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Magic civil war tale  作者: 雨音ナギ
Episode2 「それぞれの立場と蠢くモノ」
13/38

02:すれ違い

 エルベス邸での仕事から二日。

 アルシアはまだ体調が戻らないと言う事で、そのまま自宅へと帰り一日の休養を取っていた。

 その日はクラウス達が見舞いに来て、昼と夜のご飯を用意した後、そのまま仕事場へと戻り、依頼主であるエルベスの報告書を纏める。

 作業も佳境に入ったらしく、徹夜となった書類作成はやっと終わり、彼ら二人は一息付こうとしていた所、事務所の扉が開いた。


「……おはようございます」


 いつもの仕事着に着替え、アルシア・ブレッドは彼らの前に姿を現す。

 その表情はまだ病み上がりの影響が残ってはいたが、大分顔色が良さそうな表情にクラウスは心の中でホッと胸を撫で下ろす。


「おはよう、アルシア。もう大丈夫なのか?」


「ええ……。色々と迷惑を掛けてすみませんでした」


 丁寧に頭を下げるアルシアを彼はいつもの席へと座らせる。

 今後の彼女の仕事の話についてだ。

 余り良しとしていない表情から良い話ではない事は想像出来る。


「悪いが、アルシアには暫くの間、事務所で仕事をしてもらう」


 彼女の悪い予感は的中していた。

 おおよその予想はしていたが、やはり直接言われると堪えるものがある。

 彼の言葉を聞いたアルシアは何も反論しようとしない。

 当然の事ながら、エルベス邸で起きた突発的な出来事の対処は彼女自身にも問題があったからだ。

 今回の出来事に関しては自らのミスにより広がったと言っても過言ではないだろう。

黙ってクラウスの姿を見据えている彼女に、彼は小さく息を吐きながら言葉を続ける。


「俺だってお前には期待してるんだ。だが、まだお前には足りない部分がある。己自身でそれを見つけるまでは簡単な実戦も許可できない」


「……分かりました」


 分かっていながらもやはり、離脱宣告を受けたのは堪えたのだろう。

 彼女はそのまま返事をした後、黙っていつもの席に座り、目の前の書類に目を通す。

 いつもの冷たく、勝気な彼女からは打って変わった姿に、隣にいたフランツはいたたまれないと思ったのか、彼女の方に視線を向けると一つのメモ用紙を手渡した。


「アルシアちゃん、悪いんだけど、この材料を買ってきてくれないかな?」


 綺麗な字で書かれたメモには様々な種類の物が書かれていた。

 恐らく、新たに作る魔法グッズの素材が足りず、彼の代わりにお使いへ行ってきて欲しいと言うことらしい。

 それと同時にクラウスとの重い雰囲気から一時的にでも抜けだして、自分の環境を作ってくれている彼なりの配慮でもあるのだろう。

 アルシアはその好意を素直に受け取ると、財布と鞄を持って扉を開けて出ていった。

 彼女の姿をいつもの表情で見送ったフランツは扉が閉まり、彼女が下へ降りていくのを確認すると、専用のデスクに座っているクラウスの方へと近づいた。


「確かに今回はアルシアちゃんのミスだ。けれど、簡単な実戦まで避ける必要性はあるのかい?」


「あいつはまだ未熟すぎる。簡単な実戦も一人でやるのは許可できない」


「そりゃ、そうだけど――いくら、あの子の事が好きだからって過保護すぎるんじゃないの?」


 思わぬ発言にクラウスはフランツの方へ振り向いて目を見開いた。

 その姿に彼は笑みを零しながら、彼の黒く光る瞳を見つめる。


「アルシアちゃんが倒れた時の事覚えてる?」


「あいつが倒れた時は――俺が医務室に運んで……」


「そう。あの時のクラウスの表情があんなに青ざめてる姿を見たのは初めてだった」


 アルシアが外部犯によって気を失っていた時。

 いつものクラウスとは思えないほど動揺をしていたのだ。

 呼んでも目を覚まさない彼女にクラウスは心が凍り付くほどのショックを覚え、無我夢中で医務室まで走った覚えがある。

 勿論、かすり傷ついていない状態であれほどまで動揺するとは、フランツも想像していなかったのだ。


「アルシアちゃんは俺達が思っているほどに立派な子だよ。あの時だって突拍子無く動いたのが原因なだけで犯人探しは見事に行ってくれた。それに――好きなら相手の事を信じなきゃ何も始まらないよ?」


 彼の言葉にクラウスは黙ったまま耳を傾けるしか無かった。

 勿論、共に過ごす仲間だと思っているが、それ以上に彼女を傷つけたくない気持ちのほうが強い。

 こんな気持ちになったのは初めてだ――と彼は自嘲気味に嘆息を零した。


「あの子を主力に出来るのは俺達次第なんだ。その成長を暖かく見守ってあげようじゃないか」


 流石にそこまで言われて、反論は出来なかった。

 ただ、今回の件は彼女の頭を冷やす目的で、実地離脱と言う事にしているのだ。早々撤回などしたくはない。

 クラウスの心の中を覗いたのか、フランツは、まあ、今回はそういう事にしておいた方がいいかもね、と同意を示した。

 先程とは打って変わっての発言に彼は怪訝そうな表情を浮かべる。


「お前、さっきとは違う発言していないか?」


「アレはアレ、ソレはソレ、だよ。今回の件は離脱しても良かったんだと思う。彼女は少し思いつめてる節があるからね」


「……あいつの心の中、見たのか?」


「彼女が医務室のベットで寝ていた時に突拍子無く……。何もしてないのに感じたのは相当なまでに精神状態が来ていたんだと思う。内容はプライベートになるから言えないけどね。少し気持ちを整理する時間が必要だと思うよ。後、自分自身と見つめ合う時間もね」


 記憶操作系の第一人者がそういうのだ。

 アルシアは気付かない内に色々な気持ちを抱えていたのだろう。


「あいつの心を見抜けなかった俺は……ダメ上司だな」


 肩を落として呟く彼だが、フランツはその言葉を否定した。


「そんな事無いよ。さっき言ったでしょ?今は彼女の休息の時間が必要なだけだって。ああ見えて、アルシアちゃんはクラウスの事、尊敬してるみたいだし」


「……そうだと、いいんだがな」


「いつものクラウスらしくないよ。――後の仕事は俺がやっとくからさ。そこのソファーで少しだけ仮眠したら?」


 本当なら同じ徹夜をしたフランツだって眠たいはずだ。

 だが、クラウスの気持ちを汲み取った彼は少しでも休ませようと気遣ってくれている。

 その気持ちにクラウスは有難みを覚えながら、じゃあ、ちょっと仮眠取る、といってソファーの元へ歩き、横になった。


「――二時間後には起きるからな。その後はお前も寝てくれよ」


 はいはい、とフランツはその姿を見ながら書類整理を行なっているとすぐに寝息が聞こえてきた。

 どうやら、気が抜けてしまったらしい。

 彼はやっていた書類整理を一旦辞めると、近くにあったクラウスのコートを取り出して彼の元へ掛けた。

 幼馴染で数十年付き合っているのも伊達じゃないな、と感じながら、フランツは再び作業へと戻っていったのだった――。


◇◆◇


「寒いな……」


 動きやすい仕事着を来た彼女の体は軽く震えた。

 季節はそろそろ冬を迎えようとしており、半分ぐらいの人は早くもコートを着込んで買い物に来ていているようで、彼女もコートを着てくればよかったと若干後悔の念を浮かべた。

 事務所から程遠くないエーテルの商業専門街に来たアルシアはメモを元に頼まれた素材を探していく。

 この専門街は食堂街・素材街・装備街・薬剤街と四エリアに分かれており、彼女が今いるのは入口付近にある食堂街だった。

 お昼前である為、先にご飯を食べたかったが、時間時が悪かったのか、食堂街は多くの人で溢れている。

 とてもじゃないが落ち着いて食べれる雰囲気では無かったのを感じ取った彼女は先に買い物を済ませる事を決心した後、東の方に存在する素材街の方へと歩き始めた。

 丁度、食事時で人が少なくなっていた素材街へと足へ踏み入れた彼女はそのままある素材店へと足を運んだ。

 メモを読み上げて、渡された魔法粘土や魔法糊などと引き換えに銀貨二枚を支払うと持ってきた革のショルダーバックに買った素材を詰めていく。

 別の店でもその手順を繰り返しながら、計四枚にも綴られたメモ用紙の最後の一枚に書かれてある言葉に目を通した。


「ええっと……。最後は――魔法蜘蛛(マジック・スパイダー)銀錦糸(ぎんきんし)?なんてマニアックな物を……」


 魔法蜘蛛(マジック・スパイダー)は魔物の一種で有ることは彼女は知っていたが、実際には戦ったことはない。

 昔読んだ文献によれば、魔法蜘蛛が放つ銀色の糸は、魔法の剣ですら切れない程頑丈な物であり、装備屋などでは非常に重宝した素材であるらしい。

 全くもって珍しい、という素材では無いが、採取出来る数は少ないためある程度の値が張り、買いに来るのは中級魔法士の中でも中位以上の者が大多数を締めている。


(まあ、一応、お金は多く貰ってるし……)


 彼女の革の財布の中には金貨が十枚と銀貨が二十枚程入っていた。

 素材費として渡されたが、これだけあれば十二分に高級素材を手に入れる事ができるだろう。

 しかし、此処である問題が発生した。

 アルシアはエリアの奥にある魔獣素材専門店へ行き、魔法蜘蛛(マジック・スパイダー)の銀錦糸が欲しいと言った所、店主から在庫は全て無いと言われてしまったのだ。


「いつ頃、追加で来ますか?」


「ダンジョンエリアの素材仕入れ者次第なんだよね。今は魔法蜘蛛の値が上がってるらしくてね。うちの方にも回して欲しいと思ってるんだけどそうもいかないみたいで」


「そうですか……」


 彼女はがっかりした様子で店を後にする。

 エーテルの素材街で唯一、魔獣素材として販売しているのは此処しか無い。

 他は装備品の加工用専門グッズしか売ってなく、彼女はどうしたものか、と思考を巡らせていると――。


「ひ、ひったくりだ!誰か捕まえてくれ!」


 遠くの方から男性の悲鳴のような声が聞こえた。

 銀色の髪と碧眼がよく目立ち、着ていた黒のスーツとよく合っている姿を見た彼女は内心、その容姿に綺麗だ、と感じていたが今はそれどころではないらしい。

 男性は盗賊のような者に向かって叫ぶが、当然の事ながら当の犯人は足を止めること無く逃げ続ける。

 丁度、彼女の目の前の路地裏へと逃げようとしていたため、アルシアはしている男の後を追っていく。

 小さく呪文を唱えながら、男の元へと一歩ずつ進もうとするが、対する男の方は強化系の魔法を使っているのか中々、差が縮まらないが、呪文を唱え終わった彼女から一つの魔法が繰り出された。


「氷の(アイス・ブリーム)!」


 彼女の足元から氷の茨が次々と咲き誇り、逃げている男の方へと一直線に向かっていく。

 男は魔法を唱えながら避けようとするが、この場所へ逃げたのが運の尽きであり――そのまま足元に絡み付いて彼の体を拘束した。


「逃げたらどうなるか分かってるわよね?」


 空間から取り出した光の刃を手に取り男の首元へと突きつける。

 その姿に男は降参のポーズを示し、持っていた黒のバックを手放して地面へと落とした。


◇◆◇


「助かりましたよ」


 男を適当に警備隊へと突き出した後、アルシアは取られていたバックを拾い上げ、銀髪の髪の男性に手渡した。


「はい。これ……。どうなってるか分からないので、一応、中身確認しておいて下さいね」


 渡された男性は確認の為に一つずつ荷物を確認していく。

 彼が安堵した表情からして、どうやら、全て中身には問題なかったようだ。


「此処は人が多い分、スリとかひったくりとか多いですからね。今度から気をつけたほうがいいですよ」


「はい……。今度からそうします……。本当にありがとうございました」


 頭を下げる男性を見送ろうとした彼女だったが、手に持っている袋の中身に気がついて、思わず小さく声を漏らした。

 彼女の反応に気が付いたのか、彼は怪訝そうな表情を浮かべながら、アルシアがいた場所へ数歩引き戻った。


「どうかしました?」


「ああ、それって……」


 黒のバックともう一つ握られていた紙袋には魔法蜘蛛(マジック・スパイダー)銀錦糸(ぎんきんし)がたくさん入っていたのだ。


「この魔法蜘蛛の銀錦糸が何か?」


「いや……。その……」


 あははは……と小さく笑みを零す彼女に何か気が付いた彼は、袋の中身から十本ほどの魔法蜘蛛の銀錦糸を取り出すと彼女の方へ手渡した。

 思わぬ出来事にアルシアは表情を強張らせて直ぐ様彼に返そうとしたが、男性はその手を差し戻す。


「助けてもらったお礼です。私はいつでも買いにこれますからどうぞ貰ってやって下さい」


「いえ、そんな……!」


 いくら通常入手出来る物とは言え、それなりに値段の張る魔法蜘蛛の銀錦糸をこんなにも貰うわけにはいかない。

 革の財布から金貨一枚を取り出そうとする彼女の姿を彼は引き止めた。


「私の気持ちです。何も出来ないのは悪いので……」


 その後、何を言っても彼は謙虚な姿勢を崩そうとしない。

 先に折れたのは彼女の方であった。じゃあ……頂きます、と丁寧に頭を下げると持っていた革のショルダーバックにしまいこんだ。


「本当にいいんですか?」


「ええ、勿論。これは資料用の紐付けとして買ったんですけど、まだ予備はあるんです。念の為に買い付けに来ただけですから」


 それじゃあ、有難うございました、と男性は丁寧にお辞儀をするとそのまま商業商店街を後にし、メイン通りの方へと歩いていった。

 アルシアの方も、貰った素材を合わせるとこれで全て買い付けが終わったということになるらしい。

 ――もうお腹が空きすぎて仕方がない。

 丁度、食事のピーク時を過ぎている事もあり、彼女はバックをしまい直すと、食事をするために入り口付近に集まっている食事街の方へと向かっていったのだった――。

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