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神殺しの勇者  作者: volt
一章
8/9

「狐の依頼」2

「依頼、だと?」


 その言葉に領主は頷く。


「そう、貴様ならば出来る依頼だ。」


俺ならば、と言うことはフィス領でやっていたことだろうか。

 領主は、領主の後ろに控えているエルフィーを呼んで、数枚で出来たなんらか資料を俺に手渡す。


「これは、この領で横行している誘拐事件についての調査書だ。」


 最初の紙には被害報告、二三枚目は被害者の絵が書いてあった。被害報告書を信じるならば、老若男女ばらばらで一見すると共通点らしきものは見つからない。


「最初の被害が報告されてから三ヶ月経っている。被害は確認されているだけで十三人。未確認を合わせれば二十人弱と見られている。勿論、私兵団の見回りの強化など、思いつけるような対策はしている。」

「それは当然だが。もしかして、現段階で被害しか分かっていないのか?」


紙に書いてあったのは、被害と被害者の情報しか書いていなかった。


「その通りだ。いつ事件が起こったかすらわかっていない。」


 そういって領主は目を細める。俺はさり気無く控えている軍服の給仕に目を向ける。目が合った。


「大体状況は分かった。」

「分かっていると思うが、これは依頼だ。断っても構わない。」


 領主は、重圧を掛けながらそう言った。現状、いるのは四人だけ、この密室の状況は完全に詰んでいる。


「わかった。最善は尽くす。」

「おお、本当か?」


俺の答えに驚いたように領主らしくない顔を見せ、傍観していたセルティアがびっくりしたような顔をする。


『どういうつもり?』


横に座っているセルティアが、『力』を使って口を動かさずに話しかけてくる。訝しげな声だ。俺はその声に無視して領主との話を続ける。


「ああ。俺は領主様のいう通り、こういった事に慣れている。キチンと解決できるだけの情報は集まっている。」

「そうか。しっかりと頼むぞ、キリハ殿。」


 握手を求められそのまま応じる。その後、細かい事項について領主から直接聞く。


「無論、こちらから必要なものは支給する。この領にあるものなら支給しよう。」

「本当に何でもいいのか?」

「まあ、あまりふざけた者じゃなければな。」


領主は俺の声に少しばかり懐疑的な声を出す。まあ、これでも俺は国一番の糞ガキだからな。


「なら、アレをくれ。」


 俺は領主に負けないぐらいの悪い顔をしている事に自覚を持ちながら、貴人の後ろを指差した。



 適当な事を言って領主とお付のメイドには部屋を退室していただいた。二人をドア近くで見送り、二人の足音が聞こえなくなると、セルティアに見たことのない怖い顔で睨まれた。日が完全に沈み、エルフィーがつけたシャンデリアの光に照らされて、ゴロツキが思わず財布を出しそうな雰囲気だ。


「どうして受けたの?」


俺はついついため息をついた。


「今回のイヴァンの頼みは断れない。」

「どうして?」


イラついた声を出す。セルティアの怒った様子を見るのは初めてだ。


「今回の貸しを返す事と、これからがあるからな。」


セルティアは、その顔には似合わないような深いしわを眉間につくる。


「つまり、これを解決したら貸しを返した上に、借りを作れる?」

「ああ。それに、イヴァンは俺が解決出来るとは思っていないさ。」

「どういうこと?」

「今日は質問ばかりだな、セルティア。」


俺はニヤリと笑う。目的どおり、それで深いしわがなくなった。


「うるさい。」


部屋を出る前にエルフィーが入れなおしてくれた紅茶を、席をついてゆっくりと味わう。サラの入れてくれる紅茶より深い香りがする。どうしたらこんな風な違いが出てくるのだろうか。


「セルティアは、狐と狸の話を知っているか?」


 俺が意味深な言葉を放ったせいか、少しばかりセルティアは不機嫌そうな顔をした。


「急に何の話をしてるの?」

「その様子だと、我がフィス領領主とこのラスク領領主の噂を知らないな。」


二つのキーワードを聞いて、セルティアは黙って頷く。


「クソ親父の功績を、知ってるか?」


セルティアは首を横に振る。


「凄いことをしたとまでしか。」

「そうか。なら、魔人降下危機フィスフォーミアスについては?」

「いいえ、初耳。」


 説明するのは、少しばかりいやだが仕方ない。簡単に説明するか。


「魔人降下危機っていうのは、十年前に魔界から一人の上級魔人と数匹の魔族が落ちてきたことをさす。」


上級という言葉に、流石のセルティアも目を丸くする。


「上級って、『神の領域』にもっとも近い場所にいるものじゃない。」

「そうだな。その魔人は落ちてきた時に、現在のフィス領全域は一瞬で更地になった。未だに領地を更地にした『力』は分かっていない。」

「・・・。」

「そんな強大すぎる敵の前に、俺の両親とトウゴ、サラの両親、それと何人かの勇気ある者が剣を構えた。無論、最初はただの蛮勇だと思われていたが、クソ親父達は何らかの手を使って、撃退した。」

「何らか?」

「未だに本人達はそのことについて口を割らない。その後、直にフィス領領主になるわけだ。」


王に問い詰められても口を開くことは無かったと聞く。俺にはその理由を知っているわけだが。


「あ、その後のことなら知ってる。」


 忘れていたのだが、この巫女さんは勤勉な巫女さんだ。


「偉大なる英雄である我がクソ親父は、魔人降下危機において多大過ぎる功績と、『最果ての地』から『楽園』と呼ばれるまで仕立て上げに成功した。その成果は、結果としてフィスに眠る王家の血まで復活させた。」


 セルティアを見ると、何故か下を向いていた。


「まさか、王位継承権?」


チラリと一瞬だけセルティアがこちらを見た気がした。


「クース王がクソ親父を気に入ったからな。一時期、俺はクース王の次期後継者候補になりかけた。」

「なるほど、キリハはソレが嫌だったから、あんなに暴れていたのか。」


納得したような顔されても困る。


「いや、フォーミアス家にすぐ嫡子が生まれたから、それが理由じゃない。」


 あの時の貴族達の群りを思い出すだけで俺は少しばかりぞっとした。トラウマになっているきがする。


「まあ、魔人を完全に撃退する事が出来るだけの戦闘能力と、先祖が辞退したはずの王位継承権を復活させたその戦略家ぶりに、クソ親父への畏怖と怨恨を込めて『狸』って呼ばれてんだ。」


特に興味をなさそうなセルティアの顔に、俺は思わず苦笑した。


「ふうん。なら、あのラスク領領主は『狐』ってことね。」

「その通りだ。さっきまで此処にいて、イヴァンとの会話を聞いて、大体理由は分かってんだろ?」


 少し間が空く。きっと出て行ったラスク領領主の顔を思い出しているのだろう。


「凄い変わり様ね。」

「ああ。イヴァンという男の化け様は、貴族の間では有名なんだ。」


実際で見て感じた事だが、あの貴人の顔はアレだけではない。わざと、あんな悪人顔しただけに過ぎない。


「分の悪い博打に勝ち続けている狸と、分の良い博打を確実に勝てるように持っていく狐。どちらも、勝つためなら容赦なく、善人に化けて全力で勝ちに行く。」

「それで?」

「狐と狸は、お互い違う種類の動物でありながら、お互い同属嫌悪している。書類上はフィス領とラスク領は交流があることになっているが、実際は交流どころか流通路すらしっかりと決まってない。」

「迷森のせいじゃ?」

「それは、言い訳に過ぎない。クソ親父も、あのおっさんも、どちらもつかず離れず、これからを探っている。」


 そこまでいって、冷めた紅茶を一気に飲み干す。冷めてもまあまあおいしかった。


「なるほど。今回の事は、ラスク領領主との交流で有利に進める一歩と成るわけだ。」


セルティアは、納得したように手を叩いた。


「お前、狐と狸の話をする前の質問を覚えているか?」


 少しだけ間が空く。一度目よりも長い間だった。


「ああ、うん。覚えてる覚えてる。」


 俺がジト目で見ると、すぐに目をそらした。


「まあいい。つまりその質問に答えると、狐は英雄と呼ばれた『あの』クソ親父と同等かそれに近いことをやれるだけの能力を持っている。なら、やり慣れているとはいえ一個人に過ぎない俺が、一領主が出来なかったことが出来るわけないって考えるだろ?」

「え?なら、解決できないって知ってて、なんで今回の依頼を受けたの?」

「俺はただ奴の手の上で踊らされば良い。解決したなら、必要なら夜逃げでもすれば良い。」

「・・・。」


何故か呆れた顔をされた。


「あのおっさんは、俺に解決じゃなくて、むしろ事件の解決のヒントを求めている。俺が解決されて、ラスク領主の評判が落ちても困るだろ?」

「国一の戯け者が解決できた事件を、ラスク領領主が解決できないなんて、って言われないために。」

「その通りだ。」



「親は子に似るとは、全く持って最悪だな。」


 イヴァンは執務室の椅子につくやいなや、そう呟いた。


「あの青年のどこが、ゼス様と似ておられるのですか?」


エルフィーは、イヴァンに必要な書類を手渡しつつ、率直な疑問をぶつける。


「エルフィー、お前の目は節穴か。あの糞ガキからはあの狸に良く似た陰気がでている。」


イヴァンは、軽く歯軋りを鳴らした。


「あのガキは、思っていたより目が視える。儂についても、何か感ずいていたような顔をしていた。」

「と、言う事は私もでしょうか?」

「そうだな。少なくとも、見張っていたことくらいは気づいていただろう。」


目を通しサインしたものを軍服の給仕に渡す。


「正直、噂通りの人物かと思っていたのですが・・・。」


その言葉を聞いても、軍服の給仕は理解できなかった。目で耳で体で、自分の全てを集中させて彼を視ていたが、あの『英雄ゼス=フィス』のご子息とはとても思えない。エルフィーは、自分の主がどの様な考えをもってそのような判断になったのか、どうしても納得がいかなかった。

 そんなエルフィーの様子に彼女の主は気づくことは無かった。イヴァンは、国一の糞ガキの調査書に改めて目を通しつつ、先程の会話から得られた情報と書類上の情報を統合する。


「噂とは当てに出来ないものだと、改めて認識できたと思えばいい。ところで、ノヴゴルドからの報告書はまだ届いていないのか?」


「いいえ。伝報の類は全く。」

「まったく我が領の軍部は、何をやっているのだ。まさかユグノーに飲まれた、などとぬかしたりはしないだろうな。」


 イヴァンの今後の予定に、更なる軍部の強化が加わった。職務が増え、頭を抱えそうになるのを、イヴァンは我慢するので精一杯になりそうになった。


「それが、全く判っていません。」

「なんだと?」


側近からの言葉に、イヴァンは思わず眉をひそめた。


「定例報告の時間になっても、門番からも伝報が届いておりません。」

「『青の門番』がユグノーに飲まれた、などという戯言か?」


イヴァンが珍しく不機嫌そうにはいた言葉に、軍服の給仕は危機感を覚えつつ返答する。


「最終連絡が、数日前の緊急伝報になります。」


それはイヴァンにとって、あの悪魔との出来事で必要な情報であり、謎解きに重要なピースになった。


「なるほど、あの時からか。」


イヴァンの納得したような声に、エルフィーは思わずしてはいけない想像をする。


「もしかして、『迷森の悪魔』にやられたのでしょうか?」

「それはない。奴は、ユグノーからノスタルへ向かっていると確認し、伝報を出せることが出来たのだ。」

「では、いったい?」


イヴァンは、その顔に似合わないような悪い笑顔をしただけで、質問には答えなかった。


「エルフィー、ノヴゴルドの監視者へ伝報を出せ。」

「は。文面はどのように?」


軍服の給仕は、その文面が質問の答えのヒントだと、経験から理解していた。だから、それ以上の追求はしないつもりだった。

 しかし、イヴァンから聞いた伝報への文面で、エルフィーは更に疑問が増えた。


「了解しました。」

「頼んだぞ。」


 伝報を出すため執務室を出た後、エルフィーは首をかしげながら必死で頭を使った。結果、お皿を一枚犠牲になった。



 セルティアとの作戦会議後、俺は夜の街へ出ることとなった。領主から、今日中は不可能だ、といわれ、仕方なしに求めていたものはあきらめなくてはならなくなった。それ自体、想定内のことだったし、普通自分の手足を差し出す事はしないと思ったのだが、『今日中は』との事から明日なら可能なのだろう。

 ノスタル、つまりラスク領の中心街は、人数は俺がいた所よりも少なく感じるが、それでも人が行き交う程度には賑わっているようだ。それに、色々な地方の商人が集まっているのか、格好が様々だ。海面に接しているだけのフィス領より、陸続きのラスク領の方が交易し易い。その差が大きく出ているようだ。


 領主の屋敷からまっすぐ伸びる大通りがノスタルの門まで続いている。ノスタルの外側を深い塀で囲っていて、侵入者を拒んでいる。一般人が使える門は大通りの所しかないようだ。ラスク領私兵団の宿舎の近くに建てられていて、エルフィーと同じ服を着た軍人が数人で見張りをしていた。

 大通りには多くない数の民宿と酒屋が構えていて、どれも良い匂いを漂わせている。今は夜中だから閉まっているのだが、生活には困らない程度に店もある。この街を出なくてもいいだけの施設は揃っている、といえるだろう。大通りを抜け少し小道に入ると、領民の住居が軒を連ねていた。ノスタルの人口はそこまで多くない。大通りには店を集中させ、大通りより外れた場所に住居スペース。そして堀の近くに空いたスペースに、畑が作られていた。何処にでもあるような小規模都市だ。ホームレスらしき人物は全くいなかったし、捻くれ者もいなかった。

 小道に入ると、二人でパトロール中の軍人とすれ違ったが、何もいってこなかった。こちらを怪しむ目で見ていたが無視する。そのまま適当に歩いていると


「ねえ、そこのお兄さん!」


 中性的な声が誰かを呼んだ。周りを見ても酔いつぶれたようなおっさんと道で寝ているおっさんがいるだけで、俺ぐらいしか『お兄さん』と呼ばれるような人はいない。仕方なしに振り返る。すると、人のよさそうな少年と人を殺しそうな目を持った隻眼の青年がたっていた。


「・・・喧嘩なら他所にあたってくれ。」


訝しげにそういうと、少年は少しキョトンとした後、腹を抱えて笑い始めた。


「そういうことではない。」


隻眼の青年は、しかめ面で答えた。俺の言葉は、色々と間違っているようだ。


「いやはや、カリフをみても怖気づかないなんて、なかなか見どことのあるお兄さんだね。」


少年は、未だ腹を抱え涙目にしている。

 少年は、月に光で輝くような銀髪を持っている。背は決して低くないが、中性的な顔つきから随分幼く見え、俺より十歳低いと言われても違和感が無い。しかし、それに似合わないような目付きが少年の奇抜さをあらわしている。


「なんのようだ?」


その言葉に、少年は笑うのをやめる。少年をよく見てみれば、顔と似合わない垢抜けた雰囲気を少年が持っていることに気づく。少年の眼はまるで大戦に帰還した兵士、そんな老成したような似合わない安定感がある。


「失礼。ここには、ラスク領領主様に用があって来たんだけど、暗くなっていて良く分からなくてね。知っているなら教えてくれないかな?」


俺が黙って親指で屋敷の方向を指すと、少年は


「ありがとう。」


と、俺に聞こえずらい小さな声で言った。


「それにしても、お兄さんはどうしてこんな所にいるんだい?」

「あ?俺がどこに居ようがお前には関係ないだろ。」


 少し苛ついた声で返すと、少年が意味深に笑った。


「酒を飲んでいる訳でもない。女と遊んでいる訳でもない。」

「だからなんだ?初対面のお前にとやかく言われる謂れは無い。」

「気に障ったなら詫びるよ。でも、ここは少し物騒な噂が流れているみたいだし、注意したほうがいいんじゃないかな。」

「物騒な噂?」


ワザと俺が眉を顰めると、少年は嬉しそうに話し出した。


「ここ数日で何人もの人が消えているらしい。それも、一瞬で。」

「一瞬で、てどういう事だ?」

「さあ?酒屋での話だからね。そういうのを偶々耳にしたんだ。だから、気をつけて。」


少年はそういうと、屋敷に向かい始めた。青年はその後を黙って続く。


「こんな時間に尋ねるなんて不躾ではないのか?」


だから、お礼のつもりでそう聞こえる声で呟いたように言うとと、少年は振り返りわざとらしくおどけて見せた。


「なるほど。お兄さんの言うとおりだ。僕らの用事は急用でもないし、今日は宿を取るべきか。」

「酒屋は開いている。泊めてくれる店はあるだろう。」


俺がそういうと、「その通りだね。」といって今来た道に戻っていった。

 それにしても変な少年だった。隻眼の青年よりも一種の『力』を感じた。物理的ではない。言葉に表し図らい何かが、俺にプレッシャーを掛けていたようだった。



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