03:打ち合わせ
「此処が、『アルマンド』の社長の家……ですか?」
そうだ、と言うクラウス達だったが、彼女は予想外の大きさに思わず目を回しそうになった。
魔法医薬株式会社『アルマンド』の社長、エルベス・ベルモンドの自宅は、彼女の想像を超える程の敷地面積を持っており、ざっと距離を見た限りでは、玄関までは五分ほど歩かなければならなさそうだ。
明日に控えるパーティでの身辺警護の打ち合わせに来たアルシア達は、第一ゲートに居る警備員に用件を告げると、閉ざされていた扉は開き、歩みを進めていく。
中は本家の他に、母屋や蔵、広々とした庭と小さな池が設置されており、近くで一人の黒髪の女性が犬と遊んでいる姿が目に映った。
「こんにちは、フェミリア嬢」
「もう……そういう言い方はやめてよ、フランツ。恥ずかしいじゃない」
彼女は恥ずかしそうにそう言うと下を向いて俯くが、まんざらでもなさそうで少し嬉しそうな表情も浮かべていた。
しかし、彼女を知らないアルシアは困ったような表情になっているのに気づいたクラウスは、ああ、そうだったね、と前置きして紹介を始める。
「彼女は、フェミリア・ベルモンド。エルベス社長のご令嬢だよ」
「ご令嬢だなんてそんな……。クラウスとフランツは私と同じクラスだったんだから、もっと気楽に話してくれないかしら?」
彼らの話を聞く限りでは三人は魔法学校時代からの同級生であり、その縁から彼女の父親と知りあったようだ。
まさか、先生を辞めて社長になるとは夢にも思わなかったけどね、と笑っているフランツの姿を見ていると、アルシアは彼らの恵まれた環境が少し羨ましく思っている自分が居ることに気が付き、考えを戻すために思考を仕事モードへと切り替える。
彼女は綺麗な服を纏っているフェミリアの方へ近づき、不器用ながらも笑みを浮かべて自己紹介を行う。
「アルシア・ブレッドです。今年から『アフロディテ』で実務補佐として働くことになりました。よろしくお願いします」
彼女が礼儀正しく頭を下げる姿を見て、フェミリアはそんなに畏まらなくてもいいのよ?と告げてやんわりと頭を上げさせると手を差し出し軽く握手をした。
「社長はどちらに?」
「お父様なら、本家の方に居ますわ。私も丁度戻るところだったし、一緒に参りましょうか」
彼女は側にいた犬の綱を持ち直すと、では行きましょう、と告げて彼らとともに歩き始めるが、意外にも近くまで来ていたようで、本家まで着くのにそう時間は掛からなかった。
現代風のデザインで作られた赤いレンガの家の門は渋い緑色で彩られ、目の前の花壇に植えられているコスモスの花は綺麗に咲き誇っている。
フェミリアは、玄関扉前に設置してあるインターホンに手をかざすと、扉は小さく音を立てて開いた。
(手をかざすだけで開くとは……。魔力が反応する仕組みにでもなっているのかしら?)
「これは精神登録技術って言って、他の国で発明されたセキュリティシステムみたいですよ。とても高価みたいなのでまだ一般にはそう多く普及していないと聞きます」
アルシアの表情を察したのか、フェミリアはそう言って中へ案内すると、大きな居間が彼らを出迎える。
赤く美しい絨毯がひかれた中心部の周りには大きなベージュのソファが置かれており、三人はそちらに座るようにと席を進められた。
周りには艶のある高級家具やインテリアとして利用されている魔法グッズも置かれており、珍しい物ぞろいに思わず目を奪われる。
「今、お父様を呼んできてるから少し待っていて頂戴ね」
家政婦と共に紅茶と茶菓子を持ってきた彼女は三人の前に置くと彼がいる書斎の方へ向かう。
上品なカップに入ったアップルティーを啜り、依頼主である彼を待っていると、隣に座っていたフランツは出されたクッキーを手に取りながら、再度、部屋の内部のデザインに視線を向けた。
「いやー、しかし、大きなお家だとは聞いていたけど此処まで大きいとはね……」
「えっ?此処に来たのは初めてなんですか?」
意外な発言に彼女はカップを持ったまま驚きの表情を浮かべる。
「フェミリアの前の家での誕生日パーティには招待されたことはあるが、新居へ来たのは初めてだね」
一番右に座っているクラウスはアップルティーに一つ、角砂糖を入れて飲みながら話をしていると、奥から扉の開く音が響き渡った。
彼女と同じ黒髪を整え、ゆったりした服を着込み、温和そうな表情を浮かべた男性はフェミリアと共に現れ、彼女と一緒に彼らの向かい側のソファへ腰を下ろす。
「よくぞ来てくれた。クラウス君、フランツ君。――ところで、そちらの女性の方は?見かけない顔だが」
先程と同じ様にアルシアは簡単に自己紹介を行うと、座っていた男性はそうかそうか、とにこやかな表情で挨拶を返した。
「お噂はかねがね聞いております。ベルモンド社長」
「いや、君のような美人に言われるとこちらとしても嬉しい限りだね」
「いえ、そんな……」
真正面から満面の笑みで褒められた事は無かったアルシアはどうしていいのか分からず、苦笑いを零すしか無い。
隣に座っている娘のフェミリアは、もう、お父様ったら、と呆れた表情を浮かべているので、どうやらこの様な事は日常茶飯事らしく、彼女もそれ以上何も言わなかった。
エルベスは気を撮り直すために小さく咳払いをすると、今回の仕事の詳細についての説明をし始める。
互いの考えを述べ、打ち合わせも終盤に差し掛かった所で、突如、エルベスは言いづらそうに声音を低めて深刻そうに表情を一変させた。
「君たちを呼んだのは、身辺警護の為なのだが……。それとは別にもう一つお願いをしたくてね」
「と、申しますと?」
持っていたメモ帳の手を止め、クラウスは彼に向かって聞き返す。
「実はな……。これを見て欲しいのだ」
彼は懐から一枚の封筒を出した。
白い封筒の表紙には、筆記体で、エルベス・ベルモンド様、とだけ書かれており、差出人名は何も書かれていない。
「中を開けてもよろしいですか?」
頷く彼の姿を見たクラウスは、封筒から一枚の紙を取り出すと四等分にされている紙を丁寧に開いていくと、その内容に顔を歪ませた。
「これは……」
ちょっと見せてください、と一番左に座っていたアルシアは彼から紙を渡してもらうと同じように目を通す。
「来週の祝賀会にて、面白いプレゼントを用意しております。お気に召されれば有難いです……か」
整った黒い字で書かれてある事から、犯人自らが手書きで書いたものではなさそうだ。
恐らく、何処かの店に置いてある文字打ち機とコピー機で作られた文章だろう。
「心当たりは何かあるんですか?」
「いや……それが全く無くてね。取引先関係で問題を起こしているわけでもない」
「この件は警備隊に通報したんですか?」
フランツの問いに彼は困った表情を浮かべると小さく嘆息をつくと同時に横に座っていたフェミリアは不機嫌そうな表情を浮かべ吐き捨てるように言った。
「あんたは金持ちなんだから自分の身ぐらい金で守れ、だそうよ」
その言葉に三人は表情を濁らせる。
この様な事が起きているのは全て内乱後から変わった政治体制だった。
昔は民主主義制のヴィアーレだったが、内乱から勝ち上がった現当主の改革のせいで、国に存在する全ての法律や制度が都合のいいように変えられてしまった。
全ては国家当主のままに捧げられ、国家職員達もまた、当主のために働くという意識改革さえも行われている。
彼らからすれば、当主は絶対的な物であり、当然の事ながら、市民達の事を構っている暇もなく、形式的な物としてだけは職は存在はしているが、書類手続きなどの事務員職を除いた殆どの出来事は、自分で解決しろ、ということらしい。
そんなのはおかしい、と声を上げて立ち上がろうとするアルシアにフランツは軽く手で制止すると、そのまま黙って座り込んだ。
「君がそう言うのも分かる。私達みたいに資産に余裕があって、こうして警備員を雇う事が出来る人はいいが、中流階級未満の家庭はそうもいかない。
私はそういう人達を助ける為に本職の他に、仲介警務業もやっているが、それでも出来る範囲に限界はある。今の制度はおかしいんだ。勿論、こんな事を公にすれば、私はただでは済まないと思うがね」
悲しそうに顔を曇らせるエルベスの姿を見た彼女は何ともいえない気持ちに襲われたと同時にやはり自分の選択は間違っていなかった、と気づく。
あの時、周りに言われるがままに国家当主が管理する施設に就職していたら――想像するだけでもおこがましい。
「警備隊は信用ならないし、私設警備業もほとんどの所は国家当主に牛耳られている。頼める所は君しか無かったんだ」
話を聞いたクラウスは、了解しました、と返事をすると持っていたメモ帳を閉じて胸ポケットの中にしまい込む。
「その件も引き受けましょう。ただし、国家警備隊並の権限は期待できませんが……」
「それは構わない。来ている人達に危害が及ばないように配慮出来てればいいからね」
クラウスは返事をして立ち上がり、側にいた二人に会社に戻るように耳打ちをする。
彼らもそれに従って別れの挨拶を済ませると、大きくそびえ立つ社長の自宅を後にしたのだった。




