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神殺しの勇者  作者: volt
一章
7/9

「狐の依頼」1

「ラスク様、緊急事態です!緊急事態ですっ!」


 その声と共に、ラスク領領主イヴァン=ラスクは目を覚ました。ベットの周りからみえる光景は暗く、日が顔を出していないようだ。深夜まで仕事をしていて、数時間前にやっと床につくことの出来たイヴァンにとって、その声はイヴァンの機嫌を最大限に悪くなるものだった。


「うるさいぞ、エルフィー!お前は、儂が睡眠不足だと知っているのだから、せめてもっと優しく起こすくらいしろ。」


 その声、イヴァンのお付のメイドであるエルフィー=サクリアが騒がしい様子で、イヴァンの寝室へと入ってきた。


「すいませんっ。しかし、本当の本当に緊急事態なんです!」


普段は品のあるエルフィーの態度を見て、寝ぼけていたイヴァンの目が少しばかり目覚める。


「ふむ。お前ほどの者が其処まで崩れた態度をみせていることを見せれば、そんなことはすぐに分かる。

で、何があった?」


その言葉を聞いて、エルフィーは最低限のマナーをとして、格好を整える。


「はい。門番からの緊急伝報です。ユグノーより『迷森の悪魔』がこのノスタルに向かっているという報告を受けました。」

「・・・なるほど。確かに緊急事態だ。だが、我々では奴の行動を止める手段は存在しない。そうだろう、エルフィー?」


その言葉聞きながらも、言い難そうにエルフィーが答える。


「しかし、ここで『迷森の悪魔』に対して何もしないのは―――。」

「分かっている。確かに、対『迷森の悪魔』専用に造ったアレを出すときかも知れん。だが、奴は魔人みたく言葉が通じない獣でもないのだ。威嚇して奴の機嫌を損ねるわけにはいかん。」


イヴァンは、フラッシュバックのように、十年前、『迷森の悪魔』の機嫌を損ねたときのことを思い出した。

 屋敷の周りの建物を一瞬にして、ゴミ屑へと変えた。奴が動くだけで、数千人の負傷者が出た。様々な国の商人の宿場街として栄えていたそういった領地は数分で、更地へと変わった。備えの無かった当時のラスク領は、国の騎士が出動するまで止めることが出来なかった。いや、何も出来なかった。ラスク領の私兵が無残な殺され方をしても、民が助けを求めても。


「天災を繰り返すわけにはいかないのだ。」


 結果として、国の力を借りても多くの被害を被り、ラスク領は多額の借金を抱えた。債務の返済は、数年前に終わったとはいえ、その影響は大きい。中規模都市として栄えていて、ラスク領領主の居を構えるノスタルは、一気に衰退して未だあの天災から立ち直ったとは言い難い。


「領主様・・・。」


未だ何かを言いたげだったエルフィーは、口を閉じざる終えなかった。


「さあ、エルフィーは苦いコーヒーと服を用意してくれ。」


屋敷の主が動き出すと、屋敷自体が動き始めた。

 全ての用意が整ってから数分後、天災を起こした張本人がイヴァンの前に現れたのだった。屋敷の門の入り口に立っていると、まるで今までいたかのように不自然過ぎるほど自然に奴が現れた。

 数年前と変わらずフードを深くかぶり、茶色のコートで全身を囲い、フードで顔を隠していた。まるで、過去から動いていないようだった。


「久しいな、糞狐。」


 イヴァンにとってその声も、雰囲気も全てが憎らしい。それと同時に、体全体が震えそうになるのを今までの経験と共に必死に我慢させる。


「こちらこそ、お久しぶりです、『名も無き迷子』様。」


 イヴァンは、無礼と分かっていながらも奴に下げる頭はないと、口調だけの敬意で奴を歓迎した。目の前の悪鬼は、その事を咎める気は無いようで、何事も無かったように言葉を発する。


「ふふ。我をいみなで呼ぶのは、貴様ぐらいじゃ。」


その言葉は楽しそうでありながら、『名も無き迷子』が纏っている『力』を強くさせるものだった。


「いえ。神から名を頂いたのでしたら、本名より諱を呼ぶのが礼儀でして。」

「そんなこと知っておる。しかし、我がその名を気に入らないのも知っておるだろう?」

「いいえ。初耳です、『名も無き迷子』様。」


 勿論、イヴァンはその名を嫌っていることを知っている。しかし、同時に目の前の爆弾と渡り合うための心意気を知っている。イヴァンは、大量の冷や汗を悟られないような仮面を被る。


「ふふ、やはり面白い小僧じゃ。」


この程度では、『迷森の悪魔』は怒らない。起爆スイッチは思ったより固いのだ。


「それで、今回の本題じゃ。」

「何でしょうか。」

「このガキの面倒を見ろ。」


そういって、イヴァンの目の前に突如として現れたのは、旅人風の青年と、見たことの無い格好した少女だった。どちらも衰弱しているようで、死んでいるように寝ている。どちらも服が血まみれで、肉料理が食べられなくなりそうな異臭を放っている。


「この方たちは?」


『迷森の悪魔』は、イヴァンの質問を無視して話を進める。


「面倒を見るのは、起きるまで出よい。その後は、貴様の自由。殺すも利用するも、な。」


その言葉を聞いて、後ろにいるエルフィーが素早く屋敷に戻る。イヴァンは、側近がいなくなる気配を感じながら続けた。


「利用、ですか?」


 『迷森の悪魔』は、何も答えない。イヴァンには、奴の隠れた顔はただ笑っているように思えた。


「そうじゃな、貴様には十年間、あの下らない森の中に閉じ込められたと言え、同時に世話になったな。」

「・・・。」


『迷森の悪魔』に、怒っている様子は見えない。本当にそう思っているとイヴァンは判断した。


「その礼に、面白いことを教えてやろう。この餓鬼どもは、たった二人で鬼化した熊を潰したのじゃ。」

「何ですと!?」


それは一領主として、驚きを隠せなかった。数週間前に、王都近くで出た鬼化した犬の討伐に、王都にいる軍隊の半分を送られ、数百という兵士が殺されてやっと潰すことが出来たという報告書を見たばかりだったからだ。

 勿論、『迷森の悪魔』にその真意を確認することは出来ない。イヴァンは、今後の予定にユグノーへ小隊の派遣と目の前の人間の調査を入れた。


「ふふ、糞狐も驚くのだな。偶には、こういうのもよい。」


 イヴァンが見た事のない位『迷森の悪魔』の機嫌がよかった。数年に一度、会うことがあったが、何時も何を考えているか分からないような、不気味な所しかイヴァンに見せなかった。


「今回の事は締約通り、一回に数えてよい。」

「分かりました。でしたら、こちらとしても最善を尽くすことを、私の命をもって約束します。」


 『迷森の悪魔』は、その言葉に偽りは無いと判断したようだ、先程より静かな『力』へと変わっていく。


「ならばよし。また、相見える日を楽しみにしておるぞ。」


その言葉を聞き終えたときには、『迷森の悪魔』はいなかった。どのような『力』を使ったか、すらイヴァンには予測できない。ただ分かったのは、十年前より確実に『力』が強くなっていっていると言うこと。


「あの森に、奴を住まわせたのは失敗だったか・・・。」


 呟きを聞くものは誰もいない。それと同時にアレを出さなくて正解だった事にイヴァンは気づいた。既に、我々だけではあの悪魔を止めることが出来ない。良く見積もって、傷つけるのが精一杯なのだと。


「ラスク様。」


そんなことを考えていると、エルフィーがラスクの元へ戻ってきていた。


「エルフィー、これから緊急会議を執り行う。皆を叩き起こせ。」

「その必要はございません。皆、既に卓についております。」

「そうか。お前はやはり有能だな。」


 日が顔出し始めた。イヴァンはその日を見ながら、ついに今夜もちゃんとした睡眠を取れなかったことを実感した。

 それと共に、領主という立場に似合わない大きな笑い声が屋敷に響いた。



 セルティア=グラットスが目覚めたのは、二人の談合から数時間たった後だった。真っ先に目を閉じ、『力』を使い自身の状態を確認した。『力』を使い切ったときに起こる後遺症もなく、問題は無いようだ。

 次にセルティアは、周りを確認した。日が高く上っていて、既にお昼ぐらいだろうとわかった。セルティアのいる部屋はそこまで大きくないのだが、民宿よりは大きい一室で、高級感漂うシングルベットと最低限の、部屋を寂しくしない程度の贅沢品が置かれていた。


(ここは、貴族の一室じゃない。)


 ベットから降り、周りを見渡しても隅々まで綺麗にしてあり、見栄を張った部屋がそれを証明していた。高級ホテルというよりも客間の一室なのは明らか。そこそこ力のある豪商、または地方領主か、セルティアにはどちらか判断できなかったが、それぐらいの予測は立てられた。少なくとも、あのムカつくオバサンの家ではない。一応、『力』の気配からそれを判断すると、セルティアは近くにあった椅子へと腰掛ける。

 『力』の気配を見ると同時にキリハの気配も探る。すると、どうやら契約者の精気が近くに感じてる。正常な精気を感じる辺り、ちゃんと生きているようだ。見たり触れたりしなければ、容体は分からないが少なくとも危篤状態ではない。


(となると、まずは状況と情報の整理。その後、慎重にキリハを探さなきゃね。)


 セルティアはまず、先程やったように範囲を広げて『力』への観測を始める。出来るだけ、相手に気づかれないように、慎重に観測する。


(結界、それも高位のもの。どうやら、防衛に莫大な資産を投じているみたいね。)


セルティアは、自分とキリハが協力しても破ることの出来ないと思われる結界を、この屋敷を囲うように感じていた。もし、キリハではなくサラが近くにいたのならば、と思うと少しばかり鬱陶しい気分になる。

 サラの状況も大いに気になるが、今はここから出て安全を確保することが最優先。そう判断すると、近くにあったクローゼットから木製のハンガーを取り出す。

 最低限の出力で、取っ手を壊し、片方を鋭くする。これで、少々どころではないくらい心元ないが丸腰でも戦闘を回避できる。キリハ自身は、素手でも戦えるらしいが、セルティアにはそういったことが出来ない。お粗末なものでもこれで安心できればそれでよしとした。

 いつもの調子で巫女服に武器を仕舞おうとしたとき、セルティアは重大なことに気が付いた。


「この私が、フリフリだと・・・!」


 フリルのついた純白のドレス。確かに、セルティアのくせっけの緑髪ともあっていたし、髪がいつの間にか櫛かなんかで梳かれていてちょっと嬉しかったし、中々いい趣味だなって思ったけれども、巫女服以外着る事を好まないセルティアにとって、自分が着ている事に一人しかいないのに声を出してしまうほどの多大なショックを与えた。しかし、セルティアがショックを受けたのはそれだけではなかった。


(しかも、この服はちょっと大きめなお子様用・・・!)


 確かにセルティアは、妖精の中ではかなり若い類に入る。でも、セルティアはキリハより二倍は齢を重ねているわけで、体と心の成長が人間より遥かに遅い妖精にとって、この扱いについて強いジレンマを感じた。セルティアの容姿は、人から見れば十代前半からその間の少女にしか見えないわけだが。

 そんなジレンマに悶々としていると、控えめなノックが聞こえた。


「誰?」


つい反応してしまった事を反省した。手に持っている先程の武器があるのを思い出し、隠し場所にあたふたしつつ、勢いでベットの下に投げ込む。


「失礼します。」


 入ってきた女性は、給仕とは似つかわしい格好をしていた。軍人のような見た目とか全て投げ捨てた無駄の無い格好に、長い赤毛を一本の三つ編みにしている。


「私は、このラスク領領主イヴァン=ラスクのメイドをしております、エルフィー=サクリアと申します。」


優雅な動作をする女性だな、とセルティアは思った。エルフィーと名乗った目の前のメイドは、軍服姿ではなくドレスを着る方が仕事として似合っている、経験からそう感じた。

 しかしながら、彼女の顔からは表情はあまり無い。笑顔という仮面をかぶっているようだ。それが、動作と表情との小さな違和感を生じさせている。


「私は、セルティアよ。」


自己紹介をその一言で終えると、エルフィーに紅茶を注いで貰った。サラが良く飲んでいたものと一緒のものだった。


「ありがとう。それで、ラスク領領主ってことは、ここは―――。」

「はい。ラスク領ノスタルです。」


 セルティアは咄嗟に、この国の地図を頭に広げた。ノスタルは、ラスク領北部。ユグノーの近くの街から、歩いて一週間というところだろうか。随分遠くにきたものだ、とセルティアは思った。


「ここは、ラスク領領主の家城って事?」

「その通りです。貴女方は、あの『迷森の悪魔』にこの屋敷まで運ばれたのです。」


セルティアはエルフィーの抑揚のない声と表情の不一致に、面白味を感じつつ話しを進める。


「そう。それで、どうして私はここにいられるの?」


ここの土地の領主が見ず知らずの人を自分の城の中に入れるとは考えずらい。


「それは、―――。」


 目の前の女性は、ふと言葉を止めた。あの気に入らないオバサンと目の前の女性の主とは、並々成らない関係があるのだろうが、今のセルティアには確かめる術は無い。


「すいません。」


 女性はぺこりと頭を下げた。


「我が主からは貴女とあなたと一緒にいた男の方が目覚めるまで、客人として持て成せ、と命令されていますので、何なりと仰って下さい。」


(この変てこな給仕の言葉から想像するに、キリハは未だ寝ている、って事か。)


状況は思ったより悪くない。そのことが確認できたセルティアは、申し訳無さそうな顔を作る。


「ごめんなさい。言いづらい事を尋ねたようね。」

「いいえ、こちらこそ。」


相手はうまく騙された様だった。


「一つほどお願いしてもいい?」

「何でしょうか。」

「私の着ていた服は?」


セルティアにとって、真っ先に着替えることがキリハよりも何よりも最優先事項だった。


「血がべっとりついて汚れていましたので、洗いました。」

「真っ先に着替えたいのだけど?」

「乾かしていますので、後一日お待ちください。」

「な、何だって?」


 事実上の死刑宣告だ。羞恥に満ちた一日の始まりに、セルティアはがっくりと肩を落とした。


「大丈夫です、セルティア様。私のセンスに狂いはありません。確りと似合ったいますので心配後無用です。」


セルティアは、文句を言いたいのを我慢する。嫌味でやっていないのなら、目の前の女性はサラを超えるメイドへと成長することだろう。


「はあ、もういい。」

「左様ですか。では、失礼します。」


立ち去ろうするエルフィーに、セルティアは忘れ物を伝える。


「それと、エルフィー。」

「はい?」

「私には、様付けなんていらない。柄じゃないし。」

「はい、分かりました。」


 エルフィーの仮面が、一瞬だけ外れた気がした。



 日が顔に当たって、目が覚めた。少し暗くなっていて、朝でなければ黄昏時のようだ。


「起きたか、ねぼすけ。」

「・・・ああ。」

 一般的な民家、では絶対にない。そう断言できるほどのつぼや絵や皿などの豪華な贅沢品の数々。つまり、ひどく趣味の悪い装飾過多な部屋。これが一般的な民家だったら、フィス領の経済状態はまずかったのか、と疑わざるをえない。

 しかも、天井付きの大きなベットに端っこで寝ている俺と、隣にいすに座っている大きくなった巫女さんのみしかいない。つまり、気まずい上に訳わかんない。


「ここは?」


隣の巫女さんは、俺が起きたことに特に大きなアクションを起こさなかった。ただ、安心したような顔しただけだった。


「ラスク領主の屋敷。」

「は?なんで?」


俺の様子を、大きくなった巫女さんは俺を睨みつつ、器用にため息をつく。

 ラスク領主とフィス領は、お隣の土地というのに全く交流が無い。その理由は、大きく二つある。まず一つは、商人との流通経路が迷森で遮られているためということ。あそこの森はとてつもなくでかく、森を抜けるのに数日かかり、その森を迂回したらその倍の日がかかる。もともと、フィス領は東方から南方に掛けて海で囲まれていて、陸が無い。北西方にある隣国と交流していたほうが早く便利である。そのため、ラスク領への流通は森で阻まれているため、小さな嗜好品や贅沢品に限られてしまう。

 だから、ラスク領領主とは、面識がなく名前とその人の噂しかしらない。通常な相手なら、もっている情報も似たようなものであるはずだ。


「キリハは、最初にユグノーであった全身フードのオバサンのこと覚えてる?」

「おばさんって、俺たちあの女の顔見たわけ―――」

「オバサンのこと、ちゃんと覚えているの?」


セルティアの笑顔が、めちゃくちゃ怖かった。


「お、おう。はっきりと。」

「そう。あのオバサンが、キリハと私を此処においていったみたい。その後、いつの間にか客人として何故かもてなされて、いつの間にかオバサンは何処かに消えていった。」

「それで?」

「それで?、って言われてもこれで終わりだけど。」

「終わりって、それじゃあいろんな者省略しすぎて、今なんで此処にいるのか分からない。だいたいなんで彼女が俺とセルティアを運んだのかとか。」

「さあね。気まぐれだったんじゃないの。私には、理解できない。」

「・・・そうか。」


セルティアの不機嫌そうな顔を見て、俺はそれ以上何も言うことが出来なくなってしまった。

 ちょっとすると、この屋敷の使用人らしき人が部屋に訪れた。若い女性で、見たことのないような独特な軍服を着ていた。といっても彼女自身、軍人らしからぬ人物で、軍服を着ていないそうと、軍人だと分からないといえるような普通そうな女性だ。腰まである朱色の長髪を一本の三つ編みで纏め、細身で活発で可憐な笑顔。そして、軍人とは思えない上品さをもっていた。


「私はエルフィー=サクリアと申します。よろしくお願いします。」


そう自己紹介された後、お茶とテーブルを用意してくれた。とある北国の有名な紅茶で、よく親父が飲んでいるもののようだ。席に着くと自己紹介が未だであった事に気がついた。


「自己紹介がまだだったな、キリハだ。」

「キリハ様ですか、因みに名字は?」


(セルティア、助けろ。)


 セルティアに小声で話しかけると、ユグノーでのことみたいに耳元で話しかけているように帰ってきた。


『はあ?それくらい自分でなんとかしなさい。』


隣の巫女さんに慈悲がなく、見捨てられた。


「・・・捨てた。旅人だから、必要ない。」


 自分でも意味の分からない言い訳をいうと、エルフィーは困ったような笑いをみせた。セルティアとは、紹介を終えていたようで黙って紅茶を啜っていた。


「後数分で我が主がいらっしゃいますので、もう少しお待ち下さい。」

「わかった。それと、俺に様付けはいらない。」


そういった後、エルフィーは俺とセルティアを見てからクスリと笑ってから頷いた。


「はい。それでは失礼します。」


エルフィーが外に出て行くと、セルティアがため息を付いた。


「なあ、何でエルフィーは笑ったんだ?」


 そう聞くと、セルティアが黙って俺の頭を叩いた。



 黙ってセルティアと部屋で待っていると、小さなノックと共に中年らしい身体つきをした男性が現れた。親父がよく着込んでいる貴族専用の高級感のある蒼色の服。貴族らしくひげや髪など整えられていて清潔感があった。

 セルティアと俺は、黙って椅子から立ち上がると、領主であろう人物は自然に見えるような笑みを浮かべる。その後ろにはエルフィーもいて、俺の視線に気づくと小さく会釈した。


「こんにちは、キリハ殿。私は、ラスク領領主を任されているイヴァン=ラスクといいます。」


 目の前に出された右手を黙って右手で握り返す。


「今回は、わざわざ、私たちを助けてもらい、大変感謝します。」


こんなときに学の無い自分が恥ずかしい。慎重に、出来るだけ失礼にならないように、言葉を選びながら話す。


「いえいえ、こんな事は大したことではありませんぞ。民が困っているのなら助けるのは領主の務め。」


和やかな雰囲気で握手を終えると、エルフィーが更に椅子をもう一つ用意して、貴人を座らせる。


「どうぞ、席に着きなさい。エルフィーの入れる紅茶は、そこらの使用人よりも素晴らしいですぞ。」


 こんな簡易なもので対応する領主の様子に疑問を思いつつ、俺とセルティアは、座っていた席に腰掛ける。


「エルフィーは、元々我が領内の私兵団に所属していた軍人でしたが、品があってとても軍人にしておくのは勿体無い人材でしてね。」

「それは、買いかぶりすぎです、領主様。」


 数分前の快活な笑顔ではなく、しっかりと仕事の出来る給仕へと変わっていた。彼女の体にスイッチがついているようだ。しかし、領主に紅茶を入れる姿は、先程と変わらない。もし、同じ格好をしていなければ同一人物だと、俺は気づけないと思った。


「彼女は、謙遜と遠慮が好きな人間でしてね。どうですか、もう一杯。」


領主は、俺とセルティアの空のカップを見てそういった。


「お願いしてもよろしいでしょうか。紅茶とは思えないコクと、とてもいい香りがとてもよかったです。」


そういうと、領主は見せたような自然に見える笑顔を見せる。エルフィーは、こちらを見ることなく、完璧なマナーで紅茶を入れる。その様子は、何処にでも通じるような、素晴らしいものだった。


「それはなにより。我が家には、あまり紅茶の知識があるものが少なくて。紅茶で有名なセルブクス産とはいえ、あまり知られていないブランドだったもんで、口に合うかは少しばかり心配してたのだよ。」


 領主の顔を見ると、なぜか拭い切れない違和感が俺に重くのしかかる。この領主はあの噂通り危ないと、警戒信号が何処からか鳴らされる。


「そうだったんですか。私には飲んだことのないくらいおいしかったですよ。」

「そういってもらえると嬉しい限り。」


 ニヤァと、とても善良な領主が浮かべられないような邪悪な笑い方をした。


「しかし、フィス家の嫡子たる御方が、このような場で容易に嘘はいけませんぞ?この紅茶は、フィス家御用達の紅茶として買ったもの故、初めてではなかろう?」

「―――!」


 後ろにいるセルティアが息を呑んだ。


「何のことですか、ラスク様?」


 俺のことは、顔も知らないやんごとなきおっさんに自分のことを知られている。そんなの、あの事件で我が領内が有名に成っている事を知ってから、驚きこそしなかった。特に、隣の領であるこのラスク領領主には。


「そちらこそ、どういうつもりかな。あの『迷森の悪魔』に命令して此処まで運ばせるなどと、どんなマジックを使ったのか、教えてほしいものですな?」


その『迷森の悪魔』とは何かと確認したい所をぐっと我慢して、ばれないように周りを見渡す。

 だが、相手に何処まで俺の事を知られているか分からない上に、出口は力量の分からない軍人でふさがれて逃げ場の無いこの状況。思わず舌打ちをしそうになるのを我慢する。


(セルティア、お前の『力』なら此処から抜け出せるか?)

『無理。こんな田舎の土地なのに、この屋敷は内側からにも強固な結界を張っているみたい。』


領主の目的が分からない今、俺らが無理矢理抜け出す必要はない。


(緊急になったら強引にでも抜け出せる用意だけはしといてくれ。)

『もうし終わってる。』


 俺の寝ている間だろうか。頼りになる相方を持てて、俺は幸せだ。


「こちらは時間がない。お前なんぞに構っている時間もないのだ。ほら、早く言い訳を答えたらどうだ?」


その言葉を放つと、先程の貴族とは思えない、自然で最悪な目をした小悪党が目の前に現れた。


「っち。今の俺に利用価値なんぞないのに何故助けた?」


 目の前の悪党を睨みつけると、俺のことを小ばかにしたような笑みを見せた。


「ハ、フハハハ。あの狸の息子とは思えないな、国一の糞ガキよ。もう少し、粘ることを進めるぞ。詰まらない上に、不愉快だ。」

「黙れ。俺は悪党面をする貴様に敬意なんぞを持ち合わせてはいない。」


そういうと、貴族に見えないようなえげつない顔をする。


「ハハハ!まあ、よい。儂は、莫迦に礼儀を求めることなぞしない。」


 領主は先程の十倍ぐらい面白い顔をしている。決して変な顔という意味ではない。生き生きした、大きな悪事を働くような悪党の顔だ。


「キリハ殿には、とある事件について調査および解決を依頼したい。」


 しかし、その顔がすぐに領主の顔へ戻った事を俺は見逃さなかった。

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