第98話 結末に似たもの
「あの……」
それは杉田と言うこの署と誠達との窓口、つまりあてにならない男だった。
「なんすか?定時を過ぎたら帰ってくれとか言うんすかね」
珍しくラーナは階級が上の杉田に対し強気に構えた。だが杉田は首を振って否定した。
「いえ、証拠が揃ったのは知っていますから」
その言葉に誠は嫌な予感がした。
「証拠が揃った?まだ容疑者も……」
カウラの言葉に杉田は信じられない生き物に出会ったとでもいうような顔をした。
「容疑者が自首して来ましたから。事件は解決です」
杉田の突然の言葉に誠達は呆然として立ち尽くしていた。
「自首マニアじゃねえのか?下らねえ!」
かなめは吐き捨てるようにそう言った。
「いえ、ちゃんと法術適正が出ていますし。本人の供述にも矛盾したところは無いですから。事件は解決です」
杉田の言葉にかなめはいらだったように足踏みをする。その高圧的な態度に杉田は白髪の混じった頭を掻いた。
「法術適正でもその能力の方向性はかなり違うはずっすよ。検査されたんすか?」
そんなラーナの言葉に杉田は何も知らないかのようにぽかんとした。
「でも法術適正がありますから。それに本人の供述には矛盾が有りませんし……」
杉田はそう繰り返すばかりだった。
「その当たりを深く判断できる専門家の意見は?」
カウラの言葉にまた杉田はぽかんとする。
「でも……法術適性が……」
杉田にとっては法術など理解不能な超能力でしかないのはその態度を見ればわかった。杉田には法術適性のある犯人を名乗る人物の逮捕が出来れば目障りな誠達を追い出す口実が出来るというくらいの認識しか無いようだった。
「杉田さん……出て行っていただけます?」
珍しい殺気がこもったアメリアの言葉。それを聞いて杉田はしかたがないというように部屋を出て行った。
「馬鹿かアイツは」
かなめは見下すような視線をドアに向けるとそう吐き捨てた。
「西園寺大尉、馬鹿は無いんじゃないっすか。まあ……地方の警察官僚からしたらあの程度で済んでるだけましっすよ。東都警察はもっと洗練されて陰湿な手を使って私達を追い出そうとするところっすから」
そう言うとラーナは気がついたように立ち上がり、そのまま急に自分の机の端末に飛びついた。だがすぐに呆然と天井を見詰めて黙りこんだ。かなめも目の前の端末を見た。そこにはデータの切断を意味する表示が映るだけ。先ほどの操作データはすでに消えていた。
「止められたか、メインコンピュータとの接続が」
カウラの言葉で先ほどの杉田の言いたいことが誠にもようやく理解できた。
千要県警の制服を貸与されて勤務している誠達も所詮は同盟司法局という外様の組織の人間である。メインコンピュータのデータとの接続と言う特権はできるだけ与えたくない。そんなかなめ達が警察署の重要機密とも言えるアストラルデータ監視システムにアクセスしている。正直気分が言い訳は無いだろう。
そこに今、とりあえず容疑者が自首してきた。これを口実に捜査をすべて県警が行なうことの大義名分ができたことになる。とうぜんそうなれば外様の誠達に情報を流す必要もなくなる。そんな風に初日に顔を見せた喰えない署長が判断したのだろう。
「でも……本庁の連中が動けばその自首した人間が犯人かどうかなんてすぐに分かるわよね。本庁の法術関連の科学的資料はそれなりのものだもの」
アメリアの言葉にラーナはうなずいた。そしてなぜかその言葉を聞いてカウラが端末に飛びつき操作を始めた。
「どうする気だ?署のデータバンクのアクセスはできないんだろ?」
机に突っ伏せて顔だけ上げてかなめがつぶやく。ただカウラの表情は決して暗いものではない。むしろ何か名案が思いついたとでも言うように誠には輝いて見えた。
「なあに、私の人脈を使うだけだ。隊長の真似というところかな」
エメラルドグリーンのポニーテールを何度か撫でながらカウラは東都警察本庁の機動隊への通信の為の準備を始めていた。
「東都警察の機動隊経由で侵入を試みるか……確かお前と同じロットで生産されたのがいたんだっけ?確かエルマ・ドラーゼとか言う警部補」
かなめの言葉を無視してカウラはキーボードを叩き続ける。
「諦めなければどうにかなるものさ」
カウラの頬にはいつもならかなめに浮かんでいるような悪い笑みが浮かんでいたのを誠は見逃さなかった。