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蛍邸 ― その1
さわさわと木々の梢が鳴り渡る。
深いしじまに満ちた森。
沢の水に映る、歪んだ星明かり。
苦しさに耐えかね、高く飛び、低く這う。
言い切れるか。この苦しみが終わる日が来ると?
神も仏も、世迷いごと。
久遠の果ての、その果てまでも、地獄の業苦とともに在る。
死は、救済ではない。
それを知っているから生き続ける。生きることの苦しさに、悶え、のたうち、飛翔する。
中有の闇へ。
湿った木々の匂いを突き破り、瞬く星に届けとばかり、
……。
一瞬の、開放。浴びるばかりの月の色。
嗚呼、それでも。
振り切ることのできない苦しみはあまりに重い。
下に引く力の、強く強く、息詰まるほどに激しく、どう、と落ちる。
切っ先鋭き下生えの茂み、茨の棘が、全身を苛む。もはや、身動き一つならぬ。
さわさわと流れる水の音。湿った匂い。
物哀しく唱和する虫たちの声。
この世に行くべき先は、ない。逃れることなどできはしない。
ならば……。
ならば、なすべきではないか。
なすべきことを。
……。
お楽しみいただけますように。