卒業式と歓迎会
週明けの月曜日。
まだ朝の八時前という時刻にも関わらず、彼女は早めに登校し先日呼び出しを受けた職員室のドアの前に立っていた。
小さく溜息を付きながらそっと扉を開けた彼女は相変わらずの無表情で、ある人物の元の机へと歩いて行くと、まだ来たばかりで荷物を出し入れしている担任に声を掛けた。
「先生、進路が決まりました」
後ろから不意に声を掛けられた彼は驚きのあまり、書類を落としてしまう。
彼女はバラけた書類を拾い集めて机の上で綺麗に整えて、担任へ手渡した。
「し、進路が決まっただと?この時期に?」
「ええ。だから心配しないで下さい」
アルシアは自らの進路が決まった事について担任に報告を簡潔に行うと目の前にいた担任である初老の男性は安堵と喜びの声を上げる。
そして、数日前の自らの発言が少し行き過ぎていたと陳謝するが、そんな事は彼女にとってはどうでもよく相変わらずの表情で彼を見つめていた。
担任はまだ彼女が怒っていると勘違いしながらも、気まずそうに目を泳がせ、これで全員綺麗に揃って卒業できるな!と言ってその場を誤魔化そうとする。
その姿に彼女は嘆息を零し、じゃあ、失礼します、と素っ気ない態度で職員室を後にしようとしたのだが、彼から、一つ聞き忘れた事がある、と言われて歩みを止めた。
「民間企業に就職したという話だが……。それはどんな会社かね?」
「ただの委託警備会社ですよ」
もうこれ以上話す事はない、と言わないばかりに彼女は一言告げると手にかけていたドアノブを回し、学校を後にしたのだった。
◇◆◇
そして、時は過ぎ去り、三日後の卒業式。
好天に恵まれ、学校内に咲いている紅葉が卒業生達の祝いの門出として舞い上がり、卒業生達は苦楽を共にした同級生達との別れを惜しむ姿の中で、憮然とした表情を浮かべた女子生徒がいた。
彼女は他の同級生の姿を少し見やり、そのまま終わった卒業式会場を後にすると校庭の裏の方へ回りこみ、近くの石畳に腰を下ろした。
爽やかな秋風が心地よく、長く綺麗な灰色の髪が風の動きに従いふわりと揺れる。
(――綺麗ね)
色とりどりに咲く山の紅葉を見て彼女はふっと笑みを零す。
此処は彼女が避難所として利用していた裏庭のスペースであり、人目に付きたくないと思う時にはよく利用していた場所だった。
(いつ見てもこの景色は変わらないのね)
彼女は此処から映る景色が好きだった。
春夏秋冬によって変わる風景は、どの季節でも美しく、一つの絵としてアルシアの目に映る。
吹いている風の気持ちよさに思わず表情を緩ませながら、春には此処で咲き乱れる桜を見ながら一人で花見もしたっけな、と思い出しているとふと後ろから視線を感じた。
アルシアが振り向くとそこには茶髪の男性と短く整えた金髪の男性の姿があり、見知った二人の姿に彼女は驚きを隠せない。
「どうして此処が――」
分かったのか、と言おうとした彼女だったが、彼らは何も言わずに彼女の隣へ続けて座る。
アルシアの手前に座っているクラウスは、お前の事だからこういう場所が好きなんじゃないかと思ってな、と優しい表情を浮かべながら彼女に向かって言う。
「別に私は卒業式に来て下さいと言った覚えは無いんですけど?」
先程からのアルシアの態度の変わり様にフランツは笑い、彼女を宥めた。
「いや、クラウスがね、アルシアちゃんの卒業式に行きたいって言い出してさ。折角、母校に来るんだから、という事で来たのはいいけど、当の本人は逃げ足が早くて……。探すのにちょっと苦労したよ」
「クラウスさんが……?」
意外とばかりに彼女は目を見開きながらクラウス達の姿を見ると、それより、と言って言葉を切り出す。
「母校って……。二人はアルシェルラ魔法学校出身なんですか?」
「ああ。俺とフランツは幼馴染かつ同級生でな。本当、この場所は卒業した当時から変わっていないな……」
「クラウスとサボる時はこの場所でよくやってたよね。人目に付かないし」
何よりも此処の景色、綺麗だからさ、とフランツは言うと、山の方に咲いている紅葉を眺めた。
彼らは赤色や黄色に染まった山の秋景色に何かを思い出すように暫く見やると、クラウスが、さてと、と言って立ち上がる。
「今日はアルシアの卒業祝いと明日からの歓迎会も兼ねて何処か行こうか」
「いや、私は別に……」
余り、人が多い場所で食べるのは好きではない、といった表情を浮かべたアルシアだったが、察したフランツは大丈夫だよ、と言って声を掛けた。
「オススメの店があるんだ。そこはとっても静かで何よりも美味しくてね。もし、アルシアちゃんが卒業パーティにでも行きたいって言うのなら、今日は取りやめにしようかなって思うんだけど――」
彼の言葉にアルシアは否定の表情を浮かべて頭を横に振り、クラスの卒業パーティだけは行きたくない、と告げる。
二人は、そうか、と言っただけでそれ以上何も言わず、じゃあ、行こうか、と彼女の手を差し出して立ち上がらせるとアルシェルラ魔法学校の正門をくぐり抜け、その場を後にしたのだった。
◇◆◇
一行がやって来たのは、学校から少し離れた場所に存在する小さな商店街だった。
「ミルシェ」と呼ばれるこの商店街は小さいながらも店はそこそこ存在しているが、ご飯時のピークにも関わらず人が少ない。
アルシェルラ魔法学校から一番近い、かつ放課後や休暇中に賑わいを見せている、中央都市・エーテルの最大商店街「サーヴァン」とは正反対の場所に彼女は顔を曇らせた。
「大丈夫だ。此処は中心部から離れていて人が少ないだけだ」
「今から行くお店、本当に美味しいから、まあ、見てなって」
二人の後を付け、商店街の中を歩く先に彼ら一押しの店の看板が目に入った。
赤い看板の色には何やら見慣れない異国の文字が書かれており、彼女は一層の事顔を強張らせる。
「”チューカ料理”っていうジャンルの店なんだけどさ。此処のエビチリって奴が本当に美味しくてね。さ、入ろうぜ」
言われるがままに入ったアルシアだったが、店内はこの国とは一風違っていた。
国内では木製の机にお洒落なクロスが敷かれている洋風なデザインとは違い、囲むように丸く作られたデザインの机の上には小さな回すテーブルが置かれている。
三人は互いに向かい合うように座ると、回すテーブルの上に置かれていたメニュー表を取り出し、近くにいたウェイトレスを呼んだ。
「すみません、”マーボードウフ”と”チンジャオロース”、後、”チャーハン”三人前お願いします」
「それと、エビチリも一つ追加ね」
畏まりました、といかにも異国風の服をまとった女性はそう告げると、奥にある厨房の方へと姿を消す。
そして、再び彼女が全ての料理を持って出てきたのは意外にも早く十分程度の事であった。
「お待たせしました」
三人前となるとかなり量が多かったのか、二人のウェイトレスは持ってきた料理を回すテーブルの上にそれぞれ置いて去っていく。
テンションの上がっている二人とは対照的に彼女だけは不安そうに出てきた料理を見つめていた。
クラウスは置かれていた取り皿を持ち、アルシアとフランツに渡す。
渡された彼は嬉しそうに、頂きます、と言うと置かれた箸を手に取り、料理を口に含んだ。
「んー!美味しい!やっぱ此処の”チューカ料理”は最高だな!」
食べ進めている彼の横で食の進んでいないアルシアの姿を心配したのか、どうかしたのか?とクラウスは尋ねる。
「いや……。これとか辛そうで……」
彼女は小皿に入って盛りつけてある”エビチリ”を指す。
この国では、素材が味付けによって赤くなっているという事は、唐辛子などの香辛料が使われて辛い、という認識があるからだ。
そんな彼女の姿にフランツは微笑みながら、安心させるように優しい声音で言った。
「大丈夫だ。エビチリは辛くないよ。それに怖がってちゃ何も進まないぞー?」
「ば、馬鹿にしないで下さい!こ、怖くなんか無いから!」
明らかに彼の発言に動揺した姿を目にしたアルシアだったが、置かれている箸に手を取り目の前の料理を取ろうとするが、慣れないためか中々掴むことができない。
「無理するな。……これ使え」
クラウスの手前に置いてあったフォークをアルシアに手渡すが、自分だけ使えないことに腹が立っているのか少し頬を膨らませながらもフォークを使い、料理を自らの口の中に入れた。
その瞬間、彼女の目は大きく見開かれ、……美味しい、と小さく呟いたアルシアの表情は先程とは一変、喜びの表情へと変わる。
「だろ!?此処の料理、値段もリーズナブルで美味いんだよー」
「たまに違った味を食べたいと思った時にはよくこの店を訪れるんだ」
いつもの感情を見せない彼女が少し嬉しそうな姿を見せたことで、安心したのか二人は個々に店の感想を言う。
そして、普段とは違う彼女の姿に、クラウス達は思わず笑みを零しながら食べ進めていく内に彼女の祝いパーティの時は過ぎていった――。




