07:上層部
「っ……」
綺麗に切り揃えられた銀髪を靡かせていた男は持っていたペンを落として顔を顰めると右腕を抑える。
十数年前、彼はある目的のために傷跡を負っていた。
その傷跡は今となっては薄くなり、現在では完治しているはずだが、この数年前から再び痛みは起こり、特に季節の変わり目に起こる様になっていた。
彼は胸ポケットの中から、錠剤を一つ取り出すと近くにあったミネラルウォーターと共に口に含む。
(また、か……)
魔法が発展しているとはいえ、未だに医療界では未知なる部分が多く、探索系魔法を利用しても原因となる場所が見つからなければ具体的な治療を行えない。
それこそ何人かの優秀な魔法医薬師に診てもらったが、どの人物も魔法による目視検査を行っても異常はないとしか言わなかったのだ。
仕方が無いので、対処療法として薬を利用し、痛みを和らげるしか無いのだが、それでも効果が薄くなって変えた薬の数は二十個以上に及ぶ。
二十二個目になる新しい薬が入ったケースを胸元に仕舞いながら、彼は真後ろの窓から見える景色を見上げた。
(もう二度とあの様な日々は過ごしたくない)
蒼碧の瞳からは一瞬ながらも恐怖と悔しさが映る。
親から期待され育った彼だったが、初等学校へ入学した六歳の春に衝撃的な事実を告げられ、それ以降、周りからある一言を付け加えられていつも生きてきた。
そして、彼は二十代前半の時にそれを克服し、十五年前の内乱をきっかけに現在の地位へと上り詰めたのだ。
(此処で倒れこむ訳にはいかない)
彼は痛みが収まった右手を軽く握り締める。
魔法国家として名高いヴィアーレだったが、逆に言えばそれ以外の力は何もなく、
今では別の手段で軍事力を伸ばしているアルマヴィオラと比べて、同等と言えるかどうかという程だ。
所詮、魔力は人の力でありエネルギーである。
彼のような極めて稀な例ならまだしも、大半の人々はよく頑張っても中級魔法士程度の実力しか持たない。
それも、一流と言われている魔法学校以外で上級魔法を学んでも使いこなせる人などほとんど居ないのが現状だ。
(やはり、俺は世界を手に入れたい)
魔法という力がある以上、禁忌の手法を使って、悪魔などを召喚し、転覆を狙うという手もある。
だが、その力では実質的に力を支配した事にはならない上、自らの目的と反り合わない。
(世界……いや、せめて軍事帝国を抑えてしまえば、実質、こっちにとって有利に働く様になるもんだ)
現在、世界で一番の主導権を握っていると言われている軍事国家・ヴィジアン帝国。
歴史はヴィアーレより古く、最古の国家と言っても過言ではない。
だが、古すぎるが故に現代ではこの国家以外は太刀打ちすることが不可能と化していたのだ。
二十年ほど前に協定を結び、世界第二位の力を持つゼファール王国も帝国との主従関係となっており、頭が上がらないが、この絶対的な力を破りたいが為に彼は歯向かうのではない。
それならば、他国との連携を視野に入れてでも強引に奪い去ってしまえば済むからだ。
彼があの帝国にこだわり続けているのには個人的な理由があった。
(あいつには一度、負かしておかないと気が済まない。そうやって絶対的支配をしてられるのも今のうちだぞ)
あの出来事こそが、彼の人生のターニングポイントであり、今の彼の生活の礎を築いているようなものだ。
彼はそう思いながら、一息を付いているとドアの外からノック音が聞こえた。
どうぞ、と彼は言うが、対する訪問者は彼に対しての挨拶もなく、そのままドアを閉めると近くにあった来客用のソファーに腰を下ろした。
「ったく……。事件の後処理というのは面倒なもんだな」
小さく溜息を付いて、黒の瞳で彼の方を見やりながら、自身の黒髪を軽く掻き上げる。
着ている服は部屋の主が着ている国家服とほぼ同じだが、彼の方はデザインが質素だ。
しかし、彼が持っている階級はプラチナであり、通常ならば、専用にデザインされた服を着込んでいても構わないが、彼自身はそれを好んでいない。
それは、見栄を張りたがる奴こそ、服などの装飾品に縛られるもんだ、と自負しているからであり、もし、目の前にいる銀髪の男さえ居なければ、彼でも様々な物を握り、国の細部まで改造させることも可能だっただろう。
実際、周りに渦巻く、様々な処理の実権は彼が握っており、一つの官省を動かすのも動作はないが、今の彼ではそれ以上の事は出来ない。
その原因は紛れもなく、この部屋の主である銀髪の男が握っているあるモノがあるからであり、それさえ無くしてしまえば今直ぐにでも脱却したいのが本音だ。
その想いを気付いているのかいないのか、銀髪の男は手前にあったコーヒーカップを啜りながら、座っている男に話しかける。
「今回の事件は、俺達自身の暗部を突かれる危険性があったからな。まあ、事件は丸く収まったからそれで良いのだが……どうにも腑に落ちないな」
「やっぱりお前もそう思うか」
ソファーに座っている男は持ち帰った資料を見やる。
今回の報告書が全て揃えられており、資料紛失のペナルティとして政府側は研究所に対して一年間の国家業務の研究に携わる業務から外す対応を行った。
また、これとは別件に浮き彫りとなった、数カ月前に虚偽の資料を提出した疑いも有り、該当する国家資料館は同等の処分を下した、との通達もあった。
「そもそも、あの研究所自体、武器の研究は進んでいたが、国家で使われている物なんてたかが知れていたし、どうせ抜き出すのなら、エーテルにある第一研究所にでも行ったほうが、それこそ小国でも立てられる様な面白い資料とか残っている物が多いんだしさ」
国家当主である彼の意向として、資料を国内に分散化させていたが、日常的に重要視されている資料に至っては国家の首都となっているエーテルに保管されている。
それは、彼の上司である銀髪の男、アレクシス・バラードが、緻密に計画を立てて、国家を創りあげていく為に重要な事であったのだ。
「この事件、他国の秘密組織が行ったとは思えないな」
「俺もそう言いたいが、それを裏付ける証拠が出てこないだろう、エリアス」
アレクシスはひらひらと手を振りながら、黒髪の男、エリアスに対してそう言う。
聞かれた彼も今回ばかりは分からん、と呟くだけだった。
「俺達に敵が多いから、そんな事気にしていたら前に進めないし。第一、俺にはやらないといけないことがあるしな」
彼の言うやらなければならない事というのはエリアスにも分かっている。
八割方終了したとは言え、まだ満足に全ての計画が終了してはいないのだ。
「……分かったよ、俺に調べろって言うんだろう?」
鋭い視線を向けながら笑うアレクシスに対し、エリアスは苦笑いを零すしかない。
大体、その表情を見せる時は何かの頼み事をするパターンの方が多い。
付き合いが長い彼らだが、その辺は十分わきまえている様だった。
持っていた資料を彼の机に置くと踵を返し、入ってきたドアの方へと向いて歩みを進める。
「言っておくが、期待はするなよ?」
アレクシスは軽く返事を行うとエリアスは黙ってその言葉を聞いて出て行く。
見送った彼もまた、掴みどころのない疑問を頭の中に抱きながらも、他の作業を行い始めたのだった。
◇◆◇
夜勤勤務で残っている職員以外は全て帰宅しているこの状況の中で、一人の男性が資料を黙って読んでいた。
プラチナ階級の所持者であるティエリー・ルメルシエは昨日、レイモンドから頼まれた件について、早速調査を行なっていた。
ロックが付いている書庫をマスターカードを使って開けると目的の所まで行き、その場所を中心として資料を漁って居た時に見つけたのもだ。
(レイモンド、お前の読みは当たっていたな)
彼の読みは正しく、あの研究所が関係している物はどれも現実味に欠けるデータが多い。それに加えて、査察者は全て同じ人物だった事に彼は気付いて、詳しく資料を見やる。
(査察責任者は、バート・エイミス……。あのエイミス財閥の御曹司か)
エイミス財閥と言えば、国内に有る三大財閥の一つであり、その中でも大きいとされているのがこの財閥だ。
バート・エイミスはその財閥の三男であり、仕事を引き継いだ長男と次男に比べて、自由に育ち、国家従事者となると言っても反対はされなかったという不思議な経歴を持った人物である。
勿論、この国家従事者へは財閥の力など関係なく、正当な試験手続きで入っている。
今では査察業務の部長をしているらしく、自分の補佐であるルーカスの事をライバル視しているらしいという事も小耳に挟んでいる。
(確かに技量ではルーカスの方が上だが、それでもこいつの勤務態度は悪くなかったはずだ)
あの研究所は出来てまだ真新しく、恐らく、まだ三年程度しか経っていない。
彼が部長の役職を受けてから三年が経つので、担当し始めた時期を顧みれば、初期の頃からこの研究所と繋がっていた可能性が高い。
彼はまだ、二十六だが、シルバー階級でも上の方に位置しており、次のゴールド階級合格者はバートかもしれないと言われている。
仕事が出来る彼がこの研究所の実態を見逃すというのはなにか理由があるとしか思えない。
しかし、此処で何か問い詰めれば、向こうは何かあったと感づき、余計に話をしなくなるだろう。
(此処でプラチナの自分が出てくれば、相手は不審に思う。ならば、アレしか無いな)
早速、ティエリーは普段ならば持ち歩くことを好まない、携帯用端末を取り出すと彼はある人物へ向けて、通信メールを打ち始める。
不自然さが無いよう、一般的な職務内容の文章を装いながら打った彼は送信ボタンを押し、相手先に送った事を確認した後、端末を仕舞って背伸びを行う。
そして、持っていた資料を元の場所へと片付け始めた。
(ま、あいつは嫌がるかもしれんが……。ちょっと仕事をしてもらおうかね)




