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Magic civil war tale  作者: 雨音ナギ
Episode2 「それぞれの立場と蠢くモノ」
17/38

06:計画

「ああ、おかえり、兄さん」


 クラウスがドアを開け、聞こえてきた第一声はレイモンドの声だった。

 彼はいつもクラウスが座っている席でコーヒーを嗜みながら、クッキーを手に摘んで食べている。

 アルシアも隣の仕事机へ座り、金色に縁取られたカップを手に持って紅茶を啜って飲んでいた。

 奥の作業扉が閉まっているのを見る限り、フランツはまだ作業をしているようだ。


「ああ、おかえり――じゃない!何でお前はそんなにくつろいでるんだよ!」


「私とレイモンドさんで溜まっていた書類を片付けていたんですよ。そうしたら、午前中に全部終わっちゃって……」


「何!?午前中に全部終わっただと?」


 クラウスは彼らの言葉に対して驚きながらも、着ていた黒のコートを脱ぎながら専用の棚の方にあるハンガーを取り出して引っ掛ける。

 実はここ最近の忙しさの影響で資料や報告書等は多く溜まっており、その枚数は約三百枚に及ぶ。

 大人数で手分けしてやれば、大したことのない量だが、三人で切り盛りしているこの会社では、実務の仕事をしながらでは全ての書類を迅速に終わらせることは難しかった。

 書類の種類も様々であり、印鑑を押して最終報告書としての提出をするだけの物や箇条書き程度にでも報告書として纏めないといけない物も存在しており、夕方まで頑張っても半分程度ぐらいしか完成出来ないと思っていたからだ。

 それを二人で全て片付けてしまった、というのに驚くのも無理は無いだろう。

 尤も、今日中に全ての資料を片付けれるとは思っていなかったので有難いと言えば有難いが――。


「判押しと書類整理は殆ど、レイモンドさんがやってくれました。私は箇条書きで書かなきゃいけない書類の整理だけしか出来なくて……。でも、その様な書類は全体の二割程度にしか過ぎず、大半は最終報告書の確認ばかりでした。それほど多いと感じるものではありませんでしたよ」


「一応、判押しに関してはアルシアちゃんやフランツさんに確認しながらやったけどね。まあ、書類整理に関しては伊達に三年間、あの資料室での作業をやってないからねぇ」


 彼の方を見据えながらレイモンドは言う。

 彼からしてみれば、此処にある資料はいつもいる資料室に比べて微々たるものであり、今更、驚くほどでも無いと思っているらしい。

 それよりさ、と彼はクッキーを手に取りながらも、クラウスに対して一つ質問した。


「内部視察どうだった?」


「――まあ、余り心地がいいものではなかったな」


「でしょ?あそこの研究室って年に一度行くんだけど、なんか変な人ばっかりなんだよね。今回は兄さんが言ってくれて助かったよ」


「お前、本当にサボる気で……」


 完全に呆れているクラウスの姿を見たレイモンドは慌てて、そうじゃないってば!と否定する。


「兄さんも見たんじゃないの?」


「見たって……研究員の妬みのことか?」


「まあ、それもあるけど……。新作の武器開発はどうだった?」


 彼に聞かれ、クラウスは今日の昼に見た光景を話し始める。

 新素材とされている水精金属(ミズフィール)の加工現場に立ち会ったと言うと、レイモンドは結構レアな体験したね、と言って返した。


「中々、新素材の加工現場をお目にかかることは難しいんだよね……。しかし、水の精霊を使った金属っていうのは面白そうな代物だね……」


「ん?お前……」


 その時、クラウスは先ほどの彼の質問に対して疑問を持つ。

 確かに今回の目的は暗部で行なっている研究所についての実態調査だったが、今の話は全く関係の無いことだ。

 不思議そうに表情を変えているとレイモンドはああ、ごめんごめんと言って、彼の方へ振り向いて言葉を紡ぎ始めた。


「いや、敵情視察ってやつ?兄さんに今の国家の武器開発を見せておくのもひとつの手かなと思って……」


「――成る程、そういう事か」


 彼の意図に気が付いたクラウスは感慨深そうに表情を緩める。

 どうやら、今の国家の状況を知らせるためにクラウスに武器開発の部分を見てきてもらいたかったらしい。

 クラウスに感謝の意を示された彼は少し照れくさそうにしながらもそのままコーヒーを啜っている。

 流石に空気を変えたかったのか、彼はそろそろ本題に入ろうか、と言うと一つの茶色い封筒を鞄の中から取り出した。


「じゃあ、調査するのは早めのほうがいいし……。一応、此処に資料があるからさ。好きな研究員に化けて入っていいよ」


 余りにも簡単に言う彼に二人は驚きながらも、渡された書類を手分けしてそれぞれに目を通していく。

 中には多くの研究員の名簿が入っており、年齢や性別、出身地なども多種多様だ。


「でも、こんなに書類を持ちだしたら、レイも只じゃ済まないんじゃ……」


「それに関しては大丈夫。これ、複製だから」


 複製?とクラウスは言うのに対して、アルシアは何かに気が付いたように声を上げる。

 そして、取り出した紙を見つめるとやっぱりそうですか、と言って紙の方へ視線を向けながら書類を机の上に置き直した。


「紙から僅かに魔力を感じる……。成る程、幻術系魔法を使ってるんですね」


「そう。正確には、幻術系立体視魔法っていう分野なんだけどさ」


 幻術系とはその言葉の通り、人を惑わしたり、変身したり出来る魔法系統の物だが、その中でも立体視魔法という物が存在する。

 この魔法は、対象となる物を設定し、紙などを依り代としておくと、その場所から持ち出さずに好きな場所で具現化できるという代物なのだ。

 今回の場合は封筒ごと設定したため、こうして多量の書類を簡単に復元化させることが出来る。


「いやぁ、書類に掛かっていたプロテクターをこっそり外すのには苦労したよ。勤務時間外なんかに出来ないしさ」


 本来ならば、こうした流出を避けるために魔法を掛けられる事を防ぐことが出来るプロテクターが仕掛けられている。

 全て魔法工学で創られた専用の機械を通して登録されているため、外部に持ちだそうとしても勝手に持ち出せないようにしてあるし、複写を防ぐために魔法自体を封じる事もされていたりする。

 今回は持ちだしたことをバレることを懸念し、安全策とも言える複写魔法でこちらに持ってきたわけだが、プロテクター自体を外すなんてことは、館長クラスでしか出来ない芸当だったりするのだ。

 もはや此処まで行くと彼の職権濫用だろうと彼女は思うが、彼自身の頼みと調査をを遂行するためには現在の所、これ以外の方法は無いため、これ以上彼らに突っかかったとしても何もならないだろう。


「しかし、罪のない研究員に化けて入るのは何だか心苦しい限りですね」


 書類を見ながらアルシアは言う。

 この行為は正義とは程遠く、彼女の中では余り良しとした感情を覚えてはいないようだが、座っていたレイモンドはそれは違うよ、と言って否定をした。

 どういう事だ?と言わんばかりに彼女は眉を潜めると、詳しい詳細について彼は話を始める。


「私が罪のない研究員に化けさせるためにこの書類を持ってくると思うかい?」


「おい、まさか、こいつらって……」


 クラウスが何かに気が付いた表情を浮かべると、そういう事、とレイモンドは言って彼に同調する。


「今回のデータに関する関係者の一覧書類だよ。恐らく、この人達は皆クロだろうね」


「じゃあ、そこまで絞れているなら、こんな事しなくてもその人たちを押さえてしまえば……」


 彼女の言葉を遮り、隣に居たクラウスはそれは無理だ、と言って否定をした。


「データを怪しいというだけでは研究員達をしょっ引けない。精々、任意調査が関の山だ。こいつらの顔ぶれを見る限り、そう簡単に口を割る奴らだと思えないしな」


 そう言われ、アルシアはよく書類を見ているとその理由が分かった。

 この研究員達に共通していることは昔、国家組織のお膝元と言われた本部務めの研究員であり、全て国家当主に息を吹き込まれた人物たちだったのだ。


「今回の件はそこまで計算にいれてた訳だろ?」


「計算って、まさか……レイモンドさん、この人達の真相を炙り出すためにやるつもりですか?」


「当たりだよ、アルシアちゃん。此処までしないと彼らは裏研究の内容を話してくれなさそうだからね」


 此処まで自分の計画の内として考えていたのか、と思うのと同時に自分の考えがまだ甘いことに気が付いたアルシアは小さく息を飲む。

 クラウスが、戦術に優れているのに対し、彼は計画を立てるのが得意なのだ。

 言わば、参謀の役目であり、この二人が本気で交わえば、自分の力など赤子同然の物となってしまうのではないか。

 むしろ、彼らが味方側にいて良かったと彼女は安心を覚えていると、隣に居たクラウスは少し機嫌の悪そうな声音で彼に対して話をする。


「で、お前は高みの見物ってわけか」


「いいや、そこまでの危険度として頼んでいるからにはこちらからサポートも行うよ。ただ、表向きの職業上、目立ったことは出来ないけどね。研究所までのセキュリティ解除の案内は私がするよ」


「後は化けて入るための通信制御の問題だが……」


 その時、作業室の扉が開き、やっと出来たよ、と言って来たのはフランツだった。

 彼の手には何やら紙のようなものが握られている。

 それは何だ?とクラウスが聞くと、返って来た答えは意外なものだった。


「通信用の機器だよ。研究所内は恐らく無線は使えないだろうからね。小さい紙に術式を組み込むのは大変だったよ。サイズや文字数は限られてるし」


 彼は二人に紙の通信機器を手渡す。

 本当に小さく創られており、その辺にでも置いておけばただのメモ用紙としてしか見えない。

 しかし、肝心の術式が書かれておらず、気になったアルシアは質問した。


「ああ、これはね、特殊なインクを使ってるから普段は見えないんだ。魔力を介したら術式が浮かんでくるよ」


 こんな風にね、と余りの一枚を取り出して魔力を込めると、ただのメモ用紙にしか見えなかった紙には多数の線が行き渡り、金色に光る術式が浮かび上がってくる。


『まあ、こんな感じで通信する感じかな?』


 突如、聞こえた声にアルシアとクラウスはお互いに顔を見合わせる。

 紙を持っていなかったレイモンドには聞こえていないようで、どうしたの?と聞くだけだが、当のフランツは良かった、上手くいったみたいだね、と言って紙に魔力を込めるのをやめた。


「今、二人が持っている物には共通の暗号術式が仕込まれていてね。俺が魔力を介して思っている言葉を乗せると二人に届く仕組みになってるんだ。記憶操作系の魔法じゃないから、割と利用時間も長いし。と言っても、最大利用時間は紙の大きさからして四時間程度って所かな」


「いや、十分だ。ありがとう、フランツ」


「さて、と……。これで準備はいいね。次の日の深夜零時に計画を遂行しようか。今日はそれまでの為に体力を温存しておこう」


 レイモンドの言葉に、分かった、と彼らはそれぞれに返事をすると必要な物を簡単に話し合って決め、今日の業務を終えたことを示すための看板をドアに取りつけ始める。

 まだ夕方の四時前だったが、早めに片付けを終えた彼らは、仮眠を取るためにそれぞれの部屋に分かれ、実行時刻前までの時を過ごしたのだった――。

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