第95話 違法法術発動の現場
誠達が到着した時はすでに現場は所轄の警察が縄張りして捜査を開始しているところだった。昼下がりの地方のターミナル駅での怪事件である。すでに人だかりができていて誠達が現場にたどり着くまでに何度と無く恐怖と好奇心を顔一杯に浮かべた人々の波を潜り抜けてきた。
「よう、遅えじゃねえか。渋滞にでも嵌ったか?」
すでに到着していたかなめがそう言うと雨に濡れながらロープをくぐってきた誠達につぶやいた。あと三十メートル行けば東口駅の庇の下に入るような駅前の広場の一角。それを取り巻く野次馬達は傘の下から好奇の目を誠達に投げつけてきていた。
「駅前だ。渋滞もそれなりにあったしな……そう言えば、アメリアはどうした」
カウラは防刃ジャケットを弄りながらかなめに尋ねた。
「ああ、アイツなら車だよ。なんでも調べ物があるんだと」
かなめは東都警察の制服の上のコートからタバコを取り出した。しかしすぐに捜査官と周りの『市民』達の目に気が付いて仕方が無いと言うようにそのまま仕舞いこんだ。
目撃者の一人らしいコンビニの店員の制服を着ている男に捜査官が傘の下で話しを聞いていた。カウラはそれに加わるつもりで歩き出すがその手をラーナが押さえた。
振り向くカウラ。首を振るラーナ。所詮は部外者。その事実が誠達を包んだ。
「とりあえず現場との交渉はアタシが一番慣れてるんでアタシが行ってくるっす」
そう言い切るとラーナは尋問中の青い傘の方ではなく、駅の方へと歩き出した。見れば何度か豊川署の廊下ですれ違った覚えのある『係長』とか呼ばれていた刑事が制服を着た捜査員からの話を黙って聞いている姿があった。
「なんでも突然銀色の板みたいなものが現れたと思うとそのまますごい勢いで移動を始めて、気づいたら大学生のあんちゃんの腕がもげてたそうだ。さっき連れて行かれた掃除のおばちゃんが言ってたよ。あれだな……そのおばちゃんが今回利用されたみたいだな」
そう言うとかなめは駅の入り口近くの公衆便所を指差した。鑑識が流れて広がろうとする血液を必死に集めている地点からはおよそ二十メートルあった。
その距離を目算で測りながら機が付いたようにカウラが口を開いた。
「被害者に法術適正は?」
カウラがそう言った所で髪に合わせたような濃紺の傘を差したアメリアが渋い表情で登場した。
「被害者は宮野信二。二十二歳大学生。法術適正は無し……これ以降は後で教えるだって」
アメリアはここでも部外者扱いされていることに不満があるような顔でカウラを見つめた。
「つまり自作自演は無し。完全な他者による傷害事件なわけだな」
そう言うと誠達は駅の庇の下に眼をやった。現場を取り仕切る『係長』にラーナは頭を何度か下げた。『係長』もあまりに下手に出る若いラーナに気が引けるのか苦笑いを浮かべながら二人は話し込んでいた。
何もすることが無い誠達。彼等がラーナを見つめているとようやく『係長』もラーナに合わせるように頭を下げ脇で話しを聞いていた制服を着た部下と何かを話しながらそのまま公衆便所の前で地面にはいつくばっている鑑識に向けて歩き出した。
誠達に近づいてくるラーナは少しばかり収穫があったというような笑顔を浮かべていた。
「すいやせん、やっぱ例の他人の法術を操作する法術師の犯行って豊川署は見てるみたいっすね。こっちも資料が欲しいと言ったら近隣のアストラルゲージのデータを本部に転送するってことになったっす。とりあえずそれを見てから対策を立てましょう」
ラーナはそう言うとそのままカウラが車を止めた駅前ターミナルに向けて歩き始める。
「おいおい、もうお帰りか?何しにきたんだよ、アタシ等は」
そんなかなめの皮肉にすぐに振り返りむっとした表情を浮かべてラーナは立ち入り禁止のテープの前で立ち止まった。だが相手がかなめだけに下手に言ってもごねるだけとわかって少し言葉を選びながら話し始めた。