第90話 嫌われる法術師と言う存在
「でも……かなり法術の存在は嫌われてますね。これほどとは僕も思っていませんでした。まるで法術師は罪人かさもなければ人を食べる害獣扱いですよ」
それが誠の本音だった。法術と言う言葉を聞いただけで住人の大半は嫌な顔をした。時にはいかに法術師が危険で抹殺すべき存在なのかと言う極論を展開し始めて冷静なはずのカウラがこぶしを握り締める場面もあったくらいだった。
「誠君。言わなくても分かるよ。君が起こした『近藤事件』以来この国に……いや、地球圏も含めて宇宙は猜疑心で一杯だ。あいつは俺の心を読めるんじゃないか、あの通行人はうちに火でもつけるんじゃないか。そんなありもしない疑惑。どれも荒唐無稽な妄想なんだけどね。法術を使いこなすとなると僕の様に良い師匠についてのそれなりの訓練か誠君みたいに戦場に放り込んで極限状態まで追い詰めることが必要になる」
そこまで言うとかえではのどを潤すように優雅にティーカップの紅茶を啜った。
「そこに今回の事件だ。悪意があれば何でもできる能力を保持した連中が悪意の赴くままに暴れているんだ。これまでの法術師への恐怖が憎悪に変わったところでそんな考えの持ち主を責めるわけにもいかないね。それでも僕も法術師だ。正直良い気分はしないよ」
そう言うとかえでは立ち上がった。襟巻きを強く巻きなおし、周りを見回す姿は誠にはどう見ても貴族の男性が立ち上がる姿にしか見えなかった。その巨大に過ぎる胸が無ければだれもがそう思っただろう
「じゃあ、僕は上がるね。今日は僕は茜お姉さまとの訓練でちょっと疲れていてね。リンや使用人たちに慰めてもらうつもりだ」
かえでは相変わらずの愛の目線を誠に送ってきた。
「なんだよ……言ってた割には付き合い悪いじゃねえか」
見た目は疲れて見えないもののかなめの表情に力の無い。そんな彼女をいつものさわやかな流し目で見つめると、かえでは愛想笑いのようなものを浮かべて出口へと歩いていった。
「お姉さまの言う通り今日の夜は長くなりそうだ……体がほてって仕方がない」
かなめをからかうようにそう言うとそのまま出口の扉に手をかけた。
そのまま出て行くのかと見ていた誠だが、かえでは気がついたようにマフラーに手を当てながら振り向いた。
「そうだ、カルビナ巡査。茜お姉さまが合格点だという話だ」
かえではそう言って振り向きざまラーナに笑いかけた。
「え……ありがたいっす!」
ランの珍しく柔らかい口調にラーナは飛び上がるようにして立ち上がるとかえでに敬礼をした。
その滑稽な姿に満足すると、かえでは軽く手を上げてそのまま外に消えていった。