ゼレド
ワインが入ったグラスが握りつぶされた。
アカモートの手はワインの破片でも傷つかない。
アカモートは粉々になったグラスを床にたたきつける。
「なんだと? もう一度行ってみろ!」
アカモートは無意識に立ち上がっていた。
アカモートは激高していた。
さきほどの言葉が信じられない。
というより、あまりにふがいないものだったのだ。
「はっ、三人のアルコンテス――ダトス、アハマ、ファルングの三人はセラフィエルたちに討ちとられました」
壮年の男が静かに報告する。
彼は金髪の髪を逆立たせ、黒い甲冑に黒いマントを着ていた。
「ええい! 何とふがいない! これほど使えぬとは思わなかったわ! まさか、一人たりとも、帰ってこなかったのか!」
「はっ、そのようでございます」
「……」
アカモートは玉座に腰かける。
その顔には怒り、そして忌々しさがにじんでいた。
「もはや、ここまでだな。奴らをこの世界オケアノスに招くとしよう。そのためには、こちらの世界に奴らがやってくる要因がなければならぬ」
そう、もはや小細工は無用だった。
セラフィエルたちをこちらの世界に招き、そして恐怖と絶望の中で死に至らせる。
それだけでは終わらぬ。
セラフィエルたちは殺された後、輪廻に組み込まれ、そして永遠の苦しみを味わうのだ。
生老病死――人生は苦、それこそが人生の本質なのだから。
「クククク……」
「? いかがいたしましたか?」
アカモートはおもしろいことを考え付いた。
セラフィエルを本気にさせるための策だ。
「いや、愉快なことを考え付いたものでな」
「愉快なこと?」
「そうだ。受肉したセラフィエルには母親がいたな?」
「はい、マリヤという名でありましたが」
「そうだ、そのマリヤを、ゼレド(Zxeredo)よ、おまえがさらってくるのだ」
「私が?」
ゼレドは驚きを禁じ得なかった。
「うむ。セラフィエルたちをこの世界オケアノスに招待しようではないか。この至高の存在にして主である、余のもとに拝謁させてやろう。ここまで余の権威を侮辱したのだ。奴らは簡単には殺さぬ。殺しても殺したりぬ。そのための先兵がゼレド、おまえだ。わかったな?」
「はっ! アカモート様の御心のままに!」
「ククククク、フハハハハハハハハハ、ハーッハッハッハッハッハッハ!」
アカモートの哄笑はアカモート・パラーツォ中に響き渡った。
テンマたちはアルコンテスをすべて倒した。
テンマ、ソフィア、サキエルは合流する。
すべての闇の宝珠が消えた。
それは勝負がついたことを意味する。
そして勝負はテンマたちの完勝に終わった。
「どうやらみんな勝てたようだな」
「強敵だったわね」
「フン、あの程度がアルコンテスなら問題ない」
「でも、そろそろこちらから攻め込むべきね?」
「ソフィア?」
「そうだな、アルコンテスが全滅した以上、そろそろこちらからアカモートのもとに攻め込むべきだ」
「アカモートはどこにいるんだ?」
「アカモートの居場所は異世界『オケアノス』よ」
「聞くところによると、闇の世界だという」
「まずは、帰って食事でもとるとしよう。すべてはそれからだ」
テンマたちは家へと帰ることにした。
「おまえがセラフィエルか?」
「誰だ!?」
「テンマ君、屋根の上よ!」
「あれは!?」
屋根の上には黒い甲冑に黒マントをつけた男。
それにその隣には。
「マリヤ!」
「マリヤさん!」
「我が名はゼレド。この女は我が主がご入用だ。取り戻したくば、オケアノスに来るがよい」
「ふざけるなあ!」
「テンマ君!」
テンマか剣で斬りかかった。
「フッ、その程度……」
ゼレドが剣でテンマを斬り捨てる。
「がっ!?」
テンマは激高していたため、ゼレドの剣閃を受けてしまった。
「テンマ君!?」
「セラフィエル!」
テンマが道路上に倒れる。
「フン、私の力はアカモート様には及ばぬが、アルコンテスよりは強い。では、ここまでだな。この女を返してほしくば、オケアノスにまでやってくるがいい。さらばだ」
時空が歪んだ。
その歪みの中に、ゼレドとマリヤは消えた。
ソフィアとサキエルはテンマの家に戻っていた。
ソフィアはテンマの傷をふさぐべく、気息をテンマの傷に注ぎ込む。
気息は肉体に作用し、肉体の回復力を高める働きがある。
テンマは意識を失っていた。
「傷はどうだ?」
サキエルがテンマの容体を聞いてくる。
サキエルはドアのそばにいた。
彼は彼でテンマを心配しているのだろう。
「傷はふさがったわ。斬られたところは内臓には異常がなかったわ。おそらく、ゼレドが手加減したのね」
でなければ、テンマは致命傷を負っていたかもしれなかったのだ。
「セラフィエルが目覚めないと、こちらから攻め込めないな?」
「私たちだけではアカモートには勝てないわ。テンマ君の力が絶対に必要よ」
「フッ、この世には主人公というものが存在する。俺は主人公の器じゃない。俺ではアカモートは倒せないだろう。セラフィエルでなければならない」
「でも、今のテンマ君じゃアカモートには勝てないわ」
「そうだな。セラフィエルの力はこんなものじゃない」
ソフィアはプネウマ界で、セラフィエルと初めて出会った時を思い出した。
ソフィアはかつて武闘派だった。
槍を扱わせては右に出る者がなかった。
今思えば、かなりおごっていたと思う。
ソフィアはプネウマ界のプリンセスだった。
そんなソフィアに縁談があった。
相手はセラフィエルという。
天使はすべて主に創造されし存在だ。
セラフィエルという天使のことはソフィアは知らなかった。
初めはそれゆえにバカにしたものだ。
ソフィアはこの縁談に条件を付けた。
それはセラフィエルが自分を負かすこと。
結果はあっさりソフィアはセラフィエルに負けた。
それゆえ、ソフィアはセラフィエルを意識し、伴侶となったのだ。
それ以来、ソフィアはセラフィエルを愛している。




