使はソファに腰かけ俺が大事に残しておいたいちごオレを飲んでいた。こいつ・・・!女じゃなかったら半殺しだぞ。いちごオレは至高の飲み物だ。
「遅いのです。何か食べ物を持ってくるのです」
「人を召し使いみたいに使うんじゃねぇ!」
反論するものの、こいつの言うことを聞かないと帰ってもらう交渉すら出来そうにないので何か食べ物を探す。ちょうど棚の上にいちご大福があった。よし、せめてもの反撃だ。こいつの口の中をいちご味だらけにしてやる。
天使の前に大福を出してやり、俺も対面のソファーに腰掛ける。
「ほらよ。大事に食えよ?」
「これはなんなのです?」
「知らないのかよ。いち・・・ただの大福だ。うまいからさっさと食え」
「言われなくてもなのです」
一応いちごだという事は隠した。食べたらすぐ分かるんだが。
天使は少しむっとした顔でいちご大福に口を付ける。
「!!」
途端、天使の顔が輝いた、気がした。
天使はすごい勢いで大福を食べていく。俺が出してやった5個をあっという間に食べきってしまった。
口元をティッシュで拭い、いちごオレを飲む。大福食った後なのに何の違和感もない顔で飲んでやがる。こいつには味覚ってものはないのか。なんにしても、俺の反撃は失敗に終わった・・・。
「なかなかに美味だったのです。ほめてつかわす、です」
「そりゃどうも」
いちご大福が気に入ったようだ。天使はいまだ顔を輝かせている、気がする。ここまで天使の機嫌がいいのは前世でも見たことがない。今なら交渉に持ち込めるかもしれないぞ。
やってみよう。
「なぁ、どうすれば帰ってくれるんだ?」
「・・・そんなに帰ってほしいのですか」
遠まわしに帰ってくれと言ってみた。途端、さっきまで輝いていた顔が曇る。怒ってるのか?俺そんなにまずいこと言ったか?
一瞬の逡巡の後天使は口を開いた。
「なら、帰ってあげるです」
「本当か!!」
「ただし、条件があるです」
「おう、なんだって言え」
条件付きではあるが、天使は俺の望みを聞いてくれたようだ。だが条件なんてどうでもいい、なんだってやってやる。こいつが帰れば俺はもう勇者の宿命なんかに悩まされずに済むんだからな。
「あなたの実力を見せてもらうです。もしあなたが勝てば私は帰るのです。勝てなければ、私はあなたを勇者にするです」
勝ち負けってことは、なんかと戦うんだな。まあ、一度くらいは仕方ない。
けど、その条件は変じゃないか?俺が勝つならまだしも、負ければ勇者にするって。俺が負けること前提で言っているような気がする。だが好都合だ、勝てばいいんだから。サクッと勝ってこいつにサッサと帰ってもらおう。
「分かったよ。で、その相手は誰だ?」
自分なりに勝てそうな相手を考えてみる。・・・一択だな。フクコーの不良共だ。超能力者だから強いんだが、しょせん授業を放棄してるやつらだ。能力の使い方を知らないやつも多いから勝てるはず。
だが、天使は何を考えているかわからない。俺の予想は当たらないだろうな。せめて魔物とやり合うのだけは勘弁だ。
「そこにいる人間なのです」
「そこにいる?」
あり得ないが、誰かが攻めてきてるのか?特に理由は思いつかないが、もしそうだったらヤバい。喧嘩した事も一度あったから不良共ならなおさらヤバい。
慌てて天使が指差した窓の外を見る。だがそこにいた相手は、俺の想像をはるかに超えていた。
「勇君、誰なのかな?その女の子」
幼馴染の少女が笑いながら怒るという荒技を見せながら仁王立ちしていた。
こうなった彼女には反論出来ない。無駄だと思うが弁解してみる。
「・・・い、いやあのですね、この子は決して家に連れ込んだとかじゃなく・・・」
「ふーん、連れ込んだんだ」
「いやだから違くて!」
「あなたの相手は彼女なのです」
「勝てるわけねえだろッッ!!!」
この後、律儀に玄関から入ってきた幼馴染さんに「めっ!」されました。逆にちょっと癒された。
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俺の幼馴染、祝子萌々。ボブカットの髪は茶色がかっており、大きなふたえの瞳はたれ気味、そこそこに健康的な体型。性格はおっとりしていて話していると和む。ちなみに抹茶とお金(小銭)が好き。要するに一般庶民だ。
もちろん、フクコーに在籍している以上超能力者なんだが・・・未だに萌々の能力は見たことがない。なんでも『似合わない能力だから恥ずかしくて見せたくない』だそうだ。入学試験どうやって通ったんだ?
ソファに座った萌々の前に正座する俺。萌々はそんな俺を怒ったような呆れたような顔で見下ろしている。
一応事情は説明した。この少女が天使だということ、俺はこいつのせいで勇者にされかけていること、状況が悪かったため周りの目を気にしてつい家に引き込んでしまったことなんかを。信じてくれてはいないようだが。
「えーっと、よく分からないんだけど・・・この子は天使ちゃんで、勇君はこの子に勇者になれって言われてて、ついてきちゃったから家に入れた、ってことかな?」
「俺の説明でよくそこまで分かったな、その通りだ」
「うん・・・信じられないね!」
「まあそりゃそうだよな・・・」
いきなり天使だとか勇者だとか言われても信じられるわけがない。俺だって前世の記憶がなけりゃ信じてないさ。それといい加減足が痛くなってきた。
「本当にえっちい目的で連れ込んだんじゃないんだね?」
「そっちか!!」
そっちは信じろよ!俺だってあんたの幼馴染ですよ!?
「断じて違う!」
「・・・・・・分かった、信じる」
「まだ納得してないっぽいんですが!?」
「しつこいよ~。勇君がそんなこと出来るような人じゃないってことくらいちゃんと分かってるよ」
「そうだよな・・・今の、なんか俺が納得できないが」
「はい、この話はおしまい!・・・そんなことより、外暗くなってきたね~」
「もう7時過ぎだからな」
「それじゃあ、勇君は出てって?」
「はい!?」
前後の文脈がつながってない気がするんだが!?
「ちょっ!なんでだよ!」
「天使ちゃんをお風呂に入れるんだよ。勇君がのぞきに来ないとも限らないし。だから出てって?」
「信用ないな俺!」
さっきは俺のことえろいことなんかできるやつじゃないって言ってたくせに。
まあ、ここで居残ったって仕方ないのは確かだ。素直に出ていこう。足も痛いから立ちたいし。
「分かったよ、出てきゃいいんだろ」
「そうそう。物分かりが良くてなにより」
足が痺れていたせいで立ち上がるのに少し時間がかかった。
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家から徒歩5分のところにあるコンビニでマンガを立ち読みした。
ふと時計を見るともう8時過ぎ。結構時間が経ってしまった。そろそろ帰ろう。
家に帰るとバスルーム前にちょうど風呂あがりの天使がいた。
もちろん全裸・・・ではなく、クマさん柄のパジャマを着ていた。家が近いから多分萌々が持ってきたんだろう。こうしてみると天使も可愛いな、愛玩的な意味でだが。
「・・・無かったのです」
「ん?」
「こーひーぎうにうという飲み物を風呂あがりに飲むのが常識だとモモに聞いたのです。でもレーゾーコに無かったです」
「ああ・・・」
そう言えば買ってなかったな。それと萌々、それは風呂じゃなく温泉とか銭湯あがりの常識だ。
「今度買っとくよ。それでいいだろ?」
「絶対なのです」
「分かった」
(・・・あ)
何が『今度』だよ俺。こいつには何とかして帰ってもらうんだぞ。今度なんてあるわけないだろ。
そんな話をしている間に萌々が風呂から出てきた。
「天使ちゃーん、まだ髪乾かしてな・・・!」
風呂から出てきた萌々は裸にバスタオルを巻いただけの姿だった。眼福です。
「勇君、帰ってきたならちゃんとチャイム鳴らしてくれないかな?」
「いや、自分ちだし・・・!」
「もんどーむよー!」
萌々のパンチを食らった。眼福ついでに癒された・・・と思ったら吹っ飛んだ。なんで!?
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夜。遊びに来たついでに夕食まで作ってくれた萌々を帰した。家にいるのは俺と天使の二人だけ。さすがにこんな時間に天使を追い出すわけにもいかないので・・・仕方なく、今晩は泊めることにした。このままだと住みつきかねないがな。
天使には使っていない母さんの部屋を貸した。母さんも父さんも荷物は全部持って行ってるので、部屋にはベッドとテーブル、何も入っていないクローゼットくらいしかないが、乱雑してるよりいいだろう。
リビングでテレビを見ていた天使に部屋を教え、早く寝るように伝えた。
「分かったのです」
天使は階段を上がっていく。が、数段上ったところで振り向いた。
「そういえば、まだあなたの名前を聞いてなかったのです」
「俺の名前?言ってなかったか。多久島勇歩だ」
「ユーホ・・・覚えておくです。おやすみなさいです」
「ああ、おやすみ」
天使が上がっていったのを見届けたあと、夕食に使った食器を片づけた。
明日も学校だ。俺もそろそろ寝ないといけないな。
2階にある自分の部屋に戻りベッドに飛び込むと、次第にまぶたが落ちてくる。
程なくして俺は眠りに落ちた。