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第78話 見慣れない少年との出会い

『こんなに人は負の感情で動いているのか……』 


 ただ黙って歩いていてもその感情に飲み込まれそうになる自分がそこに居た。そしてその目の前を歩く少年の姿を見て水島は驚愕した。


 少年。八歳ぐらいだろうか。すでにどんな格好をしていたかは覚えていないが、その表情は妙に老成しているような印象を水島に与えた。


「じろじろ見るなよ……そんなに法術師が珍しいのか?」 


 明らかに自分に向けて投げられた言葉にしばらく水島は呆然と立ち尽くしていた。


「意識ののぞき見なんてずいぶんと趣味が悪いじゃないか」 


 続けて少年から吐かれた言葉。今でもその時の衝撃は忘れていない。


 そこは水島が住む湾岸地区へ向かう地下鉄が入っている東都新開地駅西口だった。


 再開発のビルと雑居ビルが混じった混沌の街での二人の出会い。それを思い出すたびに水島の心は震えた。


「おじさん……今何かやったね。僕がとやかく言うことではないかもしれないけどあまりその力の使い方は感心しないな」 


 その言葉を聴いて水島は体の力が抜けていくのを感じた。明らかに誰も知らないはずの自分の力を見られた。初めての体験で混乱する意識の中でも彼は少年が自分を告発しようとしているのではないかと思って身を翻して早足で逃げ始めた。


「逃げなくてもいいじゃない。別に責めてるわけじゃないんだから。おじさんには価値がある。それだけが言いたいことなんだから」 


 少年はついてきていた。水島の心臓は高鳴った。誰も自分に関心など持たないと思っていた都心の繁華街。その中に明らかに自分に興味を示してさらに水島の悪事の一部始終を見物していた少年がいる。握り締めた法律書にも冬だというのに汗が染み出てきた。


「僕もおじさんの意識を読ませてもらったけど……。失業中か。つらいよね。そうだ、できれば就職先でも世話してあげても良いよ。僕にはコネクションが有ってね。高級好待遇のお仕事だ。きっとおじさんも満足してくれると思うよ」 


 少年がそこまで言ったところで水島は覚悟を決めて振り返った。


「いい加減にしたまえ!」 


 しつこい少年の追跡に振り向いた水島はついに少年を怒鳴りつけていた。少年は頭を掻きながら立ち止まり、そして大きく深呼吸をした。


「なるほど……ご自分の力の意味をご存じないようですね」


 少年は水島のこれまでやったことすべてを知っているかのようにそう言った。 


「力?なんだねそれは……」 


 水島の声は震えていた。ただ警備員の力を利用してその男のタバコを燃やして見せた。しかも自分の能力を使ったわけではない。だと言うのになんで少年からつけられねばならなかったのか。そしてなんでその水島の力の使い方を少年は知っているような口ぶりなのか。水島はただ何もできずに少年を見下ろしていた。


 目の前で少年はそんな水島を見ながらしばらく考え事をするように腕組みをした。通り過ぎる人々は親子か親戚が何かでもめているだけとでも思っているようで、無関心のまま通り過ぎていった。


 そんな中、少年はいい考えが浮かんだというように目を輝かせて水島を見上げてきた。


「OK。いきなりスカウトなんてちょっと突然すぎたかもしれないね。それならちょっと僕の友達になってくれないかな……」 


 少年の言葉に水島は言葉を失った。どう見ても8歳くらいの少年。先ほどの感覚からして相当な法術適正の持ち主のようだがあくまで子供だった。気まぐれか、それとも何か狙いがあるのか。水島の心が猜疑心で満たされていった。


「友達?なんで俺が君の友達にならなきゃならないんだ?」 


 オウムのように繰り返す。それでも少年の笑顔は絶える事が無かった。


「そうだよ。おじさんと僕は秘密を共有する仲間じゃないか。じゃあ端末を貸して」 


 手を伸ばしてくる少年にまるで操られるように水島は自分の携帯端末を貸していた。


「これ、連絡先」 


 そんな少年の言葉に水島は端末を手にして操作してみた。


「アメリカ陸軍東都情報管理局第三分室……住所はアメリカ合衆国東和連絡事務所?」 


 足が震えた。自分の行動や心理をすべて見通していた事実を見れば少年の能力は明らかに自分よりも優れているのは明らかだった。そしてそんな彼の連絡先は軍の関係の施設だと言う。しかも所在地は東和共和国とは国交の無いアメリカ連絡事務所の敷地の中である。


「別に気にしなくていいよ。ただの見たまんまの子供だから。住所が連絡事務所なだけであって他に僕に変わったことなど何もないよ。安心して友達になってくれると楽しめるんだけど」 


 まるで当然の事実のようにしゃべる少年。その態度にさらに水島の鼓動が加速していった。


「それでも十分すごいことなんだけどね。君はアジア系?どう見てもアメリカ人には見えないけど……日本語も上手だし」 


 そう言う水島の言葉は震えていた。


「そう?そうでもないと思うけど。それと僕は国籍こそアメリカ国籍だけど遼州人だから。同じ遼州人として遼州人が話す日本語が出来るのは普通の事じゃないかな?」 


 少年が怪しげに笑う。


「じゃあ気が向いたら連絡くれるとうれしいな。できれば早めに連絡くれると良いな……せっかく知り合えたんだもん。楽しくやろうよ」


 少年はそう言うとそのまま手を振って立ち去ろうとした。


「なんなんだ君は!俺を……」 


 水島の搾り出した言葉に気がついたように振り替える少年に驚きの表情が浮かんでいた。


「十分法術を使えるようになったらお話聞かせてもらうよ。それまで練習していてね!ああ、あまり大事は起こさないでくれないかな。下手に国際問題とかになったら大変でしょ?今でも十分警察沙汰を起こしている訳だし」


 少年は満足げに微笑んだ。水島の手はついに参考書を地面に取り落としていた。その音に気がついたように少年が再び振り返った。


「ああ、あくまでも軽い練習くらいにしてくれないと困るよ。面倒だから警察なんかの世話にならない程度にね」 


 にんまりと笑う少年の顔がそこにあった。その妖しげな姿に水島は飲まれていた。そして自分の言いたいことはすべて言ったと言う表情で少年は人ごみの中に消えていった。


 たぶん周りの通行人は二人が何を話していたのかなどは気がつきもしないだろう。そして自分の力も去っていく少年以外には関心のほかの出来事だった。


「練習か……」 


 なぜか気が付けば水島は自分の右手を見つめていた。そして思い出して落ちた参考書を拾い上げた。


 そして再び自分の手を見つめた。その手は今もこうして変わらずに水島の目の前にあった。


 端末を叩くのと本のページをめくること以外得意なことは何もない手があるばかりだった。


『突然の出来事か……必然の出会いか……』 


 今は豊川市のアパートでこうしてその『練習』を終えた満足感で満たされた状態で一人部屋で横になっていた。


『まあ練習は続けるさ。こんなに面白いんだから。それに俺を誰も止められないんだから。そしてもっと上手く力を操れるようになってやる。もっと多くの力を自在に使ってみせる。俺にはその権利と実力がある。当然の話じゃないか?』 


 そう思うと水島の顔に笑みが自然と浮かんでくるようになっていた。それを感じると水島はあれから自分が笑うことが多くなっている事実に気づいて少しばかりあの名乗らなかった少年に感謝の言葉を送りたくなっていた。



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