「迷森の悪魔」4
サラとムガルが音の場所に着いたときには、文字通り全てが終わっていた。
焦げて真っ黒な、今となってはなんだか分からない生物の、頭と胴の真ん中だけをくり貫いてある死体。
その死体の近くには、大きな衝撃があったせいで出来た小さなクレータと、散乱している何本もの木の破片。
そして、狩りに出かけたはずのキリハが、本来見せてはいけない姿をしているセルティアに膝枕をされていた。
「一体、何が・・・?」
ムガルの呟きに対応できないくらい、サラには状況が理解できなかった。セルティアをキリハに付けたのは確かだが、我が主と我がパートナーが契約を交わしたような状態に、何故か親密な関係となっている。会って数週間も経っていない上、セルティアとキリハは昨日まで仲が良いといえなかったはずだ。
「ふふ、本当にやり遂げるとは。」
更にサラを混乱させるような要因が二人の前に現れた。
大きなマントに体を隠し、フードを深くかぶり、妖しい声で、大切な仲間へと近づくソレは、確かにさっきまで居なかった。まるで、いるのが当たり前のように、不自然なほど自然に場に現れた。
「迷森の悪魔だと!お前がなぜここにいる!」
ムガルの表情が、畏怖と驚嘆で埋め尽くされている。直に先程までとは違う、隣にいる怪しげな大男の本気へと変わる。大きなハンマーを片手でもち、キリハ見たく上段で構える。
「我の機嫌を損なうのは得策は無いぞ、小童。」
相手が言い終わったときには、サラの隣にムガルは居なかった。残ったのは、感じたことの無い、皮膚が傷つきそうな強力な風。相手は視線をこちらに向けただった。それだけで、サラは何もできることが出来なくなった。
「娘も黙っておれ。先程の小僧っ子は、数メートル後ろにいる。拾いにでもいけ。」
サラに成す術などない。ただ黙って、抜けてしまった腰をのろいながら座っているしかない。
「ふふ、腰が抜けたのか。まあ、よい。」
目が合っただけで、手も足も震え、声帯もただただなかったもののように動かなくなった。
(―――キーくん!セルティア!)
叫びは、心の中でのみ繰り返された。でも、気が付くわけ無く、あいつが二人に近づくのを見てるしかない。
「死に掛けじゃな、その莫迦な青年は。」
セルティアは咄嗟に、キリハの体をかばいながら相手を睨む。
「キリハに、何をする気?」
「お前では、この青年の怪我は治せまい、古臭い風の妖よ。」
「なら、アンタなら治せるっての?」
「さあ、それはやってみなくては分からぬ。じゃが、一つ分かるとしたら、このままお前が『力』を注ぐ程度で治る傷ではないということじゃ。」
セルティアがキリハにかけられる術は、かなり限られていた。セルティアの全力を尽くしてまで使った最強の術が、彼女の持つ『力』の殆どを喰らい、残ったのはスズメの涙ほどの気休めの『力』。
「そんなの分かってる。でも、やらないよりはまし。」
「肋骨が三本折れ、そのうちの二本が胃と肝臓に刺さり、右足の指全てにヒビが入っているような、そんな大怪我をしたモノに、そんな擦り傷を治す術をかけても、治りようがないわ。」
「そんなの、最初から分かってる。でも、やらないよりはまし。」
「ふ、ふふふ。面白い。面白いのお、お前は。もう『力』を無くし、何もできないと言うのに、我にそれほどの殺気を向けることが出来るとわ。本来なら、我の姿がかすみ失禁するか、そこにいる娘のように腰を抜かしているはずなのだがな。」
「お前なんて、怖くない。」
「ふふふ、初めてじゃ。我をここまで楽しめたのは、お前らだけじゃ。特別に、お前もサービスしてやろう!」
セルティアとキリハ、それに迷森の悪魔と呼ばれた女を中心に、小さな竜巻が出来る。その竜巻は、サラの目の前で三人の姿を隠した。
「キリハ!セルティア!」
やっと声が出たときには、その竜巻がどこかに行った後だった。手に爪が食い込み、ヌメッとした生暖かい液
体が、地面に落ちる。
「必ず、あの女から救ってみせる。」
震えが止まらない声と共に出された誓いを聞くものは誰も居なかった。




