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灰色の烏  作者: Hayate
1/1

暗殺部隊


―――1―――



科学と技術が大いに発展したのは、20世紀。


しかし、その何倍も発展したのは、25世紀。


誰もが恵まれ、平和に暮らす日々が続いていた。




2417年6月。


研究が大いに盛っていたこの時代に、アメリカのある学者は次の研究結果を発表した。




今の地球環境は、史上最悪な状態にある。


川や海水は、現在は400年前の半分になっている。


その影響で雨が減り、植物は枯れていく。


このままでは、あと100年もしないうちに、地球は荒れ果てた星になるだろう。




「100年?


その頃に俺たちはもう死んでる」




身勝手な生き物である人間たちは彼の言葉をすぐに忘れ、次の、そのまた次の世代にも受け継ぐ事はなかかった。


それから100年も経っていない2500年、末。


各国の行政が機能しなくなってしまった中、最後の最後まで機能していたアメリカの行政機関までも役目を果たせなくなった。


こうして、生き残った者たちの価値は、命がある事だけになった。
















―――2―――



世界一の大企業・クロスには、各国から集められた優秀な科学者達が大勢いた。


2475年、クロスに所属していた2人の科学者があるロボットを造った。


今まで誰も見た事がない、全く新しいタイプのロボット。


しかし、2人はそのロボットの正体を誰にも明かさなかった。


もちろん、クロスにも。




しかし、その20年後、2人は暗殺された。


クロスに専属する、暗殺部隊によって。
















―――3―――



2501年、世界が朽ちた冬から半年以上経ち、秋になろうしていた。




異常な気象現象や世界各地で伝染病が流行ったため、10年前の9割以上の人間が死んだ。


生き残った者は生き延びるために、世界各地を移動していた。


個人の者もいれば、集団の者たちもいる。


水を求めて。


食料を求めて。


ただただ、何かを求めて。

















―――4―――



1年前の春、異常気象によって大型の台風が発生した。



夜になると、窓がカタカタと音を立て、強風に必死で耐えている。


アスファルトにぶつかる雨音は、昼よりもさらに強くなっている。




15歳になってからクロスの暗殺部隊に入ってそれからは7年間、ずっと会社の中にある寮で暮らしている。


寮といっても、世界一の大企業なだけに、普通より少し豪華なマンション。


研修中は2人部屋で、ルームメイトに同じ部隊の人間がいた。


だけど、その人間は研修中に爆弾の使い方を間違えて、教官と自分を殺した。


それからはずっと1人部屋。




深夜2時、運よくカラスはまだ起きていた。


ネックレスを手に、ベッドに座っていた。


ネックレスは、入隊して実家を出たとき、5つ年下の妹のスズメがくれたもの。


烏が任務に出る時は、いつも御守りとしてつけている。




現在、17歳になった雀は、遥か北にある小さな孤児院で親のいない子供達と暮らしている、らしい。


まだ26世紀になる少し前の話。




十字のネックレスの横棒には、文字が刻まれていた。


しかし、文字の意味はよく分からない。


受け取った時にその意味を尋ねても、

「あたしにも分かんない」

と答えられた。




―「あたしにも分かんない」って、なんだそりゃ…。




そのとき、携帯が小さくバイブしているのが分かった。


開くと、そこには上司・タカの名前があった。




―こんな夜中に…。




「はい、烏です」
















―――5―――



鷹のオフィスに入ると、眉間に皺を寄せて外を眺めている彼の姿があった。




「烏、お前に任務が来た」




鷹は窓の方を向いたまま、紙を差し出した。


烏はそれを受け取り、目を向けた。


最初に目に入ったのは、赤いスタンプで押された“極秘”という文字。




「今回は、お前だけの単独任務であり、極秘任務だ。


普段の任務と一緒にするな」




鷹の言っている意味が分からず、書類の文章に目を通した。


任務の内容は、科学者2人の暗殺。


いつもと同じ暗殺だが、相手はクロスの科学者。




「これはお前にとって酷な事かもしれないが、お前にしかできない仕事だ」




―「俺にしかできない仕事」?


違う…、これは俺にだけできない仕事だ。




服の上から右腕の刺青を触った。




「やってくれるな、烏」




断る事を拒むように、鷹は念を押す。


今まで多くの任務をこなしてきた烏の任務内容は、時に重役人の護衛で、主に暗殺だった。


そのおかげで、クロスはここまで上りつめた。


世界各国からの信頼を得ては、邪魔な者は極秘に排除。


いつもの事だった。




「烏、気持ちも分かるが…―」




鷹がそう言い掛けたとき、

「御意」

と、烏は言った。


個人の感情は、ここでは通用しない。


“たとえ相手が身内であろうとも、決して任務を拒んではならない。”


それは部隊に入隊したばかりの当時の教官の言葉。




そして1週間後、烏は指名された科学者2人を殺した。


今でも、頭の中にこびり付いている。


血で汚れた白衣―――。


刀を伝って床にポタポタと落ちる血の音―――。




――どうか、許してください…。




烏は2つの遺体の前に佇んだまま、透明な涙を流した。
















―――6―――



26世紀の秋。


天気は、今日も曇り。


昨日も一昨日も曇りだった。


その方が、都合がいい。


雨だと視界が悪くなり、晴れだと体温並みの暑さに襲われる。


何でもない、曇りが最適の天気だった。




砂漠の中をしばらく歩くと、街が見えた。


だが、人の気配は相変わらず無さそうだ。


どの街を訪れても、相変わらず人はいない。




高層ビルのような物が立ち並んでいるのが見えるが、風化した所為で、建物の一部が削れている。


街の中を歩いていて分かったのは、生存者から見捨てられ、死体だけが微かに残った、かつて栄えていた都市は砂漠化していたこと。




烏は体を覆った灰色のマントを微かに揺らしながら、砂から目を塞ぐためのゴーグルをかけ直す。




―ここもダメか…。




建物の破片のようなコンクリートの台に座り、鞄の中から地図を出した。


現在位置の北側は、ほとんどバツマークで埋め尽くされている。


黒い手袋を外し、ペンでバツを書き足す。




―次に行くか…。




地図を鞄に直し、手袋をはめて立ち上がろうとした、そのとき。




「大人しくしろ」




後ろから首に銀色の刃を当てられた。


刃の表面は少し錆びているが、刃そのものは鋭く磨いであった。




「鞄をよこせ」




指示どおり、肩から腰にかけていた鞄を相手の男に渡した。




「お前、1人か…。


バカで可哀想な奴だ。


こんな砂漠地帯、放浪して生き残れるわけないだろ」




「…お前は1人じゃないのか?」




「残念ながら、仲間があと5人くらいいるんでね。


そいつらがここに来たら、お前を殺して…――」



男が何か言いかけたとき、何かが弾けるような音と共に、悲鳴を上げた。


何とも言葉にできない、汚い音だった。


灰色のマントに返り血の赤がビシャッとかかり、新たな染みを作った。


そのマントの下からは、銃を持った手が構えてある。


刃物は男の手からスルッと抜け落ち、カランッと音を立ててコンクリートにぶつかった。


脚から血を流した男は痛みに耐えながら、口を開く。




「銃っ…!?


何で…そんな物っ…?」




烏は台から立ち上がり、倒れこんだ男に銃口を向けた。


銃口からは、まだ白い煙が上がっている。




「どこで手に入れた、って言いたそうだな」




烏はマントに隠れた右腕をめくり上げた。


そこには、横を向いたカラスの刺青が刻まれていた。




「!!!


その印…!」




「へぇ…。


この印の意味が分かってるのか」




血の気が引いていた男は、震えた声で頼む。




「頼む…!


殺さないでくれ!!」




そう言い、撃たれた脚を引きずりながら、両腕と無傷の脚で砂の上を這っていく。


銃を構えたまま、いつ撃ってやろうかと考えているとき、足元に落ちているものを見つけた。


さっきまで自分の首に向けられた刃物だった。




―まっ、こっちの方が弾の無駄にならないか…。




それを拾い上げ、地面を必死に這う男の背中に向かって投げた。


尖った刃はヒュッと風を切り、背中にグサッと音を立てて刺さった。


一瞬その体は仰け反ったが、ぐたりと地面に力尽きた。


烏は鞄を拾い上げ、街を出た。
















―――7―――



緑を失った地は、虚しい場所になっていた。


かつて森だっただけに木の幹は残ったが、枝や葉は無く、幹そのものだけが乾燥して残っていた。




―もう死んでる木だ。




これは木の遺体だ。


ミイラ化した木々は、まるで何かの化け物に見える。


木に触れようと、手袋を外し、手を近づけた。




「…!!!」




反射的に素早く体を屈め、頭を下げた。


風を切る矢は髪の毛を軽く擦って、木にストンッと突き刺さった。


烏は屈んだまま、矢が飛んできた方を見た。


10メートルくらい先に、弓を構えた若い女が立っていた。


長い黒髪に、生命力と殺気に溢れた真っ赤な瞳。


見覚えのある顔だった。




―…ツバメ




烏の間違いがなければ、彼女の名は燕。


烏同様、暗殺部隊に所属していた。


任務で班ごとに別れるとき、同じ班だった。


5人班で構成された中では紅一点だが、実力は部隊全体でも上であった。


射的も烏より巧かった。




「お前が銃じゃなくて弓を使うなんてな…。


銃の使い方と一緒に、俺の事も忘れちまったのか?」




烏はゴーグルとフードを取り、顔を見せた。


しかし、燕の目から殺気は消えなかった。


さらに、弓を放り投げ、背中に背負った刀を鞘から引き抜いた。


その刀は、暗殺部隊に入隊した時に配られた物。




本来、暗殺部隊の武器は刀、銃、爆弾の3つ。


最初は刀だけで任務を行い、生身の人間を斬ること、斬られることを体で覚える。


使いこなせるようになれば、銃が配られる。


そうやって段階を踏まえ、すべての武器が使いこなせて、ようやく一人前と認められる。


任務中に死んだ者や、武器を誤って使用して死んだ者もいた。


さっきまで笑ってた奴が目の前で死んだなんて、よくある話だった。




「銃はどうした?」




烏はマントを外し、背中に背負った刀を抜き、構えをとった瞬間、燕は猛スピードで走ってきた。




―殺さない程度に、殺さない程度に…。




強い力と共に、キンッと刀が交わる音。




「俺だよ、分かんねぇのか!」




そう言っても、燕には聞こえていない。


何かに取り憑かれているように、容赦なく刀を振り下ろしてくる。




―女相手にせこい手だけど、今は許せ…。




燕の攻撃を弾き返し、次に突進してくるまでの間、腰から銃を抜き、銃口を向けた。


燕はすぐに立ち止まり、じっと烏を睨んでいた。




「“三種の神器”ってやつ、忘れんなよ」




銃を構えたまま、刀を捨てろ、と指示した。


燕はそれに従い、地面に放り投げた。




「俺が誰か分かるか?」




「知るかよ、てめぇーの名前なんざ…」




―…口の悪さだけは相変わらずだな。




燕の周りを歩きながら訊いた。




「お前、1人だけか?


他の奴らは?」




「他の奴ら…?」




「班員だよ、俺らの。


少なくとも、あと3人」




「知らねぇーよ!


自分が誰かも分かんねぇーのに」




―自分が誰か分からない…!?




暗殺部隊は基本、5人構成の小隊で動く。


烏は引退という形を取ったため、隊のメンバーは残る3人。


燕と同じ状況で俺が分からず、獲物を狙う肉食獣みたいな目で隠れて監察している可能性もある。




―……仕方ない。




銃そのもので燕の頭を殴って気絶させる…はずだった。


だけど、燕はそれを避けて、捨てた刀を拾い、烏を刺そうとした。


烏は避けたが、動きに追いつかなかった左腕を少し切った。




新米の頃は、人を斬るのが怖いから斬られるのが殆んどで、今ぐらいの傷なら全然平気だった。


でも、エリートになるにつれてその数は減り、逆に斬る方が多くなった。


そして、上半身と下半身がバラバラになっても、全然平気になっていた。


慣れって、本当に怖い物だ。




「…ッ!」




その痛みに堪えて、燕の腹部を殴った。


燕は気を失い、腕の中に落ちた。


烏の血が付いた刀は、砂の上に落ちた。




―まっ、一応一段落だな…。




自分の刀を鞘に収め、力尽きた燕の体を木の根元に座らせた。


念のため、両手を縄で縛る事にした。


また暴れだされると困るから。




―……?




燕の長い髪の隙間から見えた首の骨。


ちょうど脳からの指令を体に送る脊髄の辺り。


そこには、銀色のチップのようなものが貼りついていた。


表面には、十字のマークが刻まれている。


会社クロスのマークだった。




―何だよ、これ…!?




烏はそのチップを剥がそうとした。


皮膚から表面のチップが外れたものの、そこから長い針のようなものが抜けてきた。


まるで、壁から画びょうを抜くみたいだ。




会社クロスは何考えてんだ…!?




針全体には、電気信号のような赤いランプが点灯していた。




―とりあえず、燕が起きないと意味ないか…。




燕の右腕を見ると、そこには烏の腕と同じように、ツバメが描かれている。


自分の名前に由来する鳥を刺青できるのは、暗殺部隊で一人前と認められた者だけ。


鳥の絵は細かく、根性がなければ刻めない。




―でも、今の俺には刺青より、こっちの方がずっと痛い…。




烏は斬られた傷を包帯で蒔いて、自然治癒を待った。

















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