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澤の蛍  作者: せりもも
3/32

蛍邸 ― その3

 その時、几帳のかたびらが割られ、白く光るものが飛び込んできた。


 「百合根さま、百合根さま」


一向に動ぜず、白湯のおかわりなどを継ぎ足している百合根の袖を、沙醐は強く引いた。


 「ただいま、何かが几帳の内に……」

「え? 何が?」


おっとりと構えている。


「いえ、何か、光る白い玉のようなものが……」

「気のせいじゃないの?」


百合根の声に被さるように、ぱたぱたという軽い足音が渡殿を渡って、近づいてきた。


 「マロの生き須玉はどこ!」


飛び込んできたのは、まだ年端もいかぬ、垂れ髪の童だった。完膚なきまでに着崩してはいるが、直衣と袴を着用し、ただならぬ身分であることを示している。


 「うぬ、見慣れぬ奴。何者!」


沙醐の姿を認め、間髪を入れず、左手に持った補虫網を差し向ける。太刀でも差し向けるような、仰々しい物腰である。


 振り上げられた棹の先から、目の細かい網が、だらんとたれ下がった。

 よく見ると、右手には、虫かごも下げている。


 「まあ、若さま。無粋でございますぞ」


落ち着き払った様子で、百合根がたしなめた。しかし、その百合根の手が、がたがた震えているのに、沙醐は気づいた。


 「蛍に触られたら、御手をお洗いになりましたか」

「蛍じゃない、生き須玉だ。大きいかごに移そうとしたら、飛んで逃げちゃったんだ」

「お手は? お手は、おきれいですか?」

「……手は、まだ洗ってない」

「では、これで、お拭きなさいませ」


いつの間に用意したのか、濡らした手拭布を差し出だす。

 子どもは素直に布を受け取り、両手を拭い始めた。


「こちらは、沙醐。新しい女房です」

「沙醐にございます。どうぞ、よろしゅう……」


沙醐は慌てて頭を下げた。それでは、この方が、若様……。邸には、他に、二人の姫君がいるはずだ。


一睡(いっすい)じゃ。見知りおけ」


取り繕ったような尊大な態度で言うと、几帳のうちを、きょろきょろと見渡す。


「ここに、生き須玉が飛んできた筈だけど」

「生き須玉というのは、あの、白く光る玉のことでございますか?」


おずおずと、沙醐は尋ねた。


「お前、見えるじゃないか。百合根は、見えないと言うんだ」

「何をおたわむれを」


ゆったりとした口調で、しかし、その眼はどうにも落ち着きを欠いて、百合根が口を挟んだ。


「それより、甘いものでもいかがですかな? 干し柿がございます」


袂をごそごそと探っている。


「干し柿。うん、ちょうだい」


その時、几帳の隅から、白い光がぱっと飛び立った。


「あ、あそこに!」


沙醐が指差したのと、一睡と名乗った少年が飛び上がったのは、ほぼ同時だった。


「こら、生き須玉。待て!」


几帳から垂れた絹布を割って、白い玉が、続いて補虫網をふりかざした少年が、元気よく飛び出していった。


 「百合根さま……」


振り返った沙醐は、びっくりした。百合根が、両手にしなびた干し柿をしっかり握り締め、口から泡を噴いて倒れていたのだ。


「百合根さま、百合根さま。誰か、誰かー!」


ここが平安貴族の邸宅だということも忘れて、沙醐は、力いっぱい叫んでいた。


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