不老不死と若者の話
自分の優しさを疎ましく思う者がおりました。
亡くした友や仲間を思うあまり、自己嫌悪。
誰も彼を責めていないのに。
後半にグロテスクな表現があります。
暗いです。
苦手な方は注意。
では、どうぞ。
→
昼食を済ませた午後。
腹ごなしに城内をぶらついていると来訪者の気配を感じ、そのまま城門の前に出向いた。
長身のゴブリンでも屈まずに入れるほど大きな石の門を、近くにいた城の住民と一緒に開ける。
これが中々重労働。
腰に響くのなんの。
魔法で簡単に開けてもいいが、皆で何かを一緒にする気分だった。
ほら、距離が近いだろう?
ガガガガ…ガコン
通りかかったケルベロスのダートの協力のおかげで開門。
疲れた疲れた。
私も年をとったな。
それにしても、ダートは力持ちで羨ましい。
私も鍛えようかな。
ビュウウ…
城の百メートル先は断崖絶壁の崖。
生暖かい強風が吹き抜ける。
「……。」
淀んだ天の下、私達の前には一人の人間。
ボロボロのローブを身に纏い、所々傷だらけの青年が門の前にいた。
大勢の魔物を前にしても怯まない性格。
一目で人間だとわかる私と同じ肌色の皮膚。
希望に縋りつくような、決意を秘めた眼差しがとても私好みで、
「どうぞ。」
人間だとわかっていながら城に招き入れた。
周りの仲間達は止めたんだけど、何だろう、同じ感じがしたんだ。
私と同じ哀しみを抱いているように。
客室に案内して、ソファに座るよう促す。
カチャ
だが、青年は背筋を伸ばしたままスッと片膝を床に着け、腰に携えていた剣を床に置いた。
深々と頭を下げ、己は危害を加えないことを私に教える。
人間が誰かに服従する時の姿勢。
意味がわからなかった。
意図が読めなかった。
この青年がこれから何をするのかわからない。
部屋の扉の隙間から覗いている子達に視線だけで尋ねてみるが、全員首を横に振る。
私と同じようだ。
一先ず頭を上げてもらおうと青年に手を差し伸べる。
だが、青年は顔だけ上げると初めて口を開いた。
まだ幼さが残る、けれど甘えを捨てた声で。
弱さを隠すように眉を寄せ、ハキハキと聞き取りやすい口調で話す。
「お初にお目にかかります。
俺はアルグレイト王国第五十六代目国王の次男、カエハと申します。
貴方様のお話は、生まれ育った故郷にいた魔物から伺っております。」
「あそこは人と魔物の交流が良好らしいね。素晴らしいことだ。
そんな所の王子様が、名も忘れた私に一体何の真似だい?先ずはソファに座りなさい。」
青年カエハの腕を掴んで立ち上がらせようとする。
だが、カエハは更に顔を俯かせ、フルフルと頭を左右に振った。
カエハの頬から涙がポタポタと絨毯に落ちる。
涙声を紛らわすように強い口調で彼は語る。
「私の王国は、数年前、名の有る魔女によって占領されてしまいました。父上も母上も兄弟も、国の国民全てが魔女に操られてしまい…偶々、俺は森で魔物と剣の稽古をしていたので、運良く呪いにはかかりませんでした。王国の惨状を知ったのは、占領された後のことです。
王国には結界が張ってあるのか全く入れず、試行錯誤の日々を過ごしました。ですが、結局俺は何も変えられず、此処にいます。俺は無力です…!」
「それは残念だったな。」
ギリッ
歯を食いしばり悔しさに耐える若き王子。
肩が震えていた。
魔女に命を狙われるのを覚悟で、この手が傷だらけになっても包帯を巻いて頑張ったのだろう。
家族思いの勇敢で優しい子供だ。
あの国は仲間達の噂でも温かくて、とても住みやすい場所だと聞いていた。
その国が他の奴に奪われてしまうのは、とても残念である。
血が滲むほど拳を震わせるカエハをソファに座らせ、私も隣に腰掛ける。
カエハは声を振り絞り話を続けた。
ゴシゴシと袖で涙を拭う姿は子供らしい。
「暫くの間は森で最年長の魔物に匿ってもらい、魔女に隠れるように生活してました。俺が殺されたら本当に王国を取り戻せなくなるので、生にしがみつくように生き続けました。
そして、沢山の魔物達から貴方様のお話を耳にするようになりました。
この世界の魔王様は気高く、意志が強く、勇敢で、けれど謙虚を忘れず、傲ることもなく、友好的で、そして、とても仲間思いの優しい方だ。下等な我々にも分け隔てなく接してくれ、行き場を失った魔物などには自分の城に受け入れてくださる。我々魔物を『手下』ではなく『仲間』とおっしゃってくださる。あのお方は元人間だけれど、この国の者達のように素晴らしい、と。
それはもう絶賛の嵐でした。年老いた魔物があのように興奮して語るのは珍しかったです。」
「私はそんな出来た生き物じゃないさ。聞いてて恥ずかしくなるよ。」
誰がこんな耳が焼けるほど恥ずかしいことを言ったのだろうか。
もう、今度会った時は注意しないといけないな。
顔が熱くて仕方ない。
お湯が沸けそうだ。
扉の向こうで拍手している子達も勘弁してくれ。
私はただ、恩返しをしているだけさ。
行き場の無かった何の取り柄もない私に、この城に辿り着くまでに色んな方が無償で住み処に招いてくれた。
食べ物を与えてくれ、言葉を教えてくれた。
人間や者同士でなくとも、互いを大切にすることで友情が育まれるのを実感した。
言葉は通じずとも笑い合えるのを知った。
大事なことは全て、不老不死の体になってから、多くの仲間に教えてもらった。
だから、今度は私が困った子の手助けをする。
そう決めた。
知ってるかい?
助け合うと友情が深まるし、絆が強まるんだ。
それって素敵なことだと思わないかい?
私はそう思うよ。
きっと、この青年も同じ。
カエハに優しく微笑むと、何故か大粒の涙を溢した。
ボタボタとそれは雨のようにソファに降り注がれる。
私は触れてはいけないモノに無遠慮に触れてしまっただろうか?
子供を泣かせるなんて最低だ。
慌てる私の服を掴み、顔を隠すように胸にしがみつく。
カエハの悲痛な叫びに耳を傾け、落ち着かせるように背中をポンポンと叩くぐらいしか、子供をあやすレパートリーはない。
「共に暮らしていた年老いた魔物は死ぬ間際に『魔王様を訪ねなさい。きっとお前を助けてくださるから』と言い残しました。それから、お金を稼ぎながら様々な魔物に貴方様の居場所を尋ね、本日は心優しい骸骨にこの城へ続く扉を繋いでもらい、やっと、貴方様に辿り着きました。
俺は、取り柄といえば剣術くらいで、家事とかはしたこと無いし、でもこれから覚えます!料理もバイト中に覚えたものなら作れます!毎日一生懸命働きます!絶対に迷惑はかけません!
お願いします……貴方様の弟子にしてください。」
「……ん?」
…弟子?
居候じゃなくて、弟子?
城に住むなら部屋が余ってるはずだし別に構わないけど。
扉の向こうじゃ住民が先に準備してくれてるようだし。
有り難い有り難い。
しかし、弟子かぁ…弱ったな。
誰かに何かを教えた経験なんて生まれてこの方全然ないし。
あ、恋人に薬の調合を教えたか。
あれくらいだなー。
そういえば、カエハを道案内した骸骨と扉。
骸骨……。
「カエハ、だったか。」
「はいっ!」
顔を上げて元気のいい返事。
涙と一緒に出てきた鼻水をティッシュで拭き取ってやりながら問いかける。
王子様なのに汚い顔だなぁ。
色々と台無しだよ。
よし、ちょっとはマシになった。
「君を導いてくれた骸骨は、最後どんな声音だった?」
「最初はぶっきらぼうでしたが、最後は笑って見送ってくれました。」
「そう。あの方は気難しいが、人を見る目は確かだ。少しでも笑ったのなら、君を心配してくださったのだね。」
骸骨のあの方は私の恩師であり、父親のような存在。
私も初対面では無視されまくっていた。
少しでも弟子として認めてもらうために、誠心誠意を込めて掃除をしていたな。
あの方が初めてくださったプレゼントは魔術の本で、それを家事の合間や寝る前に必死に勉強していた。
押し付けるように渡された物だけれど、泣くほど嬉しかった。
読書に熱中し過ぎて何度も怒られた。
寝る時も手放さなかったなぁ。
今も大切に自室に保管してある。
大切な宝物の一つだ。
あの方に表情は無いけれど、声で心情の変化はわかった。
嬉しい時には無口で、私が失敗すると低い声で怒鳴る。
別れの際、笑ってたな。
普段全然喋らないのに大きな口を開けて。
寂しいなんて微塵も口にしない、高らかに響く顎を鳴らす音。
その時、やっと弟子だと認められた気がした。
―おっと、いかんな。
思い出が蘇るとついつい浸ってしまう。
悪い癖だな。
きっとあの方は、私にカエハを会わせても大丈夫だと思って空間を繋げたのだろう。
これ以上カエハが苦労しないようにわざわざ通りやすい道を造って。
ならば、気持ちに応えないと。
あの方に怒られるのは勘弁してほしいからね。
スッとソファから立ち上がり、カエハと向き合う。
「君は何を教えてほしい?得意なのは調合くらいしか思い浮かばないのだが。人間の君が魔術の類を学ぶには、相当な時間がかかるよ?」
「俺は何時かはアルグレイト王国を自力で奪い返したいです。その為に、自分の知らないことを知りたい、自分の限界を越えたいです。
でも、傷つける力に溺れるのは嫌だ…だから、最初は精神面を鍛えたいです。お願いします。」
「…なら、先ずは此処の暮らしに慣れようか。あそこは、真っ直ぐな君が行くには酷な場所だから。」
そう、正常な者には一目見ただけでトラウマになるほど悲惨で、血の臭いで噎せ返るほど常に大量の血が溢れている地下の牢獄。
この子が来る何十年前に現れた“彼ら”の残骸を放置してある場所。
たった一人、“彼”だけは強靭な精神で生きている。
でも、それが崩れるのも時間の問題かな。
かつての仲間と同じように、あの子も壊れて自害するさ。
だから言っただろ?
『私は出来た生き物じゃない』って。
復讐で今まで一度もしなかった殺害をするくらいだ。
優しさなんて、ただの偏った愛情。
それを周りに振り撒いてるだけだ。
私は何よりも誰よりも冷酷な生き物だよ。
じっと私を見上げるカエハを思い出して、入って来た扉に声をかけた。
「ムグリュード!ちょっと頼まれてくれないか!」
「失礼しまス。魔王様お呼びでスか?」
客室に入ってきたのは体がツギハギだらけの人造生物。
墓場に棄てられていたのを私が拾った。
協調性は低いけれど、やることは最後までやる子だ。
きっとカエハとお互い良い刺激になるだろう。
ムグリュードの肩に手を置いて顔を覗き込む。
硝子で精巧に造られた双眼に私が映る。
「今からカエハが城に暮らすことになった。空き部屋の案内と城の大まかな説明、何かあれば手助けしてやってほしい。
ムグリュード、君に頼めるかい?」
「はい。魔王様のお言葉なら従いまス。」
コクリとロボットのように機械的に頷くムグリュード。
体の半分は機械だから動きがぎこちない。
冷たい肌から手を離し、鼻筋の縫い目をなぞるように親指で撫でる。
この子は表情が乏しいけれど、ツギハギを撫でるとくすぐったいのを耐えるように唇を真一文字に引き締めるところとか、面白くて可愛い。
ムグリュードに隠すことなくクスクスと笑う。
私に血の繋がった子供はいないけれど、私より若い子は私の子供だと勝手に思っている。
ムグリュードのように慕ってくれる子は尚更。
私に子供がいたらこんな風に接していただろうな、と胸に温かみを感じられる。
ソファの前に立っていたカエハの耳に触れ、独り言のように呪文を唱える。
あの方が教えてくださった守護の魔法。
簡単だから弱いけれど、此処での暮らしに慣れるまではもつだろう。
耳たぶのところに紋様が表れ成功を教える。
「この城には人間や者に襲われた子、住み処を奪われて恨んでいる子、人に好感を持っている数は多くない。一応、城内のルールとして殺害や乱闘などは禁止しているが常に気をつけなさい。
皆が皆、君が生まれ育った故郷にいた魔物と違うくらい、この旅路で嫌というほどわかっているだろう。」
「はい。」
「ムグリュードを頼ってもいいが、なるべく自力で成し遂げるんだよ。他人任せで得られるモノは何もない。わかったね?」
「はい!」
「良い返事だ。
後は任せたよ、ムグリュード。」
「畏まりました。
では、失礼しまス。」
「失礼します。」
先に歩く足音を小走りで追いかける足音が遠退いていく。
あ、家事とかは無意味だって言い忘れてた。
この城は広いし、廊下が入り組んでいるから、掃除をしても無意味に等しい。
すぐに埃や塵が溜まる。
何より、勝手に部屋に入られたくない住民が必ずいる。
第一に、私の部屋は掃除すると色々と面倒なことになるので止めてもらいたい。
…念入りに鍵をかけておけばいいか。
万事解決。
それに食事はもうコックが足りてるし。
殆どが自給自足してるからあまり必要ない。
カエハには後で伝達でもしておこう。
ムグリュードが教えといてくれると助かるけどな。
ま、私から伝えた方が確実か。
別に利益を求めて場所や食事を提供している訳ではないから、何もしてくれない方が平和だ。
剣術の特訓とかはホールや城外でやればいいし。
問題は沢山あるけれど何とかなるだろう。
若い二人が出ていった扉を通り、入口にいた子達に挨拶しながら自室に向かった。
そろそろ時間かな。
“元”勇者の生死でも確認しに行きますか。
自室に入り、扉に何十もの鍵や魔術をかけて他者の侵入を拒む。
虫一匹通さない徹底ぶり。
まるで隠れて犬を飼う子供のような気分だ。
実際はそんな可愛い物とは大分かけ離れているけれど。
昔、私の大切な多くの友を傷つけ、宝を奪い、脅し、殺した元勇者と一行の残骸。
残骸といっても魂は水晶に縛り付けて成仏できないようにしているから、詳しくは遺体だな。
あれ、そんなに変わらないか。
カツンカツン
明かりが一切ない、暗くカビ臭い階段を下りる。
此処は私が繋いだ空間からしか出入りできない密室。
情けとして空気と週一の食事は与えている。
さっさと自殺して、水晶に彼の魂を閉じ込めて永遠に苦しめる方が楽なんだけど。
元勇者なだけあって、精神が他よりも強めにできているからか中々しぶとい。
早く死ねばいいのに。
切実に願う。
おかげで趣味の遠出ができなくてしまった。
迷惑極まりない。
魔力で造った火でランプを灯し、血の水溜まりの上を黙々と歩く。
本当に、何時来ても噎せ返りそんなほど血の臭いが充満している。
気分が悪くなりそうだ。
この血液の殆どが目の前にいる人間から流れ出た物だと思うと、よく生きていられるなと感心すら覚える。
もし、違う形で出会っていれば、きっと友になれただろう。
しかし現実は変わらない。
彼とその仲間達が行った行為は、私の多くの仲間や友を失った。
きっと一生赦すことはないだろう。
「……。」
自分の血で血塗れの全身。
虫の息を繰り返す唇は切れていて、一見皮膚が無いんじゃないかと思うほど至るところに傷痕が刻まれている。
顔にも、首にも、胴体にも数え切れないほどの数。
伸びきった毛先は血に染まり黒ずんでいる。
見た目はカエハより年上。
だが、今は前髪や赤で顔がハッキリしない。
ピチョン
額から流れた鮮血が水溜まりを鳴らす。
静寂な空間にそれはよく響いた。
「やあ。まだ死なないのかい?」
「…。」
「君も往生際が悪いね。
あ、そうそう。今日は新しい住民が増えたんだよ。君より若い青年だ。アルグレイト王国、と言えば君もわかるかな?」
「…。」
「君達が“見捨てた”王国の名だよ。そこの王子様だ。
ああ、興味ないか。」
返事が出来ないとわかっていても一方的に喋り続ける。
キィィ
南京錠を外し檻の中に入る。
元勇者は様々な首に重たい鉄の枷を嵌められ、手枷に繋がれた鎖だけで体を支える。
爪先には赤黒い水溜まり。
足や手にあるはずの爪は全て私が剥がした。
腰にだけ布切れを巻いた貧困街の奴隷のように貧相な姿。
当時のきらびやかで優雅だったのとは大違い。
まるでカジノでボロ負けした人間のようだ。
いや、それ以上に酷い。
これが元勇者だと一般人が知れば、人間や者はどのような反応を示すだろうか。
失望?
絶望?
哀れみ?
同情?
ゴミ?
役立たず?
クイ
顎を掴んで私を見るようにする。
嘲笑うように吐き捨てた。
「可哀想な子だ。」
虚ろな瞳は恐怖など当の昔に忘れ、ムグリュードのようにただ私を映すだけ。
昔は否定や抗議を叫んでいた喉は何の音もつくらなくなった。
君の父親が自分が目立ちたいだけで、君を立派な勇者になるように一生懸命育てた。
幼い君の意思は剥奪され、否定することも知らぬ君は勇者になった。
『世界を救う為に。』
自分の行いを“正義”にする為にこの言葉を何百と何千と繰り返し、多くの命を奪った逃げ道にした。
君の旅路には仲間はいたが、常に孤独と期待に押し潰されそうになりながら独り、先を歩く。
数年前、興味本意で覗いた君の記憶。
甘えられぬ寂しさと、闘う無意味さ、父親や国民の期待の重圧、逃げ惑う魔物を倒す剣の重み、最終的に、何もかも諦めていた。
嫌なら、勇者を辞めればよかったのに。
いや、その考えすら与えられなかったのか。
仲間が私に殺されても、部屋に入るまで俊敏に闘っていた君はピクリとも動かなかった。
もうダメだ。
癖になった諦め。
打破できないこの状況も、倒せない相手を前に諦める。
だってほら、君の目は何も映していない。
もし、私がこの世界からいなくなっても、きっと何も変わらない。
私はこの世界で生きているだけの存在だから。
不老不死の体と魂が共に朽ち果てる時が訪れるまで、私は生きる。
生きるんだ。
顎を掴んでいた手を移動させて、ドクドクと血を押し出す額に触れる。
温いものが腕を伝い、服を赤く汚す。
ピリッとした痛みに彼が微かに顔を歪めるが、私が手を離すと傷口は塞がれていた。
今日は特別だ。
カエハに感謝するといい。
「今日の私は機嫌がいい。拷問は止めて、昔話を語ろうか。」
「…。」
「君が生まれるずっと前の話。私が恩師と慕う方の元で住み込みで修業していた時の話だ。」
カエハのおかげで思い出した、あの方と過ごした日々。
貴重な時間。
温かい記憶。
この人間にも必ずあるだろう。
忘れられない思い出が。
大事なモノが。
…これだから駄目だな。
私は中途半端に甘い。
全てを嫌うことができない。
人でも者でも魔物でも、友を殺した人間でも、無意識に良い面を探してしまう。
私と同じところを発見してしまう。
共感を求めてしまう。
私は駄目な奴だ。
彼には死んでもらいたいのに。
消滅してほしいのに。
さっさと人の体を手放せば、激痛に苦しまなくて済むのに。
何でわざわざ怪我を治すんだ。
拷問の意味がないじゃないか。
これでは…友に顔向けできないじゃないか。
もっと嫌わないと。
同情なんか捨てろ。
悪い面を、嫌な面を、早く、早く!
ピチャン
悲しくもないのに、一滴の涙が零れ、水溜まりに混じる。
生涯でたった一人、誰よりも愛した恋人が誉めてくれたこの性格が、今はとてつもなく邪魔に思えた。
元勇者と魔王の今後。
恩師との記憶が優しさを呼び起こし、魔王を困らせる。
新しい住民のカエハは母国を取り返せるか。
残酷を目指す手の平は最後何を求めるか。
ありがとうございました。




