旧友
テンマは己の目を疑った。
そこには旧友の天使サキエルがいた。
サキエルはメトシェラにとどめを刺した。
メトシェラは消えていく。
「よう、久しぶりだな、セラフィエル、ソフィエル」
「サキエル……どうしておまえがここに?」
「サキエル……あなた……」
「やれやれだ。こんなところでおまえたちは何をしている? 俺たちにはやるべきことがあるだろう?」
サキエルが非難のまなざしを向ける。
まあそれもそうだろう。
二人はここでデートしていたのだから。
「まあいいさ。それより、場所を移さないか? ここじゃ……」
その時、ぐうと音が鳴った。
サキエルの腹から聞こえたようだ。
「はっはっは! すまないな。この体にまだ慣れてなくてな。どうやらこの体は食事を必要としているらしいんだ。どこかで飯をおごってもらえるか? 俺はカネは持っていないんだ」
「はあ……」
テンマは盛大なため息を出した。
ここはラーメン屋。
「もぐもぐもぐ!」
「そんなに急いで食べるなよ」
サキエルはラーメンにチャーハンと食事を食べ始めた。
食べ始めると彼は無言で食事に手を付けていく。
とにかく速く食べる食べる。
「はあ……いったい何しに来たんだおまえは? 飯をたかりに来たのか?」
サキエルが食べるスピードは止まらない。
食べるというより、流し込んでいるように見える。
まあ、サキエルが来たことは主の意思だ。
サキエルにはセラフィエルらに協力させるために派遣したのだろう。
ソフィエルと自分では不十分と感じられたのだろう。
主は計画を急いでいるのだろうか。
「ふいー! 食べた、食べた!」
サキエルは満腹したようだ。
食べたというより、流し込んだと言えるだろうが。
「それにしてもこの体は不便だなあ……定期的に食事を取らないといけないんだからな」
「そのカネは俺から出ているんだぞ?」
「カネ? なんでそんなものが必要なんだ?」
「人間たちが導入したんだよ」
「ふーん、面倒なことが好きだな、人間は」
「おカネによって経済活動が営まれているんだ。カネを払わなかったら、取引にならない」
「ま、ごちそうさん。で、おまえたちは何をしているんだ?」
「私たちはデートをしていたのよ!」
ソフィアが非難するかのようなまなざしを向ける。
ソフィアはサキエルとはあまり相性が良くない。
彼女はプネウマ界にいた時から、サキエルとは対立しがちだった。
性格的にそりが合わないのであろう。
「デート? なんだそれは? うまいのか?」
サキエルは常識が完全に欠落していた。
この世界の、物質的宇宙のことに関しては知らないことも多い。
こんな状態では無賃飲食もしかねない。
そもそも、カネを払わなければ食べられないということを知らないのである。
戦士としては有能なのだが……。
「デートって言うのは、男女が一緒に出かけることよ! あなたいったい何しに来たの!?」
ソフィアは明らかに不満だった。
ソフィアもこの世界の常識には疎いが、この世界を知ろうとしているし、サキエルほど無知ではない。
「まあ、冗談はおいておいてだ」
「あなたの存在の方が冗談なのよ!」
「ははは、そう言うなって」
「もう!」
ソフィアはそっぽを向いてしまった。
サキエルが水を飲む。
彼は放っておけば二枚目だが、実際は三枚目になることが多い。
「俺はセラフィエルとソフィエルに力を貸せって言われてやって来た。この世界はまったく不自由だな。まあいいさ。で、今どういう状況だ?」
「今はアルコンテスを迎え撃っている最中だ。俺たちはただ遊んでるわけじゃない」
「あいつらも本気なんだろ? 俺が最初にこの世界に来た時、メトシェラは俺を襲ってきた。さすがに、この体に不自由では勝てなかったが……」
「アルコンテスは俺たちを恐れている。あいつらは明らかに追い詰められている。ほかならぬ、俺たちは二人アルコンテスを倒した。一人はゴルギウス、もう一人はメトシェラだ」
「で、この世界はいったい何なんだ?」
サキエルがそもそもこの世界の事を聞く。
どうやら彼は事前知識なしでやって来たらしい。
まあ、彼は戦士なので戦いは強いのだが、理知的な方向はまるで駄目だ。
「この世界は『ウロボロス界』と呼ばれる。アカモートが管理する世界だ」
「ふむふむ」
「アカモートはこの世界を『輪廻転生』というシステムで支配している。人は死後、永遠に苦しみを味あわされる。アカモートは人間に嫉妬した、そこで人間を管理することを考えた。転生というシステムは真の神を知らせずに、偽りの神=アカモートを拝ませようとしている。それがこの世界だ」
「ふうん、なるほどねえ。人間に嫉妬するとは……悪魔の考えることはわからんな」
「どうしてあなたが必要なのよ?」
ソフィアが好戦的な事を聞く。
ソフィアからすればサキエルの存在は邪魔なのだろう。
「そう言われてもね。俺だって好きでこんな世界にやって来たわけじゃないんだぜ? あくまで主の命令だ。それに逆らえるわけがないだろ?」
「私とセラフィエルだけで十分だったと思うけど? 現にメトシェラとの戦いも私たちが優位に進めてきたわ。それをあなたが!」
「はっはっはっは! ちょうどいいタイミングだったろ? 真のヒーローはうまいタイミングで現れるものなんだよ! いやー、すっきりしたねえ!」
「ほんとあなたって変わってないのね! あなたのおつむはどうなっているのかしら?」
「まあ、俺にできることは戦うことぐらいだからな。まあ、おまえたちが何をしていようと俺は文句は言わない。アルコンテスが襲ってくることを考えればな。さて、この後どうする?」
「俺たちは家に帰ろうと思うんだ。おまえはどこで過ごすんだ?」
「俺か? もちろん、おまえたちと同じところで、世話になろうと思っているんだが……」
サキエルは生活無能力者なのだ。
プネウマ界では必要のないことは、この世界でも基本的にできない。
テンマは頭を抱えた。
こんな奴がうちに来るのか……。
「ちょっと、どこか別のところに行きなさいよ! 私とテンマ君の邪魔をしないでよ!」
「そう言ってもな……俺には行くところがない」
「自分で自分の場所を見つけなさいよ!」
「なあ、セラフィエル? どうする?」
テンマは再び大きなため息を出した。
こいつは自分で自分のことをどうにかできないようだ。
「わかった。俺のところに来い」
「テンマ君!?」
「こいつらは俺たちの関係者だ。うちに呼ぶしかないだろう」
「まったく! 知らないわよ?」
こうして会話は終わった。
天使サキエルがテンマのうちに来ることになった。