第93話 異変に気付くとき
「そう言えば隣のアパートに引っ越してきた天然パーマの人。少し変だったわよ」
女はそう言いながら亭主からビラを奪い取った。むせるような女の吐くタバコの臭いに思わず誠は顔をしかめた。
「隣の……どちらですか?大通り沿いか、裏通り沿いか」
ちょっとしたきっかけも逃すまいとラーナはそう言って話に割り込んだ。
「ああ、どっちにもいたわね、変なの。大通り沿いに来たのは三十前後でその年の割りにいつも私服で日中に行動しているし、裏通りのはもう一回り年上で見るからに堅気じゃないっていう感じ」
ネグリジェの女は男に比べてかなり強力的に話してくれた。
「なるほど」
ラーナが相槌を打つと女は気をよくして黙っている男の胸のポケットからタバコを取り出すと火をともした。
「どちらも夕方になると出かけるのよね……私が店に出るのに出かけるバスには二人とも乗ってるわよ。暇ならで良いんだけど……調べてくれないかしら?」
明らかにラーナを探偵か何かと勘違いしたような言葉に誠も苦笑いを浮かべる。
「ああ、参考になりました。もし分かったことがあったらお知らせしますね」
ラーナは慣れた調子で会話を終えると笑顔で黙ったまま突っ立っている誠を振り返った。
「よろしくね」
女は誠に色目を使うとそのまま扉を閉めた。ラーナはそれを確認すると会話の要点を端末に入力していった。
「カルビナはたいしたものだな。私だったらあの女の情報は得られなかった」
カウラはそのまま階段を降りながらつぶやいていた。
「要は慣れっすよ。慣れれば誰にでもできることっす」
冷たい水溜りが並ぶ砂利道を飛び越えながら狭い空き地に止めたカウラの『スカイラインGTR』に三人は飛び込んだ。カウラは早速気分を変えようと運転席でエメラルドグリーンの髪をそろえなおしていた。