01:国家従事者
「ふむ……この資料は秘匿資料室へ……」
茶色い髪を軽く撫で上げ、銀色のフレーム眼鏡を掛けた男性は持っていた資料を仕分けしながら、丁寧に纏めていた。
紺色のスーツに身を包んだ彼は上品な雰囲気を醸し出しており、胸元にはこの資料館の館長の役職である事を示す銀色のバッチが取り付けられている。
此処は首都・エーテルから少し離れた場所の自然都市・エルヴェにある国家資料館の館長室の一室である。
館長クラスになると自分の部屋を持つことが出来るようになる。
その最大の理由としては国から受けた秘匿情報も全て扱うからであり、それらの閲覧権限は館長以外には許されていない。
これらの事が関係し、仕分けの際には館長を手伝う立場の補佐クラスですら勝手に入ることは許されないが、彼はその条件にある意味、感謝を覚えずにいられない。
(この権利を得るために私は此処の館長になったようなものだな)
彼は若干二十三歳という年齢でありながら、僅か三年という異例のスピードで館長にまで昇進した言わばエリート的存在であったが、彼自身としてはただ単に権力と財産が欲しいが為に昇進したというわけではない。
自らに宿る一つの目的の為に、その特権を欲しがっていたからだ。
(これで、一歩進める……のだろうか)
今年の秋頃から、この資料館の館長を任されるようになって彼は色々な資料を読み進めていた。
幼少の時の出来事がきっかけで彼はこの国に対する様々な疑問を持ち始めていた。
特に彼の父親の死については不明瞭な点も多く、表向きの話とは随分と食い違っているように見える。
(父さんは何かを知って、命を落とした……?)
彼の父親は一般の警備隊職員であったが、仮にも小隊の指揮隊長を行なっていた。
知られてはいけない上層部の情報を何かのはずみで知ってしまい消されたという可能性も否定出来ないだろう。
文献を整理しながらそれぞれの内容に目を通していくが、彼が求めている資料は出てこず、全ての作業が終わると彼はそのまま立ち上がって背伸びを行った。
「……やはり、資料だけじゃ探すのは無理か」
世の中には表に出ていい事と悪い事がある。
この資料館には主な割合として後者の分類の資料は多く存在するが、それは他国に対する極秘調査の事や国家施設の内部情報などであり、国家当主のアレクシス・バラードが行った事までは事細かに記されてはいない。
しかし、その文献が全く書かれていない訳ではない。
ただ、全ての文章はまるで彼がこの国の英雄のように書かれているだけであり、そんな偽善にまみれた物を読んでも全くの意味を成さない為、目を通すことすらしないだけだ。
彼は資料を机の上に置くと小さく溜息をついた。
流石に作業をする時間が長かった為か少し目に疲れを感じる。
作業をし始めてからおよそ六時間程経っており、目の保養のためにもそろそろ休憩を取るべきだろう。
そう思い、大きく息を吐き出して立ち上がろうとした時、一つの資料が弾みで地面へと落ちた。
彼は立ち上がって床に散らばった十枚ほどの資料を取り上げるが、ある内容に目を奪われそのまま視線を落とす。
他の資料と違い、論文と様々なグラフや実験結果が纏められていることから研究資料なのだろうか。今日届いたばかりの物であり、まだ真新しい紙で印刷されている。
申請者は国立第六魔法研究所という所からであり、実験結果の歴史資料としてこの資料館に送られてきたものだった。
しかし、彼は軽く目を通していく内にある違和感を感じ、首を傾げた。
(……何か変だ)
その資料の研究タイトルは「人と魔法の発動プロセスについて」
一見普通の資料に見えるが、内容としても研究資料としても全てが陳腐な書き方と言ってもいいぐらい、ちぐはぐな書き方をしていたのだ。
勿論、単に研究者の執筆力が低かったというのも否定は出来ないが、それにしてもお粗末すぎる部分が多すぎる。
特にこの場合は、タイトルとして名付けられている以上、人と魔法の発動プロセスについての要件を事細かく書かれていなければならないのに、わざとその部分を一身上のデータとしてぼかして書いている。
なのに、全ての数値と結果がきっちりと書かれてあるのにはどうにも腑に落ちない。
専門用語が立ち並んでいる事もあり、恐らく、この分野をかなり専門に扱っているものでもない限りすぐには気付かないだろう。
たまたま、学生時代の研究室でこのジャンルの内容を齧ったことのある彼であったこそ、異変を感じたといってもいい。
彼は置いてある鍵を手に取り資料を纏めて扉を開けると、重要機密事項が記されている書架へと向かうと綺麗に整理をして片付け、全ての資料が元に戻す。
つい先日取り付けられた精神登録技術の機械に手をかざし、彼を認証してロックされたのを確認するとそのまま元の部屋へと戻った。
そして、壁にかけてあった黒のコートを手に取ると必要な物を纏めて鞄の中へと入れていく。
(この件を含めて……裏の世界にいる人に聞いてみるしかないな)
公にはされていないが、過去にもそのような怪しい動きをしていた研究室もあったのだが、全て国家当主によって情報が黒く塗りつぶされてしまった。
国家管理に携わる一トップである以上、それを見過ごす事は己のポリシーに反する。
少し出てくる、と近くの職員に声を掛けると、彼はエントランスを抜け、そのまま街へと歩き出す。
今回は自分の役職を知る者と出会うといけない為、彼は直ぐ様、人気のないトイレへと入ると自らの身に魔法を施した。
紺のスーツは黒のスーツへと変化し、自らの髪は綺麗な銀髪に、瞳の色は透き通るような碧眼へと変化した。
彼の力からして、もう少し上のランクの変身系の魔法も使えない事はなかったが、余り高位の魔法だと魔力をある程度固めないと長時間維持できないため、軽い色の変化だけで済ます。
全ての変化が終わったのを確認すると彼は銀縁の眼鏡と胸に取り付けられていた銀色のバッジを取り外してコートのポケットへと仕舞い、再びトイレの扉を開けて外へと出ると、近くの駅で快速列車に乗り込んで裏の世界を知る人物がいるエーテルの都市へと向かったのだった――。