第79話 現実逃避の飲み会
「いくら所属が県警になったって令状がなきゃアタシ等は動けねえのは同じなんだな……でもなあ、捜査会議にも出れないってのはどういうことなんだ?犯人逮捕する気あるのか?あの連中は!」
部隊の溜まり場、月島屋。店に来て三十分も経たずにすでにかなめは二本のラムの瓶を空けていた。誰もそれを止めない。カウラは黙って烏龍茶を啜った。
誠から見てもかなめの怒りももっともだった。署に帰った誠達を杉田が待っていた。彼はぼそぼそとつぶやくように愚痴り始めた。現場を見た後に勝手に行動を開始するな。そんな連中には捜査会議に出る資格は無い。会議の結果どおり後で動いてくれとのことだった。かなめがそれを聞いて暴れださなかったのが今考えても不思議なくらいだった。
「まあ県警は当てにならないことは分かったものね……完全に私達には情報は流さないつもりよ。意地でも今回の事件の手柄は自分で持っていくつもり。運よく私達が役に立つ情報にたどり着けば先回りしておいしいところをいただこうって算段な訳ね。あのちび署長、さすがキャリアだけあって考えることがえぐいわねえ」
アメリアはビールを飲みながらあの杉田の顔を思い出しているのかあからさまに嫌な顔をしていた。
「アメリアの言う通り県警は意地でも自分の手柄にしたいんだろうな。その為に自分が情報を管理して必要な情報をあの杉田と言う男を通じて我々に流す。卑怯なやり口だ」
アメリアもカウラも黙ってはいるがそのはらわたは煮えくり返っているのが痙攣しているこめかみや口元を見れば誠にも分かった。誠も確かにほとんど監禁状態でトイレに行くのにも係員がついてくる豊川署のやり方には腹に据えかねるものがあった。
「私も言われたから一応島田君にも頼んでみたけど……法的にはネットの情報は改竄がいくらでもできるから証拠としては弱いんですって。それに住民登録関係のセキュリティーは技術部の情報将校でも足がつくのを覚悟しないと個人名の特定まではできないって言われたわよ。県警ばかりか千要県庁や豊川市役所まで敵に回すのはごめんだから証拠探しには足を使えって」
呼び出されたアメリアと同じ人造人間で運用艦『ふさ』副長、パーラ・ラビロフ大尉は暗い表情で突き出しを突付いていた。
「迷惑かけたわね……パーラ」
運用艦『ふさ』の副長であるパーラには何度か県の公文書館にアメリアが調べ物を頼んでいたことは誠も知っていた。
「何よ。迷惑かけたのが分かってるならこれからも付き合わせなさいよ。それに警察がうちを目の敵にしてるのはいつもの事でしょ?アメリア、それくらいの覚悟もせずに出向の進言をクバルカ中佐にしたの?まったく思い付きで行動するのもいい加減にした方が良いわよ」
パーラは水色の短い髪をかき上げながら豚串を口に頬張った。店に着くなりアメリアのマシンガントークの洗礼を受けた上にこれまでの警察との確執を知る二人は完全に捜査に参加する気でいた。そのあまりにもやる気が前面に出た姿に誠も少しばかり困ったように店の奥で心配そうにこちらを眺めている女将の家村春子に目をやった。
かなめが三本目のラムに手を伸ばした。
「西園寺さん。飲みすぎですよ」
つい誠の口を出していた。目の前のグラスばかり見つめていたかなめの鉛色のタレ目が誠に向かってくる。肝臓のプラントの機能を落としてわざと泥酔しているかなめのにごった瞳。そこには自分の失敗を悔いる色が嫌と言うほど見て取れた。
「いいアイディアだと思ったんだけどなあ……不動産屋の線から犯人へ直行。今頃は警察の連中も人海戦術で同じこと始めてるだろうし……そうなったら察しのいい犯人なら対応策を練られるぞ。それでパーだ。警察は法術師の勘を甘く見てる。これで逃げられたら元も子もねえぞ」
そう言っただけですぐにかなめは目の前の空のグラスに酒を注いだ。
「西園寺さん飲み過ぎですよ。女将さんからも言ってやってくださいよ」
誠は思わず話題を遠くで聞いていた春子に振った。
「いいじゃないの。西園寺さんはサイボーグなんだから二日酔いとかとは無縁なんだから。飲みたいだけ飲ませてあげなさい」
春子は優しい調子でそう言うと誠に向けて妖艶な笑みを向けてきた。