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風紀の雰囲気  作者: mild@珈琲
●第一話
4/9

『vs早瀬美香』

「お疲れ様」


 式が終わって、来賓に保護者、新入生が退場したあと、真夜を連れて戻ってきた神前が心のこもっていないお疲れ様を俺に告げた。


「疲れた。あー疲れた疲れた」

「疲れてるようには見えないわ」

「守くん怒ってる?」


 すねている俺に慰めの言葉はない。


「お前ら、もうちょっと俺を労わってくれてもいいだろ。さっきから俺、一人で働いてるんだよ?」

「あら、構ってくれなくて寂しかったのかしら?」

「違くて」

「なら、抱擁でもしてあげましょうか?」


 駄目だ、こいつには勝てない。


「もういい、えーと、次は片づけだ。今度は逃げるなよ、二人とも」

「わかってるわ」


 さすがに神前は懲りたようだな。で、真夜の返事は?


「守くん!」

「もうその手には乗らないぞ! 今度はどんな難癖つけて逃げるつもりだ?」

「ち、違うよ! あれ!」

「……へ?」


 真夜が指差したのは、体育館の外。


 俺も入り口から顔を覗かせ、その先を見る。


 視線の先に映った人影、それは――早瀬美香。


「あ! あいつ!」


 俺と目が合った早瀬はびっくりして一目散に逃げ出す。


「待ちやがれ!」


 俺は仕事の事なんてそっちのけで早瀬を追っかけて走り出した。


「全く、言った本人が逃げるなんて。さ、私達で片付けましょ、真夜」


 俺の背でそんな声が聞こえたような気がした。



 面倒な事に早瀬は校内に逃げ込んだ。広くて綺麗な校舎。その長所が裏目に出る瞬間であった。このやたらと入り組んだ校舎での追いかけっこはかなりの消耗戦となる。一刻も早く捕まえて終わらせたいところだ。


 さっきも言ったが、今まで部活動に所属したことがない俺は、体育の時間以外での運動は一切行っていない。運動神経が悪いわけではないが、体力は人並み以下かもしれない。


 それに対して早瀬は、速い。とにかく速い。陸上競技でもやっているのかと思わせる程の速さだった。


 ギリギリ見失わない距離を保っているものの、その距離は一向に縮まらない。


 短い距離を走り、曲がり角を何度も曲がるなどと小癪な手を使ってくる。視界から消える度に冷や冷やさせられる。


 一度は追いついたものの、迫る俺の動きは見事に見切られあっさり取り逃がしてしまう。


 その後しばらく階段の上り下りばかりの追いかけっこを強いられた。その為、俺の脚はガクガク。体中が熱くなり、呼吸するのも辛い状況。正直、俺の体力はもう限界に来ていた。この分だと、階段の上り下りは困難だ。


 これはもう、賭けに出るしかない。


 早瀬は最上階である四階へ逃げ込んだ。俺の現在地は三階。この学園の四階への階段は二か所だけ。つまりそのどちらかの階段から、必ず早瀬は降りてくる。もちろん、どちらから降りてくるなんてわからない。だから、賭けだ。俺は一つの階段で待ち伏せし、早瀬が降りてくるのを信じて待つ。それが、


 俺に残された最後の手段だ。


 俺は考えた。早瀬はどちらから降りてくるか。一見確率は同じように思えるが、実はそうではない。


 この学園の昇降口は一つ。つまり、俺が早瀬なら、多分昇降口から近い方の階段を選んで降りるだろう。


 俺と同様、早瀬も長期に渡る追いかけっこでかなり体力を消耗している。この状況でなら誰もが考える、合理的な判断。だが、それを読んであえて裏をついてくるかもしれない。否、人間は窮地に立った時、本能的に動くもの。焦っていれば焦っている程周りが見えなくなる。しかし、一刻も早くこの場を離れたい思いは変わらない。だから、絶対に裏はない。それが俺の結論だ。


 俺はパンパンに張った足を引きずりながら昇降口に近い、西側の階段で待ち伏せを行った。俺の持論が正しければ、早瀬は確実にこの階段を通る。


 今日は式があるだけで、授業はない。生徒の登校していない校舎は静寂に包まれていた。


 人がいないだけで校舎の印象はまるで変わる。


 普段絶え間なく喧騒が鳴り響いているこの階段の踊り場も、これだけ無音だと気味悪く感じる。

何より音がしない事は、俺を心細くさせた。


 孤独。


 俺は今日この時まで、これほど人が恋しく感じた事はない。早く片付けて、あいつらのもとへ帰りたい。


 緊迫した空気は続く。額から流れる汗は、次第に冷たくなっていく。


 早瀬はまだか、早瀬はいつ来る?


 ドクドクとなる胸の鼓動は、一分の時間を何時間ものように感じさせる。


 体感時間なんてものはとっくに狂っている。それでも、恐らく五分以上は経っただろう。もしかしたら、早瀬はもう東の階段から降りてしまったのかもしれない。


 不安が心を蝕んだ。考えれば考えるほど不安は募る一方だ。もう、待っていても無駄かもしれない。


 諦めよう。そう思って立ち上がった。


――その時。


 早瀬が全速力で階段を駆け下りてきた!


 しかし、予想だにしない俺の待ち伏せに、一気に顔を蒼白させる。


 早瀬はとっさに手すりに掴まり急ブレーキを試みるが、勢いは止まらず、体制を崩し階段から落下してしまう。


 危ない!


 咄嗟の判断だった。


 俺は、階段から落下してくる早瀬の体を全身で受け止めた。



――ドン!


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