「狐の依頼」3
次の日、日が真上に上るまで寝ていると、屋敷から追い出された。貴人曰く、お前に出す飯は情報と交換だ、との事。ここまでくると、一種の爽快感がある、様な気がする。
「キリハのせいで追い出されちゃったじゃない。」
「まあ・・・すまん。」
貴人が理由が無くこんな事するはずは無いと思う。その一つとして、銀髪の少年と隻眼の青年が真っ先に思い浮かべた。
(化け狐が気にするような大物、なのか?)
十歳半ばまで『そういう奴が出る場』にはいっていたが、特に思い当たる人物はいない。無論、あの少年が出てきていなかったという可能性や、俺の思い違いがあるのかもしれないが。
「まずは、・・・宿は借りないと。しなきゃいけないことは山ほどあるし。」
セルティアは呆れた顔でため息を付いた。俺だってため息を付きたい。
※
ラスク領領主の屋敷は、貴族の屋敷の中でも金の掛かって無いほうに属する。貴族として最低限の体裁。恥ずかしくない程度の設備。ラスク領領主であるイヴァン=ラスクからしてみれば、先代から受け継いだこの屋敷を至極大事にしているし、面倒で重たい装飾品の少ない、趣のある屋敷の雰囲気を気に入っていた。
しかし、そんな屋敷にも目が眩むような装飾品や、最高級品ばかりを扱った部屋がある。
(こんな男・・・貴族院どころか王族でも見たことないぞ。)
フィス領のドラ息子とちょうど良い感じに入れ違いになって入ってきた銀髪の少年と隻眼の青年を、目が壊れそうな間に招き入れる。シャンデリアから絨毯まで、出来る限りの奢多品を詰め込んだその部屋を見て少年はニコリと笑う。
「良い部屋だね。倹約家として知られるラスク家が、王宮にも負けないような部屋を持っているなんて思わなかった。」
王家の刻印で封をされた令状を持ってきた少年は、イヴァンの言葉を無視して中を見渡す。それはこの国において、王族の血族か王族直下の臣下だとの証明書だ。位の低い貴族とはいえ貴族である以上、王家の家紋である龍に剣が刺さった刻印を見る機会はある。ただ、見られるのは年に一度貴族院で開かれる議会の時、それと伝令伝達のときだけだ。イヴァンが間近でみたのは、ラスク家の家長としてラスク領領主に就任した時以来だ。
また、そんな相手に対して、イヴァンは出すべき顔を決めかねていた。相手は王族に関わりのあるもの、それも相手が名乗らない以上、下手な対応は出来ない。
銀髪の少年は一通り部屋を見て回っている。一難去ってまた一難といった状況に、また頭が痛くなっているイヴァンは、最重要事項に目の前の少年の調査を加えた。
「それに、掃除も行き届いている。」
そのものの立場が分からず困惑しつつあるイヴァンは、この国で最上級の礼を述べた。すると、少年はクスリと笑った。
「名も名乗らないものに対してその様な丁寧は必要ないよ、ラスク領領主様。この場では、貴公の方が、ずっとずっと偉いのだから。」
「しかしながら、私は領土持ちといえど所詮田舎の下級貴族。例え貴方様が王族の使いだとしても、私よりも高位の御方です。」
「僕は払われるべき敬意も尊い人間でもない。」
剣を交えない戦場でいくつもの勝ち星を挙げてきた彼すらも、銀髪の少年にぞっとした。その少年の纏うべき風格と、その顔が合わない。少年の顔は、中性的で女の格好されたら分からないかもしれない。そんな可愛らしい顔と、まるでこの場を血で染めるような剣呑な殺気は、全くというほど合間見えない。
(王族の血筋というのは、本当に厄介だ。)
追い出した来客者を思い浮かべ、イヴァンは心の中で苦笑した。通常、名乗れないほど高貴な身分なのか、名乗ってはいけない所の出身なのかは分からない。だが、イヴァンは経験から前者であると半ば確信に近いものを持つに至った。
「ならば、せめて御名前を御教えください。」
領主がそう聞くと、少年は少しばかり悩んだような素振りを見せ
「アージェと呼んでくれ。」
と答えた。
後ろの青年は護衛のようだ。貝のように何も言わず、石のように動かない。アージェと名乗った少年は、彼の様子をチラリと見てから口を開いた。
「本題に入ろう。」
少年は、他の貴族と違い無駄話の類が嫌いらしい。少年は用意された席に座ることなく、出口近くで突っ立っていた屋敷の主人と対峙する。屋敷の主人は、臆する事無く少年の眼を見る。先程よりも鋭くなった少年の声を聞くいたイヴァンは、直に彼のことを危険人物リストに加えた。
「今回の訪問は、貴殿が所要していた『準備』が完了したことを伝えに来たのだ。」
その言葉はイヴァンには、寝耳に水だった。確かに、ここ数年ずっと熱望してきた事だが、予算の関係や田舎の領土ということから承諾されない、というのは理解していた。だからこそ、少年が口にした言葉が信じられなかった。
「な!それは本当か!?」
「本当だ。これが、その令状だ。」
少年は、自分が持ってきた封書を偉そうに取り出した。
イヴァンは丁寧に受け取り、龍に剣が刺さった刻印をじっと見つめる。それから、ゆっくりとそれを開けた。
「・・・!」
たった数行の文を、いつもの数倍掛けて確認する。少年を見ると、不敵な笑みを浮かべている。
屋敷の主は、震えが止まらなかった。決して、恐怖ではない。
「第15代スファレス王国国王クース=フランク・スファレス様の使いとして、命令を伝える。ラスク領領主イヴァン=ラスク殿に命じる。貴殿の『準備』が整い次第、悪鬼『名も無き迷子』の討伐を開始せよ。」
※
サラ=フォーミアスとムガルが宿を取り終えたらすでに日が沈んでいた。格安の部屋にはそれ相応の装備しかなく、本当に最低限のサービスしか行われていない。そんな小汚い部屋を見て、サラは思わず安堵したような笑みを漏らした。ムガルは、そんなサラの顔に驚いた後、頭をかいた。
「久々のベットですね。」
荷物を置いて、二人ともベットに座る。ちゃんとしたベットに座ったのは、五日ぶりだ。
「ああ。キチンとした宿が取れてよかった。ノヴゴルドは、宿が少ないのに客がそこそこいるからな。」
サラたちの居るノヴゴルドと呼ばれる田舎町は、ユグノーを出てすぐにあった。迷森に塞がれた観光地フィス領に行くためには、この町から大きく迂回していくしかない。そのため、ここは途中地点として、他の町より人がいて店も多い。ラスク領の中では栄えている町のうちに入る。無論、それでも田舎なのは変わらない。
「ここでちゃんとした、とは。」
何となく呟いたであろうサラの言葉に、ムガルはむっとした顔をするだけにとどめた。
「まあ、田舎町だからな。ここも、昔よりか幾分かましに成ったもんだ。」
「そういうものですか。」
今日の会話は、そこまでとなった。サラは、夕飯を食べに行かず、硬くて肩こりしそうなベットを存分に味わった。気づけば、ムサイおっさんはどこかに消え、小さな窓から満月が見えた。消えそうな夕焼け色と星が出始めた空。サラは、そんな美しい風景を久しぶりに見たように感じた。
サラがそんな普段では思わないような痛い感情に疑問を持ちながら舟を漕ぎ始めていたとき、そのムサイおっさんは併設されている酒場で酒をあおっていた。
酒場は、中々に盛況のようで、満席に近かった。古さを感じさせるテーブルと椅子は、この店の歴史を感じさせ、むしろ、そういった場に相応しい味を出す。この町にそこそこある酒場の中でもここは、町人に愛されている事が分かった。
そんな中でムガルは、出口から一番遠いカウンターの端の席で座っていた。いつもは、大柄で目立ちやすいが、薄暗いその席ではそうではないようだ。
「お前さんへ伝言を預かってるよ。」
優しそうな顔をした店主がそういって、見えないように折り曲げられた一枚の紙を取り出した。対しムサイおっさんは黙って、多きめのコップを差し出すだけだった。そんなおっさんの態度でも、店主はそのままコップに酒を注いだ。
「ふむ。いくら『門番』といえど、報告を怠るのはまずいんじゃないかい?」
「あの場所に奴はもういねえよ。だから、報告も何もないだろ。契約は奴の監視だ。定時伝報はおまけだ。」
「しかしだな・・・。」
店主は途中で言葉を切り、ムガルとの会話は途切れた。無論、おっさんとて、契約通り奴が戻ってきたときのためのリスク管理はきちんとなされていた。が、そんなことは化け狐や目の前の店主には知る由も無い。
二人の間には、不思議と先程の会話のような険悪さといったものではない。店主は、少し間を置いてから諭すようにいった。
「お前さんがそういうなら、私は信用する。しかし、領主様は納得いかないんじゃないのかい?」
ムガルは、言葉を聞きながら、先程注いだ酒を一息で体に流す。ここらでは最も強い部類に入る酒を、常識ではあり得ない飲み方をしたが、店主は驚きもせず客の言葉を待った。
「―――ふう。そういわれてもな。俺は別に領主に忠誠を誓ったわけでも、服従関係にあるわけでもない。」
「確かにそうだが。『天災』経験者としては、もう少し熱心になってくれると、良い酒も出せるんだがね。」
『天災』、その言葉にはある種の束縛的な力を秘めている。それは、ムガルにとっても、店主にとっても。
「そう言ってくれるな。俺にも色々柵って奴があるんだ。昔ほど軽くないし、いつまでも同じ土地に留まっている訳にもいかん。」
今度は店主が黙る番となった。客の事情も知らないわけではない。だからこそ、それが裏目に出て、何もいえなくなってしまった。
「近いうちに此処を離れる。」
店主からにはその言葉は、宣言のように聞こえた。誰に聞かせるでもなく、静かなものだ。
「どこに行くんだい?」
宣言より小さな声で、店主は聞いた。
「北に行こうと思う。あいつらとも合流して、久しぶりに活動でもするかな。」
「そうか。なら、体に気をつけて。」
それが最後になった。店主も他の客の接客に移り、大柄な客は目立たないように酒をあおる。
数分して、ムガルは席を立った。
「今日はツケでいい。」
店主はそういって、御代を受け取らなかった。ムガルからすれば、いい迷惑のような気しかしなかったが、仕方なくそのまま店を出た。
店を出て少し歩くと、ムガルは今までの経験から複数の視線と一定の足音が、近づいてくるのがわかった。優しい店主の顔が、黒く染まった気がした。
この辺りの店数は結構ある。だが、田舎故に閉まっている店ばかりの中で、複数人でこっちに近づいてくるというのは、思いの他分かりやすい。賑わっていない地方とはいえ、ノヴゴルトに限って言えば狭い町では無い。ノスタル並かそれ以上に流行っているし、宿も多い。
(何人だ?)
ムガルは、迷う事無く路地裏へと入っていく。彼に武器もなく、酒も大分入っている。最悪な状況のようだ。
気配の消し方が中途半端であることから、そこまでレベルは高くない。ムガルはそう判断して、歩くスピードを上げる。狭い道を慣れた様子で移動していく大男に、後ろの連中は着いていくのがやっとのようだ。仕掛けてこない理由がいまいち分からないが、今のうちに巻いてしまおう。
ムガルが、行動を起こそうとしたとき、そいつは現れた。
※
ムガルが店主との会話を終わらせた頃、サラはふと目を覚ました。お腹が悲鳴をあげ、食事を求めている。
(そういえば、ご飯がまだでした。)
変な格好で寝たわけでもないのに、やはり肩がこっていて、誰かに愚痴を言いたくなった。真ん丸な月が出ているのにも関わらず薄暗い部屋を見回して、思わずため息を付いた。
(ここ最近、ため息ばかり付いているような気がします。)
良く分からないおっさんと二人きりの旅は、サラとって不満と不安と不衛生でしかなかった。だが、不思議とこのおっさんは自分を襲うことは無い、という事は直感で分かっていた。何度か試してみたりもしたが、やはりそんなことは無かった。信用は出来ないが、ひとまず警戒する必要は無い。それが、ユグノーからここまでの道のりで出した結論だった。
何となく窓から外を見れば、図体ばかりでかいおっさんが、ちょっとふらついた様子で歩いているのを見つけた。明らかに出来上がっている。
(本当に何がしたいんでしょうか?)
最初はただの世話好きで柄の悪いおっさんで終わるはずだった。だが、会って一月程度、その期間を思い返しても、サラには彼がしたい事は良く分からない。ラスク領領主に通じているような職務内容にも関わらず、彼女の主について何か知っているような素振りも見せず、まるで善意で助けられているように感じる。
しかし、彼がユグノーにある小屋を出る前日に行った、『力』による伝報で何かを送っていた事をサラは意識的に感じ取っていた。何を送ったかまでは分からないが、そういった『力』を行使すること自体が異常であり、ただの柄の悪いおっさんから危険なおっさんへ、無意識的に警戒心をあげる原因にもなっていた。
そんな事を考えてたせいで、その危険のおっさんは、サラの視界から消えていた。仕方ない、とため息を大げさに付いたサラは、小さな窓から風の『力』を使ってゆっくりと降り立つ。キリハが鬼化した熊と戦っていた時に使っていた、『力』を纏わせるという基礎中の基礎である。
自分でも褒めたいくらいに静かに着地できた事に、ちょっとした感動がサラの中で起こった。また、同時に彼女の中で生じた小さな違和感に、彼女は首を傾げた
(私は何故、こんな低い高さからの着地に感動しているのでしょうか?)
二メートルちょっとの、訓練したものなら苦も無く飛び降りれる高さだ。気にはしたが、サラにとって取るに足らない些細な感情は、直に端っこに追いやられ、消えていった。
周りを見渡し、見えなくなってしまったおっさんを確認し、深呼吸を繰り返した後、集中する。すると、周りの妖精たちの『力』を感じる。セルティアに教えてもらった手順を踏みつつ、『力』を開放する。
それは、セルティアを模り散っていく。そして、彼女らは、サラに求められた情報を届けていく。
(ふむ。あのどたどたした足音が遠い。少し離れれば、知らない足音もあります。追っ手を撒くために、迷走している?)
むさいおっさんの足音を見つけ、サラは動き始める。
サラは元々、体が弱い部類に入っていた。キリハが武術を始めた頃、彼女は彼の稽古を見る程度の事すら間々ならなかったし、成長期が終わるまで、両親に一切のそういった活動を禁じられていた。勿論、大きくなり使用人として働き始めると、体力もつき、体調もそう簡単には崩さなくなった。しかし、彼女の幼馴染が必死こいて武術を学んでいる最中、彼女とて何もしなかったわけではない。彼女は彼女なりに出来ることを見つけ、研究を重ねてきた。
その結果、彼女は『音』を聞き分ける能力を手に入れた。よって、特徴が見つけにくい足音だろうと、似た声だろうと、人が出した音を識別できるようになった。
そして、それが今彼女にとって有利に動き、探していたおっさんを見つけるに至った。
「な・・・!なんで嬢ちゃんがここに!」
状況を変えながら。
※
ムガルは、二つ判断ミスを犯した。一つは、自分が酔い具合を適切に判断できなかった事。もう一つは、サラの悪運である。
サラが駆け寄る数分前。ムガルは自分の判断ミスに悔いていた。相手が、そこら辺の傭兵でも、ゴロツキでも、ホームレスでもなく―――この国で最大の犯罪組織に捕まった事が、である。
「まさか、『真紅の肺積』とはな。」
油断を呼ぶ尾行。大通りまでの誘導。その後の包囲。今考えれば、どれも統率された動きだった。彼らは、黒一色で統一された服で体全体を覆い隠し、唯一見える目が、真っ赤に光っている。皆通常より長めの短剣を構え、それが月光で鈍く光っている。
「『青の門番』とも御方がとんだ失態を犯したものですね。日和ましたか?」
敵の誰かがそういった。ムガルから見える範囲で数は五人。しかし、後ろで控えている他の人数やカバーに入っているだろう人数を考えれば、三倍はいるだろう。彼は完全に追い詰められた。
「何の用だ?」
ムガルが低い声でそういうと、一人が前に出た。
「そう警戒なさられないで下さい。こちらとしては、戦いにしにきたわけではありませんよ。」
「寝言は寝てから言え!大人数で人一人を包囲しておいて、敵意はない、というのか?」
「確かにその通りだ。しかし、『青の門番』に一対一で挑もうなどと、ふざけた事をしている暇はないものでね。」
「はっ!よく言う。丸腰の相手にそんな危ないもん振り回そうとしている奴らの言うことなど、信じられるか!」
ムガルがそう吼えると、目の前の男がふざけた口調で言った。
「こちらとて、国の狗に喧嘩を売るつもりはありません。それに、もし我々に敵意があるならすでに殺しているのでは?」
嫌な声だと、ねちねちしたような言い方にムガルは耳を塞ぎたくなった。
「・・・。」
「ただ誓いを立てて欲しい、それだけです。」
「誓いだと?」
ムガルに拒否権は無い。そう分かっていても、聞き返してしまった。
「この町で、我らを戦わないと。『青の門番』と貴方の魂に誓っても欲しいのです。」
そこそこ大きい町だというのに、やけに静かで、それが不気味さを増していた。人払いか、それに近い術を使っているのだろう。前に出た黒ずくめの男の声が大きな声に聞こえた。
ムガルは、この最悪な状況でも、精一杯小さな脳を回して、打開策を考えていた。前に出た男は、顔が見えないはずなのに余裕を感じ取れる弱さを出しており、一見緊張が弛んでいるように感じる。が、先程尾行された時に、一杯食わされたばかりだ。これもまた、彼らの策なのかもしれない。それに、彼らの意図は分からない。さっさと始末すれば、『迷森の悪魔』のせいにも出来る。
今、この町にムガルが居ることを知っているのは、酒場の店主とサラだけのはずである。それさえ、消してしまえば、問題ない。様々な思惑が浮かび、ムガルの中で錯乱し始めた頃、ふとムガルは思った。
数秒が数分に感じるとは、このことか、と。いつの間にか酒から醒め、武器も勘も使えない今、ムガルから不思議と口角が上に上がるのを止められなかった。
その時だった。感じたことの無い優しいそよ風と、突風がムガルの目の前に同時に現れた。
「な・・・!なんで嬢ちゃんがここに!」
ムガルから見て、表れた少女は不思議な力を纏っていた。それが、奴との戦いからの経験から、風を使ったものだと、ムガルは理解した。
「ムガル、逃げますよ!」
サラがそう叫ぶと、目の前の黒服達が一斉に動き出す。前に出たいた男が一人が笛を鳴らすと、隠れていたであろう黒服達がどこからか、湧くように表れた。数は二十で利かず、サラたちの周りは黒一色となった。
「なるほど!まさか、ここまで準備されていたとは、流石『青の門番』です。」
笛を鳴らしていた男が合図を送ると、そのほかの奴らが一斉に襲い掛かる。
先手を取ったのはサラとなった。彼女は、ムガルを中心にして波紋のように風を引き起こした。敵は急な強力なそれに対応できず、反射的に防御姿勢を取った。状況をしっかりと把握したのはムガルしかいない。大男はその体つきに似合わない速さで近くに居た敵に肉薄。
そして、武器を持っている方の手の甲を掴んだ瞬間、有り得ない形へと変形させる。悲鳴を上げる暇を与えず、敵が放した武器を空中で掴み、そのまま首を掻っ切った。
「ハハハ!」
数秒、それも瞬きした間には、人一人殺されていた。その間に体勢を立て直した敵に対し、狂気ような目をしたムガルは、シャワーのように首から血を吹く死体を見て満足そうにわらう。それを近くで見ていた敵が構える前に、ムガルは敵の首に短剣を突き刺す。抉った後、短剣を引き抜けば、そこから更に血が噴出する。仇のように突っ込んでくる敵にムガルはそれを投げつけ、敵を撹乱する。
サラは、初めて見たショッキングな事象に一切動揺を見せることなく、首の無い死体を敵に風を使って投げつける。二人の死体から舞い散る血が敵に刺さり、それが最初から予定していたチームワークを大きく乱し、数秒で敵はばらばらになった。予想外の恐怖と一瞬で死に逝く緊張。
「危険なのは『青の門番』だけだ!予定通り奴だけ囲え!」
笛を鳴らした男がそう叫びながら細かい指示を飛ばす。すると、先程より統率の取れた行動に変わる。大男は、リーダー格の男がそこそこ出来ることを知った。
ムガルは敵の頭に刺した短剣を抜き、それを蹴飛ばしサラと合流する。互いに血で服が染まっているが、怪我はしていないようだ。
数刻前に徴集し、編成したリーダー格の男は少しばかり後悔した。
(まさか、抵抗するとは。)
死者は三人。これだけでも懲罰ものだ。何としてでも、二人を捕獲し、手土産を献上しなくてはならない。
「狂気ですねえ。」
男は呟きながら、状況を確認する。木造の民家を背に、二人は囲んだ。発狂して使い物にならない数名は置いといて、未だこちらには十五人以上使える。『青の門番』には、武器を取られてしまったが、なんてことは無い。それも使い物にならない奴を一人突き刺せば、どうにか成る。
「さあどうします?ここらで降参しますか?それともここで死にますか?」
「どちらでもありません。」
サラが答える。すると、男はくつくつと、笑いを漏らす。
「この状況で我々を突破すると?それだけの『力』を貴方がお持ちだというのですか?」
初めてサラは、声で人を判断した。コイツは嫌な奴だと。
「その通りです。良く分かりましたね?」
言い終わる前に、男の前から強風と共にムガルとサラが消えた。黒服達は驚き、目の前の男は一人だけ落ち着いている。
「『力』というのは有限です。あれだけ派手に使ったのなら、そう遠くまで逃げられません。」
皆が頷けば、黒服達が一斉に動き出す。黒々としていた大きな塊は、散り散りになって見えなくなる。
その様子を、民家の屋根から確認していたサラはほっとして、息を吐く。先程から汗が止まらない。体から『力』を放出しすぎたようだ。
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
「今のところは。」
短く答えると、数回サラをちら見してからムガルは移動を始める。サラは、心の中で「変態か!」と強くツッコんだ。
ムガルの移動は、思っているより数倍俊敏だ。ユグノーで一緒に旅を続けていたサラにはそれが分かっていたため、補助程度に風を使いつつ、足を動かす。
「取り合えず、町を出るぞ。」
潜めた声でムガルは、サラに囁く。
「それは・・・安直過ぎませんか?」
「いや、そうでもない。」
サラは、一週間見続けた大男の後姿を見て、ふと男の考えている事を理解する。それは、次に目指す予定の町とは逆方向。
「いや、待ってください!それは、嫌です!」
逃亡中だというのに、それに似合わない声で否定した事に、ムガルは少し顔をしかめる。
「駄目だ。それしかない。」
「そんなあ。」
鉄仮面のサラが珍しく動揺し、揺れた仮面が落ちそうになっている様子にムガルは不器用に笑う。
しかし、実際に他の案のないサラは黙るしかなかった。
「残念だが、戻るぞ。―――ユグノーへ」
聞きたくない言葉が、サラの耳に確りと届いた。




