『風紀委員』
学園に着くと、まず職員室へ向かった。
この学園には生徒会と風紀委員に限り、専用の活動部屋が設けられている。活動部屋は職員室で鍵を借りればいつでも入れるので、「最初に来た人が開ける」という暗黙の了解が自然と成り立っていた。
当然一番乗りだと思ったので、直接職員室に向かったわけだが、意外にも鍵はすでに貸し出されていた。誰かが俺より早く来たということだ。
俺より先に来たやつがいる……?
無駄足になってしまったが、とりあえず活動部屋に向かった。
扉を開けると、そこには銀色の滑らかな長髪の少女、副委員長の神前美雪がいた。
彼女は何故か、委員長デスクを占領してくつろいでいた。
「……何やってるんだ? お前」
突然の俺の来訪にビクリと飛び上がる神前。
その目は明らかに動揺している。
「ちょ、ちょっと委員長の気分を味わっていただけよ」
「あ、そう」
ジト目で見る俺に対し、不服そうに顔を膨らませ、渋々自分のデスクに戻る神前。
「そういやお前、今日は随分早いじゃないか。まさか俺より先に来てるやつがいるとは思わなかった。どうしたんだ?」
委員長である「俺のデスク」にスクールバッグを置きながら質問する。
「え、それ言わせるの?」
神前の言葉の意味が分からず頭に「?」を浮かべる俺。
俺が理解していないのを察したのか、神前は俺のデスクを指差し、顔を背ける。
「……え? もしかしてお前、ここに座ってみたくて早く来たわけ?」
「そ、そうよ。いけないかしら?」
顔を真っ赤にする神前。この女、そんなに委員長の座が欲しいのか?
「あなたがいなければ、今頃私が委員長なんだから!」
「はいはい。お前が認める偉大な委員長になってみせますよ」
と大口を叩くと、今朝の電車での出来事が頭をよぎった。
思わず「あっ」と声を漏らす。
「……何? 突然声あげて。家に何か忘れてきた?」
「いや、今朝のことなんだけどさ……」
俺は神前に今朝、ウチの生徒が電車でスリをやっていたことについて話した。そして俺が無様に取り逃がしてしまったことも。
「ふうん、情けない話ね」
グサッ。俺の心に百のダメージ。
「だ、だからさ、俺なんとしてもその犯人捕まえたいんだよ」
「ウチの制服……普段見掛けない子……もしかしたら、新入生じゃない?」
「あ、なるほど。その可能性は高いな。じゃあ今日の入学式に出るかもしれないな」
「多分ね。新入生じゃないとすれば、生徒会ね。今日雑用で呼ばれてるのはウチと生徒会くらいだから」
「生徒会連中は全員顔見知りだ。その線は除外。となると、やっぱ入学式で地道に探すしかないなぁ」
「ふふっ、三百人近くいる新入生から果たしてあなたは見つけられるのかしら?」
「む、それは……やってみないとわからない」
「まあ、頑張って。私もちょっとは探してあげるわ」
「そういえば今日は三年生は来ないのか?」
「ええ、来ないわよ。今日は雑用だけで大した活動もしないし、三年生は休んでいいと連絡を入れといたわ」
「そ、そういうのって俺の仕事じゃないのか……?」
「あなたじゃ力不足」
ガガーン。俺の心に千のダメージ。俺ってそんなに頼りない?
「やる気だけは評価するわ」
俺の心を悟ったかのように付け加える神前。
そんな感じで俺達が雑談をしていると、ようやく三人目の風紀委員がやって来た。
「おはよー」
呑気な声で登場したのは、桃色の髪の小柄な少女、影浦真夜だ。
「遅いぞ真夜~」「おはよう、真夜」
俺と神前が同時に声を掛ける。真夜は去年から風紀委員をやっている俺や神前とは違って、今年風紀委員になった新人だ。ただ去年俺達と同じクラスだった事もあって、こうして下の名前で呼べる気の知れた間柄となっている。
「ふえ? うちは時間通りに来たよ? 二人が早すぎるんじゃない?」
時計を見ると七時二十分。集合時間は七時半なので、真夜の言う通りだ。
「とりあえず全員揃ったし、今日のスケジュールを発表する。まず始めに式場の準備。俺達は体育館で規定数パイプ椅子をセッティングする。次は式中の警備。体育館入り口にて不審者が入って来ないよう警備する。新入生の親族以外の来客者は立ち入り禁止だ。最後に片づけ。これに関しては規定数はないが、とりあえず手当たり次第パイプ椅子を片付ける。以上だ。質問はあるか?」
「は~い」
真夜が大きく手を挙げる。
「何だ? 真夜」
「バナナはおやつに」
「入りません! おい、ふざけてる時間はないんだ。質問がないならさっさと……」
「い、異議あり!」
今度は神前が勢いよく手をあげる。
「何だ? 神前」
「わ、私はバナナはおやつに入ると思うわ」
「おい、そこ引っ張んなって! 回答は個人の自由だ。質問ないみたいだから行くぞ」
そう言って俺は先導して体育館に向かった。それに続いて不服そうな顔の神前と何が楽しいのかわからないが無駄にはしゃいでいる真夜が付いてきた。
「五条君、やっぱりバナナはおやつに……」
「しつこいよ!?」